単独護衛
街道からやや離れた平原の中。そこに、三人の男が立っていた。
そのうちの一人は商人であり、二人から離れた場所で震えている。残る二人は互いに剣を構え、間合いを計っている。
「……レコード 10、ディレイ 300、プレイ 4」
襲撃者は何やらボソリと喋ると、調子を確かめるように剣を十字に振り、相手へ斬りかかる。
「ぐっ、こいつっ……強い!」
斬りかかられた側は何とか受けるが、仕掛けた側の男は隙を見せぬ連続攻撃を放ち、徐々に相手を追い詰めていく。
首を薙ぎ、脇腹を払い、胸を突く。かわしながら剣を払われると、払われた勢いのまま場所を入れ替え、今度は足を狙う。思わず防御を下げた瞬間、剣は軌道を変えて襲い掛かり、脇腹から胸にかけてをざっくりと切り裂いた。
「ぐあっ……ち、く……しょう……!」
「ひ、ひぃぃぃ!!」
護衛がやられたのを見て、商人は一目散に逃げ出した。そして、襲撃者が先程立っていた位置に差し掛かった瞬間、突然商人の頭から腹、そして右から左の脇腹へと斬撃が走った。
「がっ!?なっ……なに……が……!?」
訳が分からないという表情のまま倒れる商人。襲撃者はそれを見もせず、剣についた血を拭うと、鞘へと納めた。そして、護衛の男から冒険者のタグを取ると、自身の懐へとしまった。
「暗殺依頼、終了。運が無かったな、護衛の同業者」
そして、男は去って行く。後にはただ二人の亡骸が、風に吹かれていた。
「やーこ、やーこ、でりでりでりでりでりでりでりやーこ!」
「ヤンモ、ヤンモ、コッパ……でりめっちゃ増えてない?」
いつもの調子で歌うコウタに、いつもの調子で歌おうとして思わず突っ込むリョウジ。ただそうでなかったとしても、今回ばかりはあまり呑気に歌っているような余裕も無かった。
現在、リョウジは護衛依頼の真っ最中であり、しかも珍しく単独での護衛中だった。そのため普段より気を張っており、コウタの相手も少しおざなりになっている。
リョウジがなぜ単独護衛をしているのかと言うと、ギルドの都合と依頼者の都合によるものである。
依頼者は歩いて一日程度の隣町へ向かいたいのだが、急ぎなので護衛が付いたらすぐ向かいたい状態だった。
しかし一向に依頼を受ける者が現れず、もう一人でもいいから護衛が付いたら出発する、と言っていたところに、たまたまリョウジがその依頼を受けてしまったのだった。
リョウジとしては、単独護衛など絶対にやりたくなかったのだが、ギルドはこれ幸いと『絶対何も起きないから行ってください』とリョウジを送り出したのだ。ちなみに何か起きた場合は、違約金として金貨5枚が入ることになっている。
依頼そのものは割の良い部類であり、昼食付きの上に拘束時間が一日以内であるにもかかわらず、銀貨3枚である。そんなこともあり、まあギルドにも少し恩を売っておくかという判断で、リョウジも渋々単独での護衛をすることになったのだった。
「それにしても、随分お急ぎみたいですね。何か隣町にあるんですか?」
リョウジが尋ねると、依頼人はどこか気まずそうに視線を逸らした。
「ああ、いや……ちょっと、いい物を手に入れたので、早めに町を出たくて」
「そうなんですね。高く売れそうな物なんですか?」
「ええ、まあ。場所によって、とても」
「そうですか。時と場所によって値段も変わるでしょうから、商人さんも大変ですよね」
そんなことを話しつつ、一行は歩き続ける。このままなら何事もなく隣町に着けるなと思っていたところで、妙な気配を感じ、リョウジは周囲を見回す。
すると、後ろから一人の冒険者が歩いてきているのが見えた。向こうの方が歩く速度が速く、このままでは邪魔になるかと思ったリョウジは、少しだけ道を逸れて進むことにした。
しかし、その冒険者は同じように道を外れ、こちらに向かってくる。これはさすがに怪しいと、リョウジは依頼人を背後に庇い、その冒険者に話しかけることにした。
「どうも、こんにちは。私達に、何かご用ですか?」
「ご丁寧な挨拶どうも。あんたには用事はないが、後ろの奴に用事がある」
そう言い、男は剣を抜いた。その瞬間、リョウジは何もないと断言したギルドを全力で呪いつつ、大きな大きなため意をついて武器を構えた。
「それだと、私も無関係ではいられないんですよね。私は今、この人の護衛についているので」
「そうだろうな。だが、俺も依頼で動いている。悪く思うなよ」
「え……まさか、ブッキングですか?う~わ、マジかよ……」
リョウジは再び特大の溜め息をつくと、思わず空を見上げた。
ブッキングとは、それぞれの町のギルドが、同じ対象に対して違う依頼をしてしまうことである。たとえば今回の場合では、リョウジは護衛依頼でここにいるのに対し、襲撃してきた冒険者には暗殺依頼が出されているのだ。
リョウジには縁が無いのだが、実は冒険者ギルドでは暗殺依頼も請け負っている。数自体が少なく、ギルド側も依頼を出す対象はかなり厳選するので、あまり知られていない事実ではあるが、確実に依頼としては存在している。
この暗殺依頼は出される冒険者がかなり限定されているが、それを専門にやっている者もおり、その者は冒険者ではなく賞金稼ぎと呼ばれていることもある。
「見逃してくれたら金貨出しますって言ったら、見逃してくれます?」
「ダメだ」
「大金貨なら?」
「ダメだ」
「白金貨でもダメですか?」
「ダメだ」
「は~ぁ……わかりました。ではこれ、私のタグです。そちらのタグもお願いします」
言いながら、リョウジは自身のタグを相手に投げて寄越し、それを受け取った相手もリョウジへ自分のタグを投げる。
「ディールスさんですか……B級とはいえ、強そうなのであまりお相手はしたくないですね」
「S級かよ。ああ、子連れ狼ってお前か。とはいえ、依頼が依頼なんでな、全力でやらせてもらうぞ」
「スキルによるS級なので、お手柔らかに」
何とも緊張感のないやり取りをした後、二人は同時に身構えた。
相手はロングソード一本で、ハンギングガードと呼ばれる、剣先をやや下げて肘を上げた独特の構えを取っている。リョウジは突きを警戒し、バックラーを胸元に構えてホースマンズフレイルを低く構えている。
「……レコード 5、ディレイ 10、プレイ 2」
「ん?」
相手が何事かを呟き、リョウジが一瞬気を取られた瞬間、ディールスは猛然と間合いを詰めた。
胸に向かって一直線に突きが放たれ、バックラーで叩くようにかわしつつ、リョウジは身体を開く。相手が攻撃に変化しようとしたタイミングでフレイルを振り上げると、相手は無理せず間合いを離した。
「……レコード 10、ディレイ 5、プレイ 2」
再び何事かを呟き、ディールスが剣を振りかざす。攻撃を受けるのを嫌ったリョウジは咄嗟に下がりながらフレイルを振り回し、相手を威嚇しつつ間合いを取る。
「はぁ……レコード 15、ディレイ 10、プレイ 15」
さらに言い直し、ディールスは構えを崩して猛然と打ち込みにかかった。次々に振られる剣は速く、狙いも非常に正確だったが、何しろ防御を習った相手は元S級の剣士である。危なげなくすべてを捌ききり、反撃を考えたところで、リョウジは咄嗟に懐から麻痺瓶を取り出し、それを相手に軽く放った。
直後、瓶が空中ですっぱりと切り裂かれ、地面に転がった。その時は既に相手の攻撃は終わっており、誰も剣を振っていないのにもかかわらずである。
「やっぱり、仕込みがありましたか!」
「なぜ、気付いた?俺のスキルを知っていたわけではないようだが?」
純粋に驚いたようで、ディールスは剣を油断なく構えながらも首を傾げている。
「何て言いますかね……ゲーマーの勘か、サッカーの勘かわかりませんが、相手をキルゾーンに誘い込もうとしてるような、そんな意図を感じるんですよ、貴方の動きは。明らかに剣が上手いのに、私のようなド素人でもわかるような隙があるとか、普通はありえませんよね」
「鼻の良い奴だ。S級というのも伊達ではなさそうだな」
「いや、そこは伊達なんで。買い被りすぎです」
「なら、方針変更だ。全力で潰させてもらうぞ」
ディールスは再びハンギングガードの構えを取ると、素早く呟いた。
「レコードアンドプレイ、ディレイ、5」
猛然と突きかかってくるディールスをかわし、リョウジは距離を取ろうとするが、今度は素早く剣を振り逃がさない。さらに、剣が通り過ぎたやや後に再び斬撃が発生し、リョウジは反撃に移れず防戦一方になってしまう。
もしかしたら、スキルによる斬撃は効かないのかもしれないが、斬撃そのものはどこの世界でもあるものである。欠片でも可能性があるなら冒険はしたくないため、リョウジは大人しく避けに徹する。
それでも、避けながら相手の剣筋とスキルを見極めた結果、リョウジとしても得るものがあった。
「なるほど。ディレイは0.5秒、つまり貴方の言う秒数は全部10分の1秒での指定ですね。てことは、レコードは自分の動きの何秒分かを指定して、プレイはそれを何秒で再生するか、ですか」
「……」
「今はレコードアンドプレイ、つまり連続再生状態。貴方の攻撃は0.5秒後にもう一度再現される、と」
「こんな短時間で俺のスキルが把握されたのは初めてだ。何者だ、お前は」
「いや、読んでた漫画に似たような……似てはいないか?ただ過去の動きを再生するっていう能力持ったキャラがいたので、取っつきやすかっただけですよ」
相手のスキルは把握できたが、かといって現状打破に繋がるかと言うと、そうとも言えない。そもそも、リョウジは防御だけならB級相手にも引けを取らない腕前だが、攻撃に関してはF級相当である。フレイルで補っているとはいえ、対人戦を磨いてきた相手に勝てるような腕前ではない。
「それなら……レコード 300!ディレイ 600!プレイ 200!覚えきれるか!?」
ディールスは思いきり動きを変え、走りながらの斬撃に攻撃を切り替えてきた。勢い、リョウジもかなり激しく動き回らされ、元いた場所やどこで攻撃を受けたかなど、そういったものが全てわからなくなっていく。
「ま、まずいな……!何とか逃げられるか……!?」
リョウジが首を巡らせた頃には、既に一分近くが経っていた。そして相手の攻撃によろけ、何とか踏みとどまった瞬間、リョウジの後ろに斬撃が発生した。それを見て、ディールスは自身の勝ちを確信する。
斬撃がリョウジの首に触れた瞬間、その斬撃は一瞬にして消滅した。
「ぅおおおい!!ちょっと待てええぇぇ!!」
「うえ!?な、何ですか!?」
「『何ですか』じゃねえんだよぉ!!今俺の斬撃当たったじゃねえか!それがなんであっさり消えた上に、お前は無傷で立ってるんだよ!?俺の仕込みと努力をどうしてくれる!?今までの苦労は何だったんだよ!?」
もはやリョウジを倒すより、スキルがあっさり破れてしまったことの方が重要になったらしく、ディールスはリョウジの胸ぐらを掴んでぶんぶん揺さぶっている。
「そ、そう言われましても……!」
その時、リョウジの足元にいつの間にかコウタが立っていた。そして、リョウジを激しく揺さぶるディールスを見て、一言呟いた。
「だり」
「ぐわああぁぁぁ!?」
瞬間、ディールスは凄まじい勢いで吹っ飛ばされ、10メートルほどを土煙を立てて転がって行った。
「うわコウタ!ちょっとやめてあげて!ディールスさん、無事ですか!?」
「ぐっ、う……い、今のは一体……くそ、だがこの程度で……」
「ばとぅん」
「どぅぐあああぁぁ!?」
再び激しく吹っ飛んでいくディールスに、リョウジは慌ててコウタを抱き上げた。
「コウタぁぁぁ!やめてあげて!一応あの人も……まあ敵なんだけど、さすがにちょっと可哀想だから!」
ディールスが受けたダメージは小さくないどころか甚大なもので、両手両足がおかしな方向に曲がっていた。
「ぐ、う、ぅ……ほん、とに……なん、なん、だ……!」
「ディールスさんすみません。今のは息子のスキルで……ええと、でも勝負は私の勝ちにさせてもらいます」
「しかた……ねえ、な……」
リョウジはディールスが持っていたタグを回収すると、懐にしっかりとしまい込んだ。
「もう、いい……殺せ……俺の依頼は、失敗だ……」
「お断りします。私、基本的に人殺しはしない主義なんです」
「こっちは、依頼失敗の時点で色々終わるんだよ……今回は国の危機だし、違約金もえれえことになりそうだしな……」
「国の危機って……私の護衛対象の人って……いや、何も聞かないでおきます」
後々の面倒臭さを考えると、リョウジは何も知らないままでいた方が得策だろうと判断した。
「あーあ……使い辛えスキルをやっと使えるようになったと思ったら、あっさり無効化されておしまいとかよぉ……潰しの利かねえスキルなのによ……」
「まあ、確かに特殊ですよねえ。でもマッサージとかには使えそうじゃないですか?」
麻痺毒とポーションを混ぜたものをぶっかけつつ、リョウジはディールスに提案する。
「俺がマッサージ屋かよ……似合わなそうだなあ……つうかお前、俺を助けてどうすんだ……?」
「あとは歌で一人デュエットとかもできそうじゃないですか?あ、助けるのは人が死ぬのが嫌だからです。襲われたのは確かですけど、恨みとかで襲ってきたわけじゃないですからね」
「変な奴だな……」
「あとは……そうだなあ……ディールスさん、夜のお店とか行く人ですか?」
「そりゃ、まあ……」
「だったら……」
リョウジはディールスの耳元でぼそぼそと呟くと、ディールスは呆れきった笑顔を浮かべた。
「……あんたは、なんでそんなにこのスキルの使い方考え付くんだ?つうか、そんなアホな使い方するなんて考えもしなかったぞ」
「終わったと思ったところに不意打ちとか、結構夢があると思いますけどね。まあとにかく、そのスキルは使い勝手悪そうですけど、使い道は色々ありそうですから、何かしら潰しは利くと思いますよ」
言いながら、リョウジはコウタを抱き直し、依頼人の方へと戻り始める。
「あ、その麻痺は三十分ほど続きますが、本気で動けば身を守る程度の動きはできると思いますので。タグはこの先のギルドに返しておきますので、動けるようになったら回収に行ってくださいね。それでは、私達はこれで」
去って行く標的とその護衛を見ながら、ディールスは溜め息をついた。
勝てない相手ではなかったはずだが、結果として自分は負けてしまった。こちらのスキルは無効化されたが、よくよく考えれば相手はスキルなど一切なしの状態で戦っていた。そして、何やら自分のスキルの使い道を、色々と考えてくれていた。
「……本当に、変な奴だったな……」
微妙に麻痺した体で、ぽつりと呟く。そして、この仕事を最後に賞金稼ぎではなく、普通の冒険者として生きてみようかなと、ディールスはそんなことを考えるのだった。