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神様と天使様

「……静まりなさい」

 これまでと一気に口調を変えて言うと、途端に辺りは水を打ったように静まり返った。

「まず、貴方がたが私達をどう思おうと自由です。しかし、他の者がいる場所で、その呼び方、その態度をしないように。いいですね?」

「し、しかし!神の御前で頭を下げないとは……!」

「それを私達が望んでいたとしても、ですか?貴方がたの気持ちの方が大切ですか?」

「はっ!?い、いえ!決してそのような……!ですが、あまりに畏れ多くっ……!」

「神として扱われるのは、とても不都合なのです。たとえば、エイエル、アルベス。私達の正体を知っていたら、今回のような契約をしましたか?」

 そう水を向けると、二人はぶんぶんと首を振った。

「い、いえいえいえいえ!!決してそのような非礼はっ……!」

「そう、だから困るのです。ただの冒険者だから、簡単に資産を巻き上げられると思った。ただの冒険者だから、侮ってかかった。そのように、素を見せてもらわないと困るのですよ」

「はっ……そ、そうか……決定的な証拠を掴むためには、神だとバレたらダメなのか!」

「大抵の悪人も、さすがに神の前で悪事を働くような者はいないでしょう?なので、私はあくまで、冒険者のリョウジとその息子のコウタでなくてはならないのです」

 もはやこちらの言う事を全く疑わない町人達に、最初こそ『こいつら頭大丈夫か』と思ったものの、リョウジもだんだんとノッてきている。

「エイエル、アルベス。貴方達二人は、神の契約を不正に利用し、商会の拡大を図った。間違いありませんね?」

「はっ、はいぃ!私達は、大変な間違いを犯しましたぁ!」

「いえ、間違いとまでは言いません」

「えっ!?」

 意外な言葉に、フォーレン親子を含めた何人かが思わず顔を上げる。

「小狡いやり方ではありましたが、そのやり方を見つけたこと自体、目端が利くことの証拠。ただし、その他の悪事のこともあります……何のことかは、わかっていますね?」

「ひっ!?も、申し訳ありませんでしたぁ!二度と人身売買は致しませんんん!」

 都合良く自白が得られたため、リョウジは秘かにホッとした。あくまで噂でしかなかったため、間違っていたらどうしようかと内心ビクビクものだったのだ。

「それが良いでしょう。貴方の商売は、人間を相手にしたものでしょう?であれば、人間からの恨みを買わない方が良いのは明白。今後は二度としないように。どうしても取り扱うのなら、合法な奴隷を取り扱いなさい」

「は、ははぁー!」

 言いながら『合法な奴隷っているのかな?』と思っていたのだが、どうやら無事にいるようでリョウジはまたも安堵の息をついた。

「よろしい。では――」

「とたん?えりえりあり、おいあっあい、とた?」

 続けて喋ろうとしたリョウジに、コウタが這い上がろうとする。突然のことに、リョウジもつい素を出して対応してしまう。

「あ、ちょっとコウタストップ。ちょ、待って、待ちなさい。ちょい、ちょい、コウタコウタ!抱っこ後でしてあげるからもうちょい、もうちょい待ってコウタ」

 その威厳も何もあったものではない姿に、今までひれ伏していた者達が何事かと顔を上げる。リョウジはそれを横目で見つつ、やべえなと冷や汗を流していたが、冒険者の一人がハッと気づいたように言った。

「そうか、神様はそっちの小さい子で、リョウジさんは天使様なのか……!」

「え、天使!?」

 『こんな中年の天使がいてたまるか』というリョウジの思いとは別に、周囲ではコウタが神、リョウジが天使説がどんどん広まっている。

「な、なるほど……!そういえば契約書を消したのもその子だったよな……!?」

「子供には異常に優しいし、ちょっと頭上がらない感じだしな……!」

「何言ってんだかわからないのは、天界の言葉だからなのかも……!」

「その神様と我々を繋いでくださる存在だから、両方の言葉が分かるのか……!」

 どうやら下々の者の間で設定がきっちり組み上がったらしく、周囲の者は改めてひれ伏した。その間に、コウタはリョウジの腕どころか肩まで這い上がり、肩車をしてもらってご満悦だった。

 リョウジはすべてを諦めた顔で、もうそれでいいですと投げやりに頷いていた。実際、コウタのスキルのことを考えると、コウタ=神説はあながち間違ってもいないのだ。

「……とにかく、エイエルにアルベス。貴方がたは今後も商人として働きなさい。しかし、稼いだ金は町の財産とし、自身の財産とするのは、稼ぎの中の万分の一のみとするように」

「え!?と、ということは、金貨1枚稼いで銅貨1枚しか……!?」

「それに何か不満でも?」

 リョウジが冷ややかな目を向けると、エイエルとアルベスは慌てて頭を下げた。

「い、いえっ!不満など決して……!」

「それぐらいのハンデが付いていようと、貴方がたなら何も問題はないかと思っていましたが、見込み違いでしたか?」

 リョウジの言葉に、二人はハッとして顔を上げた。

「い、いいえ!決してそのようなっ……天使様のご期待を裏切るようなことはありません!」

「よろしい。では、心して町の発展に尽くすように。もちろん、自身の資産はどう使おうと自由です。たまには贅沢を楽しみなさい」

「ははぁ!寛大なお言葉、ありがとうございます!!」

「あとは、衛兵に冒険者。貴方がたも、恨みを忘れろとは言いません。仮にフォーレン商会が今日のことを忘れるようであれば、容赦なく潰しなさい。しかし、もし商会が心を入れ替え、町のために尽くすようであれば、貴方がたも負けないように、精進しなさい」

「はっ!」

「はいっ!」

 勢いで町の今後まで勝手に決めてしまったが、もう後戻りはできない。あと出来ることと言えば、この町から早めに脱出することだけである。

「では、私は明日……いえ、今日の朝にはここを発ちます。貴方がたは、ゆめゆめ今日のことを忘れないよう」

「はい!決して忘れません!」

 全員が声を揃えて返事をしたのを確認し、リョウジはフッと肩の力を抜いた。そして、いつもの調子で声をかける。

「じゃ、この先はもう、冒険者のリョウジという扱いでお願いしますね。さっきみたいなの、正直肩凝るんで……」

「わかりました!全身全霊、普通であるように努めます!」

「ほんとに意味わかってます?」

 結局、全体的に丁寧な対応を取られつつも、何とか一般人と言えるような態度に落ち着いてきたため、リョウジは宿に戻って即座に寝床に就くが、コウタがハイになってしまい二時間ほどは寝られないのだった。


 最終日にしてコウタが先に起き、真四角に作り変えられた町を冒険者ギルド目指して歩く。途中途中で町行く人から馬鹿丁寧な挨拶を受け、その度にリョウジは若干引きつった笑顔で対応する。

 深夜のハイテンション、策がきれいに決まった高揚感、嫌いな奴に罰が下った爽快感、そして深夜のハイテンションでとんでもない事をやったなぁと若干後悔しつつギルドの扉を潜れば、そこにいた全員がビシッとした挨拶をしてきた。

「おはようございます、リョウジさん!」

「ああ、はい……おはようございます」

 これは昨日のあれのせいではない。割の良い依頼を出したせいだと自分に言い聞かせ、リョウジは依頼掲示板へと向かう。幸い、護衛の依頼が出ていたため、即座に受けることに決める。方角的には少し戻ってしまうようではあるが、この際背に腹は代えられない。

「おはようございます、リョウジさん!もう別の町に移ってしまうんですか?」

 受付嬢はあまり態度が変わらないようで、リョウジは少しだけホッとした。

「ええ。そもそも、時空魔法の使い手を探して旅してますので。使い手がいないとわかったら、すぐに次の町に向かうことにしてます」

「そうなんですね。でも、いつかまた来てほしいです。皆さんもリョウジさんは大歓迎するそうですし、私も歓迎しますから」

「そ、そうみたいですね……はは」

「リョウジさぁん!!」

 ギルドマスターの叫びが聞こえた瞬間、リョウジの表情がストンと抜け落ちる。相変わらず大道芸みたいだなあと、受付嬢は言葉に出せない感想を抱く。

「そ、その、色々ありがとうございましたぁ!!」

「はい」

「それで、その、もういなくなってしまうんですか!?私、何もお礼できてないのにっ……!」

「いりません」

「そ、そんなっ!?せ、せめて一食何か御馳走するぐらい……!」

「結構です」

「なんか私にものすごく冷たくないですか!?」

「はい」

「いや『はい』じゃなくてぇ!!」

 そこでもう完全に面倒になったようで、リョウジは他の冒険者達に目配せをした。途端に、そこにいた冒険者全員が襲い掛かり、あっという間にギルドマスターを担ぎ上げた。

「ええっ!?ちょ、何なんですか!?ちょ、離してください!!」

「そぉれわっしょい!わっしょい!」

 ギルドマスターの言葉には何も答えず、冒険者達はただわっしょいわっしょい言いながら、ギルドマスターの私室へと運んでいく。それを見送ると、受付嬢がポツンと呟く。

「今の、何だったんでしょう?」

「さあ。まあしかし、助かりました。この隙に逃げ……もとい、依頼に出るとしますよ」

「あ、わかりました。では、またお会いしましょうねー!」

 そして、リョウジはいつもの笑顔を浮かべ、コウタと一緒に新たな依頼を受けて去って行くのだった。


 その後、フォーレン商会は黒い取引先からは多大な苦労をしつつも手を引き、生まれ変わったかのようにまっとうな商売をする商会となっていた。

 あくどいことなどしなくとも、元が商人として優秀だったため、フォーレン商会は一年も経つと元の規模を取り戻していた。

 さらに、稼いだ金の大半が町に流れるようになり、町長は教育施設を拡充し、この町の識字率はトリアの町に並ぶほど高くなってゆく。

 それでも使い切れぬ金は衛兵や各ギルドに流れ、それらが潤って様々な商品を仕入れるようになり、やがて町全体が好景気となっていく。

 そして不思議なことに、この町の人間は異様に信心深く、特に冒険者など他所の人間に対しては、異常なまでに親切だった。

 物価は高いが、物の質も給料も高く住民が親切なこの町は出稼ぎのメッカとなり、冒険者はトリアで基本を学んだらこの町で金を稼げというのが冒険者の常識になっていくのだった。

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