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契約の発動

 そんな元バイオテロリストはのんびりと一週間を過ごし、いよいよ期限当日の朝に、事件は起こった。

「S級冒険者、リョウジで間違いないな?」

「衛兵さんですね、お疲れ様です。確かに私ですが、どうされました?」

 宿の食堂で、リョウジは衛兵に囲まれていた。物々しい雰囲気に、周囲は何事かと怯えているが、当のリョウジはどこ吹く風である。

「すまんが、あんたにはフォーレン商会の長とその息子、エイエルとアルベスに毒を盛ろうとした容疑が掛かっている。ご同行願う」

「食べ終わるまで待ってもらえます?どうせ一日がかりの長丁場なんでしょう?」

 構わず朝食を食べ続けるリョウジに、衛兵の隊長は心の中で嘆息する。色々わかった上で抵抗もせず捕まるとは、すべてを諦めているのかと同情すらしていた。

「あと、息子とは離れるつもりないので、そこはよろしくお願いします」

「……いいだろう。それぐらいの便宜は図ってやる」

 隊長としては、こんなことはしたくなかった。しかし、彼はエイエル達に逆らえないのだ。フォーレン商会は、既に冒険者ギルドのみならず、衛兵達すら手駒にしていたのだった。

 朝食を食べ終わったリョウジは槍を突きつけられつつ、大人しく詰所へと向かう。衛兵は形ばかりの尋問を行うが、リョウジが無罪であることはわかっている。しかし、魔力毒を脅しに使ったことも事実であるため、色々な質問をし、それを調書に書き連ねていく。

 昼食はリョウジの奢りであった。焼いた肉が食べたいと言いだしたリョウジに、そんな物出せるかと言い返したところ、大銀貨を握らされて『これで皆さんの分もお願いします』と言われてしまったのだ。部下からの熱い視線もあり、それを断ることはできず、その日の詰所には焼肉の良い匂いが漂うこととなった。

 リョウジと接するうち、隊長は自分がフォーレン商会の者と接しているような気分になり始めた。

 物腰は柔らかく、しかしたまに皮肉を聞かせてこちらを攻撃し、金に物を言わせて従える辺りなど、そっくりと言えばそっくりである。いい右腕になるんだろうなと思いつつ、隊長は自身に課せられた任務をこなす。

 結局、解放されたのは日付が変わってからだった。幸いにもコウタは子供の相手が得意な衛兵がおり、ずっと遊んでもらえたため、今は疲れて眠っていた。コウタが疲れて眠るとかとんでもねえなと思いつつ、リョウジは衛兵の隊長に笑顔を向ける。

「では、元々有りもしなかった容疑が晴れた体になったので、私はこれで。冒険者ギルドの後に商人ギルドでも行きますね」

「あ、ああ……すまなかった」

 これで、依頼は失敗し、魔法契約によって縛られるはずだった。しかし、妙に余裕な態度が気にかかり、隊長と数人の部下はこっそりリョウジの後を付けることにした。

 冒険者ギルドに入った瞬間、リョウジの元に冒険者達がすっ飛んできた。

「おいリョウジさん!!なんでだよ!?俺達ちゃんと間に合うように帰って来たのに!!」

「くそっ!あいつらマジで汚え手段使いやがって!衛兵共もぶっ殺してやる!」

「まあまあ、皆さん落ち着いてください。うちの息子が起きちゃいますので」

 落ち着き払った声に、冒険者達は訝しく思いつつも口を閉じる。

「皆さんへの報酬は、無事に行き渡りましたか?――であれば、私の方は問題ないので、取って来ていただいた物を持って、商人ギルド行ってきますね」

「お……おお、わかった……」

 ファイアドレイクの皮、シルバーシープの毛皮、ポイズンスライムの核を持つと、リョウジは冒険者ギルドを出て商人ギルドへ向かった。受付で名前と用件を述べると、受付の者は顔を顰めつつもすぐに案内してくれた。

 一週間前と同じ応接室に、エイエルとアルベスが下卑た笑顔を浮かべ、座っていた。そこに貴族のような微笑を湛え、リョウジも同じように座る。

「おやおやおや、日付はもう変わってしまっているぞ?S級冒険者様ともあろう方が、それぐらいわからないわけでもあるまい?」

「そのようですね。ですが、持って来いという依頼は依頼ですので、こちらの三つをどうぞ」

 リョウジは持ってきた物を、机の上に雑に放り投げた。それを勝ち誇った笑みで受け取りながら、エイエルはさらに掌を差し出す。

「それだけではあるまい?契約は契約、お前の財産を、早く渡すのだ。聞けば、大白金貨ですら足りないほどの資産を持っているとか。それが私達の物になるとは、楽しみだのう」

「……」

 リョウジは自身の冒険者タグを外し、それを差し出す。そして、それをアルベスが取ろうとした瞬間、ひょいっと持ち上げてそれをかわした。

「なっ!?」

「なぁんてね。さすがにこれは渡しませんよ。私の物ですので」

「ふ、ふざけるな!お前の物は、全て俺達の物になるという契約だ!さっさとそれを渡せ!」

「お断りですよ。しかし起きたまま寝言が言えるとは、器用ですねえ」

「お、お前っ……なぜだ!?確かに一週間以上経過しているはず!お前は失敗したはずだ!」

 周囲が騒がしいせいで、コウタはむくりと身体を起こし、アルベスを不快そうに見つめている。

「さぁて、なんでですかねー、不思議ですねー……あ、そっか」

 まるで今思いついたとでも言いたげに、リョウジはポンと手を打った。

「私、魔法が効かないスキル持ちなので、魔法契約も効かないみたいですねえ」

「何だとぉ!?そんな不公平なの、契約になってねえじゃねえかよ!!」

 その瞬間、アルベスの財布がふわりと浮かび上がり、直後消滅した。

「あっ……あ、あああぁぁ!?な、なんでだぁぁ!?なんで俺だけええぇぇ!?」

「あーあー、契約にケチ付けるから……いやね?私だって、契約守るつもりはあるんですよ?ただねえ、スキルに関してはどうしようもないじゃないですか?」

「き、貴様っ……最初からわかっておったな!?」

 アルベスの私物はどんどん消えていき、服も上等そうな布だったものがボロ布に変わっていく。こういった罰則が発動したのを見るのは初めてだったため、リョウジは若干驚きつつそれを眺める。

「むしろ、私のスキルをご存知ないのに、よくもまあ馬鹿みたいな喧嘩売れたものですよね。ドラゴン殺しになった経緯とか、知らなかったんですか?いっくらでも調べられたはずなのに」

「自分には何もないとっ……最初からわかって受けるとは、それはもはや契約ではないではないかっ……あっ!?」

 慌てて口を押さえるが、もう遅かった。今度はエイエルの財布や装身具が次々と浮かび上がり、そして次々に消えていく。

「あ、あああああ!!嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁ!!儂が!!儂の物が消えていく!!ああああああ!!」

「ぶっはははは!最初っからてめえらの狙いなんかわかりきってんだよ、馬ぁ鹿!失言狙いの見えてる地雷を見事に踏んでくれるとか、ピエロかてめえらは!よかったな、この先二度と財産は作れねえけど、サーカスなら食っていけるぞ?」

 すっかり口調も変わり、リョウジは完全に死体蹴りに入っていた。しかし、財産が消えていく二人にはそれすら耳に入らないようで、ただ虚空に手を伸ばし、泣き喚いている。

 あまりの騒ぎに、周囲の者が何事かと部屋に入り、全員が固まっていく。頼れる会長であるはずのエイエルとアルベスは、もはや襤褸切れを一枚まとっただけのホームレス同然の姿で、その前でリョウジは偉そうに足を組み、二人へ追撃の口撃をやめない。

 騒ぎはどんどん広まっていき、こっそりついて来ていた衛兵や冒険者達も、何人か部屋に入っていた。そして幾人かは、フォーレン商会との契約が切れて自由になっているのを感じた。

「あ……?な、何も衝動が起きない!?あ、あああ!やった、やったぁ!俺はフォーレン商会から解放されたんだぁ!!」

 衛兵の隊長が泣き崩れ、冒険者も数人が抱き合って喜んでいる。そんな中で、コウタだけはリョウジを見上げ、見えない何かを目で追っていた。

 やがて、リョウジの懐を探り出し、魔法契約書の片割れを見つけると、それを取り出した。

「ん、どうしたコウタ?それは契約書で……」

「だり」

 バシュン、と契約書が消滅した。同時にフォーレン商会側の契約書も消えており、その場にいた者達は驚きに目を見開いた。

「なっ!?ま、魔法契約書が……消えた!?」

「か、勝手に魔法契約を破棄した!?か、神の契約をか!?」

 魔法契約は、別名で『神の契約』とも呼ばれていた。その理由としては、一般に魔法と言うと、炎や水などのように魔力を物質化したり、体内に巡らせて身体機能を強化したりといった使い方が多い。それに対して、魔法契約の場合は行動そのものを縛ったり、今回のように『富が消える』という、特定の概念を指定したものまで実行できるからである。

 これは魔法契約としては一般的だが、普通の魔法で同じような効果を持つ魔法は今のところ存在していない。さらに、契約を破棄するには双方の同意が必要となり、それ以外の手段ではどうやっても解除できないのだ。そのために、これはただの魔法ではなく、神の力を用いた契約であると一部で信じられており、それ故に神の契約と呼ばれている。

 そんな魔法契約が、一人の子供の手によってあっさりと解除された。それは『驚き』などという言葉では言い表せないほどの衝撃だった。

 それまで騒がしかった室内が、静寂に包まれる。やがて、誰かがポツリと呟いた。

「……神、様?」

 その言葉に、静かなざわめきが広がっていく。勝手に契約破棄されたリョウジは、せっかくの玩具を取られて残念に思っていたのだが、話が思わぬ方向に転がっていき、慌てて制止する。

「いや、ちょ、待ってください。私達は別に神でも何でもなくて……ちょっと、聞いてます!?」

「神だ……絶対神様だ……!」

「あんなこと、神以外できない……神だ……!」

 商人ギルドの者達がまずひれ伏し、続いて衛兵、冒険者とひれ伏していく。しまいには襤褸をまとったフォーレン親子すら、完全にひれ伏していた。

 神だ、神だ、という囁きと、全員がひれ伏している状況。もうこれをどうにかするのは無理だなあと、リョウジは遠い目をしながら他人事のように思った。とはいえ、ある程度何とかしておきたい。少なくとも神扱いのまま町を去っては、今後の動きに支障が出るかもしれない。

 しばらく考えて、神扱いを解除することは不可能そうだと改めて認識し、ならばもういっそ、それに乗ってしまおうと決めると、リョウジはおもむろに立ち上がり、ゆっくりと手を上げた。

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