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宮田バイオ自爆テロ事件

 リョウジはコウタを連れて商人ギルドを出ると、まっすぐに冒険者ギルドへ向かった。中に入ると、リョウジの姿を見つけたギルドマスターがすっ飛んできた。

「リョウジさん、お帰りなさい!それで、どのような話に……?」

「あ、これ契約書です。これにある通り、ファイアドレイクの皮、シルバーシープの毛皮、ポイズンスライムの核が必要になりました」

「はぁぁぁ!?何やってるんですかぁぁぁ!!」

 ギルドマスターは頭を抱えて蹲ってしまったが、リョウジはそれを冷ややかに見つめ、話にならないと判断して受付嬢の方に向かう。

「すみません、私も依頼ってできるんですよね?」

「え!?あ、はい。もちろんできますが……」

「では、先程言ったファイアドレイクの皮、シルバーシープの毛皮、ポイズンスライムの核を一週間以内に集めてここへ持ってくるように、各町に依頼って出せます?」

「ええ!?で、できなくはないですけど、すごいお金かかりますよ!?」

「構いません。前金で金貨2枚、依頼達成時に金貨7枚で募集掛けてください」

「破格すぎるんですけど!?それもう私が受けたいぐらいです!!受けられる腕は無いですけど!!」

 二人の話を聞いていた他の冒険者達は、凄まじい金額に騒然となった。確かに、どれも難しい依頼ではあるのだが、それでも達成時に金貨3枚が関の山である。

 当然の結果として、周囲の冒険者達は一瞬でリョウジを取り囲んだ。

「おい!今の話マジか!?だったらファイアドレイクは俺が行ける!一週間あれば絶対何とかできる!」

「馬鹿!俺が受けるんだ!お前は黙って待ってろ!」

「シルバーシープは俺にやらせてくれ!瞬足持ちだから一週間でも余裕で間に合わせられる!」

「ポ、ポイズンスライムなら僕でも一応は……!一週間探し続ければ、何とかなると思います!」

 もみくちゃにされつつも何とかコウタを守り、リョウジは苦笑いしつつ冒険者達を宥める。

「すみません、落ち着いてください。急ぎではないので、一週間以内であれば文句は言いませんし、問題もありません。で、受けてもらう人なんですが――」

 ごくりと、誰かが喉を鳴らす。

「……行ける人全員で行ってください。パーティ組めば、可能性も上がりますよね?」

 その言葉に、冒険者達のテンションは目に見えて下がった。

「う、うーん……それはまあ、そうなんだが……」

「あ、もしかして報酬の話ですか?そりゃもちろん、行ってくれた人全員に今の金額出しますが?」

「はあっ!?」

「ぜ、全員!?ちょっ、待て待て待て!!俺等今三十人ぐらいいるけど!?」

「それが何か問題でも?」

 事もなげに言うと、リョウジは受付嬢に自身の冒険者タグを渡した。

「受付嬢さん、私が預けてるお金って、今どれくらいあります?」

 それを受け取った受付嬢は手元の何かを操作した後、ピキッと固まった。

「え、ええと……大白金貨を作らないといけないですね……?」

「大白金貨……!?てことは、白金貨10枚超え!?」

 最古のドラゴンの素材は、本当に高く売れた。何しろ、頭が多少フレイルで傷ついていた程度で、他はほぼ無傷だったのだ。ドラゴンの素材自体がとんでもなく高価な上に、その中でも最上級の個体である。しかも、ほぼ単独で戦って勝ったということで、伯爵にだいぶ取られはしたものの、他の冒険者は素材分の報酬は辞退したのだ。結果、白金貨の上の貨幣を作らなければ足りないほどには、リョウジの懐は潤っていた。

 戦闘スタイルとコウタに使う薬の都合上、これでも結構減ってはいるのだが、それでもまだまだ使い切れない程には残っており、しかもリョウジは、この世界の金には全く執着が無い。

 何より、自分は戦闘が苦手であるため、金で解決できるならこれほど簡単なことはないと、軽く大判振舞いをすることに決めたのだった。そして、その恩恵に与れることが確実となった冒険者達のテンションはぶち上がった。

「うおおおお!!!待っててくれリョウジさん!!三日後にはドレイクの皮を剥いでやるぜぇぇぇ!!」

「俺達にかかれば馬なんていらねえ!!シルバーシープの毛皮は明後日には届けてやるからなぁぁぁ!!」

「絶対に!!絶っっっ対に持ってきますからね、ポイズンスライムの核!!報酬用意して待っててくださいね!!」

「あ、最後に皆さん、お伝えすることが」

 金貨2枚を配られ、テンション高く出かけようとする冒険者達に、リョウジは慌てて声をかけた。

「当り前ですけど、それら以外は全く要らないし、本当に一週間過ぎなければいいので、余裕があれば自分用の素材とか取って来てもいいですからね」

「っっっしゃあああぁぁぁ!!!一週間後にはドレイクの皮剥いできてやるからなぁぁぁ!!!」

「シルバーシープは今週中には絶滅だぁぁぁ!!ヒャッハァァァァァ!!!」

「一週間でポイズンスライム何匹倒せるか、挑戦してきますからねぇぇぇ!!!」

 そうして、今度こそテンション最高潮の冒険者達は旅立って行き、後には一仕事終えた顔のリョウジと、いつも通りのコウタと、放心状態の受付嬢と、未だ蹲ったままのギルドマスターが残されていた。

「ところで受付嬢さん、あの素材ってやっぱり取ってくるの大変なんですよね?」

「知らないでやってたんですか!?ファイアドレイクは、北にある火山にいるので往復三日かかりますし、ファイアドレイク自体かなり強いです。シルバーシープは全然強くないですけど、東に馬で三日行ったところにいるので、とにかく移動がネックです。ポイズンスライムはすぐ西の森にいますけど、そもそも遭遇率が低いのと、全身に猛毒があるので核を取りにくいんです」

「なるほど、よくわかりました。あ、それとさっきの依頼、正式にギルドを通した依頼にしちゃいましょう。じゃないと皆さん混乱しそうですし、受付に達成報告できないですもんね」

 リョウジが言うと、受付嬢はどことなく申し訳なさそうな顔になった。

「そ、そうですけど……あの、そうなるとどうしても手数料がかかっちゃうので……」

「一割ですよね。前金も含めると金貨9枚だから、つまり余分に大銀貨9枚かかってくると」

「よ、よくご存知ですね?それに先程の……ええとマイケルさんエリオットさんヴァイスさん……とにかく三十人分に同じ金額払うとなると、手数料だけで大銀貨270枚……えーとつまり……」

「大金貨2枚と金貨7枚ですね。私が預けている分から払っておいてください」

 本当に事もなげに言うリョウジに、受付嬢はもう驚くのも疲れたという表情になった。

「わかりました。ではタグを失礼しまして……はい、お返しします。では、あとはこの依頼を三十人で受けたことにして……はぁ~……あ、あとはやっておきますので、リョウジさんは宿屋に戻っていても大丈夫ですよ」

 一瞬死んだような目になりつつも、受付嬢はすぐにいつもの営業スマイルに戻った。そんな彼女に、リョウジは右手を差し出す。

「色々、お手数かけてすみません。よろしくお願いします」

「あ、はい?承ります?」

 なぜかはわからないものの、握手を求められていることはわかり、受付嬢はその手を握る。するとすぐに違和感があり、何かが渡されたのを感じた。

「お仕事終わりに、美味しいものでも食べてくださいね」

 笑顔で言い、コウタを連れて去って行くリョウジを見送り、自分の右手を見る。するとそこには、1枚の大銀貨が握らされていた。

「……ぜひ!また来てください!」

 もはや見えなくなっている背中に、受付嬢は全力でお辞儀するのだった。


 筋力もない。魔力も無い。しかし財力はある。そんな歪んだS級冒険者リョウジは、特に焦ることもなくのんびりとした一週間を送った。

 冒険者は大体において自由な人々だが、降って湧いた幸運を取りこぼすような者達ではない。破格の前金に、さらにその三倍以上の報酬が付くとわかっていれば、確実に依頼をこなしてくれる。

 そんな信頼があるため、リョウジはこの一週間を休養日に決め、装備を手入れに出したり、新しい服を買ったり、コウタと遊ばされたりしながら日々を送っていた。

 時々、ギルドの方にも顔を出すと、受付嬢は非常に丁寧な対応をしてくれ、依頼をかけた時その場にいなかった冒険者からは嘆きの言葉をかけられる。ギルドマスターに関してはたまに話しかけられるが、ほぼ無視である。

 嘆く冒険者達にささやかな幸運ということで酒を奢ってやり、新米冒険者にはできる範囲で読み書き計算を教える。それら全てが見える受付嬢からすると、リョウジは非常に不思議な人物だった。

 人当たりが非常に良く、同業者をライバルではなく仲間と見なし、店員にすら丁寧な対応をする様を見る限りでは、非常に良い人にしか見えない。

 ところが、ギルドマスターに関しては何を話しかけられても、とんでもなく薄っぺらい対応しかしないのだ。返事を『ええ』とか『そうですね』とか、そんな一言で済ますことも珍しくはない。

 それが余りにも気になるため、ある日受付嬢がその理由を尋ねると、リョウジの顔からストンと表情が抜け落ちた。

「嫌いだからですよ?それ以外に何か理由が?」

 まるで仮面が外れたかのような表情と雰囲気の変化に、受付嬢は内心恐怖すら覚えた。それでも、得意の営業スマイルでそれを押し隠し、言葉を押し出す。

「えっと、でも、何でそんなに嫌ってるんですか?」

「そもそも、私がこんな依頼をするようになった原因があの馬鹿だからです。組織のトップが、下を守るべき立場でありながら、下と同じようにやり込められて帰ってくるってどんだけ馬鹿なのかと。それで尻拭いを私に押し付けたわけですが、嫌いにならない理由ってあります?」

「な、無いですね」

「ま、ドフォ……フォーレン商会に関しても、私に喧嘩売ってきましたからね。ただで売ってくれるものは買う主義なんです、私」

 そもそも、リョウジは非常に勘違いされやすい人物だが、彼は決して善人ではないし、大人しい人物でもない。単に面倒臭がりなため、人間関係を円滑にし、衝突しないようにそれなりの外面を整えているに過ぎない。実態に関して言えば、むしろ敵と見なした相手には殺しも辞さない男であると、元の世界でも言われていたほどの人物である。

 そんな彼を象徴するような事件が、会社で現在も何かの折に話題となる『宮田バイオ自爆テロ事件』である。

 発端は、彼がノロウィルスに感染したことである。どこでもらったかは不明だが、突然の吐き気とひどい下痢に、会社へ食中毒、恐らくはノロであることを伝え、病院に行くため休むと伝えたのだが、その時に電話に出ていたのが、当時の彼の上司に当たる課長だった。

 昭和の悪い部分を色濃く残し、しかもノロの知識も無かった彼は、良治に対し『食中毒程度で休むなど甘えだ、這ってでも来い』と伝え、そして良治はそれを了承した。

 大人用おむつを装備し、エチケット袋をベルトに何枚も挟み込んで出社した良治は、課長の前に来るとわざわざ口元とズボンを掌で丁寧に拭い、その手で課長の両手をしっかり握って言った。

「宮田良治、ただいま出社しました!ノロだからと甘えてすみませんでした!すぐに仕事にかかり……ヴォエエェェ!!」

 エチケット袋に吐く良治に、驚いたのは部長である。部長はきちんとした知識があったため、即座に良治へ戻って病院に行くよう伝え、課長を叱責し、良治が通った場所全て消毒するよう指示を出した。

 ここまでであれば、今も話題になるようなことはなかったのだろう。問題はこの翌日である。

 始業時間をやや過ぎた頃、会社の正面玄関に汚物と吐瀉物塗れのパジャマで泣き喚く課長を引きずり、これまで見たこともない最高の笑顔の良治が現れたのだ。

「ほら、甘えてないで仕事ですよ!ノロは甘えなんでしょう?ここまで私が連れてきてあげたのだって十分甘えだと思いますけど、これ以上甘えるつもりなんですか?ああほら、また漏らした。幼稚園からやり直した方がいいんじゃないですか?ねえ課長、聞いてます?ほら、甘えんな。甘えてんじゃねえんだよ。さっさと仕事するぞ甘えた野郎」

 当然、会社は大パニックに陥った。遠巻きに事情聴取をすると、『ノロは甘えだと言った本人が休むのは許されない』『謝罪の言葉ももらっていないのだから反省はしていないはず。ならば自身の身体で味わってもらうしかない』と、これまた昭和理論で返し、部長が思わず『子供みたいなことを言うな!』と怒鳴ったところ『老害のようなことを言ってるつもりでしたが?』と涼しい笑顔で返された。

 結局、課長は無理矢理引きずって来た良治が責任をもって帰すこと。掃除をすることといった、罰というよりは当然の処置が取り決められ、事態は一応の収束を見た。良治はご丁寧に次亜塩素酸ナトリウムの消毒薬を大量に持っており、会社正面玄関の消毒にそれを置いていき、自身はブルーシートで覆った助手席に課長を乗せ、家まで送って行ってから会社まで取って返し、掃除を手伝った。

 よくよく、守衛や掃除担当に恨まれそうな出来事ではあったが、そこはしっかり菓子折り多数を持って謝りに行っており、最終的にはむしろ仲良くすらなっていた。

 その後、課長は気丈にもノロが完治してから出社したが、良治が臆面もなく『うんこ課長』と呼ぶようになり、程なく精神の不調をきたした。それでも良治はその呼び名をやめず、ついにブチ切れて『訴えてやる!』と叫んだ際、良治も満面の笑みを浮かべて答えた。

「いいですねえ!今裁判記録はネットでも見られますから、課長が何やったか全国展開、いや、世界に発信されますね!何が起きたかをまず述べるわけですから『甲は会社玄関に糞便を漏らし~』とか書かれるわけですね!しかも公的記録だから永久保存!是非訴えてください!課長の偉業を永遠に残しましょう!」

 それがとどめとなり、課長は本格的に心の調子を崩し、退職にまで追い込まれた。良治にも何かしらのペナルティがあるべきでは?という議論もあるにはあったのだが、そもそもノロの人間に出社を強いたことが原因だったことと、バイオテロの際には消毒薬やごみ袋やブルーシートなどの準備を整えてからの犯行だったため、周囲への被害はさほどでもなかったこと、そして課長は主に若い社員から蛇蝎の如く嫌われていたこともあり、ぎりぎりお咎めなしということで落ち着いてしまった。

 その後しばらく、良治はテロ組織の名前があだ名になっていたが、ある時外線にその声が入ってしまい、大クレームになりかけたため、元の宮田呼びに落ち着いた。

 ちなみに、これは入社した直後の20代の話ではなく、むしろ入社して10年経ってからやらかした話である。若気の至りなどでは断じてなく、つまり元々凶暴な性質を持っているのである。何なら、そのおかげで命の危機溢れる異世界でもやっていけている可能性すらある。

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