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商会を潰せ

「なんなんなー、なんなんなー、おーりーや」

「……その歌はマジでわからないんだけど、ほんと何の歌?」

 ご機嫌に歌うコウタに、元ネタが分からず困惑するリョウジ。いつもの二人の光景である。だがこの時は、二人はかなり変わった場所にいた。

「で、もう一度聞きますけど……一体どういう依頼なんですか?商人を潰せっていう風に聞こえたんですけど?」

「大きくは間違ってません。この町の商人……フォーレン商会を潰してほしいのです」

 普通であれば、笑顔で即断る依頼である。しかし、それをしないのは、ここが冒険者ギルドのマスターの部屋だからである。

「なぜですか?町の商会を潰すなんて、ちょっと異常としか言えない依頼なんですけど」

「フォーレンはかなりあくどいやり方をする商会で……密売やら、人身売買やら、そういったことに加担してるって噂もあります。ですがそれ以上に、冒険者や他の商人などを騙して、あるいは卑劣な手段で財産を奪うことが得意なのです」

「うーん、冒険者はともかくとして、商人がやられるのは相手が一枚上手だったというだけでは?」

 リョウジの指摘はもっともな内容であったが、ギルドマスターは難しい表情をしている。

「そうと言えばそうなのですが……やり方が悪辣というか……たとえば、指定の期日までに何かを収めるように契約をして、いざ納品しようとすると町におらず、結果として期日を破ってしまう、というようなやり方です」

「それはいない方が悪いのでは?」

「本来ならばそうなのですが、魔法契約で期日を縛られており……」

「ああ……仕様の穴をついたグリッチを考えるのが得意な人って感じか」

「え、ぐり……?」

「いえ、こっちの話です」

 リョウジは淹れてもらった紅茶を一口飲むと、軽く息をついた。

「それにしても、予め『期限の日には町にいること』とか文言を追加すれば済む話なのでは?」

「それが……そういう文言を入れておいたとしても『緊急時にはいなくても可とする』とか、そういった文言を言葉巧みに追加されてしまうのですよ。で、何かしらの急用を作り出していなくなってしまうと」

「もうそんなん『ならこの話は無しで』で済む話じゃないですか。確かにやり口は結構悪辣ではありますが、結局そうやって甘いところ見せるから悪いんじゃないですか」

「返す言葉もありません……」

 契約に関しては、リョウジは割と厳しい方である。そもそも、契約とは双方が納得した上でするものだという認識のため、勝手に契約を変えられたとか、契約書をすり替えられたとかではない限り、騙された方が悪いという考えである。

「しかし、その、結果として被害が甚大で……『この先一生フォーレン商会の使い走りとなる』とか『私財を全て商会に渡し、その後に得た金もすべて商会の物になる』とか、そういった契約なのです。このままでは、冒険者がこの町からいなくなってしまいます」

「貴方が対応すれば済む話ですよね。私にその話を持ち掛ける意味が分かりません」

「それは……その……」

「まさか、貴方も既に契約破りをしてて、その尻拭いをしろって話じゃないですよね?」

 その質問に、ギルドマスターは黙って視線を逸らした。それで察したリョウジは、盛大な溜め息をつく。

「……やってらんねえよ、馬鹿が……」

「そのっ!ほんとに申し訳ないとは思ってるんです!ああっ、帰らないで!本当に何でも望みの報酬を出しますから!!」

「じゃあ私を元の世界に返してもらえますか」

「えっ!?いや……それは、ちょっと無理……」

「失礼します」

「待ってください!もう貴方しかいないんです!トリアの町で講師をしていたという貴方しか頼れる人がいないんですよぉ!!」

 リョウジはまったく乗り気でないどころか、関わらない気満々だったのだが、あまりのしつこさに折れる形で、ひとまずフォーレン商会の者と話だけしてみることになった。

 もらった地図を辿って行くと、そこにはどこの貴族の邸宅だと言いたくなるような立派な建物があった。商人ギルドの建物らしいが、話に聞く悪辣なやり方で金を集め、このような立派な建物を建てられたのだろう。

 中に入り、受付でフォーレン商会の者と話したいと告げると、あからさまに警戒した態度を取られる。しかし、特に依頼を受けたわけではないこと、ここまでギルドを成長させた手腕について話を聞いてみたいこと等を告げると、無事に応接室へと通された。

 これまた、どこの貴族のお茶会だというような茶菓子を楽しんでいると、初老の男性と、比較的若い男性の二人が部屋に入って来た。

「やあ、お待たせしてしまいましたな。私がフォーレン商会の長、エイエル・ド・フォーレンです。こちらは息子のアルベス」

「お時間を頂き、ありがとうございます。私はリョウジ・ミヤタ。こっちは息子のコウタです」

 椅子から立ち上がり、軽く頭を下げる。頭の中で商会の名前が変わりそうになるのを何とかこらえつつ、リョウジは笑顔を浮かべる。

「さて、何やら当商会の話を聞きたいとか?」

「ええ、色々なお噂も聞きますが、何にせよこれほど立派な建物を建てられるだけの富を集めることができたのは、エイエルさんの手腕によるものでしょうから」

 言外に『黒い噂は知っているぞ』と匂わせつつも、リョウジは敵対的な言動はせず穏やかに話を続ける。

「どのようなモットーがあるのか、どのような失敗談があるのか。そんなところを、後学のためにお聞かせ願えればと思いまして」

「ほほう。失敗を聞きたがるとは面白いですな。いや、なかなかに良い視点をお持ちだ。人は皆、成功談だけを聞いて、何も考えず真似をして、嘘をついたと怒る者ばかりだと思っておりましたよ」

「周囲の人間には恵まれなかったようですね。でも、その中でこれほどの成功を収めたのですから、やはり素晴らしい手腕をお持ちなのだと拝察します」

 若干の応酬を交えつつも、話そのものは割と和やかに進んだ。事実、エイエルは老獪な商人そのものであり、人を楽しませる話術にも長けていた。若い頃の失敗談にはリョウジも共感できるものがあり、思った以上に話は弾んだ。

 しかしやはり、エイエルは老獪な商人であった。

「――しかし、リョウジ殿。S級というランクを背負うには、その、失礼ながら少々物足りないように思うのですが、実際のところは如何なのですかな?」

「足りないものだらけですよ、私は。スキルのおかげでこのランクにはなりましたが、戦闘は苦手ですし、身体能力だって特に優れているわけでもありません」

 まったく気負わずに答えるリョウジに、エイエルは攻め方を変えることにした。

「なるほど、謙虚な方ですな」

「いや事実なので」

「しかしわからないのは、なぜ邪魔なだけのそんな子供を連れておるのですかな?ただでさえ、S級を背負うには色々足りぬと申されるのに、余計な重荷は背負おうとされるのは、なぜですかな」

 その瞬間、明らかにリョウジの表情が変わった。それを見て、エイエルは内心ほくそ笑む。

 彗星のように現れたS級冒険者、子連れ狼のリョウジ。その情報は、ありとあらゆる場所で得ることができ、どういった人物か、どういった物を好むのか、そんな情報はいくらでも手に入る。それと同様に、どんなことをされると怒るのか、どんなことが嫌いなのか、そういった情報すらも、手に入れるのは容易いものだった。

「自分の息子ですから。一緒に元の世界に帰ると、妻とも約束しましたので」

「ほっほっほ。どうせ半年も帰らねば、妻など別の男を作っておりますよ」

「はっはっは。さすが、人材に恵まれなかった方だけありますね。過去の傷を抉ったようで申し訳ない」

 ピクッと、エイエルのこめかみが動いた。講師をしていて割と弁の立つ男だとは聞いていたが、咄嗟にそう言い返す辺り、思ったより頭も回るようであった。

「いえいえ、良いのですよ。出来損ないを生まれてしまった貴方よりは恵まれておりますゆえ」

「そうですか、それはよかった。しかしお互い、話に参加できない置き物があると、気兼ねなく話せて良いですね」

 顔こそ笑顔ではあるが、もはや言葉では全力の大乱闘である。コウタはそもそも参加する気もなく、クッキーをもりもり食べているだけだが、アルベスはこの言葉での殴り合いに割って入れる自信はなく、それこそ置き物と化していた。

 言葉による総合格闘技がしばらく続き、やがて話がだんだんと捻じ曲がっていく。それこそがエイエルの得意技であり、数多の犠牲者が出た所以でもあった。

「――ならば、ファイアドレイクの皮にシルバーシープの毛皮、そしてポイズンスライムの核。この三つを、一週間でこちらに納品して証明してみせよ。子供のためなら何でもするのであろう?」

「上等ですよ、やってやろうじゃないですか。もちろん、ちゃんとした契約書は作ってくれるんでしょうね?」

「魔法契約で契約してやるとも。きっちり一週間で持ってくる、で良いな?」

「一つも良くない」

 不意に声の調子が変わり、エイエルは何を言ってくるかと身構える。

「きっちり一週間だと、それ以前の納品ができない。だから、一週間以内、だ。それとあんたがいなくなるのも困るから、期日最終日には必ずこの町にいること。これは絶対に付けろ」

 その瞬間、アルベスがダンッと机を叩き、コウタがびっくりしてクッキーを置く。

「そんなの付けられるわけねえだろ!?だったらお前、ドラゴンが来ても逃げるなっていうのか!?災害が起きても逃げるなってのか!?ああっ!?」

「当り前だ、馬鹿が」

 さらっと言ってのけてから、リョウジはコウタにクッキーを持たせ、半笑いでエイエルに向き直る。

「……大変ですね、お互い失敗作で。毎回、契約の場には同席してるとお見受けしますが、それでもまだ魔法契約を理解していらっしゃらない。しかも口調もまるで山賊。商人なのにこれでは……教育も失敗のようで、心中お察しします」

 これまで効いた脅しが全く効かず、アルベスは言葉に詰まる。そして無駄に言葉で殴られることとなったエイエルは若干頬を引きつらせつつ、鷹揚に見えるように頷いた。

「ははは、お察しいただけるなら幸いですな……アルベス、黙って契約書を用意しておけ。して、その条件を付けるとして、破った場合は――」

「命を賭けてください」

 被せるように、そして当然のように放ったリョウジの言葉に、エイエルもアルベスも一瞬言葉に詰まった。

「はは……な、何を仰る。命など――」

「命を賭けてください」

「いや、話を――」

「命を賭けてください」

 まさに取り付くしまもない状態である。これは相手を見誤ったかと焦った瞬間、不意にリョウジは表情を変えた。

「いや待てよ、死なれると引き取り手もいなくなるか。ならこうしてください。『これまでに得た富をすべて本来の持ち主に返し、以降は二度と自分の富を得られなくなる』と」

「ふむ……まあ、よかろう。では、そちらは『依頼失敗の際は、全ての財産をフォーレン商会に渡し、以降に得る富もすべて商会の物とする』でよいか?」

「それで結構ですよ。ああ、あと後々『やっぱり無しだ』とか言われるのも嫌なんで『契約に文句を付けた、あるいは不満を述べた場合は、各自に設定された罰則を適用する』というのも入れておいてください」

「追加で『暴力行為に訴えようとした場合は、即座に罰則が適用される』も入れて良いか?」

「文句ありませんね。それでいきましょう」

 意見の擦り合わせも終わり、アルベスはその内容を紙に記入し、一度自分の前に持っていった。

 ズドン!と凄まじい音が鳴り、机の真ん中にホースマンズフレイルがめり込んでいた。

「小賢しい真似してんじゃねえ、失敗作が」

「な、なんのことで――」

「……」

 リョウジは黙って魔力毒の瓶を開け、それをたっぷりと自身の紅茶のカップに注いだ。

「次にふざけたこと抜かしたら、これを飲んでもらう。俺がぶっかけたって構わねえぞ」

「そ、それは一体……!?」

「魔力毒だ。鑑定してきてもいいぞ」

「はっ!?な、なんでそんな劇毒持ってっ……!?」

「S級なんでな。で、てめえが今持ってる契約書、見せてみな。どうせ内容変わってんだろ?」

 口調も態度も完全に変わったリョウジに対して、アルベスは冷や汗が止まらなかった。そこに、エイエルがやんわりと話しかける。

「アルベス、S級冒険者を試すのは良くないことだぞ。先程の内容で、しっかりと双方納得の上で、契約しようではないか」

「う……わ、わかっ……わかりました……」

 リョウジから見えないように足元に滑り落としておいた紙を拾い上げ、アルベスは机の上に置く。見えないようにやったはずなのになぜバレたのかと、考えれば考えるほど不安になってしまう。

「しかし、腐ってもS級ですな。よくあの小細工を見破れましたな?」

「馬鹿の一つ覚えって言葉がありますので」

 もはや相手にする気もないらしく、リョウジはそれだけ言って契約内容を確認する。そしてサインをして血判を押すと、それをエイエルへと渡す。

「では、この場でサインと血判をお願いします」

「ふむ、妥当だな」

 特に抵抗することもなく、エイエルもサインと血判を押す。そしてそれぞれに契約書を持ち、割り印代わりの両者のサインを書くと、それぞれにしまい込む。

「では、私はこれで失礼します。早速動かなければならないもので」

「集められると良いですな、S級冒険者様」

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