王都防衛戦
翌日、東でエイスト王国と睨み合っていた騎馬隊は仰天した。
「王都より補給品!武器、防具、ポーション、到着しました!」
「西の森より、歩兵大隊、到着しました!」
王都から大量の補給品が届いたのはまだ良い。問題はその次である。
「おい待て待て待て!!歩兵大隊!?ウィックス皇国の相手はどうした!?」
「はっ!王都より司令がありまして、装備、食料、馬、陣、全てを投棄してきました!」
「馬っ鹿野郎!何だそりゃ!?それでお前等は、本当に全部投げ捨ててこっちに来ちまったってのか!?」
「文句はジェイコヴ軍師にお願いします!現場には歩兵二小隊のアスター一名が残り、足止め工作を行いました!」
「いやいやいや、一人で足止め!?無理だろ!?どうやったって無理だろ!?」
「アスターは命を賭けて、工作を行いました!そのため、現状王都から見える位置には、敵兵は来ていない模様です!ですが、王都の戦力は近衛100人のみであるため、今日明日中には決着を付ける必要があるかと!」
歩兵大隊の報告を受け、騎馬隊長は本気で頭を抱えた。
「無茶苦茶すぎる……いや、でもそうするしかなかったのか……そして危機はまだまだ全然去ってはいないわけだ……次はここが頑張りどころなわけだ……」
頭を抱えてぶつぶつ呟いてから、騎馬隊長は顔を上げた。そこにはもう戸惑いも苦悩も無かった。
「……わかった!正直言って助かるぞ、歩兵達!500人差ならば、俺達フォーヘイロにはハンデにもならん!全員、戦闘準備だ!ここでエイストの奴等を平らげて、王都防衛に向かうぞ!」
それから、フォーヘイロ軍は即座に陣形を整え、奇襲的にエイスト軍へ突撃を仕掛けた。突然の攻撃に、エイスト軍は驚きつつも何とか応戦したが、そこで更なる驚きが襲う。
「おい!?騎兵の後ろから歩兵が来るぞ!?」
「嘘だろ!?ウィックスの奴等はどうしたんだよ!?まさか負けたのか!?」
「と、とにかく全員気合入れろ!敵の増援が来たぞー!」
それでも数に勝るエイスト軍は、相手の攻撃を耐えて反撃しようと試みたが、失敗に終わった。
そもそも、フォーヘイロの騎馬隊は非常に強く、槍衾を作ることで何とか撃退していたのだが、それを補う歩兵部隊まで来てしまっては、勝てる道理が無かった。
騎兵が掻き乱し、歩兵がじわりと戦線を上げ、槍衾を破ったところから騎兵が雪崩れ込む。
それを繰り返した結果、僅か一日であっけなくエイスト軍は敗北し、這う這うの体で祖国へ逃げ帰ることとなった。
そして、戦後のあれこれを歩兵部隊に任せ、騎兵部隊はそのまま王都へと駆け戻っていくのだった。
異常な警戒を続けつつ、ウィックス皇国軍が王都に到着したのは、丸々五日も経ってからのことだった。本来であれば二日もあれば余裕で到着できたのだが、リョウジ達の策によってここまで時間を使わされていたのだった。
もはやウィックス皇国軍は疲れ果てており、王都が見えた時には歓声が上がってしまう程度には心身ともに疲労していた。
それを迎え撃つのは、僅か100人の近衛兵と、志願して戦場に立つ数百人の市民である。リョウジは直接戦闘が苦手であるため、軍師達と一緒に城で経過を見守るばかりである。
ウィックス皇国軍はのろのろとした動きで接近し、やがて西門近くまでたどり着いた。その様子を見ながら、リョウジは思わず拳を握る。
「成功、するといいんですけど……」
その言葉に、ジェイコヴは笑って答えた。
「成功はするさ。程度が、どの程度かはわからんがな」
「この国を守れるぐらいには、成功してほしいですよ」
「それは高望みしすぎだ。東の騎兵共が戻ってくるまで、くらいにしときな」
そんな中、国王が城のテラスに姿を現す。これは軍師全員で止めたのだが『とにかく士気を煽らねばならん』とのことで押し切られたのだ。そのことにジェイコヴは不満をグチグチ述べつつも、顔は笑顔だったのが印象的だった。
「近衛兵よ!我が国を守る最後の砦よ!実戦を経験していないお前達が、一体どれほど強いのか!実は弱い者を、戦のない所へ入れただけなのではないか!そう言われ続けたお前達に、今日!その力を見せる機会が来た!」
その声は意外に大きく、城どころか城下にまで響き渡るようであり、兵士達は身じろぎ一つせずにその言葉を聞いている。
「研ぎ続けた刃を!磨き続けた技を!鍛え続けた体を!今、見せつける時が来たのだ!この場は、お前達にとって好機である!」
危機的状況を好機と言い切り、国王の言葉は続く。
「お前達の雄姿を!フォーヘイロの強さを!身の程知らず共に刻み込んでやるがいい!既に帰還を果たした、騎兵部隊と共にな!全軍、攻撃せよ!!」
直後、城壁から矢が射かけられ、その中をウィックス皇国軍が城門に迫る。すると、あえて城門をこちらから開き、中から十騎程の騎兵隊が飛び出した。
「おい!?なぜあんなに騎兵がいるんだ!?エイストは壊滅したのか!?」
「ふ、ふざけるな!こんなの相手にできるわけねえだろ!?」
そんな敵の叫びが聞こえる中、騎兵達は敵の出鼻を挫くと、悠々と門の中へ戻り、すぐに門が閉じられる。その余裕の態度に、ウィックス皇国軍は騎兵隊と近衛兵を同時に相手にするのかと震えあがった。
しかし実態は、近衛兵が市民の馬を借り、騎兵隊のフリをして戦っているだけである。敵が近衛兵だと思っている相手は市民であり、城壁で矢を射ているのも市民達である。
とにかく、混乱させ続けなければ、勝ち目はない。戦慣れしていない馬を必死で宥め、疲れた馬はすぐに交換し、城壁の臨時兵士達は狙いなどつけずにとにかく射かけまくる。
敵の判断力が鈍り、疲労も蓄積していたおかげで、作戦は思いの外うまくいっていた。しかし、やはり少しずつ綻びが出始める。
「なんか、矢の精度低すぎないか?あいつ、たまにぽろっと落としてるぞ?」
「城壁の中の騎兵隊、ピクリともしねえぞ?まさか人形か何かじゃねえのか?」
少しずつ、しかし確実に、疑念は大きくなっていく。それに伴って、敵の動きは少しずつ大胆に、そして攻撃的になっていく。
最初は簡単に蹂躙できた敵軍が、騎兵の突撃でも乱れない。矢の防御はあまりされなくなり、むしろ攻勢が強まる。しまいには近衛兵が徒歩で迎撃に出る羽目になり、明らかに旗色が悪くなっていく。
「くっそ!うまくいってたと思ったが……冒険者、何か防御戦闘の手段は知らないか!?」
「ええっと……糞尿を煮込んで、敵兵にぶっかけるという手段も……」
「やる方も嫌だな……じゃなくて!今から煮込んでる余裕はねえ!あとできれば不採用にしてえ!何か支援できねえか!?」
「麻痺毒とか魔力毒とか、敵陣に蹴り込む程度なら何とかやれますけど……」
「焼け石に水、だよな……あとは、ただただ耐えるしかねえか……」
その時、リョウジは全身の血が逆流したように感じた。ほんの一瞬目と手を離した隙に、コウタが消えていたのだ。
「えっ!?コ、コウタ!どこだ!?どこ行った!?」
慌てて周囲を見回すも、コウタの姿は無い。代わりに、西門の辺りでザワリと声が聞こえ、そこに意識を集中する。
「コウタ、絵を見に行っちゃったのか!?ちょっと待ってろ!お父さんが行くまで何もするなよぉぉぉ!!」
「親父ってのは大変だねえ……」
そうして、リョウジが凄まじい勢いで城の階段を駆け下りている頃、コウタは非常に精巧に描かれた騎兵達の絵を見上げていた。周囲の近衛兵や義勇兵は、突然現れた子供に驚いており、やがてその子が冒険者が連れていた子供だと気づく。
「お、おいおい!どうしてこんなところに!?ここは危ないから、お城に戻って!」
「お前のお父さん、すごい声あげながら走ってきてるぞ。安心させてやった方が……」
「……おいよいこりよ。どりでありまー」
絵を見上げながら何事かを言うと、直後驚くべきことが起こった。
「ヒヒイイィィーン!!」
「え!?な、絵が!?絵が動き出したぞ!?」
まさに動き出しそうな絵ではあったが、まさか本当に動くわけがない。しかし、コウタからすれば動かない方がおかしかったらしく、今や絵に描かれた騎兵達は本物の兵士達と化していた。
元は絵だった騎兵の馬は、一様に大きく前足を上げた後、一気に走り出した。
「も、門を開けろ!騎兵突撃!騎兵突撃だぁぁぁ!!」
門の開閉担当に大慌てで声をかける。それに驚き、大急ぎで門を開けると、絵に描かれていた騎兵達は凄まじい勢いで敵陣に突撃していった。
「え!?こいつら本物……ぎゃあ!」
「や、やっぱり本物だったじゃねえか!適当言いやがってっ……ぐえっ!?」
絵の騎兵は武器こそ振らなかったものの、ただ一直線に駆け抜けて行き、その途中にいた者は全て弾き飛ばされるか踏み潰されるかしていた。
「コウタぁぁぁ!!いや、これは正直ナイスアシストだけど、勝手に出て行かないで!」
そこに、リョウジが大きく息を切らせてやって来た。そして真っ白になった絵に触れると、そのまま国外にでも走り出て行きそうだった騎兵達は一瞬にして元の絵に戻った。
「と、とにかく門は閉じて!急いで!」
「あ、ああ!わかった!」
開閉担当は大慌てで門を閉めるが、既に敵陣は大混乱に陥っていた。その様子を見て、近衛兵が集合する。
「いや待て。門担当、すぐに門を開けろ。俺達近衛部隊で、西門前を平らげてやる」
「えっ!?で、ですが、敵はとんでもない数で……!」
「一騎当千の我等が、今この場に50人いる。5万までは耐えて見せるさ」
冗談めかして言ってから、近衛兵長は声を張り上げた。
「さあ、反撃の時間だ!臆病者のウィックス共に、戦いという物を教えてやれ!」
「おおおっ!!」
門が開くと同時に、騎馬隊に扮した近衛兵50騎が駆け出し、城門付近にいる敵兵を攻撃する。初めて自分の力を振るえると張り切っている上、自身が国防の最後の砦だと普段以上の実力を出す近衛兵達に対し、疲れ果て、指揮系統も混乱しきったウィックス兵など相手にもならなかった。
瞬く間に百人以上が打ち取られ、ウィックス皇国軍はますます混乱していく。その混乱に乗じて、近衛兵達は散々に敵を攻撃し、僅か一時間の間に五百を超える被害を出すことに成功した。
ちなみに、この戦いに参加した近衛兵が後に語ったところによると、一番怖かったのは城壁の味方からの誤射だったそうである。
もはやウィックス皇国軍はボロボロの状態であり、退却の笛の音が戦場に木霊する。這う這うの体で引き揚げていく姿を見て、フォーヘイロ兵達は腹の底から勝鬨を上げ、勝利を祝う。
近衛兵達はまだまだ元気いっぱいだったが、さすがに馬達が疲れ切ってしまい、追撃まで行うことは諦める。そもそも、結果は大勝利だったが、コウタの一件が無ければ押し切られていた可能性もある、薄氷の勝利である。次に相手が疲労を癒してから攻めてきたら、防ぎきれない可能性も十分にあるのだ。
そのため、フォーヘイロ兵達は早々に休むことにし、翌日の籠城戦に備えることとした。
しかし、その備えは無駄に終わることになる。
その日の深夜、ウィックス皇国軍は凄まじい足音を聞き、全員が飛び起きた。そして手に手に武器を持ち、周囲を警戒していると、そこに凄まじい数の騎馬隊が飛び込んできたのだ。
「うちの歩兵共が世話になったなぁ!今度は、我々騎馬隊が相手をしてくれるわぁ!!」
それは、戦闘が終わってから、そのまま王都に駆け戻った騎兵達だった。精鋭のみ1000騎で構成された彼等は、疲労困憊だったウィックス兵など相手にもならなかった。
「ほ、歩兵共を消したのは俺等じゃねえよ!!畜生、もう無理だ!退却だ、全軍退却しろぉぉぉ!!」
こうして、エイスト王国とウィックス皇国は自軍の兵の半分以上を失う結果となり、辛うじて逃げ帰った兵士も二度とフォーヘイロと戦う気にはなれず、侵略戦争は大失敗に終わった。
反対に、東西から同時に攻められつつも、それを跳ね返したフォーヘイロは精強で知られることとなり、さらに後々奇策を用いて危機を乗り切ったという話が広まり、知勇兼備の小大国として知られるようになるのだった。
エイストを退け、ウィックスが逃げ帰った後、リョウジとコウタはすっかり寛ぎの場となった謁見の間におり、いつもの面々と会っていた。
「リョウジよ、礼を言う。此度の危機を乗り切れたのは、お前の策のおかげだ」
「いえ、私はあくまで知ってる話をしただけで……それを作戦として使えるまでに練り上げた、軍師さん達を褒めてあげてください」
「無論、軍師達の策があってこそだ。しかし、きっかけとなったのはお前だ。お前が、この国を救ったのだ」
「素直に受け取っときな、冒険者。何をどう考えたって、お前の働きは決して小さくねえ。それで大したことねえとか言われちまったら、俺等の立つ瀬がねえ」
ジェイコヴの言葉に、リョウジは少しだけ考え、やがて小さく頭を下げた。
「わかりました。身に余るお言葉、ありがとうございます」
「しかし、本当に良いのか?国を救ったのだ、宝物庫の物をすべて持って行っても良いのだぞ?」
「いや、いりません。時空魔法の使い手がいないとわかっただけでも、大きな収穫ですから。宝物庫の中身は、今回頑張った皆さんのために使ってあげてください」
正直なところを言えば『そんな持ってるだけで騒ぎになりそうな物は欲しくもない』と言いたいのだが、さすがにそこまでは言う気にならず、やんわりとぼかして伝えるに留める。
「冒険者。お前の『現場で戦ってる奴は人間だ』って考え方は、本当に参考になった。俺は今まで、他人の心理なんて不安定なもんは、考えに入れようとも思わなかった。だが、今後は多少なりとも、考えてみることにする」
そう言い、ジェイコヴは左手を差し出す。その手を、リョウジはしっかりと握り返した。
「軍事だけでなく、内政でも王様の右腕になれそうですね」
リョウジとしては『そんなものお断りだ』という台詞が返ってくると思っていたのだが、ジェイコヴの口から出たのは全然違う言葉だった。
「そうするつもりだ。やっぱり俺はこの国が大切だし、内政にも力を入れ……っ!?」
そこまで言って、ジェイコヴは心底驚いた表情になり、慌ててリョウジの手を振り払った。リョウジは一体何事かと驚いていたが、やがてその顔に笑みが浮かぶ。
「すみません。私、触れた相手の魔力とスキルを無効化してしまうので……『天邪鬼』とか、そんな感じのスキルでした?」
「……ちっ!さっさと出て行け、冒険者!」
どうやら図星だったらしく、ジェイコヴは顔を赤くしながらシッシッと手を振る。それに笑顔を返し、リョウジはもう一度頭を下げた。
「それでは、皆さん。失礼します」
「わいわーい」
コウタも逆さバイバイをし、二人は城を後にする。その二人を、国王達はずっと見送っていた。
こうして、フォーヘイロ王国の危機は去り、国威も非常に高まった王国には、長い平和の時代が訪れることとなった。
国防に参加した国民達は強い一体感を持ち、その国民に国は国政で応え、また国防の副産物として、トリックアートを特産として扱うようになっていった。特に、城の客間の一つは窓が無く、息苦しい空間だったのだが、そこに広大な花畑とその先に広がる海の絵が描かれ、国賓に人気の客間の一つとなっていく。
また、王都防衛戦に使った騎馬隊の絵はそのまま残され、絵から騎馬隊が飛び出したという伝説と共に、長らく観光地として人気を博すことになった。
そして、たった一人で命を賭けて敵兵の足止めを行ったアスターの名は劇となって語り継がれ、フォーヘイロ王国はトリックアートと併せて芸術の国としても知られるようになっていく。
そんな天下の分け目であった防衛戦に貢献したリョウジの名声は、いやが上にも高まることとなった。そして程なく、デーモンウルフの群れの討伐に巻き込まれたり、邪教団の調査依頼を指名依頼されたり、その名声はどんどん高まっていくこととなる。
自身の実力を過信され、リョウジは大変な迷惑を蒙ることになりつつ、コウタのおかげでそれらが達成できてしまうため、その評価は高まる一方である。
結果、ドラゴン殺しの他に、フォーヘイロでは奇策の救世主と呼ばれるようになり、それを作戦として練り上げたジェイコヴと共に、歴史書の一員となるのだった。