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最強は私じゃなくて障害持ちの息子です  作者: Beo9
一章 異世界への召喚
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俺の世界

 部屋を出る前に、約束の銀貨1枚と、元の世界の金額分である銀貨1枚、大銅貨6枚、銅貨6枚を受け取る。それを渡しながら、ギルドマスターは口を開いた。

「明日、起きたら適当に来てくれ。できれば午前中で頼む。下のアイシャ……受付のあいつな。あいつに言えば会えるようにしておく」

「わかりました。色々と、ありがとうございます」

「なに、こっちにも利益のある話だ。あと……世界を滅ぼしたくもねえから、極力早めにお帰り頂きたいって事情もできた」

「あ、あはは……では、失礼しますね」

 コウタを連れて部屋を出ようとし、ドアノブに手をかけたところで、リョウジはギルドマスターの方へ振り返った。

「あ、すみません、一つ聞きたいんですが」

「ん?どうした?」

「薬屋ってありますか?できれば、睡眠薬とか扱ってるような」

「ポーションとかじゃなくて、普通の薬か?だったら町外れに一軒あるぞ。場所はアイシャに聞けば、詳しく教えてもらえる」

「わかりました、ありがとうございます」

 お礼を言うと、今度こそリョウジは部屋を出た。コウタは浮かせた硬貨を自分の周囲にぐるぐる回しており、とても楽しそうにしている。

「……コウタ、他の人がびっくりするから、これしまっておこうね」

 そう言って硬貨を掴むと、今までの動きが嘘のように落ち、チャリンと音を立ててリョウジの手の中に収まった。

「ああーっ!だり!だぁーりぃ!」

「ダメ、じゃないの。これ、そもそもお父さんのだからね」

 なおもコウタ語で不服を述べるコウタを宥めつつ、受付嬢のアイシャから薬屋と宿屋の場所を聞き、まずは薬屋へと向かう。教えられた場所にあるそれは、妙に古びた家にしか見えず、本当に薬屋なのか不安に思うほどだった。

 それでも中に入らないという選択肢は無いため、リョウジは意を決して扉を開ける。

「ご、ごめんください」

「ヒッヒッヒ、いらっしゃい。お客さんなんて、珍しいねえ」

 二人を出迎えたのは、魔女だと言えば誰もが信じてしまうような老婆だった。お婆さんが苦手なコウタは早速腰が引けているが、リョウジに抱き上げられ渋々店内に入る。

「すみません、この子が飲めるような、リスペ……精神安定剤と、メラト……じゃなくて、睡眠薬は扱ってませんか?」

「おやおや、あんたじゃなくてその子の方かね?ふむ、どぅれ」

 老婆に顔を覗き込まれ、コウタは渋面を作ると、自分の方に掌を向けてそれを左右に振りだした。

「わいわいっ!わーいわいっ!」

「バイバイじゃないでしょ、失礼な。ちょっと我慢してコウタ」

「ふむ……何やら事情がおありのようだね。そんな子がこの歳まで生きてるなんて、普通じゃない」

 やはりその話になるかと、リョウジは僅かに警戒する。するとそれを感じたのか、老婆は軽く手を振った。

「緊張しなさんな。別に取って食おうなんて考えちゃいないし、大切なお客さんに危害なんか加えるもんかね」

 言いながら、老婆はカウンターの裏の棚からいくつかの薬草を取り出し、それを薬研で擦り潰すと、二つの革袋に入れて渡してきた。

「こっちが精神安定剤、こっちが睡眠薬さ。おチビさんでも飲めるよう、眠らせるというよりは眠くなる薬にしておいた。どっちも寝る前に飲ませるといい」

「ありがとうございます。本当に助かります」

 代金は大銅貨5枚とやや高額ではあったが、背に腹は代えられない。代金を払い、店を出ようとすると、背中に老婆の声がかかった。

「ところで、あんたは冒険者かい?」

「いえ、違います。少なくとも今は、ですが」

「そうかい。もしも冒険者をやるのなら、うちみたいな薬屋では毒薬や麻痺薬みたいなのも扱ってる。必要なら調合してあげるから、いつでもおいで」

「わかりました、覚えておきます」

 今度こそ薬屋を出て、宿屋へと向かう。宿屋では素泊まりが銀貨1枚、夕食に大銅貨1枚、朝食と昼食に銅貨5枚となり、子供はそれらの半額で良いとのことだった。

「では、夕食と朝食もお願いします」

 銀貨1枚、大銅貨6枚、銅貨3枚を、銀貨2枚と銅貨3枚で支払い、部屋の鍵を受け取る。部屋は二階にあり、子供連れということで気を使ってもらったのか、角部屋であった。

 ひとまず部屋で荷物を下ろし、一息つく。ベッド一つの小さな部屋ではあるが、個室であるということで、張り詰めていた心がゆっくりと弛緩していく。

「は~ぁ……どうしてこんなことに……」

 この世界に来てから、ずっと頭の中をぐるぐる回っていた言葉を、そのまま口に出す。

 ハイキングに行って、程よく疲れて帰って、明日からはまた仕事をするはずだった。コウタが寝た後、妻と今日のハイキングの話をして、ちょっと酒でも飲むはずだった。自分は濁り酒で、妻はハイボールで、少し顔が赤くなる程度に飲んで、ゆっくり眠るはずだった。

 それが、コウタと二人で、まるでゲームのような世界に放り込まれ、有るのかもわからない、元の世界へ帰る手段を探す羽目になるとは。

「……ま、主人公なのはコウタの方だよなぁ」

 ワールドマスター。この世界の神が持っていたとされるスキル。さっきも硬貨を宙に浮かせていたし、名前通りなら出来ないことなど何もないのだろう。

 目下、この世界の平和と自分の安全は、コウタの機嫌にかかっていると言ってもいいだろう。ちなみに今は、ベッドに敷かれていた薄い布団をふっかふかの毛布に変化させるのに忙しいらしい。

「……悪夢でしかねえ」

 ギルドマスターと同じ台詞を呟くと、リョウジは自分の両頬を軽く叩いた。

「まあ、ぼやいてもしょうがない。コウタ、ご飯でも行こうか」

「ごっは」

 コウタは超絶ふかふか寝具セットを放り出すと、リョウジの手に飛びついてきた。そのまま手を繋いで一階に降り、食堂へ入る。

 中にはいい匂いが漂っており、冒険者と思しき姿もちらほらあった。席について少し立つと、恰幅の良い女性が料理を運んできた。

「いらっしゃい。二人共、変わった服装だねえ。他の国から来たのかい?」

「ええまあ、そんなところです」

 他の国どころか他の世界から来たのだが、もう説明が面倒くさかったため、それで済ませることにした。

「息子さんと二人でかい?大変だねえ」

「あいあった。えりあいあ」

 コウタも会話に参加しているようだが、生憎とコウタ語を理解できる者はいなかった。そんなコウタを見て、恰幅の良い女性、どうやら女将さんは、真面目な顔を向けた。

「へえ……大したもんじゃないか。子供のためにねぇ……」

 うんうんと頷く女将さんに、何となく悪いような気はしつつも、もう本当に説明が心の底から面倒くさかったため、リョウジは特に訂正しなかった。

「あんた、気に入ったよ。こんな子相手じゃ、ゆっくり食事もできないだろ?あたしがこの子に食わしてやるから、あんたは自分の飯食っちまいな」

「いいんですか?すみません、ありがとうございます」

 リョウジはナイフとフォークを手に取り、そこであっと思い出したように置き直し、両手を合わせた。

「では、いただきます。ほら、コウタも」

 リョウジに言われ、コウタも柏手を打つようにパンっと手を合わせた。

「ぱぱぴぴぱ!」

「……お前、ほんとになんで『いただきます』がそうなっちゃったのかな?」

 二人のやり取りを見て、女将さんは不思議そうに首を傾げる。

「それは、なんの挨拶なんだい?」

「え?ああ、食材になってくれた素材への感謝と、作ってくれた人への感謝の挨拶ってところです」

「素材に感謝?は~、それはまた変わってるというか……神への感謝ってのはよく聞くけど、素材に感謝するのを見るのは初めてだね」

 何やら感じるものがあったのか、『私もやってみようかねえ』等と言いつつ、女将さんはコウタに食事をさせ始めた。その隙に、リョウジも自分の食事を始めた。

 よくわからない肉と、芋やその他野菜の入った、肉じゃがに似た何かは思ったよりも美味しく、どんどん食が進む。そのせいで、リョウジが異変に気付くのが少し遅れた。

「うおおぉぉい!?女将、何やってんだ!?」

 客の一人が驚いた声をあげ、リョウジも慌ててそちらを見る。

「いぇひいぇいい、んが」

「ひぇいえいえい!あんいんい!」

 女将さんとコウタは、二人でピョンピョン飛び跳ねつつ、コウタ語で会話を交わしていた。そんなことをしたら汁が辺りに撒き散らされそうなものだが、汁は一滴たりともスプーンから飛んでおらず、そのままピョンピョン跳ねながら食事を進めていた。

「ちょおおぉぉ!?コウタ、何やってる!?お、女将さんも正気に戻って!」

 思わず女将さんの肩を掴むと、女将さんはハッと我に返ったようだった。

「あれ?今、この子がちゃんと喋ってた気がするんだけど……?」

「あーいあ。あい」

「気のせいだったかねぇ……?」

「そ……そうですね。たぶん、気のせいです……」

 周囲の視線をとんでもなく集めてしまい、リョウジは居た堪れなくなって食事を終えることにした。さすがにこれ以上の注目を集めるのは勘弁してほしかった。

「ご、ごちそうさまでした。おいしかったです」

「ごっきごきった」

 コウタも満足したらしく、大人しくリョウジに手を引かれて部屋へ戻る。部屋に戻ると即座に二種類の薬を飲ませ、あとは寝るまで相手をしてやることにする。

「かーり。かぁーり!」

「今日はここでお泊りだよ。まあ……しばらくはお泊り続くんだけど……お父さんも帰りたいよ……」

 ぼやいても、帰れない事実は変わらない。先のことを考えると心が折れそうになるが、コウタを元の世界に連れ帰るという目的を改めて思い出し、何とか心を奮い立たせる。

 一時間経ち、二時間経ち、22時頃にようやくコウタが寝付く。

「さすがに疲れてたのか早いな……あるいは、薬がメラトニンより強いのかな?」

 一息つくと、リョウジもドッと眠気が襲ってくる。コウタが作り出したふかふかセットの上に寝転がると、リョウジの意識はあっという間に沈んでいった。


 こうして、宮田良治と宮田洸太は異世界へと召喚され、このゲームのような世界での生活を余儀なくされることとなった。

 ただでさえ大変だった子育てがワンオペになり、消耗品の補給にも多大な不安を抱え、そもそも明日の食事まで心配しなければならない日々。

 そして何より、洸太がこの世界を壊してしまわないか、そうでなくとも、とんでもない改変をしてはしまわないか。

 そんな大いなる不安を抱えながら、彼等の異世界生活は幕を開けたのだった。

以降は毎週更新で行きます

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