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最強は私じゃなくて障害持ちの息子です  作者: Beo9
八章 救国の策士
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狂人の真似とて

『わかりました。その代わり、家族のことは頼みますよ』

『任せておけ。何なら貴族にだってしてやるさ』

『あと、俺の名前を付けた通りと、俺の銅像と、俺の英雄譚もお願いします。いっそ国名もフォーヘイロ・アスター王国にしましょう』

『欲張りすぎだ、阿呆め』

 声もなく笑ってから、アスターは不意に真面目な顔になった。

『では、私はどんな役を演じればいいんでしょう?リクエストにもある程度は応えられますよ』

『お前は唯一の生き残り、いや、残った者、か。我々が死んだかどうかも、全てが不明な状況でなければならないのでな』

 曰く、たとえば村から毎日人が消えていくとして、死体が残れば何かに殺されたとわかる。殺される恐怖はあっても、その何かを防げば良いと考えられる。しかし死体すら残らなければ、何が起きているのかさえもわからず、より恐怖を煽れるとのことだった。

 本当にとんでもない事を考える軍師共だと、アスターは心の底から呆れ返った。そして、そのとんでもない事を成功させられるのは自分しかいないのだと、秘かに気合を入れる。

 アスターは目を瞑り、わざと荒い呼吸をしながら、周囲の声に集中する。

 どうやら、自分は情報を引き出せない相手だと判断されたようで、この場に捨てて行くか殺して行くかを検討中らしい。どちらにしろ、進まれるのは困るので、最後の足止めが必要である。

 時刻は夕方を過ぎ、そろそろ日が傾き始める頃だった。状況としては、そろそろ動く時だろう。

 一つ、大きな大きな深呼吸をする。いよいよ、役者としての出番が来るのだ。

 舞台は敵兵の真っただ中。主役は自分。出来うる限りの観客を惹きつけ、そして心に残さなければならない。

 目標と目的はわかっているが、そこまでの道は出たとこ勝負、つまりアドリブ。

 だが、仲間を楽しませるためにやっていた一人芝居など、全てがその場その場のアドリブだ、出来ないわけがない。

 今は観客が少ない、もう少し待つ。照明がもう少し落ちるまで。違和感なく劇を楽しんでもらうため。

 食事の用意が始まっている。申し訳ないが、先に劇を楽しんでもらう。敵兵全てを、ここに釘付けにするほどの劇を。

 アスターの意識は役に染まりきり、深く深く沈んでいく。その目が大きく見開かれていき、目玉が零れ落ちんばかりに広がった時、そこにいたのは兵士でも役者でもなく、一人の狂人だった。

「あ、あっ、ああああぁぁぁ!!!闇が!!闇が来る!!!夜、夜は嫌だあぁぁ!!!」

 有り合わせの木で作られた簡易の檻を、全力でぶち破る。檻を転がり出て、喉が裂けんばかりに叫び、当てもなく走る。

「おい!あいつを止めろ!」

「夜っ!闇っ!来るっ!来るぅぅぅ!!嫌だ!!やめてくれ!!助けてくれぇぇぇ!!」

 訳の分からない言葉を叫び、敵陣の中を走り回る。それを止めようと何人もの兵士が走ってくるが、捕まらないよう、違和感の無いよう、絶妙に速度と角度を変えて走る。

 いよいよ騒ぎは大きくなり、武器を持った兵士も見える。これ以上人が増えれば、捕まってしまう可能性もある。そろそろ仕上げに入るべきだろう。

 幸い、目的の物はすぐに見つかった。あとは、どう掴むか。

「お前、大人しくしろ!」

 その声と共に振られる白刃。それを、アスターは素手で受け止めた。指の間から入って腕の半ばまでを切り裂かれたが、もはや痛みも感じず、アスターは地獄で神を見つけたが如き笑みを浮かべた。

「な、なんだこいつ!?」

「ああ!ああっ!終われる!!やっと終われるんだあああぁぁぁ!!!」

 役としての声だったのか、本心からの声だったのか、それは誰にもわからない。

 この劇の筋書きはほぼ自由ではあったが、終わり方にだけは指定があった。

『それはな、異世界から来た冒険者が、その世界で一番の剛の者の死に様だと言っていたそうだ。最後は、それで頼む』

 アスターは自身の腕を裂いた剣を奪い取ると、それを口に咥え、笑顔すら浮かべながら、地面へと飛び込んだ。


 剣を口に咥え、自分から地面に飛び込むという狂気じみた死を迎えた敵兵を、全員が声もなく見つめていた。

「な……何なんだよ!?本当に一体何なんだよ!?どういうことだよ!?フォーヘイロっつったら恐れ知らずの軍団だろうが!?それが、これは何なんだよっ!?」

 誰かが叫んだが、誰もそれに答えることはできない。その場にいた全員が、同じことを思っていたからだ。

「夜が何なんだよ!?闇が何なんだよっ!?何が来るってんだ!?何かが来るのかよっ!?」

「落ち着け!取り乱すな!」

 偵察隊長が何とか威厳を保った声で言うが、恐怖に染まった兵士は激しく言い返してきた。

「何をどうしたら、この状況で落ち着けるんだよ!?絶対何かがいるんだぞ!?フォーヘイロ兵共を消し去って、あいつをあれだけ狂わせた何かが!!」

 何かがいる。その言葉に、全員に緊張が走った。

 状況で考えれば、そうとしか思えなかった。一夜にして敵兵がいなくなり、唯一残っていた者は発狂しており、闇を異常に恐れていた。そして、闇から逃れられると、笑顔すら浮かべながら死を選んだのだ。闇から何かが来るのか、それとも闇自体に何かがあるのか、言葉からは判別もできない。

「くっそ!誰だよ、挟み撃ちで簡単に倒せるとか言ってた野郎は……!こんな、訳わかんねえ化けもんがいるなんて聞いてねえぞ……!」

 偵察隊長は何とかギリギリで無表情を保てていたが、できることなら大声で叫びながらこの場を逃げ出したかった。人間や魔物相手ならばいくらでも戦えるが、敵が何であるかすらわからないこの状況は、ひどく恐ろしかった。

「……とにかく、火を多く焚け!闇を作るな!できればテントも使うな!見張りは小さな事でも、見間違いかもしれなくても、何かあれば全て報告しろ!」

 かと言って逃げ帰る訳にもいかず、偵察隊長はそう指示を出す。だが、その指示自体が、既に未知への恐怖に塗れていることに、誰も気づかなかった。

 一人の兵士の死は、ウィックス皇国兵に尋常ではない恐怖をもたらし、その恐怖からウィックス皇国兵は進軍に多大な労力を費やすことになった。

 偵察、索敵を異常に念入りに行い、夜は煌々と火を焚き、その光を遮ることもできず、僅かな物音にも全軍が叩き起こされる。移動は日が高く昇ってからに限られ、野営準備も異様に早い。

 移動速度は遅く、まともに眠ることもできず、四六時中緊張感に苛まれる。いかに過酷な状況に慣れた兵士とはいえ、限度というものがある。

 こうして、たった一人の犠牲の元、フォーヘイロ軍は五日間の猶予を得ることができ、敵兵の士気と力を大きく削ぐことに成功したのだった。


―――


「ウィックス皇国の足止めに成功しても、エイスト王国との戦いには多少なりとも日数が必要だ。その間に、ウィックス皇国がこっちに来る可能性も大いにある」

 礼儀もマナーもなく、玉座の間に持ち込まれた食事を手掴みで食べながら、ジェイコヴは言った。

「そうでなくとも、エイスト側の戦場までは二日かかる場所だしな。まあ、騎馬隊だけなら一日で帰って来られなくもないが」

「つまり、ここでもウィックス皇国対策が必要だと言うことですか?」

 聞き返すリョウジも、マイ箸を使ってコウタに食事をさせている。こうなった理由としては、食事の度にいちいち場所を移動するという無駄を省いたためであり、さらに策がリアルタイムで国王に伝わるという利点があるということで、完全にジェイコヴの一存で決まったことである。

 しかし、軍師とリョウジ親子、護衛兵に関しては食事の質にまったく拘らず、むしろ軽く食べられるものを好んでいたため、食事の準備が非常に楽であり、厨房の者達からは秘かに歓迎されていたりする。

「そういうことだ。今、ここにいるのは近衛兵100人だけ。装備は予備と訓練用の物が少々。城下の物を買い上げても、そう多くは無いだろうな」

「それで3000人を止めるのは、まあ厳しいですね……」

「おい、いー」

 コウタはイチゴのヘタをリョウジに差し出し、リョウジはそれをやんわりと手で制している。

「はっきり『無理』だと言っていいんだぞ?実際無理なんだからな」

「でも、その無理を通そうって頑張ってるわけですからね。思考を止めないためにも『難しい』にしておこうかと」

「お前が冒険者じゃなきゃ、軍師にスカウトしたいところだ。この状況で諦めないってのは、もはや才能だぜ」

「おい、いー」

「コウタやめて、おいしくないから……ここまで攻め込まれたら、私自身どうなるかわかったもんじゃないですからね」

 リョウジの言葉に、ジェイコヴは人の悪そうな笑みを浮かべた。

「同じ状況で、この国にずっと暮らしてたのに、諦めてた奴等だっているんだけどな。なんで国外の奴の方が頑張ってるのやら」

 ジェイコヴの言葉に、軍師達は気まずそうに視線を逸らした。

「あ、あはは……私は逆に、何の責任も無い立場ですから、気軽に考えられるのが大き――」

「こあ。おい、いー」

「『こら、おいしい』って何!?イチゴのヘタはいらないからね!?」

 リョウジとコウタのやり取りに、ジェイコヴは喜劇でも見るかのような楽しげな視線を向けている。

「お前、子供に何か食べさせるときに『おいしいよ』とか言ってねえか?」

「あ、はい。よく言いますが……あ、なるほど。だからコウタにとっては、『おいしい』っていうのは『食べろ』って意味なのか」

「おい、いー」

「食ってやれよ。意外とうまいかもしれんぜ?」

「絶対不味いのはわかりきってますけどね」

 リョウジは観念してイチゴのヘタを受け取ると、それを口の中に放り込む。コウタはそれを満足気に見つめ、次のイチゴを食べだした。

「……で、うまいか?」

「うまい訳無いでしょう……苦みがあって、微妙なえぐみもあって、決しておいしいものではございません」

「はっはっは、お前は本当に真面目な奴だよな」

 そんなジェイコヴの姿を、国王を含めて全員が驚きを持って見つめていた。

 そもそも、この尊大かつ横柄な男は、古今東西様々な軍略の知識を持っていることから、軍師に登用された人物である。しかし、基本的に周りを見下しており、そのために周囲との衝突が絶えず、優秀だが使い辛い人物だった。

 国が存亡の危機を迎えてからも、国王が発破をかければかけるほど、軍師が様々な案を出すほど、逆にやる気を無くしていく有様であり、もう完全に役に立たない男とすら思われていたのだ。

 それが、リョウジの案を聞いて以降は彼と嬉々として意見交換をし、軍師達とも細かい部分を詰め、これ以上ない程優秀な軍師として動いている。

 しかし、一体何が彼をここまで変えたのかがわからず、周囲はただただ戸惑っているばかりである。

「ま、最悪城に引き籠って完全防衛に努めれば、一日ぐらいは持つかもしれんが……それでも、できれば確実に一日か二日、引き延ばせる策が欲しい。他に、何か相手をビビらせる奴ないか?」

「うう~ん……メアリーセレストよりいい奴はなかなか無いですが……ん~、ちょっと考えてみますよ」

「結構、何でもいいんだぜ。お前から聞いたハーメルンの笛吹きだの、キソヨシナカ?の話だのは、策に組み込ませてもらってるからな」

「え、木曾義仲の話のどこにそんな要素が?」

「まあちょっとな。そこは軍人にしかわからん話さ」

 しかも、である。一般人であるリョウジを気遣っているらしく、兵士の一人を犠牲にして策の補強をしたことなどは、リョウジには知らせないようにしている。曰く『策をもらったところで素人は素人、敵と戦うのは兵士と軍師の仕事だから、素人に背負わせる必要はねえ』ということである。

 他人を気遣うところなど見たことがないどころか、むしろ気遣いをしろと思っている面々からは、もはやリョウジに惚れているのでは、などという意見が出る始末だった。

「……あ、一個思いついたんですが……絵がうまい人、もんのすごくうまい人っていますか?」

「絵?絵って、あの絵だよな?まあ、護衛にも幾分かと、城下に画家はいたはずだが」

「じゃあ、ぜひ試してもらいたいことがあるので、その人達集めてもらえますか?」

 リョウジの言葉は即座に伝えられ、一時間もすると六人の者が玉座の間に集められた。リョウジは彼等に何事かを伝えると、連れだって部屋を出て行き、さらに二時間ほどしてから玉座へと戻って来た。

「では、軍師の皆さん。良ければ国王様も、ちょっと隣の部屋へ来てもらえますか?」

「今度は何を思いついたのやら。期待するぞ?」

 全員で隣の部屋に移ってみると、何やらやり遂げた表情をした六人と、机の上に箱が乗っていた。

「皆さん、その箱を上から見てみてください」

 言われるままに箱を覗き込むと、そこに白い紙が敷かれ、六本のペンが立てて置いてある。これに何の意味があるのかと、全員が首を傾げた。

「……ペンを立てられるのはすごいと思うが……これが何か?」

「では、ペンを一つずつ取ってください」

「いよいよもって訳が分からんな。ペンに何か――っ!?」

 真っ先に手を伸ばしたジェイコヴの顔に、驚愕の色が浮かぶ。それを見て、六人の画家達はアイコンタクトを送りあい、にんまりと笑った。

「なっ、ペンがない!?絵か!?これ絵なのか!?」

「ちゃんとペンもありますので、ぜひ試してみてください」

「む、なら儂が……おお、これは本物だぞ!」

「くっそ、俺も……ああっ、これも絵かよ!?」

 結果、半分が絵で半分が本物だったのだが、ジェイコヴはわかってやっているのかというぐらいに引っ掛かり、一人で全部の絵を引き当てていた。

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