王様、黙れ
リョウジが召喚された世界は、かつての日本のように小国が多数存在していた。
それらの小国を束ねる大国はあるのだが、束ねるとは言っても強力な拘束力があるわけでもなく、言ってしまえば最も強い国であるが故に、他の国も多少は言う事を聞くという程度である。
そんなわけで、国同士の小競り合いなどは日常茶飯事であり、それなりに大きな戦争が起きることも珍しくはない。現に、この国は戦争の真っ最中だった。
フォーヘイロ王国は、大陸の北側に位置する国であり、さほど大きな国ではない。しかし平地に作られた国であり、伝統的に騎馬戦闘を得意としており、兵士の数は少ないのだが精強な軍勢として知られている。
そのため、周辺国は積極的に戦争を仕掛けようとはしなかったのだが、この時は東のエイスト王国が数を頼りに戦争を仕掛け、それに対応している間に、西のウィックス皇国が挙兵したのだ。数では押されつつも、地の利と精強な騎馬軍団のおかげで何とか戦線は拮抗していたが、このままではどちらかが破られるのは時間の問題だった。
だが、東西どちらにも援軍を送る余裕はなく、また数で劣るため、このままではジリ貧。つまり、状況としては完全な詰みであった。
そんな状況のフォーヘイロ王国の玉座の間では、眉間に深い皺を刻んだ国王と、その顔色を窺いおろおろする大臣。完全にやる気のない軍師が一人と、国王の顔色を窺う軍師が三人いた。
「なーななーなーなーなーなーな、なななななー。ありおりどりどりいっぷんまー!」
「ラーララーラーラーラーラーラ、ラララララー。きーのう……って、なんでそこでラップになるのかな」
そして、その場にまったく似つかわしくない、陽気に歌う男児とその親。いつも変わらぬ、リョウジとコウタである。
「……で、もう一度申し上げますが、私は戦闘力は皆無です。スキルこそ特殊なもので、そのおかげでドラゴンと戦えはしましたが……決して、私一人の力で勝ったわけではないのです」
「だが、S級なのは確かなのだろう!?その力で、何かできるのではないのか!?」
「もしも、今ここでとんでもない威力の魔法が飛んで来たとか言うのであれば何とかできますが、そうでもなければとてもとても……兵士の皆さんと戦ったら、私は瞬殺される程度の力しかありませんよ」
とにかく、運が悪いとしか言いようが無かった。リョウジがこの国に来た瞬間に戦争が始まり、国境が封鎖された。ならば戻るかと思ったところで、反対側からも攻め込まれ、困り果てた国はS級の冒険者がいるという情報を得てしまい、無理矢理呼び出されたのだ。そして、リョウジの戦闘力が皆無だと知って、全員がガッカリしているのが現状である。
「ですので、出来れば解放してほしいのですが……無理ですかね?」
「だが、何かできることがあるかもしれん!戦争が終わるまでは、ここにいてもらうぞ!」
「はぁ、そうですか……仕方ありませんね」
どうやら本当に役に立たないようだと悟ると、国王は声を荒らげた。
「とにかくお前等!何か策は無いのか!?東西の敵を討ち破り、我が国を何としても勝利させよ!」
「し、しかし王よ……現在、東に騎馬隊3000、西に歩兵1500を送っておりまして、これ以上は近衛騎馬兵団の100しか……」
「し、しかも、敵は東が5000、西に3000です!全兵力を当てれば勝てますが……!」
「だったら、どうすれば全兵力をぶつけられるのだ!?どうやればよいのだ!?」
国王が叫ぶと、軍師達は首をすくめ、途端に弱々しい声になった。
「それは……その……」
「ええい、使えん奴等め!国の危機なのだぞ!お前等はこういう時のためにいるのではないのか!」
「し、しかし……」
「『しかし』ではないわっ!とにかく今すぐ、この戦争を乗り切る策を考えよ!」
完全に部外者の気分で聞いていたリョウジだったが、聞いているうちに少しずつ苛立ちが募る。
「そうは仰られましても……これは、正直、その……」
「無理だと言うのか!?四人もいて、誰一人考え付かんのか!?ええい、危機感のない奴等め!存亡の危機だということが分かって……!」
「すみません、ちょっといいですか」
ついに苛立ちが最高潮に達し、リョウジは口を挟んだ。言葉を遮られた国王は顔を顰め、軍師達はホッとしたような、怯えたような表情でリョウジを見つめる。
「まず、国王様。今貴方がやるべきことは一つですが、それが何かわかりますか?」
「何だ冒険者!何か思いついたのか!?ならば早速教えるのだ!」
「わかりました。では国王様、黙ってください」
「なっ!?だ、黙れだと!?」
思わぬ言葉に、国王だけでなく軍師も大臣も驚いている。数少ない護衛兵は、無礼な口をきいたS級冒険者をどうしたらよいのかと、おろおろ戸惑っている。
「はい、黙ってください。黙れないというのなら、私の質問に答えてください」
「質問だと!?何を聞くつもりだ!?」
「では……国王が私の世界に来たとします。パソコンを使っていたらブルースクリーンを吐きました。セーフモードの立ち上げもできそうにありません。さて、どう対処しますか?」
「ぱ、ぱそ……な、何だ?何を言っているのだ?」
まったくもって訳の分からない言葉に、国王は勢いを殺がれてしまう。意味が分からないのは周囲も同じだったが、リョウジは当然予想しており、言葉を続ける。
「……何言ってるんだかわかりませんよね?ちなみに模範解答は『専門家に任せる』です」
「そ、それが何だというのだ?」
「国家存亡の危機なんて、そう滅多にあるもんじゃないですよね?今回が初ですよね?知らないものに完璧に対処できる人なんて、当然いませんよね?でしたら、わからない人はわからないなりの対応をするべきです。すなわち、黙るべきです。黙って専門家に任せるべきです」
言い切ったリョウジに、国王は何も言えなくなっていた。国王だけでなく、大臣も軍師も護衛兵も何も言えなかった。
ここまで言ってから、リョウジは内心『国王に向かって言いすぎたか』と焦っていたのだが、その時突然、室内に笑い声が響いた。
「はぁっはっはっは!そこのド素人、言うじゃないか。国王に向かって『黙れ』とはな。しかし、確かにそうだ。わからねえならわかる奴に任せろ、正論だな」
それは、これまで全くやる気を見せていなかった軍師の言葉だった。面白いものを見つけたとでも言いたげに、その目はまっすぐにリョウジを見つめている。
「ド素人、お前のおかげで少しは話が進みそうだ。感謝するぞ」
「あ、いえ。勝手に、昔の上司を思い出して不快になっただけですので……」
「はっ、ならその上司に感謝するさ」
軍師は少しやる気を出したらしく、地図と勢力図の広げられた机の前に立ち、ぐるりと首を巡らせた。
「おお、お……ジェイコヴがやる気になるとは……!」
「さて、と。つっても、絶望的な状況が変わるわけでもねえ。エイストはギリギリ抑え込めても、ウィックスは無理だ。もって半月……早けりゃ、一週間以内には押し切られて、ここまで攻め込まれて全員、身長が縮む。そこまでは確定だ」
言いながら、ジェイコヴと呼ばれた軍師は自分の喉を掻き切る仕草をする。
「正直言って、もう手詰まり、詰みだ。でも、俺等じゃどうにもならなくても、もしかしたら、何か一筋でも希望が見えるかもしれねえ。つうわけで、お前も何か意見を言ってくれ」
そう言われ、リョウジは思わず両手を上げる。
「いや、そう言われましても……私、これでも戦争とか無縁だったもので……」
「構やしねえ。国王に黙れと言える、お前の無茶苦茶っぷりが気に入った。とにかく何でもいい、この状況を変えられるような何かが欲しいんだ」
『何か』と表現する辺り、本当に策などは求められていないのだろうと判断し、リョウジは首を捻る。
戦略シミュレーションなどはやったことがあるが、この状況でできることなど何もない、というのが結論である。であれば、もう少し視点をミクロにしてみようと思い、戦場だったら、と考える。
東西の部隊は、それぞれ敵と戦っている。であれば、動かすことは不可能である。自由に動かせるのは精鋭100人のみ。考えれば考えるほど詰みであるが、前提が間違ってはいないかと思考を巡らせる。
それぞれ敵と戦っているので動けない。であれば、戦っていなければ動けるのか。であれば、逃げるか。逃げ帰ってそのまま反対側の戦闘に参加。その場合は、その隙に攻め上がられて終わる。
であれば、攻め上がらせない何かは無いか。少数でゲリラ戦でもするか。西の軍は森にいるようだが、それなら可能か。しかし、それでも100人で30倍の相手は無理がある。
「攻め上がらせない……攻められない……攻めたく、ない……?」
その時、リョウジの中で何かが引っ掛かった。攻めたくない状況は作れないか。どういう状況なら攻めたくなくなるか。どういうものが一番嫌か。
そもそも、敵は何だ。魔物ではない、人間だ。人間なら、何かなかったか。
「……メアリーセレスト号……」
「は?今何と言った?メアリー……?」
「メアリーセレスト号事件という、まあ幽霊船伝説ですね。これを利用して、敵を足止めできないかと思いまして」
リョウジの言葉に、ジェイコヴ以外の軍師達は首を傾げる。
「一体、どんな伝説なのだ?」
「ええと、ある船が一隻の船を見つけます。その船は呼びかけにも反応せず、船員の姿も見えず、ただ漂っています。不審に思った船員達がメアリーセレストに乗り移ってみると、まるでついさっきまで人がいたような状況でした。読みかけの本、手つかずの朝食、飲み物に至っては、まだ湯気が出ている状態です。なのに、人の気配は何もない。結局、その船の乗組員がどこに行ったかは、わからないままだった……というものですね」
「ふむ……?確かに、気味の悪い話だが、それをどうしようと――?」
「お、おいおいおい。お前、まさか……」
ジェイコヴは意図に気付いたらしく、苦笑いのような呆れ笑いのような、何とも微妙な表情を浮かべている。
「はい。西の軍を、これを参考に一斉に退却させたらどうでしょうか?目の前の敵と、食事の準備すら放り出して、突然相手が消えてしまったら、敵もびっくりするし警戒しませんか?」
リョウジの言葉に、一同は考え込んだ。やがて、一人の軍師が口を開く。
「だが、それが成功するという保証は?」
「え?あるわけないじゃないですか」
事もなげに言うリョウジに、軍師はがっくりとうなだれた。
「そ、そんな無責任な……!そんな策など、使えるわけが……!」
言いかけた軍師の言葉を遮り、ジェイコヴの笑い声が室内に響き渡った。
「はぁっはっはっはっはっは!お前、本っ当に面白いな!恐怖か!恐れ知らずの兵士達に使う手段が恐怖か!はっはっはっは!それは全く思いつかなかった!いや、恐れ入るぞ、ド素人!」
一頻り笑ってから、ジェイコヴはふと真顔になり、他の軍師を睨み付けた。
「……で、お前等はこいつに何を求めてるんだ?保証?あるわけねえだろうが。国家存亡の危機に、俺等軍師が、ド素人の冒険者に保証を求めるなんて、筋違いも良い所じゃねえのか?」
「あ、いや、それは……」
「恥じるべきなんだよ、俺達は。ド素人に頼って、ようやく滅亡100パーセントが99.9パーセントに減ったんだ。この案を俺達が出せなかったってことは、軍師にとって一生ものの恥だ。全員、心に刻め」
どうやら立場自体はかなり強いようで、ジェイコヴの言葉に誰も何も言えなくなっていた。空気が重くなるのは嫌だなと、リョウジは努めて明るい声を出す。
「ま、まあ、いいじゃないですか。それより、ここから先はブレインストーミングをやりませんか?」
「また知らん言葉が出たな。なんだそれは?」
「ええと、出来る出来ない、良い悪いは別にして、とにかく案を出しまくるんです。出して出して出しまくって、最後にそれを組み立てるんです。その方が、いい案が出る確率は高いそうですよ」
「なるほど、採用。じゃあお前等、案に対しての良し悪しは言わないから、とにかく全員、思いつくもん全部出せ。あと国王に護衛共、あんたらも何かあるなら言え。案として全部検討してやる」
「む……なら、近衛兵全員を西に送るのはどうだ?」
「はぁ、そんなんで足りるわけ……いや、良し悪しやらは問わないんだっけな?わかった、近衛を全部西に送る。他には?」
「あ、だったらこんなのはどうでしょう?東の軍ですが――」
「な、なら俺も。撤退戦だったら――」
「あいでぃあでぃお、おりあーおぃー」
かくして、玉座の間にはこれまでと違って一気に熱が満ち、その場にいる全員での案出しが遅くまで続けられ、その後は軍師達の話し合いが夜を徹して続き、翌日には西の軍へと伝令が走るのだった。