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こっき召喚の儀

 翌日、リョウジは宿を出るとギルドに向かい、新たな護衛依頼を受けて北の町へと向かった。今回の依頼主は商人であり、北の町からこちらへ仕入れに来ていたらしい。

「貴公が今回の護衛仲間か。私はレウギンと申す。よろしく頼むぞ」

「レウギンさん、初めまして。私はリョウジです。こっちは息子のコウタです、よろしくお願いします」

 そして、今回の護衛仲間はB級の戦士だった。リョウジに負けず劣らず年季の入った男で、雰囲気からも歴戦の戦士であることが感じられる。持っている物が長い武器だったので槍かと思いきや、聞いてみれば得物はフットマンズフレイルだということだった。

「はっはっは、まさか貴公もフレイルをお使いとは。どういった理由でそれを選んだのか、お聞かせ願えるかな?」

「あー、私の場合は戦闘が苦手で、武器の手入れも不得手なので、振り回すだけで使えて、手入れが楽で、携帯しやすいけどリーチが長くて、打っても手が痺れない物、と武器屋の主人にリクエストしたらこれを見繕ってくれました」

「はっはっはっは!なるほど、良い武器屋に巡り会えたのだな!いやしかし、子供と旅をするのであれば、最も良い選択であろう。刃物では悪戯をされた時に危険であるしな」

 そう語るレウギンの物は、接続部分が鎖ではなく節のようになっており、全長は2メートルを超えている。さらに打撃部分には鉄製の棘が生えた輪が取りつけられており、リョウジが使う物よりも数段殺傷力がありそうである。

「さて、では依頼主殿。フレイルを持った中年二人で良ければ、護衛させていただきますぞ」

「いえいえ、とても頼もしいですよ。それでは、出発しましょう」

 今回の護衛は二人だけである。北の町は一日で行ける範囲にあるため、この護衛も念のためということらしい。特に盗賊が出るという情報もないため、そもそも護衛を頼むか迷ったらしいが、やはり何かあった時が大変だということで、二人だけ付けるようにしたらしい。

 しかしそんな内容の依頼であっても、レウギンとリョウジはまったく手を抜かない。レウギンが先頭を歩き、リョウジは後ろで、二人の間に依頼人とコウタを挟む。元々が武人気質のレウギンに、そもそも戦闘が得意ではないリョウジは、何も起きはしないかと常に気を張っている。

 あまりにも真面目に護衛の仕事をこなす二人に、商人はもう少し気楽にやっても良いと言ってくれるのだが、レウギンは頑として、リョウジはやんわりと、それぞれにお断りする。

 真面目なのはいいが、あまりに真面目すぎると息が詰まる。逆に人選誤ったかと、依頼人が密かな後悔をし始めた頃に、それは起きた。

 レウギンが、サッと手を上げる。同時に、リョウジが口を開く。

「周囲に動きがあります!左右、囲まれてます!」

「む、半包囲か。リョウジ殿!」

 素早く戦闘態勢に移った二人の前に、粗末な装備を付けた人間達が現れる。その数は多く、ざっと見ても四十人は下らない。

「盗賊だと!?こ、こんなに多くの盗賊がいるなんて聞いてないぞ!?」

 思わず叫んだ依頼人に、盗賊の一人が笑った。

「そりゃそうだろうよ。俺等は西の方から移って来たばっかりだからなあ。それでお前等が、初の獲物ってわけだ」

 二人で相手をするには、あまりに人数が多い。護衛を付ける判断をした自分を褒めるべきか、それともこんな状況に陥った不幸を嘆くべきかと、依頼人が錯乱気味に考えているところ、レウギンはリョウジに話しかける。

「極力、私が相手をする。リョウジ殿、依頼主殿を頼みますぞ」

「わかりました。息子も一緒ですから、全力で戦いますよ」

 身構える二人を見て、また別の盗賊が声を上げる。

「しっかし、おっさんしかいねえじゃねえかよ……子供も男だしよぉ。おめえら少しはむさ苦しいとか思わねえのか」

「男でも子供なら、まあいいじゃねえかよ」

「……あいつは殺しますね」

 言いながら、リョウジは魔力毒が入った瓶の蓋を開けている。それを軽く止めつつ、レウギンは苦笑いを浮かべる。

「私が薙ぎ倒せばいいだけだ。それより、戦いは先手必勝。やるぞ!」

 言うが早いか、レウギンは驚くほどの加速で一瞬にして距離を詰めると、まだ喋っていた盗賊を派手に吹き飛ばした。

「な、何だこいつ!?とんでもなく強えぞ!?」

「あ、慌てるな!相手は一人だ、囲んで討ち取れ!」

「一人じゃないですよ、っと!」

 慌ててレウギンに対処しようとする盗賊の群れに、リョウジは麻痺毒瓶を蹴り込んだ。蓋を開けて回転するように蹴り込んだおかげで、麻痺毒は辺り一帯に振り撒かれ、それに触れた何人かが地面に倒れる。

 さらに追加で麻痺毒を蹴り込むリョウジに、また別の盗賊が声を上げる。

「おい、あっちの奴も厄介だぞ!どんだけ毒を……ぐべっ!」

 麻痺した盗賊は無視し、レウギンはとにかく数の多い所を狙って殴り込み、確実に相手の手数を減らしていく。しかしそれでも多勢に無勢であり、少しずつ手傷が増えていく。

「レウギンさん!そのまま進んでっ……よし!」

「ぬっ!?これはポーションか!?助かる!」

 レウギン目掛けて蹴り込まれたポーションは見事に命中し、レウギンの傷が一瞬にして塞がっていく。

「おい!あの野郎を先に潰せ!毒でも何でもいい!とにかくあいつを何とかしろ!」

「だったら、こいつを食らえ!」

 あまりに厄介と判断されたのか、盗賊の一人が瓶の蓋を開け、中身をリョウジ目掛けて振り撒いた。咄嗟に盾で防ぐも、液体は防ぎきれず、リョウジの体にかなりの量の液体がかかった。

「ざまあみやがれ!どこぞの貴族が持ってた魔力毒だ!これであいつは…………死ななくね?」

「ステータス オープン……ああ、確かに魔力毒ですね。じゃあこれを塗って、と」

 掛かった魔力毒を、自身のフレイルにたっぷり塗り付けると、リョウジはそれをぶんぶん回して見せる。

「どうぞ、魔力毒で死にたい方からかかってきてください。暗殺者も命乞いをするほどの毒ですからね、効きますよ~」

「お、おい!?なんで死なねえんだよ!?」

「どうすんだよ!?むしろ強化されたじゃねえか馬鹿!」

 ぎゃあぎゃあ騒ぐ盗賊達を生暖かい目で見ていると、不意にその場に似つかわしくない声が聞こえた。

「こっき」

「こっき!?え、コウタ!?ちょっ、こっち危ないって!いつの間に!?」

 いつの間にか、コウタが近くに立っていた。しかも、そのまま盗賊達の方へ駆けてゆく。

「コウタ!?コウタぁ!待て!戻りなさい!コウタぁー!!」

「おい、なんだこのガキ?まあちょうどいい、こいつを人質にすればあいつは――」

「や、こき」

 斜め上を指さし、曇りなき眼でそう宣言するコウタ。一体何を言っているのかと盗賊達が訝しげに見つめていると、コウタは再び口を開いた。

「や、こき」

 盗賊達の中に、ある衝動が広がっていく。それは抗えるものではなく、むしろそうしなければならないという強迫観念にすらなっていく。

「や、こき」

「……や、こき」

 コウタと同じく、斜め上を指さし、そう発言する。俺がしなければならない事とはこれだと、盗賊達はその時気付いた。

「や、こき」

「や、こき!」

「お、おいお前等!?一体どうし――」

「や、こき」

「……や……や、こき」

 その輪はどんどん広がっていき、いつの間にか戦闘も止まっている。しまいにはレウギンや殴り倒された盗賊や、麻痺していたはずの盗賊まで起き上がり、その輪に加わっていく。

「や、こき」

「や、こき!」

「や、こき」

「や、こき!」

 数十人の盗賊とレウギンが、一様に空を指さし、同じ言葉を合唱する。どうやらかなり厳格な規定があるようで、コウタは全員の腕の角度や視線などを直していき、言い方もまだ満足できないのか、同じ練習が続いていく。

「や、こき」

「や、こき!」

「や、こき」

「や、こき!」

 もはやコンマ単位でのズレすらない、完璧な合唱であったが、それでもコウタの求める基準には届かないらしく、練習は続く。

 その光景を、リョウジは依頼主の肩に触れながら生暖かく見守っていた。命の危機は去ったようだが、現在進行形で別の危機が訪れている。

「あ、あの……あの子供は、一体……!?そ、それに、貴方に触れられたら、あの衝動が消えた……い、一体何が起こってるんですか!?」

「え~と……あの子は、特殊なスキル持ちです。私は、それを打ち消すスキル持ちです。なので触れてる間はいいんですけど……あれ、どうしましょうか」

「や、こき」

「や、こき!」

 どうやら、昨日見たものが飛行機かと思いきや、飛行機ではなかったということで、改めて飛行機が見たくなったようだった。そしてあれは、飛行機召喚の儀式である。

 半年ほど前、まだ日本にいた時に、同じようなことがあったのだ。腕の角度や言い方を厳しく指導され、ようやく満足いく仕上がりになると『いいな!?それだぞ!?』とでも言いたげな顔をした後、飛行機の玩具を手に取り、それを高く掲げた。それに対して『や、こき』と言ったところ、馬鹿を見るような目で見つめられ『ひ、こぉき』と言われたのは懐かしい思い出である。

「や、こき」

「や、こき!」

「や、こき」

「や、こき!」

 どうやら、満足には程遠いようで、まだまだかかりそうである。リョウジは散々考えた後、依頼人に話しかける。

「盗賊達にはそのままでいてほしいですが、私がコウタに触れたら、あれは解除されます。なので、スキルがどこまで効果を及ぼすのか確認したいので、このままレウギンさんに触れてみていただけますか?」

「わ、わかりました。ひとまずやってみましょう」

 や、こき教団の後ろに回り、練習に励むレウギンの肩を、そっと叩く。すると、レウギンはハッと我に返ったようで、驚いて二人を見つめる。

「はっ、えっ……わ、私はっ……!?あ、それより……や、こき!」

「うーん、やっぱりこれは発動するか……」

 リョウジが触れている者が誰かに触っても、問題なく発動するようだった。依頼人はレウギンから一度手を離し、リョウジはロープを取り出し、さらに足元の棒を拾う。

「では、このロープに結んだ棒を握って触ったらどうでしょう?」

「やってみましょう」

 もう一度、依頼人がレウギンに触れる。しかし、今度は正気に戻ることなく、レウギンは『や、こき』の練習を続けている。

「よし。じゃあすみませんが、コウタを回収して荷馬車に乗せてください。レウギンさんは私が掴みますので」

「わかりました。コウタ君、ちょっと……う、結構重いですね」

 抱き上げられたコウタは『何をするんだ』とでも言いたげに依頼人を見上げたが、後ろにリョウジがいるのを見て渋々抱き上げられている。

 コウタとレウギンを回収し、念のためロープでリョウジとレウギンの身体を繋ぐ。そのまま動き出すと、や、こき教団となった盗賊達はその後ろをぞろぞろと歩いてくる。

「や、こき」

「や、こき!」

「や、こき」

「や、こき!」

 非常に喧しい一団となったが、ひとまずは問題解決である。このまま休憩は取らずに町へ行こうという話になり、荷馬車は異様な集団を引き連れたまま、道を進んでいく。

 その最中、教団の一員となっていたレウギンは、興奮気味に語り続けていた。

「いや、私はこのまま武を追及するのが、私の道だと思っていた!しかし、あの『や、こき』を聞いてわかったのだ!私は『こき』を作らなければならないと!」

「あ、はい」

「『こき』はわかるようでわからない!しかし空を飛んでいることはわかる!つまり、私は空飛ぶ何かを作らなければならないのだ!それはきっと、空飛ぶ乗り物かもしれない!」

「そうですね」

 どうやらコウタの影響をだいぶ強めに受けてしまったらしく、レウギンはすっかり『こき』に取り憑かれていた。興奮気味に『こき』について語り続けるレウギンを、リョウジは遠い目をしながら相手している。

 そのまま一行は順調に進み、やがて目的の町が見えてきた。異様な集団に、衛兵は完全警戒モードでお出迎えをしてくれたが、そのおかげで盗賊を引き渡すのは、とてもスムーズだった。

「はっ!?お、俺達は一体……!?いや、そんなことはどうでもいいな!野郎ども!もし娑婆に出られたら、絶対に『こき』を作るぞ!」

「おおおぉぉぉ!!!」

 正気に戻した時の、第一声がこれであった。その言葉に感動したように、レウギンが盗賊の頭領の手をがっしりと握った。

「おお、これは心強い!ならば、もし罪を償い終えたら私を頼ればいい!共に『こき』を作ろうではないか!」

「ああ、必ず償ってくるさ!や、こき!」

「や、こき!」

 もはや挨拶である。完全に異様な宗教の一員となっており、衛兵達の警戒度と混乱度が数段上がったのを感じながら、リョウジはその釈明と説明に追われる。

 その際も、S級のタグは大活躍である。息子のスキルでこうなったこと、自分のスキルで戻したこと、息子のスキルは具体的には秘密であることなど、かなりこちらに都合の良い話であったにも拘らず、衛兵はその説明で納得してくれた。

 冒険者ギルドに向かい、護衛の依頼達成を報告する。その隣では、レウギンが冒険者引退を宣言してギルド職員を慌てさせている。何でも、最もA級に近いB級だそうで、突然の引退はまさに青天の霹靂だったようだ。

 もう今日は宿に行こうと、冒険者ギルドを出る。その時、コウタが空を見上げ、リョウジの手を振り払うと、大きく手を掲げた。

「んもんもんもんも」

「ん?……あ、えっ!?」

 ぐぉぉぉぉ、と聞き慣れた音が聞こえ、空に一筋の飛行機雲がかかっていく。どうやら、盗賊とレウギンの飛行機召喚の儀式は成功と判断したようで、満を持しての飛行機登場らしい。

「おおぉぉ……あれが……こき……!」

 いつの間にいたのか、レウギンはそれを見つめ、涙を流している。それを見ながら、リョウジはもう責任だとかそういったものを考えるのはやめようと、固く心に誓った。

「……てか、自分で出せるんじゃん……」

 リョウジの呟きは誰に聞かれることもなく、空にはただ飛行機雲が引かれていた。


 同時刻、盗賊達も牢の窓から、一部の者がそれを見ていた。

「おい、見られる奴は見ろ!こきだ!こきが来たぞぉ!!」

「おおぉぉ……こき……あれが、こきっ……!」

「おっ……俺達が、やったことはっ……む、無駄じゃなかったっ……!」

 感涙にむせび泣く盗賊達と、それを見られなかったと床を殴り悔しがる盗賊達。そのカオスな光景は、凡その顛末を聞いていた衛兵達の心に、S級への恐怖心を植え付けるには十分だった。

「と、盗賊があんな風になるなんて……S級ってのは、人間まで変えちまうのかよ!?」

「ぜ、絶対敵対しないようにしよう!もうどんなことでも、S級が絶対正しいんだ!」

 こうして、リョウジのあずかり知らぬところで畏怖の念は高まっていき、リョウジの名は国中に知れ渡っていくことになる。

 そして、決して固定パーティを組まず、常に子供と行動をすることから『子連れ狼』という異名を取ることになり、それを聞いたリョウジは『子連れ狼は印籠出さねえよな』などと呑気なことを考えるのだった。

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