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ガルーダ肉

 しばらく騒いでいた二人だったが、やがて違和感を覚え、少しずつその声が鎮まっていく。

「……あ、あれ?身体が……勝手に動かない……?」

「ひっく……えぐ、ぐすっ……なんで……?たす、かったの……?」

「じゃ、種明かししますね。まず、二人とも驚かせて申し訳なかったです」

 そう言ってリョウジは頭を下げ、その光景に二人はますます混乱を深めていく。

「え、種明かし……?手品……?」

「何?何なの?ほんと何なの?何が起きたの?」

「まず、魔法契約で縛ったのは本当ですが、契約内容は『名前を書いたものは、一分間だけ契約者の指示に従う』という内容です。万が一に備えて『命に関わることは指示を拒否できる』という一文も入れてありますよ」

 リョウジは二人に契約書を返す。それを見返すと、二人はようやく落ち着きを取り戻した。

「……じょ、冗談にしても悪質すぎるぞ!一体何でこんなこと――」

「冗談じゃなかった場合は、どうなってました?」

「っ!?」

 被せ気味に言い放ったリョウジの言葉に、二人の身体がビクッと震えた。

「ガルーダは、たぶん貴重な素材になりますよね?私がお金に目が眩んで、味方をあっさり裏切るような人だったらどうなってました?」

「それ、は……」

「確かに、強敵を倒して強くなったかもしれません。ですが、肉体をいくら強化したところで、搦め手を使えばいくらでも排除できる手段はあるんです。食事に毒を混ぜるのだって効果的ですよね?」

「そんな……こと、する人、いるの……?」

「フィオさん、残念ながら思ったよりはいるんですよ。私がお世話になった方が言うには、冒険者はC級になるまでに大半が脱落するそうです。その中には、騙されて身包みを剥がされ、奴隷落ちになる人も多々いるそうです。ちなみに騙してくる相手は、たまたまパーティを組んだ護衛仲間とかだそうですよ」

「そんな……ひどいよ……!」

 どうやら随分と純粋な心を持っているらしく、フィオは若干涙ぐんですらいる。本当によく今まで無事だったなと感心しつつ、リョウジは少し声の調子を和らげる。

「急に力を付けたお二人には、どうしたって注目が集まります。ガルーダを倒したということも知れ渡るでしょう。その時、寄ってくる人は決して善人だけではありません。ガルーダを必死に倒して得た富を、労せず奪おうとする人だって沢山出てくるはずです」

「……確かに、いそうだなぁ……」

 ジャックはフィオよりはスレているらしく、ぼそりとそう呟いた。

「けど……あんた、何者なの?冒険者始めて二ヶ月だって言ってたよね?手口も言ってる内容も、E級には見えないんだけど?」

「実は、冒険者になる時に、年齢と知識を買われて一月ほど講師をやってましてね。主に読み書き計算と詐欺防止の内容を教えてまして、講師っぽいのはそのせいです」

「ああ、納得した。こんな事考え付くなら先生もやれるか」

「いや、それより……お前等、本当に知らないのか?この人は……」

 言いかけた依頼人を、リョウジはそっと手で制す。

「このままにしておいてください。もう注目浴びるのは疲れたので……」

「ああ……わかった。苦労したんだな」

 そこで、リョウジは重くなってしまった空気を払うように、努めて明るい声を出した。

「さて!では証明書というか、討伐記録書は実際に書いてもらうとして、このガルーダどうします?次の町に着くのって、まだ掛かりますよね?」

「あ~、三日くらいかな?」

「じゃ、素材とかとして使える箇所は頂くとして、肉は私達で食べちゃいます?どうせ町に帰るまで持たないなら、もったいないですよね」

「えっ!?ガルーダ肉食うの!?」

「えっ、何かまずいですか!?」

 ジャックは驚いて聞き返すが、リョウジはそれに驚いて聞き返す。

「いや、だって、ガルーダってめっちゃくちゃ高級肉でっ……貴族様だって、十年に一度食えるか食えないかって聞いたことあるよ!?」

「ああ、それは本当だ。俺等行商人だって、滅多に見る事すらできないぐらいには貴重な肉だ」

「そ、そうなんだ……じゅる……」

 フィオの方は既に食べる気満々のようで、ガルーダを見て涎を垂らしている。

「いや、でも、何とか持ち帰ればすっげえ金になるし……お、俺等が食うなんてもったいなくない?」

「途中で腐らせる方がもったいないですよ。干し肉にでもすればいけるかもしれませんが、新鮮な肉があるのに、逆にもったいなくないですか?」

「そ、そうだよジャック!ここはもったいないから、私達が食べちゃわないと!じゅるる……」

「うぅ~ん、商人としては肉の売値も気になるが……こ、個人としては、味の方が気になるな……!」

「かかわ」

「うん、これ魚じゃなくて鳥肉ね。コウタも食べたいの?」

「かかわ。かーかーわ」

「……息子も食べたいそうです」

 自分以外の全員が食べる方針であることに、ジャックは観念したように息をついた。

「……わかった、食べよう!お貴族様ですら食べられない肉を、思いっきり食べちゃおう!」

「やったぁー!じゃ、私捌くね!ふんふんふーん、鳥肉鳥肉~」

「あの……俺も、何か手伝えるか?と言っても、できることなんて相手をビックリさせる程度の電撃魔法を使える程度だが……」

「あ、それ滅茶苦茶便利ですよ。ガルーダの心臓に、それをバンバン撃ってください。それでしっかり血抜きができます」

「じゃ、俺は素材にするところ剥ぎ取るね。羽根に羽毛に、革と爪と……これ、全部でいくらだろ……すっごい金額になりそうな予感」

 急遽決まった食事休憩だったが、一行は生き生きと動き出す。依頼人が血抜きをし、フィオが肉を捌き、リョウジが調理し、コウタが邪魔をし、ジャックが食べられない部分をまとめる。

 野外料理なので凝った物は作れなかったが、素材の旨みを活かしたささみの蒸し鶏と、依頼人から少々調味料を購入して作った鶏ももの焼き鳥、さらに胸肉のソテーなども作り、その場に並べる。

「さあ、どうぞ皆さん。焼き鳥は保存食にもする予定なので、一番良い加減で食べられるのは今回だけですよ」

 どれもこれも、非常に食欲をそそる匂いが立ち上っており、誰かがごくりと唾を飲む音が聞こえる。

「じゃあ、食べるね!私これから食べるー!

 我慢も遠慮もなく、フィオは蒸し鶏をさっと手に取り、一気にかぶりついた。途端に、フィオは両頬に手を当て、ぎゅっと目を瞑る。

「んん~!おいっしい!すっごくおいしいよ!これすっごくおいしい!」

 語彙力の消失したフィオを見て、ジャックと依頼人もそれぞれ食べ始める。途端に、二人ははぁーっと息を吐いた。

「うんまぁ……これは、うまいな……」

「うおぉ……俺も食料品扱ってるが、これは……今後仮に手に入っても、売り物にしねえで自分で食いたくなるな」

「では私も……うん、いい味ですね。定期的に食べたくなりそうです」

「い、かかわ」

 おいしい、うまいしか言わなくなった若い二人に対し、中年二人はこれに合う酒や調理法などを話している。最も若いコウタに関しては、元々語彙が無いため普段と変わらない。それでもかなり気に入ったようで、リョウジの分まで当たり前のように手を伸ばしている。

 語彙だけでなく食欲、胃の容量に関しても歳の差ははっきり出ており、リョウジと依頼人は自分の分だけで満足していたが、コウタはリョウジの分を奪って食べており、ジャックとフィオはあと一個、あと一個を繰り返して結局1キロ近い肉を食べていた。

 貴重な肉を思いっきり堪能した一行は、しばらくそこで食休みをしていた。余った肉を塩気強めのタレに漬け込みつつ、リョウジは笑いながら声をかける。

「それにしても、あれだけ強い相手を食べたのなら、少しぐらいステータスが上がってたりしないですかね」

 リョウジとしてはただの冗談だったのだが、真顔でステータスを確認したフィオが、ポツンと呟く。

「……ほんとだ、力が2増えてる」

「え、マジで!?ステータス オープン……うわ、ほんとだ。俺も2増えてる」

「……俺は1だけだが、増えてるな。もしかして、人気な理由はこれも原因か?」

「本当に増えてたんですか……ただの冗談だったんですが」

 どうやら強い相手、つまりは魔力を多量に含んだ肉を食べると、戦って倒すよりは少ないものの、ステータスに影響を及ぼすようだった。とはいえ、ガルーダはドラゴンに次ぐ危険な生き物であり、おいそれと狩れる、まして食べられる相手ではないのだが。

「ガルーダ肉って、まだあったよね!?町に着くまでに、どれくらい強くなれるかな!?」

「この際、俺も頑張って食おうかな。頑張れば、護衛なしで町の移動ができるようになるかもしれないしな」

「リョウジさーん、依頼人さんは肉なしで。俺達の商売あがったりになっちゃう」

「あはは……まあ、その程度の上昇率なら、残り全部食べたところでそんなに上がらないと思いますよ。だからそんな顔しないでもらえます?」

 そんなこんなで食休みも終わり、一行は再び目的地を目指して歩き出す。馬が殺されてしまったため、荷馬車をどうしようかという話になったのだが、試しにジャックとフィオが引いてみると簡単に動いたため、二人は護衛から馬車馬に格上げとなった。

 その後は大した戦いもなく、ジャックとフィオが馬車以上の機動力を発揮していたため、三日の予定が二日で次の町にたどり着く。ガルーダ肉は主に若い二人の胃にすっかり収まってしまい、四日分ぐらいはあるかな、と思っていたリョウジの度肝を抜いていた。

 依頼は無事に達成となったものの、道中でガルーダに襲われたことと、それを倒して素材を持ち帰ったことは、ギルドで結構な騒ぎとなった。

 D級二人がとどめを刺したと言っても信じられず、依頼人も証言したのだがそれでも信じられず、最終的にリョウジが冒険者のタグをそっと出したことでその騒動は納まった。もっとも、代わりに別の騒動が起きてしまうのだが。

「嘘っ!?え、S級っ……し、しかもドラゴン殺し!?な、生意気な口きいてすみませんでしたぁぁ!!」

「嘘でしょ!?うわ、うわぁ!お肉ほとんど食べちゃってごめんなさぁい!!」

「ああ、いえ、ほんとどうでもいいんで……頭上げてください。いやほんとスキルが特殊なだけのおっさんなんで、ほんとやめて」

 ジャックとフィオは、E級だと思って侮っていた相手が、雲の上を突き破った存在であるS級であることにすっかり萎縮してしまい、土下座までしかねない勢いであった。とっくにそれを知っていた依頼人にとっては、面白い見世物程度の扱いである。

「しかし、いいのか?ガルーダなんて強敵と戦ったのに、追加料金がなくても」

「何言ってるんですか。ガルーダの素材に関しては私達の取り分になってますし、あれで十分ですよ」

「し、しかし、ガルーダから救われたのに銀貨3枚はさすがに少なくないか……?」

「あくまで不測の事態でしたし、そこは追及し始めたらキリがありません。それより、馬を殺されてしまってるんですから、その分はしっかり取っておいてくださいね。それでも十分、余るでしょうから」

「そ、それはちょっと……あんたらの獲物を横取りしているようで気が引けるんだが」

「はっ!?そ、そうか!あれやっぱり私達の力じゃない……てことは、肉も食べちゃいけなかったっ!?」

「いやだからお二人とも、ほんと落ち着いてください。ガルーダは三人で倒しましたし、馬が殺されたってことは依頼人の財産に被害出してますし、だったらその損害分は要求されてしかるべきでしょう。あと肉に関しては、私とコウタだけじゃどうやっても食べきれなかったんでむしろ感謝したいぐらいですよ」

 心が無になりつつあるのを感じながら、リョウジは極力穏やかな声で説得を続ける。

「幸い、ガルーダはびっくりするほど高額でしたから、馬を買っても十分お釣りは来ます。なので、依頼人さんは馬を買う。残った金額は私達で分ける。これで十分ですよね?」

 ちなみに、びっくりするほど高額とは言いつつ、さすがにドラゴンほどの売値ではない。とはいえ、白金貨が出ている時点で、日本円にして億に匹敵する金額であり、十二分に高額と言えるものだった。

「うう~ん……ちょっと手厚すぎる気がするが……そもそも、不測の事態で強敵と戦う羽目になって、追加報酬の話が無いのは初めてなんだが?」

「いいんです。そうします。決定です。ジャックさんとフィオさんもそれでいいですよね?」

「は、はい!いいと思います!」

「では、ガルーダの討伐で得たお金はその分を除いて、きっちり三等分でいいですよね?」

「そ、そんなっ!?俺達がそんなに取るわけにはっ……!

「はい三等分です。決定です。もう話進まないんでそうします」

 リョウジは強引に話を進め、きっちり三等分にしてそれをジャックとフィオに渡す。二人は見たこともない大金に目を白黒させていたが、それに気を取られている隙に、リョウジは次の依頼を探すことにした。

 その後、さらに北へ進む護衛の依頼を見つけ、それを受けることにする。他にも護衛がおり、出発は明日ということで、この日は宿屋に泊まることにする。その食堂で偶然ジャックとフィオに再会し、三人と息子で食事を楽しむ。

 二人は全身の装備がすっかり変わっており、聞いてみれば今までの装備はかなり以前から使っていたもので、いい加減買い換えたいという話をしていたそうだった。なのでガルーダ討伐で得たお金で早速、装備を新調したらしい。

「リョウジさんにはほんと、何度お礼言っても足りないや。おかげでこんなにいい装備買えたしさ」

「それに、変な契約書とか書かされなくて済んだもんねー」

「早速来たんですか、その手の手合いが……」

 何でも、ファンになったからサインをくれと言って出してきた紙が、魔法契約書の書類だったらしい。代わりに拳をくれてやったと言って笑っている辺り、案外血の気が多い人物の様である。

 コウタに半分以上取られつつも食事をし、二人と別れると薬屋へ向かう。この町の薬屋も、例によって古民家然とした、店なのかどうか外環ではわからない建物である。

「ヒッヒッヒ、いらっしゃい。薬をお求めかね?」

「わいわいっ!」

「コウタやめなさい」

 そして決まって、薬屋の主人は鉤鼻の魔女めいたお婆さんである。RPGのNPCと同じく、職業によってグラフィック固定でもされてんのかと思いつつも、見た目で薬屋であると確信が持てるのはそれなりにありがたい話である。

「すみません。この子用に精神安定剤と睡眠薬を。それと麻痺毒、睡眠毒、あとできれば魔力毒を欲しいんですが」

「ほぉ、魔力毒を。お前さん、何に使いなさるつもりだね?」

「戦闘用です。私はスキルが特殊で、私自身には魔力が効きません。しかしステータスもまったく伸びないので、各種毒薬でそれを補っているんです」

「ふむ。なら、ちょっと試してみてもいいかい?」

「どうぞ。攻撃魔法でも回復魔法でも、何ならポーションも効かないので、お好きなものをどうぞ」

 さすがに魔力毒は扱いに慎重らしく、今のところは購入しようとすると必ず使用目的などを聞かれている。こうして魔法を試し撃ちされることも珍しくない。

「ふぅむ、こりゃ本当に魔力が通らないんだね。お前さん、冒険者かい?」

「はい、先日S級に上がりました。これがタグです」

「えっ……S級とは驚いたね!そんなお方がうちに来てくれるとは、こりゃ孫に自慢できるねえ」

 そして、S級のタグはどこぞのご老公の印籠並の力を持っており、これを見せると大抵の物は快く売ってもらえるのだ。毎回騒ぎになるのが面倒ではあるが、これに関しては非常に助かっていた。

 コウタの薬と、戦闘に使う薬各種を買い込み、宿に戻る。あとはコウタと遊び、おむつを替え、ご機嫌を取り、食事をし、風呂に入り、寝るだけである。

 日本であれば、風呂に入れる係と風呂上がりのコウタを世話する係といった形で分業ができたが、今は完全にワンオペであるため、一日の大半はコウタのために費やされている。

 しかも、他人に任せるとどんな騒動が起きるか分かったものではないため、全部一人でやるしかないのが辛い所である。

 それでも、いつかは必ず日本に帰ると自分に言い聞かせ、リョウジはコウタの相手を続ける。この日も、コウタは日付が変わって少し経つまで眠らず、リョウジはこっそり買っておいた食品に口もつけずに眠ってしまうのだった。

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