技術献上
リョウジが最古のドラゴンを討伐する、ほんの二週間ほど前。トリアの町のギルドマスター、ディランは、一本の剣を携えて王都に来ていた。
冒険者ギルドは素通りし、その足はまっすぐ王城へと向かっている。その城門前に着くと、左右の門番は槍を交差させ、型通りの文言を述べる。
「止まれ。お前の名前は?」
「ディラン。トリアの町の、冒険者ギルドのマスターだ。王に謁見を願いたい」
『願いたい』とは言っても、既に多種多様な書類仕事の結果、話は通っている。門番は槍を垂直に戻すと開門を命じ、ディランは躊躇うことなく城内へと入る。
一人の兵士が案内役として付き、ひとまずは応接室に通される。そこで高級な茶菓子を楽しんでいると、比較的早く声が掛けられた。
「王との謁見が許された。身だしなみを整え、ついて来るがいい」
「ああ、ご苦労さん」
鷹揚に答え、ざっと身だしなみを整えると、兵士に連れられて謁見の間へと進む。一際大きな扉の前で一度立ち止まると、兵士がそれをノックし、扉が内側から開かれる。
その先、他より数段高くなった場所に玉座があり、周囲には近衛兵が控えている。ディランはその半ばまで進むと、片膝をついて頭を垂れた。
「国王様におかれましては、ご機嫌麗しう……」
「やめろ、ディラン。慣れぬ礼儀を通そうとするな。いつもの喋りで良いわ」
その言葉を遮り、国王はまるで友人相手のように話しかける。それを受けて、ディランは顔を上げると、ふーっと大きく息をついた。
「最低限の礼儀ぐらいは通そうかと思ったんだが」
「いらんいらん。何度も言っているだろう?お前に礼儀など求めていない。ただ、面白い技術と面白い話があれば、それでいい」
国王とディランは同い年であり、実は幼馴染と言ってもいい間柄であった。
もちろん、普通ならば全く接点など出来るはずもないのだが、今でこそ冠の似合うこの王は、一言で言って悪ガキであった。子供の頃は度々城を抜け出し、平民の子供に混じって遊ぶのが好きで、ディランともその頃に知り合った。
兵士ではなく、冒険者を目指して剣の腕を磨くディランは、国王にとっては変わった存在だった。そのため色々な話を聞きたがり、話をするうちに仲良くなり、最終的には国王を木剣でしばき倒して死罪寸前までいったことがある。
しかし、それすらも国王にとっては新鮮かつ衝撃的な出来事だった。剣の腕は決して悪くなく、一流の師範を付けられ、筋がいいと褒められながら磨き続けた剣を、ディランは容易く降したのだ。しかもその際『剣を振るための剣術で、相手を殺すって覚悟が全然見えねえ』と叱られたのは、まさに天地が引っくり返るような衝撃だった。
その一件のせいもあり、国王とディランはしばらく会えなくなった。しかし先代が早逝したため、彼は若いうちから王となり、一方のディランは冒険者となって順調にランクを上げ、ついにはS級にたどり着き、魔法斬りという唯一無二の剣術を携えて王の前に戻って来た。
魔法斬りという、未だ彼以外が使えない技術の献上に来たディランを国王は歓迎し、その際に友人として接することと、他にも有用、あるいは面白い話や技術があれば、また献上に来るようにと約束した。
そんなわけで、ディランは僻地の冒険者ギルドマスターでありながら、国王に優先的に謁見できるという、驚くべき伝手を持っているのだった。
「で、今日は何だ?面白い話か?それとも技術の方か?」
「今日の用件は……そうだなぁ」
口調を崩し、ディランは周囲を見回すと、一度大きく深呼吸をした。
「……お命を、頂きに」
途端に、周囲の近衛兵は抜剣し、国王の周りに集まった。しかし、国王は笑ってそれを制す。
「はっはっは、だいぶ大きな口をきいたな?お前のことだ、私を殺せるような技術を見せに来た、と、そんなところであろう?」
「まさにその通り。少なくとも、一人二人じゃ絶対に守り切れねえ。それを実演させてもらいに来た」
言いながら、ディランは特例で持参した、やや短めのサーベルを左手で横向きに持ち、それを前に突き出した。
「俺の不意打ちに対応できる自信のある奴を、一人選んでほしい。俺とそいつが、一対一で勝負する」
「ほうほうほう!お前の剣術が久しぶりに見られるのか!しかしその技はあれか、お前が剣を変えたことにも関係あるのか?」
「ああ。この剣は、その技術を使うのに特化させた物だ」
「そうかそうか!なら、そうだな、ホフマン!お前が適任だろう!」
名前を呼ばれた近衛兵はすぐに国王の隣に来ると、剣を収めて片膝をつく。
「不意打ちとのことだったが、この者の抜剣は王国最速だ。それでも、お前は勝てるというのか?」
「勝てる」
即座に言い切ったディランに、ホフマンは僅かに眉を上げるが、それ以上の反応は無かった。
「よし、良いだろう!では、両者剣を持って相対するが良い!それで、どのように勝負をするのだ?」
「俺の抜剣を見てそいつが反撃するか、あるいは不意打ちとは少し変わるが、国王の合図で同時に斬りかかるか、好きな方を」
「ふむ。ホフマン、お前はどっちで勝てると思う?」
「どちらでも勝てます」
ホフマンの言葉には、一つの気負いもない。そこには国王を守護する近衛兵としての、絶対の自信が漲っていた。
「なら、ディランの攻撃に対して反撃してみよ。両者、それで良いな?」
二人は了承の意を告げ、お互いに向かい合う。その時、ホフマンが口を開いた。
「その首落とそうとも、文句はあるまいな?」
「そん時ゃ、俺がのぼせ上った馬鹿だったって話さ」
それだけ言うと、両者は僅かに腰を落とした。その瞬間、周囲に凄まじい圧が漲り、緊張感が一気に増した。
これから攻撃する相手を気負うこともなく見つめるディランに、その相手をじっと見つめるホフマン。ただ立っているだけだが、そこには呼吸すら憚られるような緊張感が張りつめている。
ピクリと、ディランの腕が動く。しかしホフマンは反応せず、ただじっとディランの動きを見つめている。
フェイントにかからないホフマンを見て、ディランはニヤッと笑う。その目は肉食獣が獲物を見つけた時のような、獰猛な光を湛えていた。
ディランの手が剣に伸びる。ほぼ同時にホフマンの手が動き、剣の柄を掴んだ。
「……え?」
その声を発したのは誰だったのか。まさに瞬きよりも短い一瞬で、勝負は決まっていた。
完全に抜いた剣を振り上げるホフマンに、その腕にサーベルを突きつけるディラン。実戦であれば、ホフマンの腕は切られ、返す刃でとどめを刺されていただろう。
「馬……鹿な……!?」
ホフマンの頬を、冷や汗が伝う。確かに、自分の方が早く抜いたはずだった。なのに、相手の剣は既に自分に到達している。今まで早抜きの勝負で負けたことなど一度もなく、今回も負けていなかったはずなのに、斬られたのは自分だった。
ディランは剣を引くと、やたらに滑らかな動作で鞘へと納め、直立の姿勢に戻った。もはや、動き全体が芸術作品の様であり、誰も口を開くことができなかった。
「これが、暗殺及び護身の剣術……居合いの技の一つ、『抜き打ち』だ」
国王は目を見開いてディランを見つめていたが、やがて興奮気味に口を開いた。
「ど、どこの技だ!?どこの流派なのだ!?抜くと同時、いや、抜きながら斬るだと!?一体誰がそんな技を!?」
サーベルを床に置くと、ディランは一歩下がる。そして、ようやく剣を収めたホフマンに視線をやる。
「たぶん、あんたの方がうまくやれる。その剣はやるから、練習してくれ」
「う……うむ」
どうやら相当に興味があったようで、ホフマンは早速剣を手に取り、国王の前だというのに鞘から抜いて軽く振り始めている。
「まず、ここまでが面白い技術だ。そして、ここからは面白い話の時間だ」
「話もあるのか!?それは、この技術とも関係があるのだろう!?」
だいぶ興奮気味の国王に苦笑いしつつ、ディランは口を開いた。
「その技術は、この国どころか、この世界の技術じゃない。こことは違う世界で編み出された技術だ」
「違う世界……だと?」
「この技術を伝えたのは、リョウジという冒険者だ。そいつは二ヶ月ほど前にこの世界に連れてこられ、元の世界に戻るために冒険者になった」
「リョウジ……確か、古文書の解析に役立つ情報を教えたり、新型ポーションを作ったりした者だったな?」
「そいつだ。初めて見せられた時は驚いたもんだ。武器なんか使ったこともないと言ってるド素人が、俺に匹敵する速さで斬り付けるんだからな」
「しかし、そいつが本当に異世界の人間だという保証はあるのか?単に思いついた技術という可能性も……」
「それは……オールオープンを受けたから、間違いないと保証する」
ディランが言った瞬間、数人の護衛兵が噴き出しかけ、慌てて咳払いをしてごまかしていた。
「そ、それは……災難だったな」
「本人に悪気がねえから、怒るわけにもいかねえしなぁ……それはともかく、そいつに関する話がもう一つ。そいつは息子を一人連れているんだが、その息子は少し頭のおかしい奴だ。普通なら、三歳までに殺されている奴だな」
「ふむ。そやつの世界では、殺されるようなことはないのか」
「ああ、スキルが無いからな」
「スキルが無い!?そんなことがあるのか!?」
ディランの言葉に、国王は驚いて聞き返すが、ディランは当然のように言葉を続ける。
「それどころか、魔力も存在していない。リョウジのスキルは『治外法権』というもんで、触った相手のスキルと魔力を無効化する。魔法もポーションも一切効かない……つまり、あいつの世界の理を押し付けるスキルだ。そして息子のスキルは……『ワールドマスター』だ」
「なっ!?」
国王は驚きに目を見開き、近衛兵達も同様に目を見開く。
「あのスキルは、マジでやべえもんだ。俺のいる町も、整然と並んだ町並みになってるんだが、それはあの子供がやったことらしい。リョウジ曰く、前はもっと雑然とした町並みだったらしいんだがな」
「し……しかし、トリアの町や、ゼーストの町は元からそのような町並みだったはずでは……!?」
「そう記憶が作り変えられちまってるんだ。そもそも、おかしいと思わねえか?なんでそれらの町だけ、やたら整然とした町並みなんだ?近くの町は全然そんなことないのに、そこらだけ整然と並んでいる理由は?」
そう言われると、ようやくおかしいことに気付く。確かに整然とした町並みが特徴の町はいくつかあるのだが、その町同士は何の関連性も無く、またそのように設計したという記録も一切残っていないのだ。
「他にも、ファイアボールを一秒に百連射ぐらいしたとか、街道を川に変えたとか、俺ごと転移した上に引きずって走ったとか、とにかくあの子供がやろうとしたことは、すべて叶えられちまう。それぐらいとんでもないスキルだ」
「そ、そんな危険な者が……!」
「そこで、俺から頼みがある」
国王の言葉を遮るように、その目をまっすぐ見つめながら、ディランは続ける。
「あの二人は、そのままにしておいてやってくれ。そんで出来れば、時空魔法の使い手などの情報があれば、俺に流してくれ。確かに息子のスキルは危険だが、リョウジのスキルはそれを無力化できる。それに、あいつらは元の世界に帰るために冒険してる。同じ排除にしても、あの世じゃなくて元の世界の方に行ってもらう方が、色々穏便に済むはずだからな」
ディランの言葉に、国王はしばらく考えていたが、やがて静かに頷いた。
「わかった、そうしよう。ワールドマスターが敵に回るなど、考えたくもないしな」
「まったくだ。それに、何かと世話にもなってるからな。その分は何かの形で返してやらんと、釣り合いが取れねえ」
「そういえば、お前は新人冒険者向けの講習とやらを始めたんだったな?首尾はどうなのだ?」
「それこそ、その一期生の一人がリョウジなんだが、今のところは悪くねえと思ってる。全員生きてるし、依頼者からの評判も上々だ」
「なら、その話を詳しく聞かせてもらおうか。時間はまだあるのだろう?」
「ああ、問題ない。なら、どこから話すかなあ……そもそもだ、兵士になるのだって研修やら講習やらあるのに、冒険者になるのにそれが無いってのもおかしな話でな――」
かくして、リョウジ自身はあずかり知らぬところで、国王の協力が受けられる体制が整っていった。給料以上の仕事を、さらに期待を上回る形でこなした彼だからこそ得られた、貴重な味方である。
もっとも、その僅か二週間後にはS級冒険者となってしまい、やる気になればありとあらゆる人物から協力を受けられるほどの立場となってしまうのだが、現時点では誰も知らぬ話であった。