表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強は私じゃなくて障害持ちの息子です  作者: Beo9
六章 ドラゴンキラー
32/47

異世界人ムーブ

「だぁっはっはっはっは!はは、はぁっはっはっはっは!あは、あははははは!ね、寝たきり老人か!あの爺さんが寝たきり……ぶはっ!はははははは!」

「そ、そこまで面白かったですかね?」

「面白いとも!あのクッソジジイ、寝たきり老人呼ばわりされたことを知ったら、何て言うだろうな?だぁっはっはっは!ざまあみやがれ!」

 その言葉に、どうやらあのドラゴンは快く思われていなかったようだと察した。むしろ嫌われていると言った方が正しいのかもしれない。

「だいぶ嫌ってたんですね……あれ、でも仇討ちに来たんですよね?」

「あ~、笑った笑った。こんな愉快なことがあるとは、生きるっていうのは素晴らしいな。で、仇討ちの件だが、たとえばお前の知り合いがゴブリンに殺されたと聞いたらどうする?そのゴブリンを殺しに行かないか?」

「あ、なるほど。それはありそうです」

「だが、知り合いの、嫌いだが強くて勝てないジジイが殺され、一応仇は打つかと相手を確認したら、ジジイが自分の持論のせいで死んだとわかり、おまけに殺した相手は友好的。こうなったら、仇討ちなどする理由が無いだろう?」

「私にとっては助かります。というか、あの人……ドラゴンって嫌な奴だったんですか?」

「嫌なんてもんじゃない」

 最古のドラゴンの言動を思い出し、ジェラルドは心の底からうんざりした顔になった。

「『お前はまだ魔力での強化しかできんのか、同じドラゴンとして嘆かわしいわ』とか『醜い筋肉ばかり肥大させおって、雑な魔力操作しかできんからそうなる。所詮は下級ドラゴンか』とか、とにかく嫌味な奴だった。正直に言えば、殺してくれてありがとうとしか思えん」

「う~わ、そりゃ嫌ですね。私はがっしりした体格の方が、ドラゴンらしくていいと思いますが。最古のドラゴンさんは、結構トカゲっぽかったですしね」

「ぶっふぉ!!お、お前っ……ぶははは!いやもうっ、はははははは!さ、最高だな!ああクソ、なんでお前あのジジイ殺したんだ!その台詞をジジイの前で言ってほしかった!はっはははは!」

 嫌われすぎだろ、とリョウジは心の中で思ったものの、先程のジェラルドの言葉を考えるに、仇討ちに来てもらえるだけマシだったのかもしれない。

「どんご」

 その時、コウタが車から身を乗り出し、ジェラルドに手を伸ばした。

「い、いきなりなんだ?」

 一体何をされるのかと身構えるジェラルドに、リョウジはコウタの体に手を添えつつ話しかける。

「すみません、うちの子動物とか好きなので……ジェラルドさんを触ってみたいんだと思います」

「さ、触られたら吹き飛ばされるというようなことはないか?」

「私が触っていれば、スキルは無効化できますし、息子も無軌道に暴力を振るうことは……たぶんないので大丈夫だと思います」

「なら、まあ、構わんが」

 ジェラルドが首を伸ばし、コウタが触れる位置まで動かしてやると、コウタはその頬にちょんと触れ、途端に身を翻して蹲った。

「うっふぅーーー!!!」

「な、何事だ?」

「えーと、『可愛すぎる!!』とか、そういう系の反応です」

「か、可愛い扱いされたのは初めてだな。お前もお前の息子も、変わっているな」

「この世界の人間じゃないですからね」

 この親子と話していると調子が狂いっぱなしだなと、ジェラルドは半ば感心しつつ思っていた。

 ドラゴンに対する恐怖というものが極端に薄く、言葉が分かるなら話し合いで何とかなるだろうと本気で思っており、種族を気にせず普通に接してくる相手など、この先二度と現れないかもしれない。

 そんな貴重な経験ではあったが、よくよく考えればもう用事はないということに気付き、ジェラルドは翼を広げた。

「さて、思わず話し込んでしまったが、もう用事はない。私はここを去るとしよう」

「あれ、もう行ってしまうんですか?」

「他に何も用事はないからな」

「せっかく来たんですから、食事でもどうです?人間の食事、興味ありません?」

 またぞろこいつは何を言いだすのかと、ジェラルドは半ば呆れてしまう。ドラゴンに食事を勧めてくる人間は、金輪際現れないという事だけは胸を張って言える。

「ここ、肉の串焼きの屋台とか結構ありましてね。私はこれから回るつもりだったんですが、初めてついでに一緒にどうです?」

「肉は生が好きなんだが……」

「レアで焼いてくれるところもあると思いますよ。どうしても帰ると言うなら、無理にとは言いませんが」

 そんなリョウジの言葉に戸惑っていたのは、ジェラルドだけではない。むしろ、町の人間は『ドラゴンを食事に誘うんじゃねえ!』とみんなの気持ちが一つになっていた。異世界人であるリョウジと違い、この世界の人間はドラゴンを本気で恐れているのだ。現在の状況は、現代日本で言うなら野生のヒグマを食事に誘っているようなものである。

「……まあ、せっかくだ。人間の町を案内されることなど、二度とないだろうしな」

「よし!じゃあ、行きますか!いやあ、正直ものすっごく疲れてて、がっつりした物食べたいなーって思ってましてね。昨日屋台の肉の匂いがおいしそうだったんで、絶対食べようって思ってて――」

 そして、子供が乗ったカートを押す中年と、巨大な青いドラゴンという珍妙なパーティは、お喋りをしながら揃って町の中心部へ繰り出していった。その先々で悲鳴が上がっていたが、リョウジはお構いなしである。

 行く先々で人がいなくなるため、実にスムーズに目的地へ到着したものの、屋台に人の姿は無い。全員、ドラゴンを恐れて逃げてしまったのだ。

「ありゃりゃ。そこまで怖いかなあ……話の通じる方なんですけどねえ」

「普通は話すだけでも怖がるものだ、それは仕方ない」

「ですが、私の肉が無いのは仕方ないで済まされません」

「そっちが問題なのか」

「こうなったら……」

 リョウジは大きく息を吸い込むと、誰もいない通りに大音量で叫んだ。

「すみませーん!この中に、ドラゴンが食べても絶対に美味しいって言わせる自信のある方はいませんかー!お肉でも何でもいいんですが――」

「いや、肉がいい」

「……お肉がいいんですが、どうですかー!それとも、ドラゴン相手では美味しく焼ける自信はありませんかー!」

 その煽るような言葉に、ついに一人の男が口を開いた。

「……くそぉ!ここにいる、ここにいるぞぉ!ドラゴンだろうが神だろうが、ぜってえ美味いって言わせてやるよ、畜生が!」

 顔を真っ青にしつつも、ここまで言われたら黙っていられんとばかりに、男は自分の屋台に戻って肉焼きの準備を始めた。

「ありがとうございます、助かりますよ。あ、とりあえず10本お願いしますね」

「あーあー、いっくらでも焼いてやるよ!生きて戻れるんならな!美味く焼かねえと、俺が食われちまうかもしれねえってのに……くそっ、あんなこと言われたら引き下がれねえだろうが!」

「いや、人はもう食ってきたからいらん」

「……え、食ったんですか……?」

 ぎぎぎっと効果音が鳴りそうな動きで、リョウジはジェラルドを見上げる。それに対し、ジェラルドは事もなげに答えた。

「ああ。『自分こそがドラゴン殺しだ』とかいう奴がいたんでな、試しに食いついてみたら、そのままあっさり口の中に入りやがった。なぜあんな嘘を言ったのやら」

「あ~……あぁ~……それ、たぶん伯爵かなぁ……その人が冒険者を強制招集して、その結果私が最古のドラゴンさんと戦うことになったんですが……ちょっと同情しますね」

「断ればよかったのではないか?」

「人間の社会だと、断れないことも多々あるんですよ……ジェラルドさんも、最古のドラゴンさんに何かしろって言われたら断り辛くないですか?」

「ああ……なるほど、理解した」

「私は最古のドラゴンさんを、ジェラルドさんは伯爵を。それぞれの嫌な上司的存在を、討伐してしまったわけですね」

「……はっははは、そうなるな」

「じゃあお互い様ということで」

 屋台の主人としては『何がお互い様だ何もお互い様じゃねえよ!』と叫びたかったのだが、ドラゴンとドラゴン殺しに何か言う度胸は無かったため、黙って肉を焼いていた。そもそもが、肉の味を気に入られなかったら殺されるかもしれないという恐怖がある。そのため、今までの人生で最高の集中力を持って、肉焼きに集中していく。

 やがて、串に刺した肉がじゅうじゅうと音を立て始め、脂が染み出してきたところで主人はサッと火から下ろし、リョウジに差し出した。

「ほれ、まずは一本目!食ってみな!」

「ありがとうございます。ではジェラルドさん、食べてみますか?」

 言われて、ジェラルドは肉の匂いを嗅ぎ、少し首を傾げた。

「何やら色々振りかけてあるな……肉は肉の匂いが好きなんだが……」

「その肉にはそれが一番なんだよ!いいから食ってみな!」

 次の肉に集中し始めたためか、主人はジェラルド相手にそう言ってのける。恐らく、自分が言った相手が誰なのかはわかっていないだろう。

「ふぅむ……なら、食べてみるか」

 言うが早いか、ジェラルドはバクンと一口で、肉の刺さった串ごと口に収めた。

「串ごといった!?」

「この程度、邪魔にはならん」

 二回ほど咀嚼してから、ゴクンと飲み下す。鼻から大きく息を吐くと、ジェラルドは軽く目を瞑った。

「……なるほど、獣の匂いを植物の匂いで消しているのか。だが完全に消しているわけでもなく、共存させている部分もあるな。塩気があるのは悪くない。肉は中が生で、本来の味と匂いが分かるようになっているのがいいな」

 人間とはまた違った食レポだったが、主人はジェラルドの言葉ににっかりと笑った。

「お、焼き加減を褒めてもらえるとは嬉しいじゃねえか!やっぱり、中まで火を通しちまうと肉本来の旨みが消えちまうんだよな!」

「だが、如何せん肉が小さいな。もっと大きくは出来ないのか?」

「おっと、そりゃ難しいな。その大きさだからこそ、その焼き加減、塩加減ができるんだ。大きくなったら、根本から変えてかなきゃなんねえ。あんたみたいにでけえ図体には物足りねえかもしれねえが、我慢してくんな!」

「ふむ、そうか。ならこの大きさで食うか」

「はいよ!二本目と三本目!追加はいるか!?」

「頼む」

 肉の追加を頼むドラゴンに、様子を窺っていた他の屋台の者達は、一斉に自分の屋台へと戻っていった。

「おーい、こっちも屋台開けるぞ!こっちにも来てくれ!」

「いや、こっちに来い!うまい羊肉があるぞ!」

「こっちは豚、鶏、ジャイアントラット肉だってあるぞ!食ってってくれ!」

 彼等は料理人であると同時に、商人でもあった。商人であるなら、『ドラゴンが美味いと言った』『ドラゴン殺しも食った』店というものがどれほどの価値を生むか、わからない者はいなかった。

 かくして、屋台通りはとんでもない熱量で商売を始め、リョウジはそれに驚きつつも、多種多様な串焼きを楽しむことができた。

「どんどーん」

「ん、くれるのか?」

「餌やりとかも好きなので……もし差し支えなければ、もらってやってくれます?」

「羊肉だったか。ありがたく頂こう」

「うぅっふーーーぅ!!」

「コウタ、ブレないねえ……」

 言いながら、リョウジは紙に何やら書きつけ、屋台の者に渡している。

「お前、さっきからそれをやっているが、一体何をしているんだ?」

「ああ、今手持ちが無いので、何をいくつ食べたっていう証明書を渡してるんです。ギルドにも同じ物を渡すので、それで相違がなければギルドが私に払う金額から、それを差し引いて出してくれるってわけです」

「そういえば、人間は金というものを使っているんだったな。だが、さっきからかなり食っているが、お前の金は無くならないのか?」

「大丈夫ですよ。感謝は最古のドラゴンさんにしてあげてください」

「ん?なぜあのジジイが出てくるんだ?」

 ジェラルドの質問に、リョウジはニヤッと悪人のような笑みを浮かべた。

「あの人……ドラゴンの鱗やら革やら、そういったものを売ってとんでもない金額になりまして……最古のドラゴンさんが、身を切って出してくれたお金って奴ですね」

「ぶっは!」

 ジェラルドの本日三度目の吹き出しだった。飛んできた肉片をバックラーでかわしたリョウジは、軽く盾を振って肉片を落とす。

「ま、そんなわけなので、ここの屋台全部買い占めてもお金は若干余ると思います。気にせずガンガンいっちゃってください」

「はっはっはっは、あのクソジジイの奢りだったら食わないわけにはいかないな!俺は甘い系の味付けが気に入ったから、そういう奴をもっと食いたい!」

「いいですね。じゃ、あっち行ってみましょう」

 この日、屋台通りの屋台はほとんどが夜を待たずして店を閉める結果となった。食材が文字通りに食い尽されたため、店を閉めるしかなかったのである。

 そしてこの日以降、屋台には『ドラゴンお勧めの店』やら『初めてドラゴンに肉を振る舞った店』やらが乱立し、この町の重要な観光資源となっていくのだった。


 存分に食い倒れを楽しんだ一行は、一度町の広場に戻った。羽ばたきで周囲の建物が倒壊しないようにという配慮である。

「さて、随分長居してしまったが、そろそろ俺は帰るとしよう。リョウジ、今日は実に楽しかったぞ。感謝する」

「楽しんでもらえて何よりです。私もお話しできて楽しかったですよ」

「どんど。どんごど……うふーーーぅ!!!」

「コウタもだいぶ気に入ったようで……なんか、すいません」

「いや、構わん。人間の子供に懐かれるのも、二度とないだろうからな」

 コウタに頭を差し出しつつ、ジェラルドは言葉を続ける。

「お前は、この先も旅を続けるのか」

「はい。元の世界に帰るまでは、旅を続けます」

「そうか。世界を渡れるような存在は、ドラゴンでも聞いたことがない。だから、もしかすると、特殊なスキル持ちの仕業かもしれんな」

「特殊なスキル……?」

「お前達のようなスキルを持つ者がいるのだ。それに近いスキルを持った奴がいても、不思議ではあるまい」

 その言葉に、リョウジはずぅんと気が重くなるのを感じた。時空魔法の使い手だけでも捜索が難航しているのに、スキル持ちまで手を広げればどれだけ大変になるか、分かったものではない。

 そんな様子を察してか、ジェラルドは少し同情の籠った目で見つめる。

「不安しかないだろうが、そこまで不安がる必要もないだろう。もし、お前達をこの世界に呼び寄せた奴がその存在を知れば、そいつは確実に接触してくるはずだ。何しろ、呼んだはいいが行方不明になっていた玩具が、ようやく見つかるのだからな」

「玩具、ね……こっちとしても、早く接触したいですよ」

 その言い方には若干不穏な物を感じたが、自分には関係ない事だったのでジェラルドは無視した。

「最後に、これをやる。今日の礼だとでも思ってくれ。売ってもいいし、持っていてもいい。好きに使うがいい」

 ジェラルドは自分の腕から、剥がれかけていた鱗をぺいっと弾き飛ばしてリョウジに渡した。それを受け取り、リョウジはじっくりと眺める。

「きれいな青ですね。これは売らないで、大切にします」

「では……リーブ パーティ。お前達が、無事に帰れることを祈っているぞ」

 バサッと力強く羽ばたき、ジェラルドは空に舞い上がった。そしてみるみる高度を上げると、一気に加速してあっという間に飛び去っていった。

「こっき」

「うん、飛行機じゃなくてドラゴンだね。まあ……もう、あとは戻って寝よっか」

 そう話しかけたリョウジに、後ろから声がかかった。

「そう思ってるところ大変恐縮だが……」

 ギルドの受付の声に、リョウジはがっくりと肩を落とす。

「あのドラゴンと何を話していたのか、何を食べたのか、そういったことをギルドに報告してほしいんだが~……」

「うん、そうなりますよねー知ってた!いいですよ話しますよ!何でも好きなだけ聞いてくださーい!!」

 かくして、ドラゴン殺しのリョウジはさらにドラゴンと親交を結んだリョウジにもなり、この世界の常識をまた一つ破壊するのだった。

 そして、このリョウジの長い一日は、最古のドラゴンの死と、ドラゴンとパーティを組めることが分かった日でもあり、この世界にとっても大きな動きがあった日であった。そのため、この日のことは後の歴史書の中にも必ず登場する、特別な一日となるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ