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最強は私じゃなくて障害持ちの息子です  作者: Beo9
五章 横柄な貴族・鷹揚な貴族
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オウリス侯爵

 冒険者ギルドでめぼしい依頼が無いか確認していたリョウジは、大きな溜め息をついていた。

 現状、この町でも時空魔法の使い手の情報は無し。ならば移動するかと思っても、戻る側の依頼はいくつかあるのだが、この先へ進む側の護衛依頼は出ていない。

「少し足止めかなあ……あるいは、一人で進むか……ただ、土地勘ないからねえ、あまり一人では行きたくないよねえ」

「ありーおり、ありーおりぃー」

「幸い、お金は余裕あるから、数日滞在は問題ないけど……しかし、薬屋さんのお婆さん、トリアの町のお婆さんそっくりでびっくりしたねえ」

「ありーおりーおりーぃひひひはぁー!!」

「ご機嫌だねえ。ひとまず今日は宿屋に戻ろうか」

 そんなことを話していると、ギルドの扉が開き、初老の男性の声が響いた。

「失礼ながら、皆様の中にリョウジという者はおりますか?」

 うわぁ面倒くせえ。さっさと逃げるか、などと思ったリョウジだったが、あっという間に視線が集中してしまい、逃げるに逃げられなくなってしまった。

「……はい、私ですが」

「貴方ですか。わたくし、オウリス侯爵に仕える執事でございます。主人が、ぜひ貴方とお話をしたいと申しておりまして」

「なぜ、私なんかと?」

「聞けば、貴方は異世界からやってきた人間というお話。お間違いありませんな?」

 別段隠しているわけではなく、むしろガンガン公表している事実ではあるが、貴族というのはえらく耳が早いなと、リョウジは素直に感心した。

「ええ、間違いないです。異世界の話を聞きたいのですか?」

「そうですな。我が主人はとても興味を持っておりまして、是非にお話をお伺いしたいと。ご同行、願えますかな?」

 前回のモストル子爵の執事とは違い、こちらを一人の人間として扱っている態度に、リョウジは心の中での警戒度を少し下げた。

「貴族様に言われたら、平民の私では断れないのでは?」

 笑いながらそう言ってみると、執事は困ったような笑みを浮かべた。

「ええまあ、力関係の上ではそうなりますな。しかし、貴方は冒険者。依頼を受けていたりすれば、我が主人はそれを邪魔することはありませんぞ」

「そうですか。いえ、依頼は受けていませんので、お伺いします」

 周囲の反応もそれとなく探っていたリョウジだったが、モストル子爵の時と違い、同情的な視線は感じない。むしろ『またやってら』的な雰囲気を感じたため、どうやら貴族にしては気さくな人なのかもしれないと、心の警戒度をさらに下げる。

 ちらりとギルドの隅を見てから、リョウジは執事に問いかける。

「貴方について行けばいいですか?」

「ええ、馬車をご用意しております。ご子息もご一緒にどうぞ」

 そして、リョウジは再び貴族に招かれ、馬車の上の人となる。コウタはまたも馬車に乗れ、大変にご機嫌である。一方のリョウジは、『公侯伯子男』だっけなー、上から二番目なら結構偉い人かなー、などと呑気に考えていた。

 やがて、馬車はモストル子爵邸が小さく見えるほどの大豪邸へと入っていく。その後の流れはほぼ同じであり、リョウジは武器を預け、応接室に通される。

 紅茶とお茶請けのクッキーをもらい、コウタに勧める。紅茶には興味を示さず、コウタはクッキーをもそもそと食べ始めた。その食べかすを手で受けながら、リョウジは紅茶を一口頂く。

「ん……いいな、これ。すごくおいしい」

 程よい苦みと渋味、そして鼻を抜ける香りに、思わずそう呟く。温度もすぐに飲め、なおかつ温くは感じないギリギリを見極められている。

「とてもおいしいです、ありがとうございます」

 ついつい、お茶を淹れてくれたメイドに微笑みかけると、メイドは一瞬驚いたように目を見開き、しかしすぐに微笑みを浮かべ、小さく頭を下げた。

 美味しいお茶を堪能していると、応接室の扉が開いた。リョウジはコウタの食べかすを自分のポケットの中に捨てると、すぐに立ち上がった。

「やあ、急に呼んでしまってすまないね。ああ、楽にどうぞ。堅苦しい礼儀は無しで結構」

「初めまして、リョウジと申します。こちらは息子のコウタ。本日はご招待いただき、ありがとうございます」

 礼儀は無用と言われても、リョウジは自衛のために最低限の礼儀を通す。するとそれを見ていたコウタが、リョウジを見つつ頭を下げる。

「あーいよー」

「ああうん、コウタもやってるのね。真似できてえらいねー」

 内心、冷や汗が出そうなほどに焦ったリョウジだったが、オウリス侯爵は人の良さそうな笑みを浮かべた。

「ご子息共々、丁寧な対応ですな。しかし、冒険者に礼儀は求めない性質なのでね、本当に楽にしていただいて結構」

 どうやら本心らしいと判断し、リョウジは勧められるままに椅子に座る。それを見てコウタも、ピョンとその膝に飛び乗る。

「さて、リョウジさん。貴方は異世界の人間だと聞いたが、いくつか質問をしても?」

「ええ、何でも聞いてください。答えられない……知らないこともありますが、出来る限りは答えます」

 コウタに追加のクッキーを与えつつ、リョウジは答える。その言葉に、オウリス侯爵は嬉しげに微笑んだ。

「それは楽しみだ。では、最初の質問なのだが――」

 そして、オウリス侯爵は様々な質問をし、リョウジがそれに答える形で話は進んでいった。まず真っ先にスキルの話になり、リョウジの世界にはスキルもステータスも魔力も無いと答えると、ではどうやって魔物と戦うのかと聞かれ、そもそも魔物はいないと答えると、夢のような世界だと羨ましがられる。

 しかし戦争はあること、こちらより文明が発達しており、爆弾一つで領地どころか大陸が滅ぼせることなども伝え、そこから政治の話に変わり、王制を採用していない国が多い事や、共産主義といった思想などにまで話は及び、二人は尽きることなく話を続けていた。

「――とまあ、確かに理想を体現できれば、夢のような思想ではあります。しかし、上が我欲を出した瞬間、その世界は搾取のための世界に変わる危険があります。そもそも、いくら働いても得られるものが同じなら、最低限の働きしかしないようにもなっていきます。そこが問題点ですね」

「ふぅむ……なかなか、全てがうまくいくような体制は無いものなのだね」

 大人二人が話している間、コウタはクッキーをもりもり食べており、もはやお茶請けではなく食事のようになってきている。そんなコウタをちらりと見ると、オウリス侯爵は口を開いた。

「ところで、貴方の世界では、そういった子供は普通にいるのかね?」

「普通……ではないですが、こういった子供と、その親への支援は色々あります。障害はあろうとも、極力社会に馴染めるように、色々な日常動作などを訓練してくれる施設ですとか、親への給付金ですとか……」

「そうか……そういった子供でも、生きる権利があるのだね」

 どこか遠い目をしながら、オウリス侯爵は言った。

「知っているかね?この世界では、異常がある子供は殺されるのだよ」

「ええ、聞いています。三歳までには、殺されてしまうと」

 何やらコウタ語で呟きながらクッキーを貪るコウタを見て、オウリス侯爵は悲しげな笑みを浮かべた。

「……私の子も、そうだったのだ……」

「っ!?……それは……心中、お察しします」

「それが原因で、妻とは離縁だ。妻は最後まで、あの子を生かそうとしていた。だが、私は……あの子の命と、その他の物を天秤に掛け、その他の物を選んだのだ……」

「……」

 リョウジは何も言えず、黙って話を聞く。

「もし……もしも、私達が貴方の世界にいれば……今頃は、親子三人で、普通に暮らせていたのだろうか……」

 それは質問のようでもあり、独り言のようでもあった。ただ、その声は深い後悔と悲しみに満ちており、周りの使用人達も、沈痛な面持ちで俯いていた。

 そんな中で、リョウジは軽く息をつくと、口を開いた。

「普通には、暮らせなかったでしょうね」

「え?」

 思わぬ言葉に、オウリス侯爵は思わず聞き返してしまう。

「私達の世界でも、この子は普通ではありません。障害者への差別も、当然のようにあります。『生産性のない障害者など養うのは税金の無駄だ』という声だって、当然のようにあります」

 これまでの三年間を思い返しながら、リョウジは言葉を続ける。

「さらに言えば、周囲の無理解による無意識の暴力も多々受けます」

「無意識の暴力、とは?」

「そうですね……『ちゃんと育ててやれば普通に育つ』『子供は親が好きなんだから、目を見て話せば言う事を聞く』『22時を超えても子供が寝ないなんて、寝かしつけをちゃんとやってない証拠』『まだ三歳なのに薬を飲ませて眠らせるなんて可哀想』辺りはどうでしょう?どれか同意できるのありますか?」

 リョウジの問いかけに、オウリス侯爵は言葉が出ない。どれかどころか、全てに同意してもいいぐらいの言葉だった。

「これらを否定する気はないですよ。『普通の子なら』という但し書きが付きますけどね。こっちの話しかけを全部無視するし、そもそも目が合わないし、親という存在を認識してるか怪しいし、暗くすると発狂するし、日付が変わっても踊り狂って元気に遊んでる子供に、これらの言葉は全部当てはまらないんですよ。『普通じゃない』んですから」

 そこはかとなく恨みすら感じる口調に、オウリス侯爵は黙ってリョウジの話を聞く。

「ちゃんとやれ、なんて言うのは簡単ですよ。言うのは。じゃあやれるのかって話なんですけどね。試しに、この子に何か話しかけてみてください」

「え?あ、では……こ、コウタ、で良かったか?コウタ、こっちを見てくれないか」

 オウリス侯爵の言葉を完全無視し、コウタはクッキーをもりもり食べている。

「コウタ?コウタ、おいコウタ!こっちを見てくれ!」

 まるで聞こえていないかのように、コウタは完全無視である。普通の子供であれば有り得ない反応に、オウリス侯爵は言葉を失う。

「こんな子に、どうやって躾をしろと?何を話せと?無理ですよ」

「本当に……何も、聞かないのだな」

「言い方はちょっと良くないですが……こういう子は、ペットに近いんです。こっちの言う事は何となく理解する。けど従う気はないし、従う理由もわからない。自分のやりたいことを、場も空気も弁えずにやるだけ。まあ……はっきり言えば、こういう子を持つからこそ、障害者を排斥する声は理解できるんです」

「自分の子がそうなのに、か!?」

「だからこそです。そもそも、この子が将来どこまでやれるようになるかは不明ですが、何にしろ健常児より大きく劣ることは間違いないです。そして、私はこの子より先に死ぬ。そうなったら、誰がこの子の面倒を見るんですか?無条件に愛情を注ぐ親がいなくなったら、誰がこの異常に手のかかる子を愛せるんです?」

「それは……」

「多くの人に迷惑をかけながら、それでもこの子は生きます。それを支える人達に、とんでもないストレスを与えながら。そこまでして、支える意義とは?」

「……」

 少なくとも、自分の領地であればそこまでする理由など無かった。仮に、今このコウタを預けられても、秒で放り出す自信がある。故に、リョウジの言葉に、オウリス侯爵は何も言えなかった。

 リョウジは寂しげに笑い、コウタの頭を優しく撫でる。

「……でも、この子だってなりたくてこうなった訳じゃない。こんな子だって、生きていてはいけないという理由はない。だから少なくとも、私は私が生きている限り、この子を愛して、この子を支え続けます。それが、親としての責任ですから……」

 そこまで言って、リョウジは急に声のトーンを変えた。

「というわけで、日付が変わる頃まで眠れない日々を一年のうち355日くらい過ごし、さらに二時間おきに何かしらの理由で起こされ、朝六時には起床し、言葉の通じない息子にたまには暴力を振るわれつつ、愛情を注ぎ続けることができるなら、普通に過ごせると思いますが、自信の程は?」

「無理に決まっている」

 考える間もなく、そう答えていた。聞くだけでも過酷な状況だが、そんな状況に自分が置かれたらと思うと、子供を愛する自信すらなくなってしまう。

「まあ、そうですよね。これもちょいちょい言われるんですが『作りたくて作った子供なんだから文句を言うな』なんて台詞を吐かれることあるんですよ。ま、それに対しては『お前は自分で選んだ職場に文句を言ったことないのか?』で黙らせられますけどね」

「それは、まあ、何とも……」

「あとまあ……私の世界でもこれだけ色々ありますが、こっちの世界だとそれ以上にやばい理由もあると思いますよ」

「やばい理由、とは?」

「ええと……あの、極秘でお願いできますか?」

 リョウジは声を潜め、オウリス侯爵に尋ねる。何事かと訝りつつも、オウリス侯爵は頷く。

「ええと……インヴァイト パーティ、オウリス。コウタのステータスを確認してください」

 リョウジに言われ、コウタのステータスを確認したオウリス侯爵は、驚きに目を見開いた。

「こ、これはっ!?」

「あ、すみません。あまり大きな声では……」

「魔力毒に犯されているではないか!?」

「え?魔力毒?って、何ですか?」

 訳が分からず首を傾げるリョウジに対し、オウリス侯爵とその使用人達は大騒ぎになった。

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