野盗の襲撃
翌日、リョウジ達一行は朝早くから起き出し、朝食をとってから再びゼーストへと歩き出した。
この日も長閑な時間が過ぎていき、現在は行商人とリョウジが昨日の話の続きという感じで、結婚関連の話をしていた。
「――しかし、そこまで想う相手がいるというのは、いいものですね。私は結婚もせずにこの歳になってしまいましたが、たまに結婚している人を羨ましく思いますよ」
「羽振りが良かったら、寄ってくる女の人もいるんじゃないですか?」
「ええ、それはもう。私の財産と結婚したい女性なら、ごまんといますよ」
おっさん二人は楽しげに笑うが、ラフタとジェイルは笑いどころがわからなかったようで、首を傾げている。
「ただ、実は私も結婚は諦めてたクチなんですよ。でも私が32の時に妻と会いまして、何やかんやあって今では一児の父ですよ」
「その『何やかんや』の部分を詳しく聞きたいところなんですが」
「特に珍しくもないですよ。たまたま出会って、たまたま惹かれて、告白してうまくいって、という感じです」
「恋愛結婚なんですね。そちらの世界では、政略結婚などは無いのですか?」
「現代だと聞かないですね。他の国ならあるのかもしれませんが」
そうして、行商人とリョウジは話に花を咲かせ、合間合間にラフタとジェイルが口を開き、コウタは馬車の上でコウタ語で歌っている。
話は恋愛の話から商売の話になり、最終的にはリョウジの世界にあるコンビニエンスストアやスーパーマーケットなどの話にまで及んでおり、行商人は何やら色々と考えているようだった。
「――とまあ、最近はまた労働環境の問題などで24時間営業は減ってますけど、それでもコンビニなんかは大半が24時間ですね」
「ふぅむ。冒険者ギルドでも24時間営業はしてますし、不可能ではないですね。あとは防犯対策……特に身内のものが必要そうですが」
「どこかに根を下ろして、試してみますか?」
「いえ、私は行商が性に合っていますのでね。しかし、友人に勧めてみるのは一興かと思います」
「友人に新たな商売の在り方を提示する……と見せかけて実験台にするんですね?」
「もちろんその通りです。私の友人なら、一つ二つ転んだところで、びくともしない者が多いのでね」
そんな話をしていると、不意にジェイルが周囲を見回し、低い声で話し出した。
「いいかみんな、そのまま聞いてくれ。今、俺達は誰かに見られてる」
「えっ!?」
「きょろきょろしないように!気づいてるってのを感づかれたくない」
どうやら何者かが望遠鏡か魔法かで監視しているようで、ジェイル以外には相手がどこかわからなかった。しかし、行く先にはちょっとした林があり、盗賊が身を隠すにはうってつけの場所である。
「たぶん、あの林のとこで襲われるかもな。ラフタ、リョウジ先生、気付いてない風を装いつつ戦闘準備を」
戦闘が起きると予告され、一行に緊張が走る。ラフタは少し楽し気だったが、護衛対象がいるため緊張は隠せない。
「リョウジ、馬車に乗ってくれ。疲れたーって演技すれば自然に乗れるだろ?」
「演技するまでもなく疲れてきてますので、遠慮なく」
リョウジは後部から荷馬車に上がり、ご機嫌に抱き着いてきたコウタをあやしながら後方に目を配る。誰かが付いてきている気配はないため、挟み撃ちの心配はなさそうだった。
「後方よし。左右よし。反射も見えませんので、魔法で監視してるんでしょうか?」
「かもなあ。けど、盗賊が魔法とか……いや、決めつけるのも危ないか。まだ見られてるし、どうするか……」
「魔法を使えて、挟み撃ちにしてこなくてって考えると、少人数なのかもな。魔法で相手を監視して、待ち伏せして積み荷を奪ってってとこか」
「だったら、俺はスキルで魔法使い狙ってくるわ。あんまり多いと、転移した先で死ぬからやるこっちもドキドキだよ」
「サプライズがどっちにかかってるのか、気になるところではありますね」
リョウジの軽口に、ラフタとジェイルも小さく笑う。緊張も程よく解れたところで、一行はいよいよ林に差し掛かった。左右から張り出した木に、コウタはご機嫌になっているが、他の四人には緊張が走る。
そのまま一行は動き続け、やがて林の半分ほど来たところで、ついに動きがあった。
ボンボンボン!と、続けざまに三つの火球が、左の木陰から放たれた。それぞれ行商人、馬、荷車を狙ったものだったが、リョウジはコウタを置いて即座に動いた。
「せい!やっ!はあっ!」
最初の火球をバックラーで、次の火球をフレイルで、最後に後ろに飛んできたものを蹴りで、リョウジはあっさりと叩き落した。それを見た瞬間、行商人が殊更大きな声で言った。
「いやー!さすがはトリアのギルドマスター、ディランの秘蔵っ子ですな!まさかまさか、あの『魔法斬り』をこの目で見られようとは!」
直後、後ろの林からざわざわと驚きの声が上がった。
「嘘だろ!?魔法斬りって、あのS級のディランの得意技じゃねえか!?」
「あり得ねえよ!あいつ以外、できる奴いねえはずだろ!?」
「あいつ斬るどころか蹴ってたじゃねえか!ディランよりすげえ奴なのか!?」
そんな声を聞きながら、リョウジはラフタに声をかける。
「間抜けもいいところですね。ラフタさん、右をお願いします」
「あいよぉ!」
「ジェイルさん、転移はできそうですか?」
だが、ジェイルは焦った表情で首を振る。
「いや、ダメだ!まだ見てやがる!くそ、早く外せよ畜生め……!」
「じゃあそれまでは、荷馬車の防衛を手伝ってください」
行商人は馬を落ち着かせ、その場に留まっている。リョウジは荷馬車の上に立ち、次の魔法を警戒する。
「うおらぁー!あたしを止められるなら止めてみなぁ!」
ラフタは盗賊達の中へ恐れもなく突っ込んでいき、グレイヴを振り回して大立ち回りを演じている。そっちは大丈夫そうかと考えたところで、再び木陰から火球が飛んできた。
今度は明確にリョウジを狙ったものだったため、虫でも払うかのようにバックラーで払って消して見せる。直後、ジェイルが声を上げた。
「あ、よし!外した!行って来る!」
「お願……あ、ちょっと待っ――!」
ジェイルが転移する瞬間、コウタがニコニコの笑顔で火球が飛んできた方を見ていた。それに嫌な予感を覚え、慌ててリョウジが止めようとしたところで、コウタとジェイルは同時に動いていた。
「いふふーえんいぇ。あいぃー!!」
先程飛んできたものと全く同じ火球が、レーザーかと見紛うほどの超連射で飛んでいく。ズドオオォォ!と凄まじい着弾音が響き、その一帯はあっという間に火の海になった。その海の中から、ジェイルを含む数人の助けを求める悲鳴が聞こえてくる。
「うおぉいコウター!ぐっ……ほら、火事、火事になっちゃってるよ?だからね、あそこにお水、バシャーって。お水バシャー、できる?」
ジェスチャー付きでリョウジが語り掛けると、コウタはリョウジと現場を数回見比べ、ハッと何かに気付いた顔をした。
「あいよっこい」
川でも持ってきたのか、と言うほどの水が、火災現場の真上に現われ、そして一気に降り注いだ。
「コウタぁー!!加減!加減してあげてぇ!」
辺り一帯は、比喩なしに川と化した。これには馬も驚いていたが、足の半分ほどまで水が来ていたため、流されないように踏ん張るので精いっぱいだったおかげで、何とか暴走せずに済んでいた。
「ぎゃああぁぁー!?」
「ちょ、リョウジ何っ……がぼっ!」
「ぶえぇ!火の次は水とか……ごほっ、ごほっ!ほ、本気で死ぬかとっ……!」
「ジェイルさん、大丈夫ですか!?」
「いやぁ……これは、また……とんでもないものが見られましたねぇ……」
もう何にも驚きはしない、というような達観した笑顔で、行商人がぽつりと呟く。リョウジに引き上げられたジェイルを除き、盗賊もラフタも流されており、このままではゴブリンと会った河まで流れかねない勢いである。
「ちょっとこれはまずいんで、私が何とかします!コウタ、おいで!」
リョウジはコウタを抱き上げると、躊躇うことなく川の中へ飛び込んだ。
直後、大量の水は一瞬にして消え失せ、辺りは元の姿に戻った。後ろの方には流されていた盗賊とラフタが倒れており、全員激しく咳き込んでいる。
「体内に入った水には、影響がないのかな……?とにかく今のうちに、全員捕縛しましょう!」
「……なんていうか、もう、その子に関しては何も聞かない方がいいのかな……?」
そんなことをぼやきつつ、リョウジとジェイルは盗賊達を捕縛して回る。ジェイルはともかく、リョウジは魔法斬りができると思われているため、大いに恐れられており、捕縛は思いの外順調に終わった。
荷馬車の後ろに盗賊達を繋ぎ、一行は再び歩き出す。その縄を、リョウジは軽く触れており、荷馬車の上でコウタと揺られている。
しばらく歩いたところで、盗賊の魔法使いが不意に声を上げた。
「何でだよ!?魔力がっ……動かねえ!?」
「ほーお、魔法を使おうとしたのかあ。この状況でねえ」
拳をバキバキ鳴らしながら、ラフタがゆっくりと近づいていく。同時に、行商人がちょいちょいと手招きをしたため、リョウジは縄とコウタを持って行商人の後ろに座る。
「もしかして、貴方のスキルですか?」
「はい。私には魔力関連とスキル関連の全てが効かず、また触っている相手のものを無効化できるんです」
ゴッ、ガツッ、ドゴッ!と後ろから鈍い音が聞こえるが、リョウジは努めて気にしないことにした。
「武器同士が触れるとか、このように縛った縄を持っていても発動しますので、こうして縄を持っていれば魔法使いはほぼ無力化できるんです」
「なるほど、だから殺さずに連れ帰ることにしたんですね。魔法を撃たれたらどうするのかと、正直冷や冷やしていました」
後ろからズルズルと、何かを引きずる音が聞こえるようになっていたが、リョウジは努めて気にしないことにした。
「それもありますが……私が、人にしろ動物にしろ、殺すことに抵抗があるというのも大きいです。慣れてないんですよ、そういうのに」
「そうでしたか。この先、冒険者としてやっていくのにそれはなかなか……ですがきっと、その子のためなら、貴方は殺しも辞さないでしょうし、気にすることはないのかもしれませんね」
「できれば、そんな機会が無いことを祈っていますよ」
そうして、盗賊十数人を引き連れた一行は夕方頃にゼーストにたどり着いた。衛兵からは一体何事かと驚かれたものの、一行が行商人とその護衛であること、そして後ろは襲ってきた盗賊達だと伝えると納得された。
しかし、襲ってきた相手を一人残らず生け捕りにしたと伝えると再び驚かれ、一行は一度衛兵の詰所へと連れて行かれた。
そこで各自事情聴取を受け、全員の証言が一致し、なおかつリョウジがBランクの冒険者であり、しかも最近魔法を使う盗賊がいると噂になっていたため、どうやらその一味を捕えたようだと、詰め所はしばらく騒然となっていた。
結局、リョウジ達一行には盗賊退治の報奨金として大銀貨1枚が渡されることとなり、一行は思わぬ臨時収入に沸き立った。
「うわあ、大銀貨だって!護衛の報酬よりこっちのが多いじゃん!」
「どう分けようか!?えーっとえーっと……リョウジ、頼んだ!」
思わぬ大金に浮き足立つ若者二人を、リョウジは微笑ましい気持ちで見つめていた。
「そうですね……では、功績から考えて分けましょう。そうなると、コウタの分はいいので……まずは依頼主である行商人さんに、銀貨4枚でどうでしょう」
「え?」
「は?」
思わぬ言葉に、ラフタとジェイルは同時に聞き返してしまう。
「えーっと……護衛はあたしらで、その人は護衛対象なんだけど……?」
「リョウジ先生……?なんか、功績あったっけ?」
二人の質問に、リョウジはにっこり笑って答えた。
「ええ、一番の功労者です。あの時『さすが魔法斬りの弟子だ』って言ってくれたおかげで、隠れてた盗賊が見つかり、その後も勝手に怯えてくれましたよね?あの言葉、わざと聞こえるように言ったんですよね?」
リョウジが問いかけると、行商人は穏やかに微笑んだ。
「私も死にたくないですから、できることはしますとも。ですが、いいんですか?貴方達が頑張った結果の報酬を、依頼主に渡してしまって?」
「ラフタさん、ジェイルさん、もしお二人が将来、護衛を頼んだとしましょう。そして盗賊が現れ、お二人はポーションなどを投げて援護しました。結果、全員をものすごく援護した……何なら、死にかけてる護衛を助けまでしたのに、『あんたは依頼主だから』と言って盗賊退治の報奨金を取られてしまったら、どう思います?」
リョウジが言うと、二人はハッとした顔になった。
「そりゃ、腹立つよな……」
「うん……何なら殴るわ」
「ですよね。でしたら、やはり護衛対象だとか、依頼主だとか、そういうことは一度取っ払って、あの襲撃を乗り越えた四人として考えましょう。なので、一番活躍した行商人さんに4枚、ラフタさん3枚、ジェイルさんと私で1.5枚ずつ、でどうでしょう?」
「俺はなぁ~……結局、護衛もいたから死にかけたし、その後も死にかけただけだったし、いいとこ無しだった……」
リョウジの提案に、ジェイルは納得したようだったが、ラフタは首を傾げた。
「ん?リョウジの取り分少なすぎじゃないか?」
「私はまあ、魔法は対処しましたが……その後の色々がちょっと……」
「あ~……でもあれ、コウタの……いや、うん、そうだな、そうしとくか」
もうコウタ関連は考えるのもやめようと決心し、ラフタは何も考えないことに決めた。
「という訳で、行商人さん4枚どうぞ」
「本当に貴方達は、新人とは思えないですねえ。そしてリョウジさん、貴方は物事を色々な角度から見られる人なんですね」
「いえいえ、歳を食ってるだけですよ」
本気で感心したように言う行商人に対し、リョウジは謙遜する。
「それでも、私としては、また貴方達のような方に護衛を依頼したいと思いますよ。機会があれば、是非お願いします」
「それはこちらこそ。色々と無礼や非礼を働いたとは思いますが……」
「大したことではありませんよ。それを含めた上で、信頼できる人達だと思っているんですから」
そうして、臨時収入の振り分けが終わると、今度は依頼達成の報告をしに冒険者ギルドへと向かう。達成報告は滞りなく進み、行商人とはそこでお別れとなる。
日も暮れてきており、一行はその町で宿を取ることにした。幸いに宿は空いていたため、四人で三部屋を取り、宿屋の食堂で初の依頼達成を祝い、小さく祝杯を挙げる。さすがに初めての依頼で疲れていたため、その後はそれぞれの部屋に戻ると、泥のように眠り込んでしまった。
ただし、コウタだけは今日も元気いっぱいであり、結局リョウジが寝ることができたのは、日付が変わってから一時間ほど経ってからだった。