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最強は私じゃなくて障害持ちの息子です  作者: Beo9
一章 異世界への召喚
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日常から非日常へ

4話までは毎日投稿します

 リョウジとコウタは、正確には宮田 良治に宮田 洸太という、れっきとした日本人である。

 極々普通の、どこにでもある家庭であり、唯一他と違うところがあるとすれば、息子のコウタが重度自閉症かつ、知能の発達にも遅れがあることだった。

 発覚当初は色々とあった。その事実をすんなりと受け入れられるわけがなかった。夫婦喧嘩だって起きたし、何かの間違いじゃないかと様々な病院を回ったし、リョウジは自分の実家と縁を切るまでに至っている。しかし、今では両親ともにその事実を受け入れ、そういう子として接していた。

 他人への興味が極端に薄く、言語の発達も遅いコウタには大変な、非常に大変な、本当に大変な思いをさせられてはいるものの、それでも愛する我が子であり、リョウジは最大の愛情を注いでいた。

 幼稚園ではなく療育園へ通い、睡眠障害を併発しているため通院が続き、寝る前には脳の興奮を抑える薬と入眠しやすくする薬が欠かせない。

 たまに、いわゆる定型発達の子を見ると、苦労はあれどもうちの子よりは楽そうだなぁと羨ましく思う日々。

 それが崩れたのが、半年前のあの日。

 その日、宮田一家は近くの山へハイキングに行き、その帰路であった。なぜか坂道が大好きな洸太は大はしゃぎし、ずっと走り回っていたにも拘らず、未だ元気いっぱいである。それに対してリョウジは普段の運動不足とコウタのお守りのため疲労困憊である。

「ふーーーーぅ!!あいおりお!!あいおりお!!えでぃ!!」

「洸太、あまり端の方行っちゃダメよ。良治さん、お茶飲む?」

「ありがと由美さん、飲む」

 何となく、付き合っていた頃の『さん』付けで呼び合っていた習慣が変えられず、二人は結婚してからも同じように呼び合っていた。そもそもが、良治は由美より8歳上であり、『年上を呼び捨ては……』と由美が渋ったところから、お互いの『さん』付けが始まっていたため、恐らくこの先も死ぬまで変わらないだろう。

「はぁ、ありがと。洸太は元気だねえ」

「洸太だからね。子供とかそういうんじゃなくて、洸太だから」

「……納得だね。ほら洸太、そっちの方行くと危な――」

 そうして、また登山道の端の方へ走る洸太を追いかけた瞬間、空中に黒い穴が開いた。

「……え?」

「良治さん!!洸太!!」

 後ろで由美の叫び声が聞こえる。だが、洸太と良治の体は穴へ引き寄せられるように浮かび上がり、戻ることができない。

「っ……必ず戻る!!洸太連れて!!」

 洸太の足を掴み、何とか叫んだ。直後、二人の体は穴へと入り込み、一瞬の浮遊感の後、地面に投げ出された。

「痛って……ここは?」

「いったいよー!たい!」

 見上げた視界に映るのは、見たこともない町中の風景。中世ヨーロッパのような家屋に、見慣れない服装の人々。そして、自分達二人に集まる大量の視線。

「ひ、人が急に出てきた!?」

「気を付けろ、魔物かもしれない!」

「衛兵だ!衛兵呼んで来い!」

 あ、言葉はわかるんだなぁ、などと一瞬の現実逃避をしたリョウジだったが、痛みと不安からか抱っこをねだるコウタの姿に、ハッと我に返る。

「す、すみません!私達は怪しい者ではっ……」

 言いかけて、それが何の説得力もないことに気づき、リョウジは言葉を変える。

「……いや、やっぱり怪しいですよね。でも、私達も何が起きたかわからないんです。誰か、お話ができ……」

「かり!かーり!おいゃ!かーり!」

 抱き上げたコウタがリョウジの首を掴み、激しく左右に振り回す。痛みに顔を顰めつつも、リョウジは何とか言葉をつづけた。

「お、お話、が、できる、よう、な、とこ、とか、方は、いませ、いませんか?」

 その光景に、初めこそ恐怖と疑惑の視線を向けていた町人達だったが、だんだんと同情を帯びた視線へと変わっていく。

「あー、その……あんた、大変だな」

「お気、遣い、ありがと、ございま痛てっ!」

 その後、数人がコウタの遊び相手となってくれたため、リョウジは拷問から解放された。やがて、槍を持った衛兵が数人やってくると、二人を詰所へと連れて行った。

 そこで、リョウジは恐らく偉いであろう筋骨隆々の兵士に、ここに来るまでの経緯を話した。終始訝しげな表情を浮かべていた兵士だったが、リョウジの言葉を否定することなく、最後まできっちりと聞いていた。

「――というわけで、空中に空いた黒い穴に吸い込まれて、気が付いたらここにいて……元の世界に帰りたいんですが、帰り方とかわかりませんか?」

 リョウジの言葉に、体格の良い兵士はしばらく考えていたが、やがてリョウジの後ろにいる兵士に声をかけた。

「アレス、どうだ?嘘を言ってるようには見えなかったが」

 すると、アレスと呼ばれた兵士は大きなため息をついた。

「正直、わからないですね」

「わからないだと?」

「まったくわからないんですよ。ただまあ、僕も隊長と同じく、嘘には聞こえませんでしたね、困ったことに」

「え、なんで困るんですか?」

 リョウジの問いかけに、アレスは同情たっぷりの視線を向けた。

「僕達の仕事が増えるからだよ」

「あ、はい」

「いや、一割がた冗談だよ」

「九割が本音ですか」

「君の言ってることが真実だとすると、恐らく時空魔法を使った奴がいる。だけどそれが誰かは分からないし、誰かわかっても、君達を元の世界に返してくれるかはわからない。そもそも、元の世界に返せるような力がない可能性だってある」

 その言葉に、リョウジは驚いて聞き返す。

「え!?だって、実際私達はここに連れてこられましたよね!?」

「狙って連れてきたんじゃない可能性もある。どこの世界から来るかわからなかった可能性もある。というより……」

 アレスは一度言葉を切ると、リョウジから視線を逸らした。

「……こんな田舎町にポンと出された時点で、狙って召喚した可能性は低い。たぶん、新しい玩具を試した時の事故、じゃないかな」

「玩具を……」

 人の人生を何だと思っているんだ。

 そう叫びたいのを、リョウジは必死に堪えていた。同じ異世界人の暴挙だとしても、彼等には何ら責められる謂れはない。

「……わかりました。では、自分で何とかしようと思います」

「何とかって、当てはあるのか?」

「ありません。でも、妻と約束しましたから。コウタを連れて絶対に帰るって」

 リョウジの言葉に、兵士の二人は顔を見合わせ、小さく頷き合った。

「リョウジさん、つったよな?帰るったって、何にもあてはねんだろ?」

「はい、何にも……」

「だったら、冒険者ギルドへ行くといい。あそこなら、あんたのような奴でも何かしらの仕事にはありつけるし、ギルドで得られる情報も多い。何かしらの助けにはなるはずだ」

「ついでに、厄介極まりない案件を、あっちに押し付けられますしねぇ」

「おい、アレス……」

「はは……それでも、助かりますよ。本当に、私には何にもなかったんですから。下手すれば野垂れ死にでした」

 二人に礼を言い、リョウジは頭を下げる。コウタは既に飽きているのか、黙ってじっとその様子を見ている。

「紹介状と地図を書いてやる。経緯も書いておくが、たぶんまた説明することになるぞ」

「仕方ないですよ。こんな事、私自身信じられない気持ちですから」

 隊長と呼ばれた兵士から紹介状と簡単な地図を受け取り、冒険者ギルドの場所を聞くと、リョウジはコウタを連れてそこへ向かった。

 そこはレンガ造りの建物で、想像したよりはだいぶ小奇麗な印象だった。もう少し無骨な建物を想像していたリョウジは、意外に思いつつ扉を潜る。

 カラン、とベルが鳴り、中にいた何人かが扉の方へ振り返る。そして、入ってきたのが妙な服装をした子供連れの男とみると、遠慮なく訝しげな視線を送った。

 それを全身で感じつつも、リョウジはそれらを無視し、恐らく受付であろう場所に立っている女性に話しかけた。

「いらっしゃいませ、どのようなご用件でしょう?」

「ええと、隊長さん……警備兵?の、隊長さんから、こちらにお伺いするよう言われまして。あ、これ紹介状です」

「警備……?ああ、衛兵ですね。ちょっと拝見します」

 見慣れない場所に、静かにテンションの上がっているコウタの腕をしっかり握りつつ、リョウジは何とか片手で紹介状を渡す。受付嬢はそれにサッと目を通すと、二人に少し待つように言い、裏側へと向かっていった。

 やがて受付嬢が戻り、二人を二階へと案内する。その奥にある一室の扉をノックすると、中から低い声で返事があった。

「ギルドマスター、二人をお連れしました」

「入ってくれ」

「失礼します」

 一言断りを入れ、リョウジはコウタと共に部屋へと入る。中には応接セットが並び、奥には大きな机が一つデンと置いてある。その大きな机が小さく見えるほどに、書類がまさに山のように積まれている。

 その山の向こうに、ひどくガタイのいい男が座っていた。彼は二人を一瞥すると、軽く手を挙げた。

「すまねえが、あと一分ほど待ってくれ。キリのいいところまで終わらせる。そこに座ってもらって構わん」

「わかりました。では、失礼します」

 応接セットのソファに腰かけると、意外に良い座り心地だった。だがそれに感心する間もなく、コウタがソファの上で飛び跳ねようとしたため、リョウジは慌ててそれを止める。

「ちょっ、やめなさい!うちならともかく、よそのソファで跳ねるのはダメ!」

「あーっ!?あぁー!だりや、おーいーや!」

「ダメ。はい、座って。いつものお座り、できる?」

「んまー」

 渋々と言った様子で、コウタはソファに座る。そこでちょうど区切りがついたのか、ギルドマスターが席を立った。

「なんだ、随分と手のかかる子供みてえだな」

「あ、すみません。ちょっと、不自由のある息子なもので」

「なるほど……異世界人ってのは本当のことらしいな」

「えっ?」

 ギルドマスターは二人の前にどっかりと座ると、コウタを手で指した。

「普通、そういった子は三歳までに殺される」

「ええっ!?」

「落ち着け。別にお前の子供を殺そうとは考えていない。ただ、この世界ではそうだってだけさ」

 いきなり知ったとんでもない習慣に、リョウジは身を震わせた。やはり価値観が中世に近いのかと、心の中の警戒レベルを一段上げる。

「で、すまねえが、紹介状はザッと読んだが……俺にも、経緯を詳しく説明してくれねえか?」

「ええ、構いませんよ。……ちょっとコウタ、立つのダメ。座って、すーわーっーて」

 ここまでの流れは予想通りであったため、リョウジは隊長にしたものと同じ説明を繰り返す。ただし、今回はコウタが部屋で遊ぼうとするため、片手であやしながらの説明となったが。

「――というわけで、警備……衛兵の隊長さんに紹介状をいただいて、こちらへ伺ったという次第です」

「なるほどな。うーん、時空魔法ってのは間違いなさそうだが……そんな使い手の話は、聞いたことがねえな」

 冒険者ギルドのマスターらしく、原因にはすぐに思い当ったようだったが、さすがに有益な情報は持っていないようだった。

「あー、なんだ。言いたいことも、聞きたいことも、色々あるだろうし、こっちもあるんだが……まずは喫緊の話題からこなすか。金、持ってるか?」

「あ、はい。いくらか……あっ、ダメだ。向こうのお金しか……無いです」

「そうか。じゃあまず、金の話からさせてもらう。宿屋は一泊、銀貨一枚だ。今回は、お前の持ってる金を見せてくれ。それを見せてくれたら、銀貨一枚やる」

 意外な申し出に、リョウジは驚いて尋ねた。

「え、いいんですか?」

「いいも何も、お前、異世界の金って言われて、見たいと思わねえか?」

「それは確かに。じゃあ、今出しますね……お、ちょうど全種類あった」

 リョウジは硬貨と紙幣を取り出し、机の上に並べる。その時も、コウタが興味を持って手を伸ばすため、何とかそれをいなしながらの作業となった。

「紙!?お前等の世界では、紙の金使ってるのか!?あとは……銅貨、銀貨……いや、随分と軽い金属だな?」

「それはアルミですね。アルミニウムという金属です」

「アルミ……聞いたことがねえ」

「それ、うまくやると水に浮かびますよ」

「金属がか!?」

 ギルドマスターはすぐに自分のカップを持って来ると、そこに受付嬢が置いていったお茶を注ぎ、その上にそっと一円玉を乗せた。

「おお……おおぉぉ……すげえな、これ……いや、それより紙の金って、偽造とかされねえのか?」

「ああ、それは透かしも入ってますし、あとここ……この1の部分、陰に見えますけど、よく見ると文字になってるんですよ。あとはホログラムもありますし」

「うわっ、何だこりゃ!?どういう職人技だよ!?……うおぉ、人の顔が浮かび上がるのか……それに何だ?角度で見える文字が……こりゃ後でグルーガに見せてやるか」

 交渉の末、ギルドマスターは各一種類ずつ異世界の通貨をもらい、ほくほく顔でそれを机にしまった。

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