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最強は私じゃなくて障害持ちの息子です  作者: Beo9
幕間 残された者
17/47

日本にて

今回短いのでもう一話投稿します

 ガチャリと、鍵の回る音が響き、そしてぎぃっと扉が音を立てる。

「ただいま」

 女性の声に、応える者はいない。その事実に、由美は大きな溜め息をついて肩を落とす。

「……何なのよ、ほんと……」

 数週間前までは、普通の家庭だった。ちょっとすごく独特な感じの子供はいるが、特にお金持ちでもないし、貧乏でもない、極々普通の家庭だった。

 ハイキングの帰り、突然空中に穴が空いたと思ったら、そこに洸太と良治が吸い込まれ、そして穴は消えてしまった。

 半狂乱になって探す自分に、周囲にいた者も探すのを手伝ってくれたが、二人はどこにもいなかった。

 警察が来て、経緯を説明して、しかし信じてはもらえず、滑落した二人を見て錯乱していると決めつけられ、精神科の受診まですることになった。

 だが、現場を直接見た者はいなかったものの、すれ違った直後に由美の叫びを聞き、振り返った時には二人がいなかったと証言してくれた者がいたことと、足跡が途中で不自然に消えていたという異様な現場の状況に、由美の話を信じる者も僅かにはいた。

 現代での神隠しだと、しまいにはテレビでも連日放送される事態となり、由美は精神的に疲弊していった。

 ネット上でも、当然この事件は多くの者の興味を惹いており、それなりの数の人間が保険金目当ての殺人だと考えているようだった。

 ちなみに、中には『異世界にでも召喚されたんじゃねw』という意見もあったが、まさかこれが本当に正解だとは、書いた本人すら思っていなかっただろう。

 あまりにもうるさいために携帯は電源を落としており、一日に一度だけ、良治から連絡が入っていないか確認する。電源を入れる度に、多くの通知が出て期待をするが、大半が知らない番号の着信やSNSの書き込み通知など、要らない情報ばかり。何度、壁に叩きつけて踏みにじってガスバーナーで焼いた後64式でぶち抜こうと思ったかわからない。

 それでも、きっと良治との唯一の通信手段だと信じ、おかげで何とか壊さずにいられた。

 夫と息子が突然消えた辛さは、まさに筆舌に尽くしがたいものだった。しかし、それでも時は進み、腹は減り、眠くもなる。

「……はぁ。気分が滅入った時は、やっぱりこいつが一番よね!」

 そう言って、由美は会員制の大型小売店で買ってきた巨大なティラミスを取り出し、ついでに日本酒も取り出してくる。

 ついいつもの癖で、近くのスーパーで買っていた濁り酒も持ち出してきたが、それを一緒に飲む相手はいないと気づき、再び胸に穴が空いたような虚無感に襲われる。

 だがすぐに気持ちを切り替え、胸に空いた穴に詰め込むようにティラミスを掻っ込み、日本酒を味わう。

「っはぁー!洸太がいると絶対無理なスイーツ酒盛りパーリィ、最っ高!」

 由美は強い女性だった。元々強い方ではあったが、洸太を育てる内に、より強くなっていた。特に精神面が。

 最初の一週間こそ、二人がいなくなったことに泣き暮らしていたが、そこからはすっぱりと気持ちを切り替え、バイトを探し、なかなかできなかった家の片づけを始め、子育て中は普通無理な深夜までの一人飲み会を開催するようになった。

 洸太は愛する息子だし、良治は愛する夫である。しかし洸太は滅っ茶苦茶に手がかかるし、良治と一緒にいるのは好きだが、一人の時間も欲しいと思わないわけではない。

 そのため、思わぬ形で強要された一人暮らしを存分に楽しもうと、気持ちを完全に切り替えていた。二日後には、実に四年ぶりにサバイバルゲームの定例会に参加予定である。

「そういや銃どうしよっかな……クルツが安牌だけど、せっかくだし良治さんのステアー借りてみようかな……VSRはちょっと使う気しないしなー」

 今は良治もいないため、彼の武器も使い放題である。とはいえ、割と前線に出るタイプの由美に対し、狙撃を得意とする良治の武器はあまり肌に合わないので、あくまで気分転換に使う程度だが。ちなみに狙撃とは言っても、良治も由美に付いて前線に出る、いわゆるマークスマンのような動きだったりする。

「いつ帰ってくるんだか……なるべく早く帰ってほしいなあ。スキー、一緒に行きたいし」

 由美は強い女性である。その強さの源の一つは、良治のことを心の底から信じていることである。

 彼は穴に吸い込まれる前に『必ず洸太と帰ってくる』と言っていた。彼が言ったのなら、それは絶対にやってくれる。由美はそう信じていた。

 良治が約束を破ったことは、少なくとも今まで一度もない。だから今回の約束も当然守られるものだと、由美は心の底から信じ切っているのだ。

 だからこそ、泣き暮らすような無駄な行為はしないし、いつ帰ってきても良いように家を片付け、そして帰ってくるまでの自由を満喫するのだ。

「どこ行ったかはわかんないけどさ……良治さん、洸太、早く、帰ってきてね」

 ティラミスと日本酒を詰め込みながら、由美は一人ぼっちの部屋で、そう呟くのだった。

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