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駄菓子屋のおばちゃん

作者: 黒楓

 草津のパーキングエリアに到着すると操代(みさよ)はバスから飛び出してトイレに駆け込んだ。


 悪阻が、かなり辛そうだ。


 ハンドタオルで口を抑え、涙目になっている操代を勇二は辺り憚らず抱き締めた。


「ちょっと勇二! 人が見てる」


「知るか!旅の恥はかき捨てって言うだろ!」


「でも、私、ゲロ臭くない?」


「んな事、ねえよ! キスしてやろうか!」

 言いながら唇を近付けると操代の手のひらに止められた。


「もう!いい加減にしなよ」


「だめか?」


「ダメよ! ネチョッとしたアンタよりサッパリした物を齧りたいね ガリガリ君みたいなの」


「チェッ!つれねえなあ~」


 勇二がむくれたフリをすると、操代はその顔に吹き出して笑いながらも彼の頬を愛おしく撫でた。


「アンタの実家へ挨拶に行くのに……こんなんでゴメンね」


「何言ってんだヨ!オレのほうこそゴメンだよ! やっぱ行きも新幹線にすれば良かった!」


「大丈夫だよ!東京から米原あたりまでは寝て来れたんだからさ! あと1時間くらいでしょ?」


「そんなモンだけど…… とにかくガリガリ君、買って来る!」


「待って! アタシも行くからさ!」


 そうして二人、腕を組んで建物の中へ入って行った。



 --------------------------------------------------------------------


 梅田でバスを降り、乗り換えた小豆色の電車に揺られながら二人は“気掛かり”を話し合う。


「心配しなくても今はキモチ悪くないよ。それよっか、アンタさ! 知ってる顔に会っても凄んだりしないでよ」


「しねえよ!」


「昔の()()()()されそうになっても?」


「まずは、こちらから謝るよ」


「おっ!オトナじゃん!」


「茶化すなよ! 身重のお前になんかあったら大変だからよぉ!」


「そっかそっか! 最初はワタシの上に乗っかってパコパコやるだけのオトコだったのにねえ~」


「言うなって! あの頃のオレを一番ぶっ殺してえのはオレなんだから!」


「アンタねえ~自殺して愛する妻とこれから生まれて来る子供を路頭に迷わす気ぃ~?」


「んな事 言ってねえよ! オレはただその位に自己嫌悪を……」


 言い掛けた口を人差し指で塞いで操代はウインクする。


「そのくらい反省ができていたらお義兄さん(おにいさん)ともキチンと話せるよね。お義父さん(おとうさん)のお葬式にも帰らなかった事もちゃんと謝りなよ」


「分かってるよ! ……ああ見慣れた景色になって来やがった! もう二度度見る事は無いって思ってたのに……」


 その憮然とした勇二の顔が拗ねた子供の様で……操代はクスッと笑う。

「まあ、絡んで来るヤツらは……いざとなったら“昔取った杵柄”でアタシが追っ払ってやっから!」


「さっきも言ったろ! お前は身重なんだからよぉ! そんな事をさせるくらいなら、オレが黙ってボコられるぜ!」


「バカだねぇ~『三十六計逃げるに如かず』ってのを知らないの? あと何だっけ……『逃げるは恥だが役に立つ』だっけ? ふつーの人はそうするの!」


 その言葉に勇二は

「お前!さっき言ってるのと矛盾してんぜ!」

 と言い返し二人は肩をぶつけ合って笑った。



 --------------------------------------------------------------------


 駅前の商店街を抜けて住宅地の方へ歩いて行くふたり。


 思った以上に様変わりしている街に勇二は少々戸惑っている。


「確かこの辺にあったんだよな。随分と迷惑を掛けた駄菓子屋が…… 商店街もあちこちシャッター閉めてたし、やっぱ無くなったかな……」


「あれじゃない?」

 操代が指差した先、各々立派なエントランスホールのある二棟のマンションの間に忘れられた様に取り残された駄菓子屋があった。恐ろしく古いコーラの看板に『川口屋』と書かれている。戸口辺りにまで段ボールが積まれていて、どう見ても“店じまい”の体だ。


 ふたり駆け寄って奥を覗いてみると水色の絣の着物に銀髪が映える女性がたった一人で荷造りをしている。


「おばちゃん!」


 思わず発してしまった勇二の声に振り返った“おばちゃん”は勇二を見つめ少し考えた。


「アンタ……金井工務店のとこの勇二か?」


「ハイ!今はアニキに代変わりしてます」


「恭一っさんの事はよう知っとるよ! 会うたんびに“ヤクザな弟”の話してるわ」

 その言葉に操代は勇二の脇腹を小突く。


「すんまへんな、ヤクザな弟のせいで」


「なんも! 恭一っさんの心配事ゆうたらアンタの事に尽きるからなあ~ アンタ!葬式の時にも帰らんかったのは……『お縄になっていた』からとちゃうやろな」


「いいえ違います!! 勇二くんはそこまで悪い事はしてません! それに今は……すっごく真面目なんです!!」


「アンタ! 勇二の奥さんか?」

「ハイ!操代と言います。今日は勇二くんのご実家に婚約の報告に来ました。それから……」

 操代は少し顔を赤らめて自分のお腹に手をやった。

「ベビーの報告に……」


 その言葉におばちゃんは持っていた()()()を……昔、万引きを叱った時の様にピシャリ!とやった。

「コラッ!勇二! お前“デキ婚”したんか?!」


 その言葉に操代は慌てて言葉を継ぐ。


「違うんです! 私達『結婚しよう』って約束したら一日も早く子供が欲しくなって……それでなんです!」


「なんや!そう言う事やったらホンマめでたい話やないの! どれ、このおばちゃんもその幸せにあやからせてもらってもええか?」


 そう言っておばちゃんは操代のお腹にそっと手をやった。


「元気に生まれて来るんやで。アンタが元気で育ってくれたら、それだけで!お母ちゃんもお父ちゃんも幸せになるんやからな」


 操代はおばちゃんの手の上に自分の手を重ねた。

「ありがとうございます。おばちゃん……お子さんは?」


「おったよ!駄菓子屋始める前、ウチ、たばこ屋やったんよ。ダンナを早くに亡くして……『病気がちな一人息子を抱えても働けるように』ってな」


「ひょっとして息子さんは??」


「ハハハ!ちゃんと生きとるで! 子供も三人おるがな! ただなあ……小さい時分はホンマに命が危ない時が何度かあってな。万一でも死なせるわけにはいかんから泣く泣く遠縁に養子に出したんよ。 そうやって一人になってしまうとガムや飴を買いに来る子供らの顔を見るのが心の支えになって……結局、駄菓子屋を始めたんや。でもええ加減カラダもキツなってきたから『そろそろやめよか』ってなわけや」


「おばちゃん!ほしたらこれからどないすんの? 息子さんとこ行くんか?」


「捨てた子供は息子とは言えんやろ? だから三人の子供も孫やない ましてや世話になる訳にはいかん」


「じゃあ……お独りなんですか?」


 心配そうに尋ねる操代におばちゃんは逆に尋ねる。


「なあ、操代ちゃん! おばちゃん、この歳にしたらけっこうイケてるやろ?」


「ええ」


「勇二みたいな“子ネスミ”が商品チェロまかしよるから、あんまり儲からんでな。色々と助けてもらっててんねん」


「助けてもらうって?」


「勇二やったら、よう憶えとるやろうけど。真昼間からおばちゃんが店におらん時は大抵、奥で男とシケ込んどったんや」


「ええ??!!」


「操代ちゃん!そんなに驚くのはチョット失礼やで」


「……スミマセン」


「ハハ!冗談やがな。ウチ、やんちゃなダンナからみっちり仕込まれとったし、『未亡人』つうブランド効果もあったからな。色々潤してもらったわ! だから“懇ろ”の最中に勇二とかがお菓子パクッても大丈夫やったんや。で、まあ……そん中でな、今も続いているご縁があるねん」


 おばちゃんは大箱マッチでカッコ良く火を点けたタバコを吸って“煙の輪”を作った。

「これもダンナから仕込まれた技のおかげやな」


 そんなおばちゃんはタバコを咥えながら勇二に聞く。


「アンタ!操代ちゃんにエンゲージリングやったんか?」


「……まだ」


「アホやなあ!てめえの子供を産んで貰える女の子に何を不義理しとんねん!」


「いや、今、注文して……」


「お前なあ!! これからフィアンセを紹介するのに指輪も無しかあ!! この唐変木!!」


「おばちゃん! そこまでは言わないであげて!! 勇二くん、ホント一所懸命にしてくれてるの! だからお願い!」


 半分涙目で頭を下げる操代を見ておばちゃんは勇二を睨め付けた。


「こんなエエ子、泣かせたらあかんで! しゃあないなあ、お前に“川口屋のお宝”をやるわ」


 おばちゃんが奥から取って来た古い包みを振ると、中からキラキラした指輪が出て来た。


「ああ!!その指輪は!!くじの?!!!」


「そや、お前らがどんなに頑張っても取られへんかった『特賞』や。この事は恭一っさんもよう覚えとる筈やから……操代ちゃん!こんなおばちゃんのお墨付きで申し訳ないけど、コイツの実家への挨拶ならチットは援護射撃になるわ! ホラ!勇二! 操代ちゃんの薬指にはめたり!」


「おばちゃん!ありがとう!」

 既に()()()()()()()()()操代の左手を取り、薬指に指輪を通した勇二も必死の形相で涙を抑えている。


「二人ともこれから挨拶しに行かなあかんゆうのに、何シケタ顔してんねん!」

 こう言いながらおばちゃんは火打石を手に持った。

 .

「“出入り”前のダンナにやったんを思い出すわ!」

 そう言っておばちゃんは二人を立たせ、切り火をして送り出した。




                          

                             おしまい



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