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連休が終わりを告げ、また授業の日々が続く。
先日、名残惜しそうに涙目で沖長に抱き着きながら「帰りたくないです!」と嘆いていた雪風も、今は地元の学校でしっかり小学生をしていることだろう。もっとも毎日メッセージや電話のやり取りをしているので、彼女の現状は常に把握(強制的に)させられているが。
本日の放課後は久々に一人で帰宅することになっていた。
ナクルは友達と約束があるらしく、水月も家族と食事に出かけるということで早めに帰っていったのだ。
対して沖長は、このまま直帰するか、それともどこかに寄り道をするか迷っている。小学生児童としては真っ直ぐ家に向かうのが義務なのだろうが、精神的に大人である沖長にとっては、どうも守りにくい事項でもあった。
だからほとんどの場合、商店街などに顔を出しては食べ歩きに勤しんだりしている。今日も何か美味しいグルメでもと思い街中を散策しようと歩き出したところ――。
「――沖長?」
不意に名を呼ばれて振り返ると、そこには一人の少女がこちらを見ていた。目が合うと、その少女は朗らかな笑みを浮かべる。
「久しぶりね、沖長」
ボリューム満点の長い銀色の髪が風で大きく揺らいでいる。吸い込まれるような紺碧の瞳に可愛らしい小さい鼻。それらは初めて会った時からあまり変わっていないが、少し伸びた身長に大人びた声音と顔つきが、確かな年月に対する変化を知らせてくる。
「はい。お久しぶりです――夜風さん」
金剛寺夜風。あの転生者の一人である金剛寺銀河の姉にして、小学一年生から何かと世話になってきた人物。
今は中学二年生となり、頻繁に会うことはなくなったが、それでもたまに向こうから連絡をしてくることがあり関係は続いていた。
「ホントに久しぶりじゃない。この前……えっと、アタシの誕生日にプレゼントをくれた時だっけ?」
「そんな前でしたっけ?」
「アタシが中学に入ってから滅多に会わなくなったもんねー。もっと会いにきてくれても良かったのに」
「夜風さんには夜風さんの付き合いがあると思いまして」
中学になると、また新たな出会いが増える。授業だって難しくなるし、小学生の自分が彼女の時間を奪うのは申し訳ないと思ったのだ。
「そんなこと気にしてたのね。相変わらずアンタは変なとこで遠慮するんだから。このおバカ」
そう言いながら、人差し指で額をコツンと押してきた。その表情はどこかからかうような雰囲気で、怒らせてはいないようでホッとした。
「それにしても夜風さん」
「なぁに?」
「……何だか大人びましたよね?」
「あのね、こう見えても十四歳なんだから成長するわよ。アンタだって大分背も伸びてきて、もうすぐ追いつかれそうなんだけど……」
夜風は同年代の女子と比べると若干小さい方。沖長は逆に大きい方ということもあり、もしかしたらあと一年くらいで追いつくかもしれない。
「あはは、別に身長なんて気にする必要なんてないですよ。小さくても夜風さんは可愛いんですから」
「~~~~~っ!?」
沖長の言葉を受け、瞬間的に顔を真っ赤にして口をパクパクさせる夜風。
「? どうかしましたか?」
「っ…………はぁぁぁぁぁ。そうだった。コイツはこういう奴だったのを忘れてたわ……」
「はい?」
「別に何でもないわよ! 沖長は結局沖長のままだったってこと!」
「……どういうことです?」
何だか不満気に口を尖らせているが、別に問題発言をした覚えなどないので首を傾げてしまう。
「……ったく、そんなことばっかしてるといつか後ろから刺さるんだからね!」
「えっと…………気を付けます?」
「これは……全然分かってないわね……はぁ。まあいいわ。ところで時間ある?」
「ああはい。大丈夫ですよ」
「そっか。んじゃ、ちょっと付き合いなさいよ」
夜風は楽し気に笑うと、沖長の手をギュッと掴んで歩き始める。一人で歩けると言うが、夜風は「気にしない気にしなーい」と取り合ってくれなかった。
それから駅の方へと進んでいき、ファストフード店へと入っていく。夕食前ということもあり、フライドポテトとジュースだけを頼んだ。その際に、夜風が奢ってくれることになった。何でも姉として弟分に払わせるわけにはいかないとのこと。
一度は断ったものの、あちらも折れることのない強い意思を感じたので、ここは素直に彼女の顔を立てることにしてご馳走になった。
頼んだメニューが載ったトレイを受け取ると、二階にあるイートインスペースに上がり、外を眺めることができる端のテーブル席へと着く。
目の前に置いたトレイに視線を落としつつ思わず頬が引き攣る。何故ならそこには、幾つも積み重なったハンバーガーの山があったからだ。
「マジで全部食べる気ですか、これ?」
「ん? とーぜんじゃない! こんくらいはペロリよペロリ!」
明らかにその小さな身体と食べる量が合っていない。
(そういや夜風さんって見た目の割に大食漢だったなぁ)
こうして二人きりで食事などに出かけることも少なくなかったが、彼女はその度に結構な量を口にしていたことを思い出す。前にもデカ盛りグルメの挑戦を店がやっていて、難なく成功して賞金まで獲得していた。
あれだけ食べてもなお太らず小さいままという不可思議な事実。もっとも本人は幸せそうなので、食べることが好きな沖長も、親近感が湧くので止めることはしないが。
僅か二十秒足らずで二個目のハンバーガーに手を伸ばしている夜風を見ながら、沖長もまた十本目くらいのポテトを取る。ここのポテトは外がカリッとしていて、中がしっとりと芋感も充足に感じられて好きなタイプ。加えてガーリックパウダーがかけられているので、食欲を刺激して永遠に食べられそうな危険なグルメである。
「あ~ん! んぅ~おいふぃぃぃ~!」
本当に美味しそうに食べるなと、夜風を見ているだけでこちらも幸せな気持ちが込み上げてくる。
「あ、ほら沖長も食べなさい! これ上げるから!」
そう言ってハンバーガーを差し出してくる。
「あ、えっと……じゃあ一つだけ」
晩飯のことを考えていたが、目の前でこれだけ食べられればやはり我慢できなかった。
それから沖長たちは、食べながら互いの現況を話し合う。




