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荒廃した大地が果て無く広がっている。
大小様々な岩が点在しており、天を見上げれば雲一つない青空があった。
そんな中、ブレイヴオーラを纏い、臨戦態勢を整えているナクルと向き合っているのは、同じくブレイヴオーラが全身から滲み出ている雪風である。
ずっと睨み合いが続いていたが、両者同時に大地を蹴って互いの距離を詰めた。
そのままぶつかり合うかと思われた直後、雪風が突如ブレーキをかけたことで、ナクルは一瞬戸惑いを見せてしまう。その隙を逃さず、再び疾走した雪風。その小さい身体を素早く動かしてナクルの背後を取った。
雪風が掌底を放ち、あわや一撃が決まるかと思いきや、ナクルが跳躍して回避する。しかしすぐに雪風も追いすがり、ナクルの右足を両手で掴んだ。
「うにゃっ!?」
掴まれると思っていなかったのか、猫みたいな声を上げて目を丸くするナクル。そんなナクルの足をガッチリ抱えた雪風は、空中で器用に捻りを加えて関節技を行使する。
「痛っ!? くっ……させないッスよ!」
刹那、ナクルの全身からオーラが溢れ力強さが一回り増す。同時に力ずくで関節技を解き、これまた力に任せて足を振り上げ一気に振り下ろす。その衝撃に雪風は掴んでいられなくなったのか、手を離して地面に落下していく。それでもすぐに体勢を整え見事に着地し、ナクルもまた同じように無事に降り立つ。
「……決まったと思ったんですが、思った以上にやるじゃないですかナクル先輩?」
「フフーン! これでも体術には自信があるッスもん! そう簡単に負けないッスよ!」
雪風はどこか不満気だが、ナクルが想像以上の強さを実感している様子。
(ダンジョンで戦ってるナクルを見たことはあるだろうけど、こうして直接模擬戦をするのは初めてだったよな)
そんな二人を少し離れた場所で見守るのは沖長である。
先のハードダンジョンの件で、沖長と雪風のピンチを救ってくれた一人であるナクル。だからナクルが勇者であり、ある程度の強さを持ち合わせていることは雪風も認知しているだろうが、実際に手合わせをすることで、よりナクルの力を感じられたようだ。
「それじゃ第二ラウンドといくッス!」
ナクルの言葉に呼応するかのようにブレイヴオーラが輝き、それが次第に形を成していく。
「――《ブレイヴクロス・ホワイトラビット》!」
ナクルの全身が、白を基調としたウサギを模した鎧で覆われた。今まではオーラだけを駆使しての戦いだったが、これからが本番の様子。
その姿を見た雪風もまた、「では、こちらも」と口にしてオーラを物質化していく。
「――《ブレイヴクロス・ブルーシープ》!」
対して、こちらは目の覚めるような青を纏っている。
(クロスは、それぞれ生き物を模した形になってるみたいだな。ナクルは兎で、雪風はシープ――羊か)
沖長が知っている勇者はまだあと数人ほどいるが、千疋や火鈴たちも同じように生物を印象付ける形と名前を有している。
(けどやっぱりクロスを纏えるのはダンジョン内だけみたいだな)
実はここ、現実世界ではなく、ナクルが宿すダンジョン内。
外ではブレイヴオーラを放出できるものの、クロスの物質化に成功できないでいた。先に挙げた千疋たち先達者は、どのような場所でもクロスを纏えるらしいが、ナクルや雪風はいまだその域に達していなかった。
故に勇者としての力を上げるために、こうしてダンジョンで修練しているというわけだ。
何度かココには来たことがあるが、改めて体感すると奇妙な世界である。
ダンジョンと言われなければ現実世界との違いはほとんどない。こういう荒野だって、地球のどこかには存在するだろうし、太陽なようなものも天に在り、とてもここが異界だと思えない。
(この前のハードダンジョンだって、どこぞの街中だったしな)
思い返してみれば、どのダンジョンも地球に存在するエリアと何ら変わりない場所だったように思える。正直ダンジョンと言えば、穴ぐらとか迷宮とかのイメージがあるが、どうもRPGに出てくるようなファンタジーさはあまり感じない。
それでもダンジョン内を隈なく探索すれば、地球に存在しない植物や鉱物などがあるし、何といっても妖魔という異形が存在する。
もっとも主を倒して核を取り込むことで、妖魔が一切いない平和なエリアが広がる一つの世界を手にすることができるのだが。
(あいにく、これまでナクルが取り込んできたダンジョンには、目だった素材とかはなかったけどな)
ダンジョンだからといって、必ずそういった未知の素材が出現するとは限らないらしい。地球と寸分違わないような、ココのようなダンジョンもまた存在する。
(羽竹が言うには、そういうのはハズレダンジョンって呼ぶみてえだけど)
地球人にとって利となるモノが存在しない。つまりはハズレ。ランクでいうなら最低に位置する初期中の初期のダンジョンというわけだ。
(まあそれでも、こうして修練場所として使えるんだから便利だと思うけどなぁ)
何せ、世間的に勇者なんてものは存在しないことになっているようだし、大っぴらに力は奮えないし、その激しさの影響もあって、なかなか修練場所を見つけるには苦労する。
しかしダンジョン内でなれば、誰の目に留まることもないわけで、沖長たちにとっては重宝しているのである。
「ちょっとぉ~、札月くん! いつまでナクルたちばっか見てるつもりなんだし!」
思考に耽っていると、すぐ近くから不機嫌そうな声音が飛んできた。
「え? あー悪い悪い、九馬さん」
そう、ココには水月も来ていた。もちろん彼女も修練のためにだ。
「もう、今はアタシだけを見ててほしんだけどぉ?」
「マジでゴメンだって。あの二人がなかなかに凄い戦いするからつい、さ」
「……まあ、確かに凄いけど。今のアタシじゃ、あんな動きはできないし」
「うーん、そんなことないと思うぞ。だって千疋が言ってたけど、九馬さんもブレイヴオーラを出せるようになったんだろ? それにクロスだって……」
「うぅ……まあちょっとは成長したと思うんだけど、まだブレイヴオーラの扱い方も不安いっぱいだし、それにクロスだって三回に一回できるかできないかだし」
水月が師と仰ぐ千疋との修練により、水月もまた少しずつ勇者としての力に目覚めているようだが、完全にブレイヴクロスを扱うまではいっていないらしい。
(仕方ないと思うけどなぁ。だって九馬さんって、つい最近まで普通の女の子だったんだし)
ナクルと雪風は、まだ幼くとも武術を学んできた子たちだ。身体の動かし方もそうだが、精神的にも同年代の子たちと比べても熟れているはず。
けれど水月は、武術の武の字すら遠い世界で過ごしてきた子なのだ。いきなりナクルたちのようになれなんて無理な話である。
(もっとも原作じゃ、九馬さんもすぐにナクルに追いついてたみたいだけど)
しかしそれは環境の違いであろう。原作の水月は追いに追い込まれていた。故に一刻も早く強さを得る必要があり、彼女自身も死に物狂いだったはず。その覚悟が勇者としての成長を促し、一足飛びに強さを得る結果となったのだろう。
ただこの世界の水月は、そういう窮地に立っていない。追い込まれる前に沖長が助けたからだ。幸か不幸か、水月はいまだ焦りを知らないか弱い立場にいる。
「…………よし、九馬さん。ちょっと、俺と模擬戦をしてみようか」
「……ふぇ?」
明日、書籍版【俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる】が発売です!
どうぞ、お手に取って頂けたら幸いです。




