247
「何だか大変だったみたいね」
このえの自室にて、先ほどまでのイベントをかいつまんで教えたところ同情されてしまった。
あれだけ騒いでいたというのにもかかわらず、このえは離れにある自室で読書に夢中だったようで気づいていなかったらしい。
(こうして見ると、コイツってばマジで肌白いよなぁ)
外に出ることがほとんどないから当然といえば当然かもしれないが、持ち前の美貌や立ち振る舞いのせいか、今にも消えそうな儚い印象さえ受ける。
前世での自分もまた貧弱だった上、太陽の熱にも弱かったので、今の彼女と同じように白かった思い出がある。ただ、このえ自身はあまりそれを悲観的に思っていない様子。むしろ引きこもり生活を楽しんでいる節さえ見受けられる。
「それで? わざわざ足を運んだということは……例の件の返答と考えても……いいかしら?」
「え? あ、ああ、その通りだ」
例の件というのは、もちろん《逆行の砂時計》の探索についてだ。沖長は咳払いを一つした後に、意を決して口にする。
「その依頼、受けるぞ」
「! ……それは助かるけれど、本当にいいのかしら?」
「ああ、後々のことを考えたら必要になるだろうしな」
それに長門も《逆行の砂時計》は手にしておくに越したことはないと太鼓判を押していた。時間を戻せるアイテムはやはり強力な味方に成り得るということだ。
「……ありがとう。あなたが動いてくれるなら……こちらとしても頼もしいもの。ねえ、千」
「うむ。まさに鬼に金棒というやつじゃな!」
千疋が自慢するように胸を張る。
「でも壬生島、《逆行の砂時計》が確認されてるのはハードダンジョン以上のダンジョンだろ? 【異界対策局】のこともあるし、そう都合よく手に入ると思うか?」
ダンジョンの気配を察することはできるが、それはあちらも同じであり、そこでかち合えば確実に邪魔になるはず。向こうだって貴重なアイテムは欲しいだろうから。
(まあ、俺の場合は一度でも回収できればOKなんだけどな)
仮に向こうが先に手にしたとしても、何か理由をつけて触れることができれば、瞬時に回収すればいい。あとはすぐに一つだけ取り出して返却すれば問題ないだろうから。もっとも回収する時は見られないように気を付けないといけないが。
(ただもし後者の流れになったら説明が問題になるな)
何せ【異界対策局】が手に入れたのに、どうして沖長が所持しているのかという話に当然なるからだ。
(その場にナクルたちがいなければ理由は何とでもなるけど、そんなに上手く事が運ぶとは思えんし)
仲間であるナクルたちがいなければ、たとえ沖長が《逆行の砂時計》を所持していても、言い訳を作ることは可能だ。例えば一人でダンジョンを探索していた時に見つけたとか、妖魔を倒した時にドロップしたとか、証拠が無い以上は理由をでっちあげることができる。
(でもまあ、とにかく今は手にした時のことより、見つけることが最優先か)
沖長の問いに対し、このえは「確かに……」と口にすると、皆の視線をその身に受けながらそのまま続けた。
「懸念材料は……多いわ。けれど……手がかりはあるのよ」
「手がかりだって?」
「ええ。ある情報から、《逆行の砂時計》が見つかるであろうダンジョンの発生地が……分かっているわ」
ある情報……これは恐らく原作知識だろう。しかし予想できる沖長とは違い、ナクルたちは当然その情報源について疑問を浮かべたようで、代表してナクルが「ある情報ってどこ情報なんスか?」と質問した。
てっきりそれらしい言い訳を用意していると思っていたが、このえは無言のまま固まり僅かに目を逸らして身体をプルプルと震わせ始めた。その様子に、千疋もまた訝しむように彼女を見つめている。
(おいおい、嘘だろ。何も考えてなかったのかよ……!)
無表情ではあるが、明らかに動揺している。見ていて面白い光景ではあるが、ここは助け船が必要だろう。
「あーあれだろ。お前の力で【異界対策局】にでも乗り込んで、その情報を得たんじゃねえか?」
「! ……ええ、その通りよ……良く分かったわね。さすがは……千が主と見込んだ人だけはあるわ」
「フフン、じゃろう? 主は頭の回転も速いからのう。従者としては鼻が高いわい」
怪訝そうだった千疋だったが、主が褒められて気を良くしたようで笑みを浮かべている。
「力? ねえオキくん、どういうことッスか?」
そういえばナクルたちはこのえの能力について知らなかった。沖長はこのえに視線を向けると、彼女は許諾したように頷きを見せる。
本来なら秘密にしておくべき力だが、このえも知らせておいた方が良いと判断したのだろう。何せナクルは主人公だし、水月は千疋の愛弟子。雪風は初対面だろうが原作知識で、彼女がこのえの力を悪用しないことが分かっているから。
というわけで、沖長の説明により、このえが自分の身体を糸に変え、その力を駆使して情報収集ができることが皆に伝わった。しかも念押しとばかりに、このえが実際に自身の身体を糸に変えて証明したのである。
「ほぇぇ~、それは便利な力ッスね~」
「身体を糸にって…………お師匠さんがデタラメなら、そのお友達もデタラメだったし」
「この世には不可思議な人がたくさんいるのです」
三者三様の感想を口にしている。というか勇者の力を持つこの子たちが言えるセリフでもないと思うが。
「つまり壬生島が得た情報には信憑性があるってわけだ」
「でもオキくん、あっちが知ってるなら先を越されるんじゃないッスか?」
「普通ならそうだけど、あっちは人手不足っていう制限がある。一つ一つのダンジョンをスピーディーに対応できる時間は無い。けれどこっちは一つのダンジョンに的を絞って行動できる。だろ、壬生島?」
「……その通りね。私が得た情報だと……近々その場所にハードダンジョンが……発生するはず」
「ちなみにそこはどこだ?」
沖長が尋ねると、このえは一呼吸を置いた後に、その場所を口にしたのだった。




