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「――お兄様ぁ!」
喜色満面といった様子で、駆け寄ってきてそのまま沖長へと抱き着いたのは――。
「うぐっ!? ……ははは、久しぶりだな、雪風。元気そうで何よりだよ」
「はい! お兄様の雪は元気一杯なのです!」
そう言いつつ沖長の胸に自身の顔を擦り付けてくる。子供に好かれるのは嬉しいことだが、この懐き具合にはやはり少し戸惑いを隠せない沖長だった。
(ていうか、何でこんなに懐かれてんだっけ?)
聞いた話、原作では雪風はナクルに対して忠犬のような感じらしい。それが何故その立場が沖長になってしまったのか。そこまで懐かれるようなことはしていないと、つい首を傾げてしまう。
「むぅ! ちょっとくっつき過ぎッスよ、雪ちゃん!」
雪風とは対照的に不機嫌に眉間にしわを寄せながら雪風に注意を放つのは我が幼馴染であるナクルだった。しかし彼女の不満を一切無視している雪風を見て、さらに頬を膨らませると、今度は沖長に矛先を向けてきた。
「オキくん! 雪ちゃんだけズルイッス!」
「いやいや、ズルイって言われてもさ……」
多分ナクルは慕っている兄貴分が取られるかもしれないという不安を覚えているのかもしれない。そんなふうに思わなくても、沖長にとって一番大事な妹分はナクルである。
しかしながら、ここはちゃんと言葉にして安心させてやるのも兄の務めか。
「大丈夫だ、ナクル。お前だって俺の可愛い妹分だからな、これからもずっと」
「そういうとこッスよっ!」
「えぇ……」
何故かさらに不満気を増したナクルに、沖長は何を間違えたのか分からず困惑する。
「フフン、相変わらずのようで安心したのです、ナクルさん」
いまだ沖長に抱き着きながら、ナクルの方を見て優越感を含ませた笑みを雪風が見せた。
「むぅぅぅぅぅぅっ! だったらボクだって負けないッス!」
雪風とは逆。ナクルが沖長の背中にギュッと力強く抱きしめてきた。それに負けじと雪風もさらに力を込めてくる。そのまま沖長を挟んで睨み合う両者。
(…………ナニコレ?)
文字通り美少女二人に挟まれている。字面だけで見れば喜ぶ男は多いはずだ。しかし現状では、そんな桃色の雰囲気など皆無で、物凄く居たたまれない気持ちになってきた。
「……あんたたち、いつまでやってんの?」
呆れた声音が耳朶を打つ。その声の持ち主に視線を向ける。
「えっと……九馬さん、見てないで助けてほしいんだけど?」
「ふぅん、でも本音は嬉しいんじゃない? だって札月くんだって男の子だしねぇ」
「何か言い方に棘がない?」
「気のせい気のせい」
「いや、でも……」
「だから気のせい。分かった?」
「あ、はい」
有無を言わせぬ水月の迫力に頷くことしかできなかった。
「というかそろそろ紹介してほしいんだけどなぁ」
そんな水月の言葉に沖長はハッとして救いを感じた。何だかんだ言っても彼女がこの現状を変えてくれる一言を発してくれたので感謝した。
「ほ、ほら雪風! ナクルも離れてくれ。九馬さんが困ってるだろ? それに紹介もしないといけないし!」
そう言うと、二人は渋々といった感じだが、同時に離れてくれたのでホッとした。
これは貸しだからねという目線を送ってくる水月に、同じくアイコンタクトでお手柔らかにと言っておく。
そうして一悶着を終えた後、雪風のことを水月に紹介した。
「聞いてた通り可愛い子だよね! あたしは九馬水月っていうの。よろしくねー、雪風ちゃん! あたしのことは水月って呼んでくれたら嬉しいな!」
気軽に手を差し出す水月に対し、雪風も「こちらこそなのです」と素直に握手をする。そのまま雪風がジッと黙したまま水月を見つめ続けるので、水月は少し困った表情で「どうかしたのかな?」と質問をした。
「…………どうやら敵は多いようなのです」
「っ!? え、えっとぉ~、何のことかな?」
「何でもないのです。ですが雪は誰にも負けるつもりなどないので今後ともよろしくなのです」
何故か雪風が敵意らしきものを向けているが、水月は誤魔化すように目を泳がしている。
「うんうん、どうやらナクルと違って九馬さんとは仲良くできそうだな」
「オキくんってば、目が腐ってるんじゃないッスか?」
「ちょっとナクルさん、いきなり辛辣過ぎない?」
「知らないッスよ、んべー!」
今どきアカンベェと舌を出す子供がいるとはと感動するが、まだ不機嫌そうなナクルを見て、後でご機嫌取りに勤しまないとなと心に決めた沖長だった。
ちなみに今日は祝日であり、数日間連休が続く。かねてよりの連絡通り、雪風がこちらへ訪ねてきたのである。何でも連休中は日ノ部家にご厄介になるらしい。だからできればナクルとは仲良くしてほしいのだが。
(こういうところも原作とは変わったってことだよな。これから益々不安になるわ)
原作では二人の相性は抜群で、互いに連携をしてトラブルを解決した話などもあるようで、この調子ではそれを望めそうもないので溜息が出てしまう。
(まあでも基本的にナクルは誰とでも仲良くなれるし時間の問題かもな)
そこは主人公としての魅力を存分に発揮してくれるだろうと期待する。
「お兄様、この方も勇者の資質を持つ方なのですよね?」
「ん? そうだぞ。こう見えても九馬さんは、現行勇者でもトップクラス実力者――十鞍千疋の直弟子だからな」
「えっ!? あの伝説の勇者って言われてる十鞍千疋の!?」
「知ってるのか?」
「あ、はいなのです。この前、お祖父様から十三年前のダンジョンブレイクのことや、勇者について聞きましたので」
なるほど。あの日、勇者として覚醒したことで、雪風の祖父である柳守陣介もある程度の事情を説明することにしたらしい。そこで千疋についても教えられたのだろう。
「でもまさかこんな近くに『呪い姫』のお弟子さんがいらっしゃったなんて……」
「「『呪い姫』?」」
口を揃えたのは、ナクルと水月だった。
「こーら、雪風。その呼び名を使うなよ」
「あ、その、ごめんなさいなのです……」
別に悪意を込めた言い方ではなかったが、千疋にとっては嬉しくない二つ名であろうから、彼女たちにはその呼び方をしてほしくなかった。
「あの、札月くん? その『呪い姫』っての何? 師匠の話みたいだけど……」
「ボクも気になるッス」
「えっと……そうだなぁ、これって俺が勝手に言っていいものかどうか……」
もう呪いを解いた側としては問題ないと思うが、それでも千疋の許可なく話しても良いか迷っていると……。
「――――気にせず話しても良いぞ、主殿」




