239
謎の少女来襲から数分後、沖長は日ノ部家にお邪魔させてもらっていた。
本来ならそのまま帰宅するところなのだが、あるみが少女の件で事情を家族に説明させてほしいとのことで、こうして修一郎の前でともに経験したことを話すことになった。
「――なるほど、そんなことが……。ではその灰化した少女は人間ではなかった可能性が高いと?」
修一郎の言葉に、あるみが「恐らく」と短く答えた。その返答を受けて修一郎が渋い表情を浮かべた。その反応から何となく心当たりがありそうな様子を感じて、沖長が「もしかして何か知ってますか?」と尋ねた。
「……十三年前、俺たちがダンジョンブレイクに対処していたことは話したね?」
「そう聞いてます」
「その時に、妖魔とも戦闘経験があるんだが。こちらに出現した妖魔を討伐した時に、今聞いたような灰化していたんだよ」
「!? それは本当ですか?」
「ああ、それにその少女……というか、灰からはダンジョン反応があったんだろう?」
「そう……みたいですね」
沖長が言葉にしながらあるみを見ると、彼女は賛同するようにコクリと頷く。
「ちょ、ちょっと待つッス! じゃああの女の子は妖魔ってことッスか!?」
ナクルの疑問ももっともだ。実際沖長もそう思ったから。それはあるみも同じだったようで、険しい表情のままの修一郎に皆の視線が向く。
「そうだね。しかし人型の妖魔は皆も知る通りに妖魔人と呼ばれるはずだ。ただ、妖魔人は討伐しても灰化したりしなかった。少なくとも俺らの時代ではね」
「過去に妖魔人じゃない人型の妖魔っていなかったんですか?」
「ああ、もっとも俺らの時の話だけどね。さらに過去を遡ると存在したかもしれないが。【異界対策局】に残されてる文献なんかにそういう情報は残されていないのかい?」
「えっと……すみません、見た覚えはありません」
「そうか……しかしその少女が妖魔に繋がる存在なのは確かかもしれない。ただダンジョン反応を示すことが謎だが」
ただの妖魔ではダンジョン反応までは示さないようだ。妖魔人のようだが、それとは違う妖魔に似た存在ということだろうか。
(でも妖魔でもない……か。これは羽竹や壬生島に聞いた方がいいかもな)
彼らなら何か知っている可能性が高い。
「とにかく二人が無事で良かったよ。聞けば相当な力を持っていたようだしね」
「オキくんが守ってくれたッスから! ね、オキくん!」
「…………」
「オキくん?」
「? ……沖長くん、どうかしたかい?」
少し思考に耽っていたため、返事が遅れてナクルと修一郎を心配させてしまったようだ。
「あ、すみません。ちょっと気になってたことがあって」
「気になること? それは何だい?」
「実はその少女が、ナクルを見て〝エサ〟って言ってたんですよね。それに見つけた、とも」
「何だって? じゃあナクルが目的だったってことかい?」
「分かりませんが……恐らくは」
明らかにあの少女の意識はナクルに向けられていた。
(そういえば俺を見て首をかしげてたな)
エサとは口にしていたが、どこか確信が無い様子だった。それはつまり……。
「ナクルが勇者だから……という可能性が高いかもしれません」
「なるほど。ダンジョン反応を示したってことは、その可能性は高いな。つまりそれは……」
その時、あるみの電話が鳴り、慌てて彼女が「すみません!」と言って対応した。するとすぐにギョッとして「ええっ!?」と声を上げた。その様子に沖長たちも気になって彼女を見つめる。
「はい……はい……分かりました。すぐに戻ります!」
電話を切ったあるみを見て、修一郎が「どうかしたのかい?」と尋ねると、あるみは深刻そうな顔で答える。
「じ、実は――」
彼女の口から紡ぎ出された言葉に全員が驚いた。
何せ、先ほど沖長たちが遭遇した少女と同じ風貌をした子供が全国各地に発見され、それぞれがダンジョン反応を示したという話だったからだ。
しかも何かを探しているかのように彷徨い、不意に近づいた者に対し、いきなり攻撃を仕掛けたと思ったら、中にはその攻撃後に灰化したというのである。
「それは……やはり人間ではないようだね。妖魔か妖魔に近い存在なのは確かだ」
修一郎の見解に誰も否を唱えなかった。
「とにかく私が今すぐ局に戻らないといけません! 失礼します!」
そう言うと、あるみは素早く頭を下げると玄関へと走っていった。残された沖長たちは、今回の件について改めて話し合うことにする。
「とりあえす現状分かっていることは少ない。ただ、その少女が敵である可能性は非常に高い。これからも君たち……特に勇者であるナクルに接触してくるはず。気を付ける必要があるな」
「大丈夫ッス! 今度はボクがオキくんを守るッスから!」
拳を突き出して意気込みを表すナクル。頼もしい限りだが、こちらとしては謎めいた存在にあまり触れてほしくはないが。
早急に羽竹たちから何か情報を仕入れる必要がありそうだ。ナクルを守るためにも。
「……あ、すみません。ちょっとトイレをお借りしますね」
そう言って、その場から離れた沖長は、トイレで気になっていたことを確かめることにした。それはついさっき回収した〝灰〟である。
そこには驚くべき事実が記載されていた。
C ガラの灰 (人造妖魔・不完全体)
(名称は……〝ガラ〟? しかも……〝人造妖魔〟だって!?)
妖魔であることは間違いなかったようだ。ただしやはりただの妖魔ではなかった。
まさか自然に生まれたわけではなく、何者かに造られた存在だったとは。
(人造……まさか妖魔人が造ったってことか? 何のために? しかも情報によると複数いるみたいだし……)
疑惑が膨らむが、さらに詳しくテキストを確認して目を見開く。
「……このガラってやつ、ダンジョンコアから造られてる?」
その概要が真実なら、妖魔にもかかわらずダンジョン反応を示したことに納得がいった。コアそのものから造られた存在だというなら、それは歩くダンジョンそのものだからだ。
(けど気になるのは〝不完全体〟らしいってことか。確かに攻撃した後に灰化してしまうなんておかしいからな)
まるでその器に力が馴染んでいないというか、力を御し切れていないような感じだった。そのせいか器が力の大きさに耐え切れずに崩壊してしまった。
(ったく……次から次へと厄介事か)
ダンジョンブレイクに妖魔、そして妖魔人に〝ガラ〟という新しい脅威。今後、さらに危険がナクルに及ぶかかもしれないと思い溜息が零れ出た。




