236
本日の授業日程がすべて終わり、あとは帰宅するだけ。明日から沖長たち学生にとって最高の連休、いわゆるシルバーウィーク期間に入る。故に喜び勇んで友達と遊ぶ計画を練る連中や、家族旅行を満喫するなどと自慢げに語る子供たちで溢れ返っていた。
そんな中、沖長はというと、とうとうこの日がやってきてしまったかと溜息を零している。その理由は――。
(……マジで来るみたいだな、雪風のヤツ)
先日彼女から、次の休日にこちらにやって来るというメッセージがあった。雪風自身、悪い子ではないし、何故か懐かれてもいるので別に嫌というわけではないが、今後の原作関係や、例のこのえによる依頼への返事もまだということもあり、あまり別のことに意識を割きたくなかったのだ。
とはいえ、雪風もまた勇者として覚醒したのも事実であり心強い味方。これからのことを考えると戦力幅が広がったと捉えておくのも悪くはない。ただ原作にはない流れなので、彼女の動き次第で大いに結果が変わってしまうこともあるので注意を向けておく必要があるのだ。
沖長はスマホに視線を落としながら、そこに刻まれた『明日は楽しみです!』という雪風からのメッセージに対し肩を竦めていた。
ちなみにこのことを長門にも相談したが、彼も原作にはない流れが生まれていることに一抹の不安は感じているようだ。やはりナクルが第二覚醒に至っていないことが一番の懸念だという。雪風の加入は歓迎なので、戦力として期待しているようだが。
それにもう一つ、例の転生者の一人である石堂紅蓮に関しても気になる情報がこのえからもたらされている。
何でもちょこちょこ動き回り、地方に出て誰かと会ったりしている様子。街中ならともかく、さすがに地方まで行かれるとこのえの監視も行き届かないようで、具体的に彼が何をしているかは掴めていないらしい。
奴のことだから平和的なことではなく、何かしら原作に関わる行動をしていることは事実だろう。伊豆での一件でも、もしかしたら介入してくるかもしれないと思ったが、その姿を見せなかった。つまりその件よりも優先すべきことが彼にあったと推測できる。
また一体どんな悪巧みを潜めているのか定かではないが、こちらも注意しておくべき事柄の一つだ。
加えてさらにもう一人の転生者である、今は沖長によって無力化された金剛寺銀河についてだが、彼もまた、たまに一人でこそこそと出かけているようだ。彼の拠り所であった能力は沖長が奪ったので放置していても然程問題はないと思うが、彼の姉である夜風からも度々相談を受けていることもあり、こちらも気にかけておく必要がある。
こんな感じでやることが山積みであり、凡そ小学四年生が抱えられるキャパシティを大きく超えているような気がする。大人でも大変なのに、どれも優先順位こそあるものの、放棄することはできず辟易しているというわけだ。
だからせめて雪風がこちらに来ても問題を起こさないように祈るだけ。
「オキくぅん、帰るッスよ~!」
我が妹分であり、この原作の主人公であるナクルが笑顔いっぱいに近づいてきた。沖長は「おう」と返事をすると、そのまま一緒に学校を後にした。
「そういや今日は九馬さんは一緒じゃないんだな」
「水月ちゃんは弟さんたちのお迎えがあるみたいッスよ」
水月には三つ子の弟がいて、仕事で母親が迎えに行けない時は、専ら彼女がその役割を担う。
「そういえば今日ッスよね、雪風ちゃんが来るのって」
「まーな。また騒がしい日が続きそうだ」
「何でッスか?」
「だって雪風が泊まるのってお前んちだろ? 俺だって毎日訓練で世話になってるしな」
雪風の祖父である柳守陣介が、親しい関係にある修一郎に許可を取って、連休の間、雪風を受け入れてもらうようにしたらしい。
「お前ら二人、すぐに張り合うしさ」
「だ、だってそれはオキくんが……!」
「俺が? 何だよ?」
「むむむぅ……別に何でもないッスよ!」
「そこまで言って黙るなよ。気になるだろ」
「いーや、教えないッス! オキくんが自分で気づくことッスもんねー!」
ぷっくりと膨らませた頬を見せつけてくる。可愛らしいだけなのだが、はて……彼女の言葉の真意は分からない。どういうわけか自分が悪いような言い方だが、沖長自身にその心当たりは無いのである。
「まあとにかく蔦絵さんたちには迷惑かけるなよ?」
「分かってるッスよ! フン!」
「そうむくれるなっての。何かあったら力になるからさ」
「! ……じゃあオキくんはずっとボクの味方でいてほしいッス!」
「? 何言ってんだよ。俺はいつだってお前の味方のつもりだぞ?」
「っ……えへへ~、ならいいんスよ~」
不機嫌だった表情がすぐに朗らかに和らぐ。感情がコロコロ変わるところは相変わらずだ。
「…………あれ?」
「どうしたんスか?」
「いや、あの人たちって……」
沖長の視線の先にいた黒スーツの男たちに見覚えがあった。そしてその中に立つ一人目立つ女性。
するとその女性もこちらに気づいたかのようにハッとした表情を見せると、笑顔でおもむろに近づいてきて一礼をした。
「お久しぶりです! 札月沖長さんに、日ノ部ナクルさんでしたよね!」
「えっとぉ……確か前に家に来た……」
ナクルが思い出しながらそう言葉にすると、女性は嬉しそうに「そうですそうです!」と頷きを見せる。
「……それで? こんなところで物々しい雰囲気をした連中を引き連れて何をされているんですかね、【異界対策局】の大淀あるみさん?」
少し警戒を含めた言い方で沖長が問い質した。
その言動が気に入らなかったのか、後ろの黒スーツの男の一人がムッとしながら睨みつけてくるが、対してあるみはにこやかな表情は崩さなかった。そしてここにいた理由について教えてくれる。
「あ~実はですね、ちょっと問題を抱えてまして~」
「問題……ですか? それは一体……」
情報収集に動こうとしたその時、
「お前のようなガキに教える義務がないがな」
先ほど睨みつけてきた男が口を開いた。




