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空に浮かぶ蒼き星。その輝きによって地上が明るく照らされていた。
そして一人、まるでステージでスポットライトを一身に受ける舞台俳優のような佇まいで、ただただ静寂の中でテーブルについて紅茶を嗜んでいるのはエーデルワイツである。
「――――これはこれは、待たせてしまいましたかな?」
そこへ柔和な笑みを浮かびながら、闇夜の中から現れたのはイギリス紳士のような風貌をした老翁――ユンダであった。
エーデルワイツは、悪びれもせずに顔を見せたユンダに冷たい眼差しで睨みつけた。
「おっと、それほど待たせてしまったのが不快でしたかな?」
「……そうではありませんわ。あなたがわたくしの楽しみを中断させたからですわよ」
「しかしそういう命令が下ったのですから致し方ないでしょう」
「それはそうですが……はぁ」
「ふむ。君がそれほどの感情を向ける相手が現れた、と? よもや彼の英雄たちのいずれか、ですかな?」
「いいえ。まだ幼き蕾。ですがどのような花を咲かせるのかを期待させるほどでしたわ」
「それはそれは、邪魔をしてしまったようですな。申し訳ございませんでした」
「……はぁ。もういいですわ。考えようによっては、次の楽しみが増えたと言えるでしょうし」
「ほっほっほ、羨ましいですな。こちらはあまり収穫はないというのに」
「あら、目ぼしい者は見つからなかったので?」
「まあ、いろいろタイミングが合わず。それに彼の『呪い姫』にも周辺をうろつかれてましたからな」
残念だと言葉にするものの、その口元は綻んでいる。ユンダはそのトラブルもまた実に楽しんでいるということだろう。
「『呪い姫』? ああ、初代勇者の時代から生き続けるカビ臭いアンティークのことですわね」
「もっとも生き続けているというよりは、呪いにより生かされ続けているようだが」
「アレに狩りを邪魔されたということかしら? 始末すればいかがかしら?」
「こちら側ならともなく、向こうで下手に手を出せば返り討ちに遭いかねないので」
「それは災難でしたわね。ではあなたの興味を惹くような人材とは出会っていないようですわね」
「いえいえ。そうでもありませんよ」
「……どういうことですの?」
「一人……とても愉快な子供と遭遇はしました。実際に手合わせもしましたな」
「へぇ、あなたが直々に手を出すなんて」
「しかし勢い余って殺してしまいましたが」
「…………おバカですの?」
エーデルワイツが呆れたようにジト目を向けると、ユンダは大げさに肩を竦める。
「まだ育ち切る前に狩るなんて、よくもまあそんなにもったいないことをなさったわね」
「そう言う君もたまにあるのではないかね? つい興奮して力加減を誤るということが」
「否定はしませんが……ではその愉快な子供とやらはすでに?」
「ええ……今思えば昨今で一番の悔いですかな。アレはきっと強くなったのに……」
過去を想い馳せるように遠い目をするユンダに、エーデルワイツは微かに首を振りつつ溜息を零す。
「ですから、君が見初めたその幼き蕾とやらを譲ってはもらえませんか?」
「はあ? ぶち殺しますわよ?」
直後、空気が張りつめバチバチバチと周囲に放電現象のようなものが走る。同時に地面に次々とヒビが生まれていき、今にも何かが爆発しそうな緊張感が漂っていた。
「――――ソコマデニシテオケ」
どこからともなく響く重低音の声。二人が気配に気づいたかのように同じ場所に顔を向けると、突如床に広がった影が大きくなり、そこから競り出すように全身が炎のように揺らめく黒い存在が姿を見せた。
そして顔らしき部分から赤い筋が走り、ゆっくりとそれが開いていくと、その奥にはギョロリとした獰猛な瞳が隠れていた。
「コノ場デ争ウノハ許容デキナイゾ?」
「……別に争うつもりはなくてよ。それよりもユンダの話だと、あなたが招集をかけたようですわね――クロゴロモ?」
クロゴロモと呼ばれた存在は、その大きな瞳をスッと細めつつ「ソウダ」と答える。
「もう少しだけ待ってほしかったですわね」
「何ヲ言ウ。我ラガ君ノ意思ハ、何ヨリモ最優先サレル」
「……そうでしたわね。ですができればあなたの口からではなく、直接我らが君から聞きたいものね」
「オ前モ知ッテノ通リ、我ラガ君ハ今ダ雌伏ノ時。拝顔ノ時ハ、イズレ来ル。ソレマデ心シテ待ツノダナ」
それ以上の追及は許さないといったような圧がクロゴロモから放たれる。それに屈したかは分からないが、エーデルワイツは諦めたように頭を左右に振った。
「それでクロゴロモ殿、そろそろ召集の理由をお聞かせ願えませんかな?」
「ソウダッタナ。……サア、出テ来イ」
クロゴロモの言葉に従うように、彼の背後から音もなく姿を見せた存在がいた。その見た目は、クロゴロモとは違い、どちらかというとユンダやエーデルワイツのような人型であり、さらに二人と異なるのは幼い少女の姿をしていた。
ただ身に着けているのはボロボロの服だけで、ハッキリいってみすぼらしい。髪もボサボサで、目も虚ろで肌も土気色をしており生気を感じさせない。
「紹介シヨウ。新タナ――妖魔ダ」
「妖魔? 妖魔人、ではなく?」
ユンダの問いにクロゴロモは「アア」と返事をしてから続ける。
「勇者ヲ真似テ生マレタ存在――〝ガラ〟ダ。今後ハ――」
するとクロゴロモの背後から次々と、同じ見た目の少女が現れる。
「――コイツラヲ使ッテ、ダンジョンヲ、サラニ活性化シロ」
「これはまた……趣味が悪いですなぁ」
「そうね。玩具にしては遊び心がありませんわ」
「黙レ。コレハ我ラガ君カラノオ達シダ。文句ハ言ワセナイ」
そう言われては素直に従うしかないのか、ユンダとエーデルワイツは了解することになった。
そして〝ガラ〟たちを連れて、ユンダたちは静かにその場から去って行った。
残されたクロゴロモは、天に浮かぶ蒼き星をジッと睨みつける。
「セイゼイ輝イテイロ。真ニ生キルベクハドチラナノカ、ソノ時ハ近イ」




