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盾をもろに受けた沖長は、雪風を抱きしめたまま地面に叩きつけるようにして転がっていく。攻撃を受けた背中もそうだが、地面に落下した衝撃もまた強烈で一瞬意識が飛んでしまった。
さらにそこへデュランドが追い打ちをかけようと、再び盾を持った左手を振りかぶろうとするが、デュランドは自身の左手を見て硬直した。
(っ……ざまぁみろ)
何故デュランドが固まったのか、その理由を知っていた沖長は、地面に転がりながらもほくそ笑む。
その理由――それはデュランドが所持していたはずの盾が、まるで最初からそこに無かったかのように消失していたからである。
あの瞬間、沖長は盾で攻撃された時に回収したのだ。咄嗟だったため触れた瞬間に回収できずダメージを受けてしまったが、それでも幾らかは軽減できただろうと思っている。そうでないなら今頃、沖長の背骨は痛々しいことになっていたはず。
痛みはあるものの、深刻なダメージは負っていない。これならまだ動くことが可能だ。
「お、お兄様っ!?」
「っ……雪風……無事か?」
「はいです! お兄様のお蔭なのです! でもお兄様が……ごめんなさいです、雪のせいで……」
自分が安易に突出したせいだとしっかり認識できているらしい。沖長は意気消沈して涙ぐむ彼女の頭をそっと撫でる。
「気にする……な。少し痛えけど、まだまだ……やれる」
「お兄様……」
「ほら、反省は後だ。とにかくここは、何としてでも乗り越えるぞ」
「! ……はいなのです!」
沖長の言葉を受けて気合が入ったのか、雪風の瞳に力が戻る。
しかし直後、それまで固まっていたデュランドは盾の件については思考を止めたのか、今度は大剣を両手で握って振りかぶってきた。
沖長もすぐさま立ち上がり回避しようとするが、ズキィッと背中に痛みが走る。折れてはいないかもしれないがヒビくらいは入っているかもしれない。
「お兄様は、雪が守りますですっ!」
「ゆ、雪風?」
「もう二度と、雪のせいでお兄様を傷つけませんです!」
身構える雪風から大量をオーラが溢れ出てくる。しかもそれは……。
(……ブレイヴオーラ?)
先ほどまで彼女が醸し出していたオーラとはまた違う質を持ったオーラ。それはまさしくナクルや千疋から感じられる力強い勇敢なるオーラそのものだった。
デュランドが大剣を振り下ろしてくる。それを迎え撃つ雪風の全身が光り輝く。
「――――〝ブレイヴクロス〟!」
小さな口から紡ぎ出されたその言葉とともに雪風から噴水のようにして立ち昇る光。その光がデュランドの大剣と衝突し、そのままデュランドごと吹き飛ばしてしまった。
眩い光の奔流の中から姿を現したのは、青々としたクロスを纏った雪風だった。
それはまさに勇者としての覚醒だった。
ナクルとはまた違う造形のクロスであり、頭部には羊の角を模したような装飾が施されている。クロスはそれぞれ動物をイメージした造形になっていることは知っているが、恐らく雪風のソレは羊ということだろう。
原作《本来》では有り得ない流れ。彼女が覚醒するのはもっと後のはずだった。
「ゆ、雪風……お前……!」
「え……あれ? 怪物さんが何か吹き飛んでいきましたです……」
どうやらそれを自分がしたことに気づいていない様子。
「……は! もしかしてまたお兄様が何か!? さすがはお兄様なのです!」
「いや……雪風がやったんだって」
「へ? 雪が……ですか?」
「……自分の姿をよく見てみな」
「自分の姿ですか? えっとぉ……え?」
雪風は改めて自分の姿を確認し、その変わり様を見て硬直してしまった。
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? な、ななななななっ!? お、おおおおお兄様、こここここれぇっ!?」
「落ち着け。どうもお前は勇者の素質があったらしいぞ」
「ゆ、勇者……ですか?」
勇者という言葉が陳腐に感じたかのような表情で訝しみながらこちらを見つめてくる。まあお前は勇者だと言われて真正面から信じる奴はそうそういないだろう。
「あーココがダンジョンだって話はしたな? そんで今、お前が吹き飛ばしたあのデカブツこそ、上位の妖魔でありダンジョンの主だ」
「主……そういえば先ほどあの女性もダンジョンの主と言ってましたです」
「そう……んで、このダンジョンを攻略するには、その主を……って、どうやらまだ倒せていなかったようだな」
視線の先には、むくりと起き上がったデュランドの姿が映る。雪風も沖長の視線を追ってその事実に気づく。
すると厄介なことに、周囲から複数の敵意とともに妖魔たちが現れる。
「っ……お兄様」
「ああ、どうも一筋縄じゃいかねえってこったな」
デュランド一体でさえ大変なのに、それに加えて妖魔たちが増援としてやってきた。
(雪風が覚醒したって言っても、まだ力の扱い方なんて分からないはず。このままデュランドの相手が務まるか? それに周りの連中の対処も何とかしねえと……)
デュランドの相手を雪風に任せるとして、必然的に周りの妖魔たちの対処は自分が行う必要がある。しかし先ほど受けたダメージが大きい。上手くこの場を乗り切れるかは正直分からない。
(ナクルがいればな……)
頼りになる幼馴染。しかし彼女はここにはいない。恐らく亀裂の目前まで来ているはずだが、いまだに姿を見せないということは、やはり入口が閉ざされていてこちらに入ってこられないということだろう。
(……どうするか)
沖長は額から冷たい汗を流した。




