206
「あぁ? 今何て言ったんだ、藤枝の小僧?」
明らかに怒気を露わにしつつ皇火に問い質す以蔵。彼だけでなく、他の当主たちも揃って皇火の発言の真意を確かめるように注視している。
「ですから今後、ダンジョン攻略に関して、藤枝家が取りし切りたいと申し出てるんですよ」
一切の躊躇なく皇火がそう言った直後――バキィッと、全員の目の前に置かれたテーブルに亀裂が走った。その原因がテーブルに拳を置いていた以蔵によるものだということは明白。
そしてそれは拳を叩きつけられたわけではなく、彼から発せられたオーラがテーブルに伝わり、それに耐え切れずにヒビ割れたという現実にあった。
「舐めてんのか? 小童の戯言にしちゃあ、過言でしかねえぜ?」
言葉の重圧とともに射殺さんばかりの敵意を向けられているものの、皇火は涼し気な表情のまま、その目は以蔵ではなくトキナを捉えている。まるで以蔵など相手にしていないとでも言っているかのよう。
「御前殿、いかがでしょうかね?」
「……それは藤枝家の総意なのでしょうか?」
慎重に問うトキナに対し、間を置くことなく皇火が「私の発言は藤枝家そのものと考えて頂いて結構かと」と答えた。
「ちっ、御前殿、聞く耳を持たなくていいわい。こやつが藤枝の全権を握っとるわけがなかろう。何せあくまでも当主の代理じゃぜ?」
「代理だからこそ、今の私には全権が委ねられているんですがね」
「黙っとれ、小童。それ以上ふざけたことをぬかしよると、この場で儂が処理するぜ?」
「処理する……とは、それは〝五家条約〟を破り戦争を起こすということでしょうかね?」
「五家に相応しくねえ家を排除するのも伝統に則っとることじゃぜ?」
「……それは過去に、あなた方が追放処分したある一家のことを仰っているのですかな?」
皇火の発言によって、その場にいるほとんどの者たちの顔色が変わる。
痛いほどに冷たい緊張感が漂う中、パンと一人の人物が手を叩いて注目を集めた。それは五家の柱であるトキナだ。
「はい、お二人は少し落ち着いてくださいね」
「っ……しかし御前殿、こやつの発言はそれこそ五家の繋がりを壊しかねねえぜ?」
「そうですね。では菊歌殿、そして陣介殿はどう思われますか?」
話を振られた二人は同時に目配せをして、先に陣介が発言をすることになった。
「あーそうですなぁ、ダンジョン攻略っていえば、国家事業でもあることですし、その指揮を一つの家に任せるとなればお偉いさんも黙ってないでしょうな」
「……菊歌殿は?」
「私も柳守家当主のお言葉が妥当かと。そもそもの話。藤枝家当主代理が何故そこまでダンジョン攻略を取り仕切りたいのか、その理由をまだ聞いていませんわ」
確かにとトキナは思ったのか、理由に関して発言するように皇火に促した。すると皇火は大げさに肩を竦めてから口を開く。
「そんなものは至極当然ではないですか。ダンジョンにはいまだ地球には存在しない未知のものが溢れてると聞きます。それらを手にしたいと考えるのはそれほど不思議でしょうか?」
「フン、つまりは金のなる木を手元に置いときてえってことじゃろ? 単純な俗物的思考。よくもまあそれで次期当主を名乗っとるのう。恥ずかしくねえのか?」
「これは異なことを。ならば逆に聞きますが、金は不必要なものでしょうか? 金さえあれば大抵のことは可能になる。それこそどこかの権力者に家を潰されたり追放されたりといった理不尽な振る舞いにも対抗できる武器になりますからね」
「! …………喧嘩がしてえなら買ってやるぜ?」
「こう見えても野蛮な獣相手と戯れる暇はないんですよ」
またも皇火と以蔵が火花を散らす。それを見て陣介と菊歌は溜息を吐き、トキナも呆れる様子を見せる中、そこまで黙っていた大悟が口を開く。
「五家から出た申請は、その五家の合意で以て決めるのが習わしだったはずだろ? つまり五家のうち三家から反対意見が出てる以上は、藤枝家当主代理の意見は通らねえってことになる。そうだよな、トキナ?」
「あ、うん、そうだよ大ちゃん。でも……」
トキナがジッと探るような視線を皇火へと向けている。皇火もまたその視線にたじろぐことなく見返していた。
「……ふぅ。藤枝家当主代理……いえ、皇火殿、さすがに事が事なだけに、それを認めるわけにはいきません。それにたとえ認めたとしてもダンジョン攻略を行えるのは勇者やその候補生たちだけ。藤枝家には対象となる人材はいないはずですが?」
「藤枝家にはいなくとも、それは他から引っ張ってくれば良いだけ。ほら、いるじゃないですか。外様の血を引いた子供がココに二人ほど」
直後、今度は大悟から凄まじいまでのオーラが吹き荒れた。
「……おいてめえ、つまり何だ……アイツらをてめえが利用するってことか? あぁ?」
「ちょ、大ちゃん抑えて!」
「ちょっと黙ってろ、トキナ。今の発言は聞き捨てならねえ。一人は俺の戦友のガキだし、一人はこの俺の弟子なんだからよぉ。……おう、藤枝皇火。アイツらに手を出すってんなら、俺がてめえを潰すぜ? それに修一郎だって黙っちゃいねえだろうしな」
「かつて英雄と呼ばれた日ノ部修一郎。そして……『御影の鬼』――あなたですか。確かに相手にするには面倒ですが、こちらも悪ふざけでここにいるわけじゃないんですよね」
「へぇ、ならやり合うってか? 互いが潰れるまでよぉ。こちとらそれでもいぶひゅっ!?」
「「「いぶひゅ?」」」
突然変な声を上げた大悟に、以蔵、陣介、菊歌がそれぞれ口を揃えた。何故大悟がそのような奇声を上げたのか、その原因は、話の途中でトキナに頬を張られてしまったからである。
「いってぇ……ってコラッ、トキナ! いきなり何しやがるっ!?」
「もう! 大ちゃんは黙ってて!」
「け、けどよぉ!」
「い・い・か・ら! それにこの場を仕切るのは私なの! 分かった!」
「……あいよ」
不貞腐れながらもその場をトキナに託した大悟。
そしてトキナは居住まいを正してから、真っ直ぐな瞳で皇火を見据える。
「皇火殿、あなたの言いたいことは理解しました。ですが五家の柱を担う存在としてそれを許可することはできません」




