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そのいで立ちは異様としか映らなかった。
何故なら盆の時期とはいえ、まだ季節は夏。にもかからず、漆黒のスーツを身に纏い、加えて両手には血のように赤い手袋をしており、露出している部分は頭部しかなかった。その頭部にしても顔半分を、これもまた赤いマスクで覆い隠しているといった風貌。
すらりとした身長なのでスーツ自体は似合っているものの、素顔がハッキリと確認できないので年齢は定かではない。ただ目元を見るに若そうという印象は伝わってくる。
そんな奇妙な男性が登場した直後、聖歌の表情が険しくなり、同時に和歌もまた「うわ、出た」と、明らかに嫌悪を示す感情を見せた。
「久しぶりじゃないか、聖歌。それに……和歌」
男性の切れ長の瞳が、蔓太刀姉妹へと向く。
「あなたに名前を呼ばれる筋合いなどないんだけどね」
明らかに不機嫌オーラを隠さずに聖歌が言った。
「そうだそうだ! 陰険ボンボン野郎はどっかいけー!」
これまた和歌も辛辣な物言いだ。てっきり気を悪くすると思われたが、男性は軽く肩を竦めただけで怒気は感じられない。
「相変わらずの姉妹だね。特に和歌、前にも言ったと思うけど、その言葉遣いは直した方が良いな。それにその不必要に男を誘惑するような不埒なファッションもだ」
「うっさいな! アンタだって年がら年中、どす黒いスーツしか着てないでしょうが!」
「スーツ姿こそ僕が一番映えるファッションなのさ。それにイメージは大切だろう? 黒いスーツのデキる男と言えば僕と、そのうち世界中が認識するようになる」
「うわぁ、どんだけ自信過剰なの。さすがに引くわ」
「自信を持つことが悪いことかな?」
「アンタはそれが過剰だって言ってんの! ほら、ナクルもドン引きしてるじゃん! ねえ?」
「ふぇ? え、えっとぉ…………あ、暑そうッスね……」
絞り出した答えは実に可愛らしい。とはいえ可愛いと思うのは身内贔屓かもしれないが。
「そういえば今年も鬱陶しいのがいるね。しかも……二匹も」
男性の視線が、ナクルと……沖長に向けられた。
「ちょ、そんな言い方していいと思ってんの! 今すぐ二人に謝って!」
「断る。僕が子供嫌いなのは知っているだろう?」
「それでもアンタは大人じゃない! 言っていいことと悪いことくらい理解できるでしょうが!」
「ハハ、僕は嫌なものは嫌、嫌いなものは嫌いと言える日本男児なのさ」
「ぐっ……コイツ、ああ言えばこう言う……っ」
これは相性的に悪いと思われた。真っ直ぐ単純そうな和歌に対し、のらりくらりと飄々とした男性では和歌の方が分が悪いように感じる。
「……はあ。あなた、いつまでもここにいていいの? どうせ今年も当主代理として来たのでしょう? 早く挨拶に行った方が良いと思うけど?」
「おっと、そうだったそうだった。つい君たちの姿が見えたのでね。忠告感謝するよ、聖歌」
だから名前で呼ぶなって言ってるでしょうに、と沖長だけに聞こえるボリュームで聖歌が愚痴を漏らした。
「じゃあ僕はそろそろ行くよ。和歌、後でデートをしような」
「おっことわりだボッケェッ!」
憤慨して怒鳴る和歌に対し、男性は微笑を浮かべたまま軽く手を上げてから去って行った。
「ちょっとお姉ちゃん、塩巻いて塩っ!」
「落ち着きなさいな、和歌」
「だって! ああもう……相変わらずドムツカクゥ……ッ!」
変な造語を声に出してイライラを露わにしている和歌に、ナクルも「どうどう」と言って背中を叩いている。
(ナクル、それは馬にやる行為だぞ)
そう思いつつも、気になったことを聖歌に聞くことにする。
「あの、聖歌さん、あの人は?」
「ああ、そういえば沖長くんは初めてだったわね。あの人は――藤枝皇火。あれでも藤枝家の次期当主なのよ」
なるほど。アレが籠屋の分家の一つである藤枝の者だったらしい。
「……変わった人でしたね」
「変わってるなんてもんじゃないし! いつもいつも上から目線で何様のつもりだっつーの!」
「あら、そんなこと言ってもいいの、和歌?」
「は? どういう意味?」
「だってあの人――――――あなたの婚約者じゃない」
まさに驚天動地というのはこのことか。沖長は「えぇっ!?」と思わず吃驚してしまった。しかし周りを見れば、驚いているのは沖長ただ一人。
「えと、ナクルは知ってた……のか?」
「う、うん、前に来た時に聞いたッスから」
それもそうかと得心する。あの藤枝の当主代理の言動からも、すでにナクルと知り合っていたみたいだから。
「ちょっとお姉ちゃん! 婚約者ってのはアタシ認めてないし! ていうかぜ~ったいあんなのイヤだしっ!」
「どうして? 性格については多少目を瞑れば、イケメンで金持ちよ?」
「うぐっ……そ、それはそう……だけどぉ……」
イケメンがどうかは分からなかったが、聖歌が言うならそうなのだろう。それに分家とはいえ大家の次期当主となれば裕福とも言える。
(あのスーツだって見るからに高級そうだったしな)
けれど和歌の気持ちも分かる。確かに結婚して生活には困らないかもしれないが、あの超絶ナルシストっぷりは、付き合っているとストレスが溜まっていきそうだ。実際に自分に合わないと思ったら、力尽くでも合わそうと強制してくるはず。
和歌の恰好や言葉遣いにケチをつけていたのもその一端だろう。
とはいっても、その点に関しては皇火の注意も決して間違っているとは思えないが。大家の嫁になるなら、言動には気を付けなければならないだろうし、当然見た目にもだ。
(そう考えると金持ちってのもいろいろなしがらみとかあって面倒臭そうだよなぁ)
特に国家と繋がりを持っているような家において、そこには間違いなく品質が求められるだろう。いわゆる相応しい人間で在るように、と。
金持ちには金持ちにしか分からない苦労などもきっとたくさんあるのだろうと沖長は思った。




