私を殺しに来た筈の暗殺者に夢と希望を確認されたのですが
最初は主人公、ちょっと不遇です。苦手な方はご注意下さい。誤字報告ありがとうございます!
「姫様、そちらは危険です。」
「まぁ、鉄格子のついた窓辺が危険なんて外にどれ程のモンスターがいるのかしら」
「……本日の分の魔力補助がまだ」
「分かっているわ。ごめんなさいね、困らせて」
私はこの国の第一王女である。
そして産まれた時から魔術師であったお母様譲りの強い魔力を持っていた。
国王陛下は正妃様と王太子殿下を大事になさっていたのに、気の迷いで美しい母を一夜だけと望んだと、幼い頃メイド達が話していたのを聞いてしまった。その夜は母の胸でわんわんと泣いて、随分困らせてしまったっけ。
一夜だけ、それなら陛下のお子だと認知されない筈だった。産まれた私の瞳が、王家の者しか受け継がないと言う紫の瞳でさえなければ。
それでも子供の頃は、正妃様の顔色をうかがいながら、王宮の片隅にある小さな部屋でお母様と一緒に居られた。
生きているのはきっと、お父様が私達の事を少しでも好きで居てくれるからだと、信じていたあの頃が一番幸せだったのかもしれない。
けれど、お母様と私の魔力に目を付けた研究が始まって、幸せな暮らしはそう長くは続かなかった。
『魔石』に魔力を込めて『魔道具』を使う。魔力の無い者でも魔石があれば魔道具を扱える。その研究が完成した時、私とお母様は引き離された。
朝が来て、夜になり、眠りにつくまで。ひたすら魔石に魔力をこめる為に生きている。
真っ暗だった城下に、魔石灯の明かりがついて。あれは姫様のおかげですよ、と言われた時は確かに喜びを感じたけれど。
今はもう、何も知らない子供じゃない。
誰も居ない筈の部屋に、知らない魔力を感じて深呼吸をした。
「いらっしゃい、こんばんは」
「良い夜ですね」
「これから殺されるのに?」
「随分落ち着いていらっしゃる」
「待っていたから」
ゆっくり振り返ると、そこには何処かで聞いたとおり、黒い服に身を包んでいた。
「それは制服なの?」
私がそう聞くと彼は瞬いた後、微かに笑った。
「いいえ。制服を支給してもらえる様な職業ではないもので」
「暗殺者も大変なのね」
「あなた程では。イリス=クロッセル王女殿下」
そんなに優しい声色で話されるのは何時ぶりだろう。最期だからだろうか、私はちょっと大胆になっていた。
「貴方のお名前は?」
「サイラスと申します」
聞いておきながら教えてくれた事に驚いた。
同時に、あぁ私は本当に殺されてしまうんだわ、と思った。
「サイラスさん、兵器が完成する前に来て下さってありがとう」
そう、この国は勘違いをした。私とお母様の魔力があれば。そして魔道兵器さえ完成すれば、豊かな隣国に戦争を仕掛け、その領土を奪う事も可能だと。
正妃様がその何を考えているのか分からない様な張り付いた笑みを浮かべて、繰り返し私に言う。
『お母様ともう一度一緒に居たいでしょう?ならお役に立ちなさい。お前にはそれしか無いのだから』
そう言われ、私はとても怖かった。お母様はまだ生きているのだろうか。魔力を探っても、もう私はお母様の魔力が分からない事に絶望した。
それでもどちらか亡くなれば、魔力を込める魔石の量が増える筈。
だからお母様もきっと生きている。けれど、私達のせいで、あの灯りの下で生きている人達が戦争に行かなければならない。
それを私が望まない様に、きっとお母様も、そうだと信じたい。
「あなたは…少し潔すぎるのでは」
「ふふ、貴方は少し優し過ぎるのでは?」
敢えて口調を真似てみると、サイラスさんの視線が真っ直ぐに私を射抜いてくる。
「もし」
サイラスさんが何か悩む様に少し間をあけて、私に手を伸ばした。いよいよ殺されてしまうのか。やはり覚悟はしていても、ふるえてしまう。
「生きていられたなら、夢や希望は、ありましたか?」
その声は何処か戸惑っている様だった。私はそれが大事な質問なんじゃないかって、なんとなくそう思って。
「………お嫁さん、かな」
彼が確かめるようにおよめさん、と呟いた。
何だか急に恥ずかしくなった。でも私には、縁もゆかりも無いけれど、誰かに、恋して、愛されて、そんな関係が憧れだったんだろう。そう自覚してしまった。
「ありがとう。私を殺しに来たのが貴方で良かった」
死ぬ直前にだけど、私が初めて描いた夢だ。大切に持って逝こうと思う。
サイラスは手に持っていた何かを、自分の口に咥えた。私が驚いて、え、と口にすると、そのまま彼の唇が私の唇に重なった。そのまま私は何かをごくりと飲んでしまった。
「おやすみなさい、お姫様」
即効性だったのだろう。私の意識はそこで途絶えた。
「…リスちゃん、起き…い、もう!」
懐かしい声に微睡んでいると、無理無理何かから剥がされそうになっている。
「イリスちゃん!嫁入り前の女の子がはしたないわよ!?」
「…………え、え!?お母様!?」
私は思わず温もりから出て、母に抱き着こうとした。
が、まるで前に進めない。後ろから誰かに抱きしめられている………?
「サイラスさん!だめ!うちの子はまだ未婚なのよ!?」
「サイラス、さん?え?どういう事?」
「イリス姫は既に自分の妻なので、抱きしめても問題ないですよね」
「つま」
「お嫁さんになりたいってお願いされましたから」
ん?ちょっと違うんじゃないかしら?
だけど振り返ったら幸せそうに笑っている顔に不覚にもときめきました。
「だめだめ!この子には絶対ウエディングドレス着てもらうんだから!着るまで許しません!」
「分かりました。直ぐに用意します」
私は凄く混乱してるんだけど、お母様が凄く元気そうで、ホッとしたら涙がこぼれてきてしまった。
「え、泣かないで?どうかした?何処か痛い?」
私を後ろから抱きしめたまま、サイラスさんが凄く狼狽えるから、また少し笑ってしまった。
「サイラスさん」
「はい」
「あの………貴方に、恋をしても、良いですか」
彼がどんな職であれ。私とお母様を助けてくれた。そして、私に希望と夢を、考えさせてくれた。ドキドキと鳴るこの鼓動を私は信じてみたい。
「……此処に教会を建てましょう。いえ、とりあえず神父を呼びましょうか。ウエディングドレスはその後で良いですか?」
「う、うん?ちょっとよく分からないのですが」
サイラスさんはその綺麗な顔でにっこりと幸せそうに微笑んだ。
「二人で恋をしましょう。これからは私がイリスを守りますから。だから……もう泣いても良いですよ、頑張りましたね」
私は涙を堪えきれずに、サイラスさんの胸にぎゅっとしがみついた。
サイラスさんはそんな私を前から抱きしめ直すと、耳元で、甘く『可愛い』と囁いた。
初めてのいちゃいちゃに浸っていた私達に、お母様が本気で怒って、比喩でなく雷を落とした。
サイラスさんの前髪がちょっと焦げた。
そしてその数日後、本当に神父様が現れ、あれよあれよと言う間に本当にお嫁さんになって。
私は本当に幸せです。
読んでいただいてありがとうございました!