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第一章 禁じられた調べ(3)

宝物庫の掃除を終えた時には、既に外はとっぷりと暗闇に染まっていた。

まだ、ひんやりとした廊下を歩きながら、私は大瑟と幽霊の謎について思案していた。


夜中に勝手に鳴る大瑟。

音はするが弾き手の姿が見えない。


久々に与えられた謎に、どこかワクワクしていた。

コウと子供の時、よく謎解きをして遊んでいたが、そんな懐かしい思い出がよみがえってきたからだ。


「すごいわね」


私の後ろを小走りについてきていた花絲カシが、嬉しそうにそう言って囁いた。

私は、花絲カシに振り返り「何が?」と尋ねて、歩を止める。


二人の間にできた距離に、自分の歩幅が勝手に大きくなっていたことを知った。

彼女の背は私より頭2つ分ほど小さい。私の元へ駆け寄る彼女は、まるで小動物のようだ。


「男の人とも対等に話せるなんて。私、男の人なんてお父様やお兄様以外とは話したことないから……」


家族以外の男と話したことがないという花絲カシの深窓の令嬢ぶりに内心、驚きながら私は小さく笑う。


コウは、男って感じじゃないから」


花絲カシは、不思議そうに首を傾げた。


「そうかしら……?」


「そうだよ。子どもの頃からずっと遊んでいたからね。男とかそんなんじゃない気がするんだよね」


「だから、帯がほどけかかっていても平気だったのね。でも、宮に帰ったら先輩に怒られちゃうわ」


 花絲カシの言葉に私は自分の左帯の結びが緩くなっていることに初めて気づかされた。


「ありがとう。でも、よく気づいたわね。着物も着崩れていたかしら?」


私は帯の紐を直しながら、少し驚かされた。左帯の結び目は彼女からは死角の位置にある。

その結び目がほどけかかっていることが分かるというならば、着物の着崩れから気づいたことになる。


「さすがね。そんなことに気づくなんて」


そう私が感心していると、花絲カシは首を横に振りながら私の後ろを指さした。


「鏡よ。柱に鏡がついていて、それで見えたの」


そう言われて背後を振り返ると、柱に張り付けられるように大きな鏡がそこには設置されていた。


「日が落ちたから、見えにくくなっていたのね」


花絲カシは、そう言ってさらに先の柱まで小走りに走り、「ここにもあるわ」と嬉しそうに報告してくれた。

あらためて目を凝らしてみると、等間隔に並ぶ柱には全て鏡が設置されている。


「宝物庫に行くときには気づかなかったのは、片側にしか付いていないからか……」


鏡が設置されているのは、私からみて進行方向の側面だけだ。


「これ、きっと翠葉スイヨウ様よ」


花絲カシは、ポンっと手をたたいてそう言った。


「どういうこと?」


翠葉スイヨウ様が今日の最初の講義でおっしゃっていたじゃない。

『歌劇団の楽師たるもの、常に美しくありなさい』

ってね」


微かな記憶をたどれば、確かにそんなことを言っていたような気もしないでもない。


「ほら、宝物庫から出てくる時って、何かしらの仕事をした後でしょ?

 疲れた時も背筋を伸ばして美しくいなさい――って、戒めのつもりで設置されたんじゃないかしら」


「そういえば、翠葉スイヨウ様が、数か月前から宝物庫を管理されているものね……」


だからこそ、遅刻した罰として翠葉スイヨウ様は私たちに宝物庫の掃除を命じたのだ。


「あぁ……。そういうことか」


私は、持っていた道具をその場に放り出し、慌てて来た道を引き返す。


もしかしたら、まだコウがいるかもしれない。

そんな期待と共に廊下を走り抜け、宝物庫の扉を開くと慌てて何かを隠すコウの姿が見えた。


コウ! 分かったわ」


彼が何を隠したのかも少し気になったが、昔のように謎が解けそれを彼と共有できることが素直に嬉しかった。


案の定、私の言葉に「そうか!」と答えたコウの表情もパッと明るくなる。

まるで失われた三年間が戻ってきたような気がして、先ほどとは違う意味で満面の笑みが漏れてしまった。


----------------


「本当に現れるのか?」


私はコウと宝物庫の奥にある小部屋に身を隠しながら、その時を待っていた。

既に夜は深まり、どちらかというと朝に近い時間帯だ。

本来は、自室からは出てはいけない時間帯だが、幽霊の正体を突きとめるために窓から抜け出してきたのだ。


床から這いあがってくる冷気に思わず身震いしながら、私は小さく頷いた。


「現れるというか、大瑟は鳴ると思うわ」


「どういうことだ?」


「大瑟の修理は今日、終わったんでしょ?」


そうだ、とコウは深く頷く。


「修理には1週間かかったのよね。その間、大瑟は鳴らなかった」


事実確認をする私の言葉を肯定するようにコウは再び深く頷く。


「私が言ったように修理が完了したことは、宦官楽師団だけじゃなくて、歌劇団にも伝えてくれたのよね? それなら、犯人はここぞとばかりに大瑟を弾くはずよ」


「では、幽霊ではなく楽師団や歌劇団の中に犯人はいるというのか?」


にわかに信じられないといったコウの言葉に私は小さく呆れる。


「あんなに大きな筝、普通の家庭では買わないし、演奏する練習なんて普通の宮女ができるわけないじゃない」


良家の子女が習わされる楽器といえば、琴や笛のような可憐な楽器だろう。

音楽の知識を深めるために、あんな大きな楽器を与える家庭はそれこそ楽師を目指すような家庭ぐらいだ。


「確かに……」


「しかも、後宮では演奏が禁止されているわ。となると――」


私が推理を続けようとした瞬間、何かを探るようにゆっくりと宝物庫の扉が開く音が聞こえた。

自分の予想が当たったことが嬉しく、私は思わずコウと顔を見合わせる。


隠れていた小部屋から大筝が置かれた場所を覗こうとするが、死角に入り犯人の姿は見えない。


位置を変えて犯人の姿を覗こうとした瞬間、弦が弾かれる音が聞こえた。

最初は探るようにして奏でられていたが、弦の調整が完了したのか少しすると本格的な音色が宝物庫の中へと響き渡った。


初めて聞くはずの大瑟だったが、ひどく懐かしい音色に思わず私はその音色に聞き入ってしまった。


「なぁ……。これって……」


私と同じことに気づいたのだろう。

何か言いたそうなコウの袖を引き、黙れと合図をする。

犯人が誰でもよかった。

その音色の続きが聞きたかったのだ。


それは私が子供の頃に何度も聞いた音色だった。

楽器が得意だった母は、私が寝付けない時はいつもこの曲を奏でてくれていた。

優しく軽やかで、音のはずなのに波のような心地よさを感じる不思議な音色だった。


劇場に寝泊まりすることもあったコウにとっても、馴染みの音色だろう。

楽曲が終わった瞬間、私は部屋から飛び出していた。


「母様!」


その時、初めて幽霊でもいいから母に会いたいと思ったのだ。

だが、私の当初の予想通り、宝物庫の中央に置かれた大瑟の前には、奏者の姿はなかった。

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