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【コミカライズ連載中】後宮歌劇団~星降る宮廷の歌姫~  作者: 小早川真寛


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終章 星降る宮廷の歌姫(2)

 地下は地上とは対照的なほど静まり返っていた。

装置が完全に止まった先には、古びた通路になっている。


「こっち」


 私は、そう言って煌の手を引いた。道は一本道だ。おそらく、この先には煌がやってきたであろう隠し出口があるに違いない。


「大丈夫か?」


 背後から声を投げかけられ、私は慌てて振り返る。通路を照らす灯りは少なく、微かな光が煌の仮面を淡く照らした。

 私は、ゆっくり彼の仮面に手を伸ばした。


「……それ、取って」


 煌は少しためらったが、私が動かないのを感じ静かに仮面を外した。

 そこにあったのは、困ったような照れたような表情を浮かべる煌だった。


「どうして、あんたが皇帝なの?」


 私の問いに、彼は少しだけ目を伏せ、少しするとゆっくりと語り始めた。


「俺も知らなかったんだけど、俺の親父、実は先帝の弟だったんだ。でもさ、俺が子供のころ、政変があったらしくてさ。皇帝の周りで何人も人が死んで、跡継ぎがいないって状態になっちまったんだ」

「そんなことが……」


 皇帝陛下が存在することは、都に住んでいたこともあり幼い頃から知っていたが、そんな内乱が繰り広げられていたことを始めて知ることとなった。


「そうなると、次の皇帝は弟帝の子ども……、つまり俺かもしれない、ってなって命を狙われるようになったんだ」


 皇帝側の人間からしたら、確かに正当な跡継ぎが皇帝側にいないのは、問題だったのだろう。


「そこで、親父は家で抱えていた楽師に俺を連れ出させたらしいんだ」

「じゃあ、煌のお母さんは、本当のお母さんじゃないってこと?」


 私は思わず驚きの声を上げていた。煌のお母さんは、劇場に一緒に住み込んでいたこともあり、よく知っていた。大らかで誰とでもすぐに打ち解けるような優しい女性だった。煌に対しては、厳しい時もあったがいつも優しく接していたのを覚えている。


「俺も、びっくりしたよ。全然、記憶になかったからな」


 煌は、未だに信じられないというように小さく笑った。


「突然、劇場から姿を消したのは、皇帝になるために?」


 そう私が問いかけると、煌は深く頷いた。


「先帝が崩御されてから、正式な跡継ぎとして呼び戻されたんだ。だから、あの時、華蓉に別れのあいさつもできなかった」

「……なんで早く言ってくれなかったのよ……」


 私の声は、静かに震えていた。

 後宮で再会してからも、煌は何も言ってくれなかった――。それが苦しく、悔しかった。

 そんな私を見て、煌は小さく笑った。


「本当のこと言ったら、華蓉に幻滅されると思ったんだ」

「どういうこと?」


 怪訝そうに尋ねると、煌は照れたように笑った。


「去年までの俺は、華蓉にまた会えるかもしれないって、それだけが支えだったんだ」


 そういう煌は少し寂しそうな表情を浮かべていた。


「母さんから、みっちり楽師としては仕込んでもらったけど、皇帝としての所作とかしきたりとかからっきしだろ?」

「確かに」


 劇場で一緒に筝や笛の練習をさせられたことを思い出して私は、思わず吹き出してしまった。おそらく、煌が皇帝として迎えられるとは誰も考えていなかったのだろう。


「だからさ、歩き方一つから始まって、箸の下ろし上げから武術まで……。本当につらかったし、逃げ出したかったんだ。だけど、後宮にいたら華蓉に会えるって、自分を励ましていたんだ」

「なんで、私が後宮に行くって思ったのよ?」

「だって、後宮歌劇団に入って、歌姫になるって言ってただろ?」


 確かに私は、子どものころから歌劇団に入ることを誰かれ構わず宣言していた。


「何年も何年も待っていたんだ。だからさ、今年の選抜で華蓉の名前があった時、飛び上がるほど嬉しかったんだぜ」

「それで、庶民だった時みたいに息抜きをしたいから、私に妃になって欲しいって言ったのね?」


 確かに妃なら、今まで以上に彼の側にいられるだろう。皮肉めいた私の問いに、煌は少しだけ目を伏せた。けれど、すぐに私を見据えるように向き直った。その瞳には凛とした決意が宿っている。


「違う」


 それは、短かったが彼の決意に似た何かを感じることができる一言だった。


「最初は、懐かしいという気持ちが大きかったのは、確かだ。だけど、今日、確信したんだ。華蓉が大切な人だって」


 意外な返答に私は、思わずたじろいでしまった。


「本当は、今日の舞台、俺はもっと後から登場する予定だったよね。だけど、舞台で舞う美しい華蓉を見た瞬間気付いたんだ。きみは特別な存在だって」

「美しいって……」


 舞台にわざと早く登場したことを知り思わず怒りそうになったが、続く言葉に怒気が抜かれる。


「嘘じゃないよ。ずっと、思っていたんだ。子どもの時もだけど……。再会してからは特にね。華蓉は踊りながら人の心を引き寄せるんだ。自分では気づいていないと思うけど」


 そういった煌の言葉には、何の飾りもなかった。それは、仮面の奥で隠してきた『皇帝』 の顔でもなく、子どものころから変わらない煌だ。


「だけど、あのままだと、華蓉との関係が形式になってしまうと思ったら……、手を差し出していたんだ」


 冬の舞は何百年と続く伝統的な舞だ。予定通り踊ったとしたら、私と煌の関係は、『皇帝』と『舞姫』という形式的なものになっていたかもしれない。


「一緒に舞いながら、確信したよ。今なら、気持ちを伝えられるって、ずっと伝えたかった気持ちを」


 煌は一歩、私に近づいた。


「華蓉、俺は確かに皇帝だ。だけど、君を妃にしたいと思ったのは、皇帝としてじゃない。一人の男として、華蓉にそばにいて欲しいと心から思ったんだ」


 静寂の中、私の鼓動がやけに大きくなるのを感じた。煌の言葉は突然だったが、不思議とまっすぐに深く、胸の中に落ちていく。


「ありがとう」


 私は目を伏せ、ゆっくり息を吐いた。


「私も煌のことは、大切だと思っている」

「じゃあ――」


 そう言って、嬉しそうに私の手を取る煌に、私は苦笑しながらゆっくり首を横に振った。


「でもね、私はまだ、自分の足で舞いたい」


 今日、煌と共に舞台に立って、その思いは大きくなっていた。私にはまだ無限の可能性があるということを。


「誰の影としてでもなく、私自身として――」


 それは、煌との関係を終わらせる言葉かもしれなかったが、譲れない想いでもあった。不安になりながらも、煌を見つめ返すと、私の言葉に煌は優しく微笑んだ。


「華蓉らしいな……。そんな、華蓉の側に俺はいたかったんだ」


 煌は、そういうと私の手を握る手に再び力を込める。


「妃になることを強要はしない。でも、その代わり華蓉らしく生きて、笑って、ずっと側にいて欲しい」


 私の知っている煌の言葉だった。

 皇帝の着物を着ているから、立場が全然違う存在になってしまったから、と身構えていたが、私の大好きな煌は、そんなことで私を切り捨てるような人ではなかった。


「私も……」


皇帝となった彼に言っていい言葉なのか、一瞬戸惑ったが目の前で屈託なく微笑む煌の笑顔に私は力をもらえたような気がした。


「私も、あんたのこと大事に思っている。昔も今も……。ずっとね」


 私の言葉に煌の瞳が少し潤んだような気がした。それを照明のせいだと片付けるのは簡単だ――。だが、私はもう目を逸らしたくなかった。

 煌の想いも、皇帝となった煌も――、ちゃんと見たかったのだ。


――数刻後、地上では既に騒ぎは鎮まっていた。

襲撃者たちには逃げられてしまったらしいが、既に祝賀の舞台は混乱の爪痕を残しつつも、少しずつ事件前の姿を取り戻そうとしている。

 抜け道から出てきた私と煌は、露台の上からその光景を見下ろしていた。煌とは手を取り合うことはなかった。だが、心はもう、どこか繋がっているような気がした。

 夜空に浮かぶ星々の下で、私はふと煌へ振り返る。


「……あんたさ、次に舞うときは、ちゃんと段取り守りなさいよ?」


 煌は苦笑して、肩をすくめた。


「気を付けるよ。でもさ……」


 煌はそう言って、私へ涼し気な視線を送る。


「ってことは、また、一緒に舞ってくれるってことだよね?」


 私はその問いに答えずに、再び露台の下へ視線を送った。

 煌の問いの先にある未来は、まだ誰にも分からない。

 けれど、気持ちは軽かった。それは、まるで初めて舞台に上がった日のようだった。


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