第六章 白恨の石(1)
龍鱗組での研修が終わった後に私達が配属されたのは、棋士局だった。
「なんで、棋士局なわけ……」
私の隣で唖然としている花絲に私は全く同意見だった。
「他の子たちは、上級妃の下で指導を受けているのに……」
歌劇団は大きく分けて4組に分類されているが、それぞれの組を皇后と3人の上級妃が管理するのが慣習とされていた。ところが、現在の皇帝には皇后がいないため、貴妃が皇后の代わりに桜花組を担当し、龍鱗組は講師が管理を任されている。
「この前、研修先を組み分けした人員がそのまま適用されるなんてね」
私も小さくため息をついた。
前回、龍鱗組に振り分けられた私達は、上級妃ではなく歌劇団の講師の下で研修することになったのだ。ところが、蘭月様が亡くなられ、龍鱗組の公演が忙しくなったため、対応に手が回らず棋士局に行かされることが決まった。
「そもそも棋士局で何をするのよ……」
花絲は再び大きくため息をつく。
「確かに、あそこって、囲碁を打つ人たちが集まるのよね」
およそ歌劇団とは関係ない部署なだけに私も大いに疑問だった。
棋士局は、囲碁の棋士たちが集まる部署だ。後宮内で腕に自信がある棋士が集まり、毎日囲碁を打っているらしい。
「なんでも、年一回の選抜試験があるみたい」
「そんな試験があるのね」
花絲の情報通ぶりに、なるほどと感心していると花絲は選抜試験について語りだした。
「宮女や宦官が選抜試験を受けるんだけど、優勝した人が国外で行われる試合に参加する資格を与えられるの」
「国外? 珍しいわね」
後宮に一度入った人間はよほどのことがない限り、後宮の外に出ることは許されない。
「なんでも国の威信をかけた戦いらしいのよ。昨年、隣国に負けているから今年は、勝つって力が入っているみたい」
「集中するために音楽でも奏でろってことかしらね」
無理やり歌劇団の私達にできる仕事をひねり出してみるが、ようやく出た答えはつまらない案だった。
「それは面白そう。なんの楽曲がいいかしらね」
だが、花絲は思いのほか私の案が気に入ったらしく、お気に入りの楽曲名を並べる。
「やっぱり静かな音楽がいいわよね」
「そうね……」
棋士局へ向かう廊下を歩きながら、私は、ふと華やかな花の香りに足を止める。ふと塀に空いた小さな窓をのぞき込むと、そこには真っ白な薔薇が咲き乱れていた。
「すごい! ここ、后妃様のお部屋?」
花絲は私の横から薔薇が咲き誇る庭をのぞき込むと小さく叫んだ。
彼女が言うように庭に花を植えている后妃は少なくない。
だが、私達が歩いているのは后妃様たちの部屋が立ち並ぶ場所ではなく、棋士局へ続く廊下だ。どちらかというと、宮女たちの部屋がある一角だ。
「お花はお好きかしら?」
そんな私の疑問に答えるように、花の森の中から一人の女性が現れた。
齢は五十を過ぎているだろう。黒髪よりも白髪が彼女の髪を占めており、それが白いバラと非常に似合っている。
「大好きです!
こんなに綺麗な薔薇の園、後宮で初めて見ました。お手入れなさっているんですか?」
花絲は人懐っこそうな笑みを浮かべながら、女性に尋ねる。
「本当は宮女が薔薇を育てるのは禁止されているんだけどね、昨年優勝したご褒美に許していただけたの」
嬉しそうだがどこか寂しそうな響きがその言葉から感じられた。
「優勝って、囲碁の大会ですか?」
意外な人物との遭遇に、私は思わず確かめてしまう。
「えぇ、今年も優勝しないといけないから、大変よ」
「優勝なんて、すごいですね」
花絲の賞賛を女性は首を振って否定した。
「最近はね、本当に若くて才能がある子ばかりでね……。一勝するのも本当に大変になってきたわ」
囲碁は頭脳を使う競技だが、数刻もの間、頭脳を使い続けなければいけないこともあり、相当な体力を消費すると聞いたことがある。
年齢的な限界を感じる人も少なくないのだろう。
「でもね、あと一勝。あと一勝すれば、紫雲国の棋士と戦えるの」
女性はそう言いながら、うっとりしたような表情を浮かべた。
紫雲国は、隣国でやはり有名な棋士が多数いるという噂を聞いたことがある。
「昨年、格好悪いところを見せちゃったからね。今年は絶対、あの人に勝ちたいの」
そう言った女性の表情は、棋士として勝負に挑むというより、恋をしている少女のようだった。




