転の旋律(後)
花絲は、華蓉の歌を聴きながら、天才っているんだな……と唖然としていた。
子供の頃から楽器や歌に親しみ、誰しもが彼女の才能を褒めたたたえた。
「もう、こんな曲が弾けるのか」
「大人顔負けだ」
そんな賞賛の言葉を花絲は一身に浴びて育ってきた。
彼女の中で「私は才能がある」という思いは、当たり前のように存在していた。
だが、十五になる頃には、決して自分は特別な存在ではないということに花絲は気づかされるようになった。
彼女が十数年の間練習して、やっと身に着けた技法をつい数か月前に始めた友人があっという間に身に着ける瞬間。
自分が必死で旋律を奏でている間、音の情感を楽しんでいる友人がいた瞬間。
そんな挫折の瞬間は数多く存在したが、それでも花絲の心が折れなかったのは歌劇団へ対する思いがあった。
「いつか私はあの舞台に立つ」
そんな思いが彼女を練習に打ち込ませた。
それが、確かな力であると気付いたのは歌劇団の入団試験に合格した時だった。
さらに、自信から確信へと変わったのは、見習い楽師の中で唯一晴の部の筝奏者に選ばれた時だ。
「自分は決して特別ではないが、特別に近い存在に努力すればなれる」
そんな信念が生まれていた。
だが、この日、華蓉の歌声を聞いた花絲は、あっさりと自分の信念が間違いであることに気づかされた。
後宮歌劇団へ対する思いも圧倒的な才能を前には何の役にも立たないということを。
そして、圧倒的な実力差を見せつけられると、焦りも悔しさも感じないということも、その日初めて花絲は知ることになった。
華蓉の歌声はそれほど美しく気高かった。悲しみと厳しさを含みつつ、出会いに喜び春の光で満たされる光景が目の前に広がった。
「驚いた」
瑋瑋もまた、華蓉の成長に驚いていた。
「あんた、何をしたの?」
「ちょっと頑張りました」
嬉しそうにはにかむ華蓉は、先ほどまでの圧倒的な存在感はなく一人の少女に戻っていた。
「これなら……。いけるかもしれないわね」
瑋瑋は面白そうに何かを考えるように小さく呟く。
「本当ですか?」
華蓉は、飛びつかんばかりの勢いで瑋瑋に駆け寄る。
「見習い楽師が冬の部の主演なんて、前代未聞よね。歌劇団のやつらが、悔しそうにする顔見てみたいわ」
意地悪そうな微笑みに、彼女もどうやら歌劇団と何らかの遺恨があるのだろう、と花絲は推察した。ただ、詳しく聞いては墓穴を掘るにちがいないとあえて、聞くことは控えた。
「いい筝だ」
いつの間にか近づいてきた牧にそう言われ、花絲は思わず微笑む。
彼が慰めてくれていることに気づいたのだ。
「ありがとうございます」
花絲は、何でもないとあえて口にせず微笑んだ。
瑋瑋から、あれやこれや指摘を受けて嬉しそうにうなずいている華蓉を見ているだけで、今の花絲は満足だった。
誤字脱字報告ありがとうございます。




