第四章 毒怨の歌姫(3)
「うへぇ……。苦い」
薬茶を飲みほした蘭月様は、半泣きになりながら飲み干し、そう呟く。
「最近、蘭月様の高音の出が悪かったので、少し調合を変えました」
少年は蘭月様の苦情を気にした風もなくさらりと、そう伝える。
「そんな小さな変化も分かるんですか?」
私が感心していると、当たり前だろといわんばかりに無言で睨みつけられた。
「耽は、元々楽師一家の出なのよ。
それでね、子供の時から楽師として活躍していたんだけど、透き通るような声が本当に綺麗だったの」
「ご存知ないじゃありませんか」
蘭月様の説明を耽さんは、あっさりと切り捨てる。
「私、聞いたことあります。子どもの頃に見ただけですけど、少年が集まった合唱団で耽さんが歌っているところ」
助け舟を出したのは、花絲だった。
どうやら芸術に造詣が深い花絲の実家では、様々な舞台を見に行っていたのだろう。
「えぇ~羨ましい。私も見たかった!」
蘭月様は、花絲に振り返り目を輝かせた。
「ぜひ、見ていただきたかったです。
蘭月様がおっしゃるように本当に綺麗で、宝石みたいな輝きがありました」
そんな花絲の賞賛に耽は、迷惑そうに眉間に皺を寄せる。
「昔のことです。もう、歌は止めました」
耽はそう言い放つと、楽屋から足早に立ち去った。
「すみません。私、調子に乗って……」
花絲が頭を下げると、蘭月様が「仕方ないわ」と首を横に振って慰めた。
「男性って声変わりするでしょ? 勿論、低音を美しく歌い上げることも素敵なことだと思うんだけど、少年時代の高音を維持するために宦官になる人も少なくないのよ」
「宦官楽師の高音は確かに芸術的です」
少年期に宦官となることで、声変わりはしないが体は成人男性のように成長する。そのため、男性ならではの肺活量と女性のような高音を出せることから、劇的な歌声を奏でることができるのだ。
それは子供や女性では到底できない芸術的な歌声でもある。
「でも、あの子、宦官の手術に失敗してね。
声が出なくなっちゃったのよ。傷が快復した後、練習をして喋れるようにはなったんだけど、昔のように歌は歌えなくなってね……」
蘭月様の説明で、ようやく耽さんが悔しそうな表情を浮かべていた理由を理解することができた。
私も歌声を奪われることを考えるとゾッとさせられた。
「実家にも居場所がないからって、後宮に留まって今は調理場を手伝っているのよ。ちょっとぶっきらぼうだけど、いい子だから仲良くしてあげてね」
蘭月様は、そういうと椅子から勢いよく立ち上がり私達に振り返った。
「ねぇ、私、貴族の姫君に見えるかしら?」
少し意地悪そうな表情を浮かべながらそう問う蘭月様は、貴族の令嬢にしか見えなかった。
「私ね、舞台に立つのが好きなの。
だって虫けらみたいに扱われていた農村の私がこんなお姫様になれるのよ?」
蘭月様は嬉しそうにくるりと回って、衣装を私達にみせてくれた。
決して高価な布ではないが、舞台映えがするように華やかな刺繍が背後にもしっかりと施されてる。
「昨年、主演に選ばれた子はね、后妃になったの」
「すごいですね」
感心する花絲に、蘭月様は首を横に振って微笑む。
「后妃になったら、舞台には立てないのよ。私はそんなの嫌。
だから、毒を飲んだことだって後悔していない。死ぬ時は舞台の上で死ぬって決めているのよ」
「蘭月様ならできますよ!」
力強くそう言った花絲の言葉に、思わず私も同意してしまった。
その後、行われた本番同様の下稽古の最中も蘭月様は、美しい姫君として舞台を彩った。そして、その晩、行われた舞台で悲劇は起きたのだ。




