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後宮歌劇団~星降る宮廷の歌姫~  作者: 小早川真寛


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第四章 毒怨の歌姫(1)

日差しに初夏の蒸し暑さが帯びた頃、私達は組研修が行われ始めた。

組研修とは、見習い楽師が四組ある「桜花組」「蘭雅組」「菊鏡組」「龍鱗組」に振り分けられ、研修を行う。

研修といっても各組の役者の雑用などを任されられるだけなのだが、見習い楽師達は私も含め全員、その日をソワソワと待ち続けていた。


「ついに組研修ね!」


 龍鱗組の講堂へ続く廊下を歩きながら、花絲カシは叫ぶようにしてそう言った。

 昨夜は興奮して眠れなかったという花絲カシの目の下には薄っすらとクマが見えたが、その表情は喜々としている。


蘭月ランゲツ様のお側にいられるなんて……」


 龍鱗組の首席楽師の名前を口にした花絲カシは、夢を見ているかのようにウットリしている。


「でも、本当に龍鱗組でよかったの?」


 龍鱗組は別名「庶民組」と呼ばれていた。

 桜花組などに貴族の令嬢が集まり、龍鱗組には庶民の楽師が集められるのが慣習だった。

 

 庶民の中でも花絲カシのような豪商の娘などは、桜花組に入れないまでも蘭雅組や菊鏡組に配属されるのが一般的だ。

 現に当初彼女が配属されたのは、蘭雅組だったが花絲カシが龍鱗組への配属を強く希望したのだ。


蘭月ランゲツ様がいらっしゃるのは、龍鱗組なのよ。それ以外の組に配属されて何の意味があるの!」


 花絲カシは、後宮に入る前から蘭月ランゲツ様を慕っていたらしい。


「昨年、披露された後宮歌劇団の演目を見た時から私は蘭月ランゲツ様にお目にかかることだけを目標に後宮に来たんだから」


「そ、そうだったのね……」


 花絲カシのあまりの勢いに思わず、たじろいでしまう。

 後宮歌劇団は、年に一回、一般公開される。主に龍鱗組が演目を担当するわけだが、花絲カシはその舞台に現れた蘭月ランゲツ様を見たらしい。


蘭月ランゲツ様は本当に美しいの! 美しいだけじゃないわ。歌も舞も上手くて……。天女の生まれ変わりって言われているけど、きっと天女なのよ」


 とんでもない花絲カシの妄想をあえて否定せず、私は「そうね」と適当に相槌を打つ。

 だが、花絲カシはそのことに全く気付かず、蘭月ランゲツ様の魅力を語りだした。


「ご出身は北方の農村で商家に奉公に出されたのがきっかけで、都にいらしたのよ」


「へぇ……」


 農村となると、おそらく歌や舞とは無縁の生活を送っていた可能性は高そうだ。


「その商家で歌の才が見いだされて、半年ほど練習されただけで歌劇団の試験に合格されたのよ!」


「それは、すごい」


 思わず驚きの声を上げてしまった。

 課題曲の練習だけでも半年はかかるだろう。

 さらに縁故などもなければ、本当に実力だけで入団されたのだろう。


華蓉カヨウこそ、桜花組に行かなくてよかったの?」


 一通り蘭月ランゲツ様の魅力を語りつくし、満足したのだろう。思い出したように花絲カシは、そう尋ねた。


婉兒エンジ様が誘ってくれたのに……」


「桜花組に行ってもね」


 平民中の平民である私は当たり前だが、龍鱗組に配属されていた。

 ところが、それを知った婉兒エンジ様から桜花組へのお誘いがあったのだ。

 丁重に婉兒エンジ様の申し出を断り、私は龍鱗組へ向かうことになった。


「まぁ、平民の私達があそこに行っても大変よね」


 私の言わんことを察したのか、花絲カシは小さくため息をついた。


「桜花組に行った見習い楽師の世話係をさせられるわよ」


 私の言葉に花絲カシがくすくす笑った瞬間、後ろから勢いよく抱きつかれた。


「あなた達が、今年、龍鱗組に配属された見習い楽師ね!」


 慌てて振り返ると私の背中には、嬉しそうにそう言いながら微笑む小柄な女性がいた。口調から察するに彼女も龍鱗組の楽師なのだろう。


 女性の黄金色の長く緩やかな髪は無造作にまとめられており、水色の着物は無造作に羽織っただけだった。既に昼を回っていたが、もしかすると寝起きなのかもしれない。


「あなた、名前はなんていうの?」


華蓉カヨウです。よろしくお願いします」


 慌てて頭を下げると、女性はフフフっと軽やかに笑った。その声があまりにも可愛らしく思わずドキリとさせられてしまった。


華蓉カヨウ、素敵な名前ね。そちらは?」


「かかかかか、か、花絲カシと申します!」


 遅れて盛大に頭を下げた花絲カシは、顔を真っ赤にしている。


「ふふふ、可愛いわね。それにしても華蓉カヨウちゃんは、とっても大きいわね。龍鱗組って、他の組よりも色々な子がいるけど、あなたほど大きい子は珍しいわ」


 女性は、大げさに私を見上げると、「首が痛くなっちゃう」と微笑んだ。


「でも、男役にはピッタリね。練習の相手をお願いしていいかしら?」


 そう言って、軽やかな足取りで私達の横をすり抜けた。


「もちろんです!」


 突然のことに驚きつつも頭を下げると、女性は「よろしくね」と言い両手を前後左右に不規則に振りながら立ち去って行った。


 ふと横を見ると、花絲カシが頭を下げたまま動いていないことに気づかされた。


花絲カシ……?」


「ら、ら、ら、蘭月ランゲツ様よ……。私、もう死んでもいいかもしれない」


 その言葉に慌てて花絲カシの顔を覗き込むと、彼女は大粒の涙を流していた。




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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