承の旋律(2)
瑋瑋さんの琵琶が奏でられると、牧さんは先ほどまでとは打って変わり、切なくか細い声で歌い始めた。単純に小さいわけではなく、しっかりと一音一音発音されているのがよく分かる歌声だった。おそらく宦官楽師の中でも相当の実力の持ち主に違いない。
なにより驚いたのは、先ほどまで無口な大男だったのに、歌い始めた瞬間、今にも消えそうな少年に見えてくるから不思議だった。そんな彼が歌い上げる歌詞からは、少女を思う気持ちが伝わり、思わず胸が熱くなるのを感じた。
「はい、止めて!」
瑋瑋さんは、私が牧さんに合わせて歌い始めて少しすると、手をたたいて歌うのを辞めさせた。
「確かに、あんたの技術力は確かだわ。難しい歌をよく歌いこなしているわね。
でもね、あんた、牧に恋してないでしょ」
「それは……」
瑋瑋さんが何を言っているのか分からず口ごもると、瑋瑋さんは大きくため息をついた。
「あのね。本気で恋しろってわけじゃないのよ。あんた、恋するふりすらしてないじゃない」
「はい……」
痛い所をつかれたと思わずうつむいてしまう。昔から恋の演技はどうも苦手なのだ。
「華蓉は、恋したことないんですよ」
見かねたのだろう。花絲がそう言って助け船をだしてくれたが、それを聞いた瑋瑋さんは悲鳴をあげた。
「嘘でしょ! 十八の頃に恋愛をしないで何をするの!
どういうことなの!?」
瑋瑋さんの慌てぶりに、苦笑いをするしかなかった。
「私があんたの頃なんて、もー見る男、全員好きだったわよ!」
「それは恋愛ではないだろ」
呆れたように牧さんが瑋瑋さんをなだめてくれた。
「もー! あの時は、運命の恋だと思っていたのっ!
で、あんた、憧れるとか、そういうのもないわけ? 少しはあるでしょ? いいな、って思っている男の一人や十人ぐらい」
「そういうのが見つかる前に後宮に来まして……」
瑋瑋さんの言葉に突っ込む気力もなくなり、力なく答えると花絲が「いるじゃない!」と小さく叫んだ。
「煌さんとは幼なじみだったんでしょ?
恋愛小説のド定番じゃない」
「あら、あんた分かっているわね!」
花絲にニッコリと瑋瑋さんは微笑む。
「子供の頃から気心が知れた相手が気づいたら好きになっていた……」
何かを妄想するように両手を組み、瑋瑋さんは空を見上げる。
「いいじゃない。大好物よ!」
「いや、煌は、本当にそんなのじゃなくて……」
鼻息を荒くそう語られた言葉を私が慌てて否定すると、瑋瑋さんはチッと舌打ちをした。
「見習い楽師でしかないあんたのために、方々に頭を下げて回っている男のどこが気に入らないのよ?」
「え? 煌が?」
確かに瑋瑋さんたちをここに連れてきてくれたのは、煌のおかげだということは、薄々気づいていた。
「そうよ! 私達に懇願されたのよ。『どうか歌えるようにしてやって欲しい』ってね」
瑋瑋さんは、大げさにため息をつき言葉を続ける。
「それが、こんな朴念仁だとはね。頭きちゃうわ」
「そんなことがあったんですか……」
ここには姿がない煌のことを思うと、少し胸が温かくなるのを感じた。
「まぁ、今日やって直ぐできるとは思っていなかったから大丈夫よ。
来週までには、ちゃんと好きな男を作っておくようにね」
瑋瑋さんは、そう言うと椅子から立ち上がり足早に来た道を戻っていった。
「大丈夫。いいものをお前は持っている」
牧さんは、そう言って唇の端を微かに上げて微笑むと、足早に瑋瑋さんの後を追った。
「今日は、ありがとうございました!」
既に小さくなりつつある二人の背中に届くように慌てて大きくお礼を言うと、瑋瑋さんは背中を向けたまま手を振ってくれた。
「すごい人達だったわね」
二人の姿が完全に見えなくなると、息を吐きだすように花絲はそう言った。
「ほんと……。これが後宮楽師なんだね……」
その技術力の高さに感心すると同時に、来週までに彼らを落胆させないために相当努力をしなけrればならない現実に軽く絶望していた。
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