第三章 欺瞞の仮面(4)
「煌、いる~?」
宝物庫に入るなり、そう声をかけると小部屋からひょっこりと煌が顔を出した。
「華蓉……」
力なく微笑みながらそう言った煌は明らかに疲れていた。
手に木箱を持ちながら、フラフラと小部屋から出てくる足取りはおぼつかない。もし、今彼の前に石を置いたら、直ぐ転倒するに違いない。
「新たな問題でも生じたの?」
「あぁ……」
私の質問に煌は泣きそうな表情を浮かべながら力なく頷いた。
「仮面の件で急かされているの?」
実は、煌から仮面の相談をされて、1週間が経っているが答えらしい答えを見つけられずにいた。
「それは大丈夫なんだけど……」
「もしかして、婉兒様の件ですか?」
遠慮がちにそう言ったのは、私の後ろにいた花絲だった。
「えっと……、君は……」
「花絲だよ。ほら、後宮で久々に会った時にもいたじゃない」
私がそう責めると、煌は申し訳なさそうに笑い「ごめんね」とつぶやいた。
「でも、君の言う通りなんだ。
貴妃様の妹とその取り巻きを冬の部の主要な役どころに据えろって……。
昨夜はまだ発表されていない課題曲を教えろって、大変でさ」
「煌って、意外に重要な役職にいたのね」
課題曲は試験を受ける歌劇団楽師や宦官楽師は担当しない。その両者を取りまとめる楽師局が担当するのだ。楽師局に所属できるのは、優秀な楽師だけと聞いている。
しかし、煌が後宮に来たのは、三年前だ。
そんな短期間に彼が出世していたことに驚かされた。
「い、いや違う! その一連の騒動で先輩たちが忙しくて、それで皺寄せがきたってだけなんだ。今日は、初めて宝物庫に来たぐらいだし」
「貴妃様も必死ですね」
花絲はニヤリと嬉しそうに笑った。
「どういうこと?」
意味が分からず尋ねると、花絲は自慢げに説明し始めた。
「貴妃様といったら、後宮で皇后陛下に次いで力を持つ存在でしょ?
でも、現在は皇后陛下の席は空席だから、本来ならば貴妃様が口添えをすれば、婉兒様が主演になんて簡単になれるはずじゃない?」
「なるほど……」
確かに課題曲を教えてもらう必要などないはずだ。
「実はさ、この三年、皇帝陛下はどの妃の元へも行っていないって噂があるのよ」
「え? 嘘でしょ」
皇帝の役目は跡継ぎを作ることも含まれている。后妃の元を訪れないなど言語道断だ。
「そうですよね?」
花絲が煌に確認すると、煌は驚いたように目を見開いた。
「なんで知っているの?」
「私、この手の噂話、大好きなんですよ」
花絲は嬉しそうにニッコリと微笑む。
確かに花絲は恋愛ごとやそれに関する噂話が大好きだ。后妃付きの宮女たちが噂していると自然とその輪に混ざり、情報を収集していた。
「後宮では有名な話ですよ。後宮の后妃は誰も陛下から寵愛されていないって。
だから、今回、陛下が舞いを舞われると聞いて、貴妃様も焦っているんじゃないですか?」
「なるほどね……」
私達が歌や舞で芸を競い合うように后妃様たちも皇帝からの寵愛を競い合っているのだろう。
「それで仮面について調べる暇もなかったんだ」
私が煌の手元にある木箱を覗き込むと、花絲もそれに倣った。
「仮面?」
「そう。さる御方が使っていたみたいなんだけど……」
あえて皇帝の名前を出すのは控えておいた。仮面に隠された秘密が明らかになった時、彼女が何かの問題に巻き込まれてしまうかもしれない。
「これ、内側はどうなっているんですか?」
「内側?」
花絲の疑問に煌は不思議そうに聞き返した。
「なんか、目元……。黒くないですか? カビが生えていたりしませんよね」
「あぁ、大丈夫だよ。これ、漆が塗ってあるんだ」
煌はそう言って、仮面をひっくり返して見せてくれた。
「普通は作った人や持ち主の名前が彫ってあったりするんだけど、特に何もないんだ」
煌は説明しながら、小さく肩を落とす。
おそらく何か手がかりがないか何度も確認したに違いない。私達に説明することで、その事実を再確認し、気落ちしているのだろう。
「漆……よね?」
私は裏返された仮面をじっと見据える。
「ねぇ、ちょっと借りていい?」
「い、いいけど」
おずおずと差し出された木箱を受け取ると、私は宝物庫から飛び出した。
「か、華蓉?」
驚く二人の声を背中に聞きながら、宝物庫から一番近い日当たりのいい庭へと飛び出す。
既に陽が傾きかけているが、ここならば陽の光を当てられるはずだ。
夕日を当てるように仮面を傾けると案の定、微かに光るのを確認することができた。
「分かったわ」
唖然としている煌と花絲に、私は自信満々にそう宣言した。
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