第三章 欺瞞の仮面(2)
「本当に仮面になんか意味なんてあるのかしら?」
私は目の前に置かれた白い面に思わず首を傾げる。
「代々皇帝が使っていた仮面っていうだけじゃないの?」
先帝が新たな皇帝の権威を保障するために、何かを送るのはよくあることだ。
「意味はあるはずだ」
そういう煌の声に迷いはなかった。
「華蓉も知っていると思うけど、現在の皇帝陛下は皇帝の子供ではない。
病床に臥されていた先帝が養子として迎えられたんだ」
「それは有名な話よね」
先帝には子供が一人もいなかったのだ。
後宮の女の数を考えると不思議なものだが、寵愛される后妃がいたにもかかわらず跡継ぎとなる男児だけではなく女児も生まれなかった。
「だが……、実は先帝には本当の子供がいたのではないか、っていう噂もあるんだ」
「え? そうなの?」
初めて聞く話に思わず声が裏返ってしまう。
「それって、現在の皇帝陛下を引きずり下ろすための流言じゃなくて?」
煌は残念そうに首を横に振った。
「皇帝陛下自身も正当な後継者ではないと思われているんだ。だから、正当な後継者を見つけ出すための鍵がここに隠されていると考えられている」
「皇帝陛下って生真面目なのね」
先ほどの密談から自分の利益のために動く人間だと思っていただけに驚かされた。
「どういうことだよ」
「万が一隠し子がいたとするわよ。
先帝があえて自分の本当の子供を後継者にしなかったんでしょ?
それには何か理由があるんだと思うな。例えば、母親の身分が低くて、皇帝にしても反乱が起こるとか考えられていたんでしょ」
先帝の子供が皇帝になれば全てが解決するわけではない。
政治を動かすための根回しなどが必要で、そのためには人脈や莫大なお金が必要となる。
「それは現在の皇帝陛下だって……」
「確か先帝の従弟のご子息なのよね?」
血縁としては非常に遠い存在だ。
実は、これには理由がある。
先帝が即位された時、骨肉の争いがあったのだ。十数人いた先帝のご兄弟は戦により亡くなられている。結局残ったのは、遠縁の従弟の子供だけだった。
「後継者としては、それで十分なんじゃない?
地方にお住まいだったから都での人脈はないけど、西国との貿易をされていて財を築いていたって話じゃない」
都での人脈がないという点が現在の皇帝の欠点でもあった。
だからこそ、皇帝は即位されると試験で合格した官僚を多数登用し、自ら人脈を作ったという。
それだけ行動力がある皇帝だ。先帝もそれを見越して彼を皇帝に選んだのだろう。
「でも……」
「ま、そんなに言うなら一応、調べてみるわ」
まだ、納得いっていないという様子の煌に私は微笑みかける。
「歌劇絵師の件でお世話になったからね」
「その件だけど、本当に犯人を不問にしてしまってよかったのか?」
犯人が紫涵様であることを煌には伝えていたが、被害者である芽衣様が断罪を望んでいないことを伝え口止めをしていた。
「そうなのよね……。確かに紫涵様は、罰せられるべきことをしているのよね」
「なら……」
「でも、私に裁く権利なんてあるのかな……。って」
あくまでも私が興味本位で首を突っ込んだだけでしかない。
「これ以上、彼女たちを不幸にする権利はないと思うんだ」
「俺は反対だ」
煌は、ㇺっとした表情を浮かべながら短くそう言い切った。
「罪は罪だ。罪を犯したなら罰を受けるべきだ」
「それは、そうだけど……。
じゃあ、煌は、どうやって芽衣様を救うの?」
「それは……」
何かを言いかけ、煌は押し黙った。
「罪に対して罰を与える権利が私達にあったとするわよ?
でもさ、その罰が被害者である芽衣様は救われないわよ」
煌は無言でうなずく。
反論はしているが、煌も内心では、紫涵様に対して罪を与えるべきだとは思っていないのだろう。だからこそ、彼女の罪を知っても密告をしなかったに違いない。
「それにさ……。ある意味で紫涵様は、死罪よりも重い罰を与えられた気がするの」
「どういう意味だ?」
私は先日の芽衣様の言葉を思い出していた。
「紫涵様は、一生、自分の絵なんて描けないのよ。
たとえ、芽衣様が左手で、以前のように絵が描けるようになっても、今度は歌劇絵師長の座を追われるわけでしょ」
「それは辛いのか?」
それはそうでしょ、と思わず私は突っ込んでしまった。
「表現を行うことが彼女たちの生きがいなんだもの。
それを奪われながら絵を描き続けなければいけないなんて、ある意味、死罪より辛いはずよ」
「そうか……」
少し納得したような表情を見せた煌を見ながら、私は内心、感心していた。
先ほどの仮面の時にも感じたが、煌は妙に生真面目なところがある。
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