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後宮歌劇団~星降る宮廷の歌姫~  作者: 小早川真寛


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第二章 風に舞う途絶えた調べ(6)

「でも、華蓉カヨウ……。残念だけど、それじゃあ、紫涵ズハン様が犯人っていう理由にはならないんじゃないかしら」


「確かに、そうね」


 私も自分の推理に確信が持てなかったのは、それが理由だ。

 蜜蝋の匂いがするだけで、あの大事故を引き起こした犯人とするのは無理がある。


「それで調べてもらったの」


 私は、茶器が置いてある窓辺に向かって歩いて行った。


「証拠はこれです」


 紫涵ズハン様に差し出すように茶器の蓋を開けて見せた。そこには蜜蝋の跡が残っているだけではなく紐のような小さな破片も残っていた。

 この決定的な証拠をコウに調べてもらっていたのだ。


「この部屋で紫涵ズハン様は、紐に蜜蝋を塗り込んだのではございませんか?」


 だからこそ、蜜蝋だけではなく破片も残っていたのだろう。


「ずっと……。ずっと妬ましかったのよ」


 私の推理を肯定する代わりに紫涵ズハン様は、唸るようにそう呟いた。


芽衣ヤーイー様がですか?」


「そうよ! あなたも分かったでしょ。この子がいかに恵まれているか。私が天文学を学んでいる紙の裏に隠れて絵を描いて練習するしかなかったの。それも見つかれば殴られて破かれた」


 紫涵ズハン様は、悔しそうにボロボロと涙を流しながら、そう吐き出した。


「馬鹿なことをするんじゃない。現実を見ろってね! でもね、それだけなら辛くなかった。そんなもんだと思っていたし、兄弟全員がそうだったからね。

 それが辛いと思ったのは、芽衣ヤーイーのせいなのよ!」


「私が……?」


 驚きを隠せないといったように芽衣ヤーイー様は、紫涵ズハン様を見つめ返した。


「あんたは、子供の頃から思う存分、絵を描けたじゃない。家では、定期的に展覧会と称して、国内の様々な絵画が集められて……」


 紫涵ズハン様は、そのまま泣き崩れるように地面に座り込んだ。


「あんな環境で育ってきた芽衣ヤーイーに私が、勝てるわけないじゃない。

 現に誰も思いつかなかった技法や色を取り入れたり……。

 それなのに、あんたは『紫涵ズハンの絵は凄い』『歌劇絵師長になるのは紫涵ズハン』って誰構わず言って……。どれほど惨めだったか……」


「それで、あの事故を起こしたんですか?

 たまたま芽衣ヤーイー様の怪我で済みましたが、火事になって後宮が焼け落ちていたかもしれないんですよ」


 そう詰問した私の肩をたたき、芽衣ヤーイー様が首を横に振った。


「あれは、事故よ」


「でも――」


 私の反論を許さないというように芽衣ヤーイー様は私を正面から見据えて再び「事故だったの」と繰り返した。


紫涵ズハンは、犯人じゃないから歌劇絵師長になるの」


 確かに、もし、紫涵ズハン様があの事件の犯人だと分かれば、歌劇絵師長になれないだけではなく、火事を引き起こしかけたことも踏まえて死罪になりかねない。


芽衣ヤーイー様は、そんな怪我をさせられて、それでいいんですか?」


 私の問いを愚問と言わんばかり笑い飛ばした。


「ねぇ、怪我っていうけど、それがどういうことか分かってるの? 

 私の右手、腱がやられているらしくて、傷は治ってももう動かないんだって」


「え……」


 紫涵ズハン様が、慌てて顔を上げて芽衣ヤーイー様を見上げた。


「左手で絵は描いているけどさ、今までみたいに描けるようになるには時間がかかると思うんだ」


 見舞いに行った日に芽衣ヤーイー様が描いていた絵は美しかったが、あくまでも左手で描いたこととを踏まえた上での評価でしかなかった。事件前に描かれていた背景画と比較すると、落書きといわれても仕方ないかもしれない。


「左手で絵が描けるようになるまで、絵師として在籍できるかも疑問よ。私、絵しか描けないから下手したら後宮から追い出されかねない。で、宮廷絵師の一族の家に絵が描けなくなった私が戻ったら、どうなるか考えた?」


 芽衣ヤーイー様は苦虫を潰したような表情を浮かべる。

 芽衣ヤーイー様の質問に私は答えられず思わず口ごもってしまう。私と違い身分の高い芽衣ヤーイー様の場合、親の決めた相手と結婚させられ、二度と後宮には戻れないに違いない。


「でもね、紫涵ズハンが歌劇絵師長になったらどうなると思う?」


 その言葉に、ようやく芽衣ヤーイー様が紫涵ズハン様を庇っていた理由が分かり、思わず言葉を失ってしまった。


紫涵ズハンは、きっと私に怪我をさせたことを後悔するはずよ。

 現に歌劇絵師長に内定して、罪悪感から仕事を休むほどだものね」


 芽衣ヤーイー様が言うように紫涵ズハン様の体調が本当に悪いとは私も思っていなかった。


「そんな紫涵ズハンは、絶対私が考えた技法を採用してくれるわ。そして、私の代わりに私の絵を描いてくれるはずよ。右手は使えないけど、絶対今よりも私は自由に絵が描けるの」


 芽衣ヤーイー様はそう言い切ると、「ねぇ?」と同意を求めるように紫涵ズハン様へ振り返った。その問いは、有無を言わせない響きがあった。

 紫涵ズハンは顔面蒼白になり言葉を失っていた。自分の罪に対する罰の大きさに愕然としたのかもしれない。


紫涵ズハンを犯人として告発するのは自由よ。でも、誰が幸せになれるの?」


 芽衣ヤーイー様はそう言って私との距離を縮めると、ニヤリと笑いながら私を見上げた。


「ねぇ、教えてよ? 見習い楽師さん」


 勿論、その問いに対する回答を私が返すことはできなかった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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