表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/33

序章~傾国の歌姫~(1)

久々の投稿すぎて、投稿方法を調べるところから始まりました(汗)

本作は全編執筆済みで、毎日、20時投稿予定ですので、楽しんでいただければと思います。


『盲目の織姫は後宮で皇帝との恋を紡ぐ』とは別の新作中華ファンタジーです。

色々なテーマも考えてみたのですが、やっぱり中華ファンタジー×推理もの好きなんですよね……。

「『盲目の織姫~』を完結させろ……」と思われるかもしれないんですが、書籍版5巻のラストがうまい具合に『なろう』版に迎合いたしまして、とりあえず一旦は完結とさせていただきます。


――傾国の歌姫――


蒼雲国の後宮には、そう噂される皇后がいるとツァイは聞かされてきた。

平民でありながら、その歌声と舞により皇后まで上り詰めた人物。


『蒼雲国の歌姫とやらが、どれほど美しく、どれほどその歌声が素晴らしいか調べてこい』


それが上役から命ぜられた彼女の任だった。

ツァイは齢十八歳だったが、各国での諜報活動を生業としている。

様々な国に潜り込み情報を収集するのが主な仕事だ。時には親書を盗み出したり、母国の政敵となる人物を暗殺したりすることもあった。

そんな彼女にとって、『歌姫の情報を収集する』という今回の主からの命は、寝てもできる任務の一つである。

いや……。

「だった」という表現が正しいかもしれない。


「そんな歌姫、どこにもいやしないじゃないの」


ツァイは、そう小さく悪態をつくと足早に後宮の奥へと続く廊下を進んだ。

彼女が後宮に宮女として潜入してから一週間。

式典などを取り仕切る尚儀局で働いていれば、早々にその后妃とやらに会えると思っていたのだが、待てどくらせど彼女の姿を見ることはなかった。


代わりに聞こえてきたのは、歌姫ではなく男装した役者の噂話だった。

「今日、書庫で赦鶯シャオウ様をお見かけしたの」

「嘘! なんで言ってくれなかったのよ。今日もお美しかったんでしょ?」

作業をしながら聞こえてくる先輩宮女らの声は、まるで恋をしている少女のそれだった。

「もちろんよ。髪を無造作におろしていらっしゃったんだけどね。それが着崩れた着物と相まって色っぽくて……」

当時の様子を思いだしているのだろう。

少女はうっとりとした声を途中で止めて、感嘆のため息をついていた。そんな少女を見てツァイは苛立ちを悟られないように心の中で舌打ちするのがやっとだった。


「後宮にある女性だけで構成されている歌劇団は確かに人気よ。でも、なんで男装した男役ばっかり注目されるのよ」


ツァイは、苛立ちながらそう小さくつぶやいたが、少しして自分の疑問が愚問だったことに気づかされた。


「あぁ……。この後宮って、女ばっかりなんだった」


蒼雲国には、100人の后妃とそれに仕える千人以上の宮女が住まう後宮という施設がある。そんな後宮は男子禁制とされているのだ。

勿論、男性の機能を失った宦官も働いているが、彼らと后妃や宮女との恋愛は禁物とされている。そのため必然的に、後宮の住民の注目は男役の役者へ集まってしまうのだ。


「皇帝がもう少し女好きだったら、違ったのかもね」


ツァイは、この一週間後宮で働き皇帝の体たらくぶりを早々に知ることになった。

なんと皇帝が即位してから、一度も后妃の寝所を訪れていないらしい。

そのため、本来ならば、各后妃が皇帝の寵愛を競い合う後宮なのだが、皇帝の寵愛を受けることを諦めた后妃たちは歌劇団の役者に夢中だった。

特に皇帝と接する機会がほぼない宮女たちにとっては、歌劇団の役者は彼女たちの人生の全てといっても過言ではないのだろう。


「これで諦めて、生きていけるような生業ではないのよね」


母国で鬼のような形相をしている上役を思いだしながら、そうつぶやくと、ツァイはピタリと足を止めた。

ここからは、宮女として働く彼女が本来立ち入って許されない皇帝の寝所などがある宮だ。

誰かに見つかれば咎められる。最悪、不敬罪ということで処刑されるかもしれない。

必然的にツァイにも緊張の色が浮かんだ。

それと同時に彼女は、かすかな高揚感も感じていた。


――百人の后妃を袖にしても夢中になれる歌姫って、どんな美女なのだろう。――


そんな高揚感を悟られないように、そっと音を立てずにツァイは、庭園へと向かった。

庭園から小さいながらも透き通った少女のような歌声が聞こえてきたからだ。


「これは好都合」


ツァイは思わずニヤリと笑みを浮かべた。

調査対象は歌姫なのだから、その歌声とやらも聞いておく必要があると考えていたのだ。

その歌は甘い恋の歌だった、遠く離れた恋人を思う切ない気持ちが、遠くで聞いてるツァイにも伝わり胸がいっぱいになるのを感じた。


「さすがだ……」


庭園の池のほとりに2人の影があるのに気づき、サッとツァイは建物の影に隠れた。


「あれか?」


ツァイが驚くのも無理はない。

ツァイは「池のほとりで着飾った女性が歌っている――」そんな様子を想像していたのだが、そこには男性ものの着物を着崩した人物が、星空に向かって物悲しそう歌っていた。


「皇帝は男が好きだったのか?」


どう見ても男が2人いるようにしか見えない目の前の光景にツァイは、さらに目をこらした。


「暗くてよく見えない」


ツァイは、そっと音をたてないように池へ近づいた。

それは決して諜報活動をするような人間の足取りではなかった。自然と吸い寄せられるようにフラフラと池へと近づいていた。


「見慣れない顔だ」


ツァイがそんな自分の失態に気づいたのは、歌っていた人物にそう声をかけられたからだ。


「し、失礼し……」


慌ててその場に跪礼をしようと地面に膝をついた瞬間、ツァイは言葉を失った。

月明りに照らし出されるその人物があまりにも美しかったのだ。

白く透き通るような肌は月明りを背負っていることもあり、キラキラと輝いて見えたし、なによりツァイの目を引いて話さなかったのがその瞳だった。決して大きくはないが、涼し気な瞳の色素は薄く、思わず息を飲んだ。


「嘘でしょ……」


ツァイは、少しして自分の頬に伝う冷たい感触に驚きを隠せなかった。

諜報活動をする人間として、感情は調整できるようにするのが彼女の務めだ。勿論、笑うこともあれば泣くこともあるが、それはあくまでも「不自然ではない感情」を表現するためでしかなかった。

それなのに今、ツァイは目の前の男性の美しさに涙を流していた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ