8話 ヤキモチを焼くのはお互い様
「ええと、ヤキモチはお互い様だと思いますよ?私も、ご令嬢に囲まれたグレイ様を見て嫉妬しましたもの」
グレイの素直な気持ちを聞いて、アナベルも正直に話すことにした。
「やっぱりあの日、アナベルもここへ来てたのか!」
グレイは項垂れていた頭をグイッと元に戻した。
「はい。グレイ様は身体中をご令嬢に好きに触らせ、まんざらでもない様子でした。差し入れもたくさん……」
「待て待て!なんちゅう言い方をするんだ。誰がまんざらでもないって?よく知りもしない奴等に、好きで触らせたりするか!あいつら、全然人の話を聞かずにベタベタ、ベタベタと」
「でも嫌がってるようには見えませんでしたよ?」
「嫌に決まってんだろーが!でも女相手に振り払えねーし、言ってもきかねーし。ほんと疲れた」
心なしか、グレイがゲッソリして見える。
あら? 私の見間違えだったのでしょうか。 確かに、女性達が触れているのを見た時点で頭に血が昇っていた自覚はありますね……。
「じゃあ、差し入れは?」
「もらってねーよ。断ったらうちのシェフがどうのこうの言われたが、俺はアナベルの手作りが好きなんだ。他のはいらねぇ」
グレイはアナベルの瞳をじっと見つめた。
「グレイ様……」
差し入れなら何でもいいのかと思ってましたが、私の料理をそんなに気に入って下さっていたのですね。
アナベルは嬉しくなり、今日の差し入れをグレイの前にドンっと置いた。
「今日の分です。私の手作りが好きなんて嬉しいです。一杯食べて下さいね」
「お、おう。いや、そうなんだが……あれ?通じてない?今のいい雰囲気は俺の気のせいだったのか?」
グレイ様がブツブツ言ってますね。 食べないのでしょうか?
「後にしますか?」
「いや、食う!久しぶりのアナベルの手料理だからな」
グレイはサンドイッチを取り出すと、かぶり付いた。
「旨い!なんだこのソース、辛くていいな」
「ゴードン将軍が、グレイ様はスパイシーな味付けがお好きだと教えてくれたんです。なので、カスピールで珍しい調味料を買ってきました。あと、燻製肉もお好きなのですよね?そちらのが燻製肉が入っていて、こちらのがローストチキンです」
「おおっ!全部旨そうだな」
グレイは行儀悪く、両手にサンドイッチを持って食べ始めた。
「ふふっ、そんなに焦らなくても誰も盗りませんよ」
「いや、また食えない日が続いたら困るからな。あ、アナベルが帰った日も、差し入れを持ってきてたってことだよな?それはどうなったんだ?」
「どうなったって……持って帰りましたよ?」
何を訊かれているのでしょう? 持って帰った後はーーちょっと記憶がないのでどうなったかわかりませんが。きっと誰かが食べてくれたのだと思います。
「もったいねぇぇぇぇぇぇ!!」
目の前でグレイが仰け反っている。
「アナベル、二度と持って帰るなよ?いや、違うな。急に来なくなるのはやめてくれ。かなり堪えるから」
「グレイ様……わかりました。グレイ様も、むやみに他の女性に筋肉を触らせないで下さいますか?」
「ああ、アナベルの差し入れしか食いたくないし、アナベル以外は触らせないと約束する」
二人の視線が絡み、サンドイッチを置いたグレイの手がアナベルに向かって伸びたーーその時。
「やぁ、アナベル嬢。カスピールでの街歩きは楽しかったよ」
突然二人の頭上から低い声が響き、二人は固まった。
え?この良い声は……ゴードン将軍?
アナベルが挨拶をする前に、グレイが伸ばしかけていた手を引っ込めると同時に立ち上がって叫んでいた。
「おやじーーーーーっ!!わざと気配消して近付いただろ?タイミング見計らってたんだろ?邪魔する気満々じゃねーか!!」
グレイ様がなんだかめちゃくちゃ怒っています。 タイミングって、何のタイミングでしょうか。 なんだか変な空気だったので、ホッとしてしまいます。
体の力を抜いたアナベルをチラッと確認しながら、グレイの父、ジェフリーが惚けた。
「人聞きの悪いことをいうな。お前が気付けなかっただけだろう。まだまだ甘いな。ところで、邪魔というのは何の邪魔だ?」
白々しく問いかけるジェフリーに、グレイが益々不機嫌になる。
「うっせー!!休みなのになんでこんなとこに居るんだよ!」
また親子で言い争ってます。 きっと仲がいい証拠ですね。
「まぁまぁ、グレイ様。ゴードン将軍、カスピールではありがとうございました。良かったら将軍もサンドイッチを……」
「駄目だ!親父にはやらねぇ!」
「ほう、美味しそうだ。ではお礼に私の筋肉を……」
「え、いいのですか!?」
「やらねぇっつってんだろ!アナベルも喜ぶな!!」
せっかく将軍の筋肉に触れるチャンスでしたのに…… 残念です。
「はははは!グレイ、お前の筋肉だけじゃ物足りないらしいぞ。悔しかったら、腑抜けて筋肉を落とす失態は二度と犯すなよ。っと、そろそろ行かなくては。アナベル嬢、また会おう。グレイはーー頑張れよ?」
ニカッと明るい笑顔を残し、ジェフリーは去っていった。
「何しに来たんだよ……。応援するならそっとしておいてくれ……」
「ゴードン将軍は、グレイ様が心配なんですよ。それに将軍の嘘のお陰で、私はまたここに来られていますし」
「それはそうかもしれないが、あの強引なやり方もどうかと……」
そういえば、将軍の嘘の発端はマリアナ王女だったんですよね。 グレイ様はご存知なのかしら?
「元々は、マリアナ王女の作戦だったみたいです。私の為に立てて下さった計画だったみたいで……。ご迷惑をおかけしました」
「王女?ああ、アナベルは王女と親しいんだよな。噂で聞いたんだが王女、最近第一騎士団の団長に目を付けてるらしいな」
は? 目を付ける? それって、お気に入りっていう意味でしょうか。
「初耳ですが、第一騎士団ってカスピールに護衛で来ていましたよね?それでお近付きになったのかしら?ーーあ!もしかして、大腿四頭筋が素敵だった、馬に乗っていたあの方かしら!?」
アナベルは馬車から見た、太ももの筋肉を思い出した。
「アーナーベールー?お前は他の奴の筋肉に目を奪われ過ぎだ!もっとお前好みに鍛えるから、他の奴は見るな!!」
ふふっ、またヤキモチでしょうか。 グレイ様にヤキモチを焼かれるとなんだか気恥ずかしいですが、嬉しいです。
「大丈夫ですよ。私が触りたいのはグレイ様だけですもの。グレイ様だから触りたいと思うのです。あ、将軍は、グレイ様のお父様だから特別枠ということでお願いします」
「おい!途中までいい感じだったのに、勝手に特別枠を作るな。ったく」
「ふふふっ」
「はははは!仕方ねぇなぁ」
二人の明るい笑い声が、静かな練習場に響いていた。