5話 予期せぬ再会
翌日、第二王女マリアナとの面会の為、アナベルは王宮へと馬車を出した。
昨日泣きすぎて目が腫れてしまっているが、そんな勝手な理由で約束を断ることなんて出来ない。
腫れぼったい顔で現れたアナベルを、マリアナが驚いた顔で迎えた。
「まぁ、アナベル!その顔はどうしたの?」
「いえ、何でもありませんわ。お見苦しくて申し訳ございません」
謝罪するアナベルをじっと見つめていたマリアナだったが、しばらくすると申し訳なさそうに口を開いた。
「アナベル、ごめんなさい。最近ずっとあなたが落ち込んでいるのは、私のせいよね?私が筋肉と騎士団の練習場の話を皆さんに教えてしまったから……」
「いえ!謝られるようなことは、何もございませんわ。全ては私のせいなのです。自分が特別だなんて、勘違いをしていた私の……」
マリアナはアナベルにソファーを勧めると、彼女に語って聞かせた。
「あのね、アナベル。多分行き違いがあると思うのよ。あの娘達、『せっかく差し入れを持って行ったのに、召し上がって下さらないし、筋肉を触らせてももらえませんでしたわ』って怒っていたわよ?彼にとって、やっぱりあなたは特別なんじゃないかしら」
「そんなはずはないですわ。確かに彼女達は彼に触っていましたし、彼も拒絶していませんでしたもの」
思わず王女の言葉に言い返してしまった。 都合の良い方に解釈して、また自分が傷付くのは耐えられなかったのである。
「うーん、私はその場に居なかったから確かなことは言えないけれど、彼女達はもう練習場へは行っていないわよ?」
「え、そうなのですか?」
「あら、知らなかった?家族以外、観覧禁止の貼り紙が貼られたそうよ」
「家族以外禁止……」
練習場へ入れないーーもう二度と行くことはないと思っていたが、実際に入れないとわかると何故かショックだった。 これで本当にグレイとのつながりが切れてしまうと感じたからかもしれない。
アナベルが密かに落ち込んでいると、マリアナは面白そうに「でもね」と続けた。
「貼り紙が面白いのよ。家族(アナベル嬢を含む)って書いてあるんですって。あなたは特別なのね」
私が特別?
そんなはずないわ。 私達は、交換条件の為だけの関係だったのですし……。
「今さらどんな顔して行けば……」
「普通に行けばいいのよ」
「でも……」
煮え切らないアナベルに、マリアナが提案した。
「ではアナベル、次の公務にあなたも付いてきて!大丈夫、近いから五日くらいの旅よ。気分転換に良さそうでしょう?ね、一緒に行きましょう?」
王女の企みに気付かず、アナベルは彼女の公務に付き添うことが急遽決まったのだった。
アナベルは使用人と共に、荷造りに精を出していた。
何しろ旅行自体が久しぶりで、屋敷を泊まりがけで離れたことなど今まで数えるほどしかないのである。 しかも、家族以外と遠出など初めてで、何をどのくらい持っていけばいいのか見当もつかなかった。
五日くらいって王女様はおっしゃっていたし、着るものは最低限でいいわよね?
馬車での移動が長いなら、動きやすいワンピースを多めにして……。
アナベルなりに考え、荷物を厳選して詰め始めていたのだが、突如現れた母と侍女によって全て却下されてしまった。
「アナベル、あなたは王女の公務に付き添うのよ?伯爵令嬢として恥ずかしくない支度をせねばなりません。あちらではマリアナ王女を歓迎する夜会が開かれるでしょうし、ドレスやアクセサリー一式はもちろん必要です。王女とドレスの色が被った時に備えて、色違いで何セットか持参しないと」
母の言葉にアナベルは目を見開いた。
「ええっ!?そんなに持っていくのですか?私、そんなにドレスを持ってませんよ?」
自覚ありの引きこもり令嬢だったのだから、当然である。
「ふふっ、こんなこともあろうかと……」
母が合図をすると、大きな箱を持った使用人が何人も部屋に入ってきた。
一体 何が始まるのでしょう? この箱はいったい……。
不思議がるアナベルに、母が手元の箱を開いて見せた。
「アナベルが王女と親しくなった時から、いつか必要になると思って密かに準備をしていたのです。ほら、素敵なドレスでしょう?」
どうやら箱の中身は全部ドレスらしい。 母の読みに思わず感心してしまう。
「お母様、お気遣いありがとうございます。でもさすがに多くないですか?」
「何言っているの。これからも王都で夜会はあるし、全然足りないくらいよ。でも最近、アナベルがまた屋敷にこもっていたから、無駄になるかと心配してたのよ。早速着る機会が出来て良かったわ」
「お母様……」
こんなところでも心配をかけていたらしい。
夜会と聞くと、グレイとの出会いを思い出して二の足を踏んでしまうが、公務先なら会うこともないから大丈夫だろう。
アナベルは母の想いを無駄にせずに済んだことに安心した。
母は満足して戻っていったが、アナベルの部屋は一転して大変なことになっていた。
なんでこんなに物が溢れてしまったのかしら。 もう何が何やら、どこから手を付ければいいの?三日後に出発なのに、これで間に合うのかしら。
決して狭くはないはずのアナベルの部屋は、複数の侍女と、これから詰める予定の荷物で一杯だった。
そんな時、更に執事が部屋に駆け込んできた。
「お嬢様、お客様がおみえです!!」
お客様?私に?
はっきり言って、心当たりが全くないわ。 しかも約束もなしにこんな忙しい時に突然なんて。
「一体どなたなの?何かの間違いではなくて?」
思わず執事の勘違いかと疑ってしまった。
そのくらい、アナベルには急に訪ねてくる可能性のある知人なんて居なかったのである。
「いや、合ってる。俺はアナベルに会いに来たんだから」
執事の後ろから低い男性の声が聞こえ、アナベルはその聞き覚えのある声に思わず息を呑んだ。
え?まさか、この声って。聞き間違えるはずはないけれど、彼がこんなところに居るはずがないし……。
扉の影から急に現れた大柄な男性に、アナベルも侍女達もその場で立ち尽くした。
「グレイ様!!」
グレイは大量の衣類に溢れたアナベルの部屋を見渡すと、「やっぱり本当なのか」と呟いた。 そして悲しそうな表情を浮かべると、絞り出すように言った。
「行くな……」
「え?」
「アナベルが遠くに行くなんて耐えられない。考え直してくれ!」
グレイがひどく辛そうに言い募る様子に、アナベルは動揺を隠せない。
え?え? グレイ様は一体何をおっしゃっているのかしら?
二人にとって久しぶりの再会は、何かが食い違っていた。