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4話 気付いた本当の想い

 今日もアナベルは騎士団の練習場を訪れていた。


「あら?今日は観覧の方が随分と多いですね」


 中へ足を踏み入れたアナベルはいつもと違う雰囲気に驚き、思わず呟いた。


 今日は特別な練習でもある日なのでしょうか? みなさん、差し入れのような荷物を持っていらっしゃいます。


 グレイを探すと、遠くの方で若い令嬢に囲まれている姿が目に入った。


 あら、珍しい……というか、初めて見ましたね。 背が高いので顔は見えますが、せっかくの体がご令嬢達で隠れて全然見えません。


 邪魔はしたくないが、このまま待っていても状況が変わらなさそうだと判断したアナベルは、グレイに近付くことに決めた。

 グレイと女性達がよく見える距離まで近付くと、アナベルはその光景にショックを受けてしまった。 女性達がはしゃぎながら、グレイの体を遠慮なく触っているのである。


「きゃー、この腕!逞しくてステキ!!」

「胸もすごいですわ!厚みがこんなに!!」

「マリアナ様がおっしゃる通り、筋肉って素晴らしいのね。今まで気付かなかったわ」

「この筋肉はなんていう名前なのかしら?」


 令嬢達の発言でアナベルは悟った。 王女が彼女達に、筋肉の素晴らしさについて語ったのだと。 そして、そもそもそれはアナベルが王女に教えたことであり、どうやらこの事態を招いたのがアナベル自身だということも。

 しかし自業自得だと思いつつも、アナベルは王女を恨んでしまった。


 なんで彼女達に教えてしまったの? あの娘達もあの娘達よ、今までまるで興味がなかったくせに……。来るなら筋肉くらい勉強してから来るべきでしょう? あんな遠慮もなく触るなんて、はしたないわ。

 グレイ様ももっと嫌がってみせたらいいのに。 グレイ様の筋肉は私専用だったのに!!


 黒い気持ちに支配され、心の中で人々を罵ってしまったが、冷静に判断出来る理性もアナベルにはまだ残っていた。


 きっとこれが、嫉妬というものなのね。 私、自分が少しだけ先に筋肉の魅力に気付いたからって、あの娘達より優位な立場だと思い込んで……。 グレイ様の素晴らしさに気付いているのは私だけ、触れていいのも私だけだなんて調子に乗っていたんだわ。


『グレイ様に触らないで!!』


 アナベルの心は悲鳴をあげていたが、そんなことを言える権利がないことは重々承知していた。 自分は、差し入れとの交換条件で触らせてもらっていたに過ぎないのだから。

 将軍のご子息で騎士として立派に働いているグレイ様と、地味で一介の伯爵令嬢の私。

 とても楽しかったけれど、そもそも一緒にいること自体がおかしかったのよね。 悲しいけれど、全然釣り合っていないわ。 ああいう華やかなご令嬢こそ、彼にはふさわしい。


 せっかく自らの独占欲と、育ち始めていた恋心に気付いたアナベルだったが、劣等感が邪魔をしてその気持ちに蓋をしてしまった。

 その場をそっと離れると、アナベルはグレイに気付かれないように、帰りの馬車に乗り込んだのだった。



◆◆◆



 グレイがご令嬢達に囲まれているのを見て以来、アナベルは練習場へ行くのをやめた。 また同じ光景を目にするのが、怖くなったのである。

 一週間に一度ほど王宮へ出向く以外は、再び屋敷にこもるようになった。


 あんなに楽しそうに差し入れを作っては出かけていたのを見ていた家族は、突然の変わりようを心配していた。

 尋ねても、「何でもない」と返ってくるだけなのだが、とても何でもない風には見えない。 少しでも元気付けようといつもより構っていたら、家族に気を遣わせていると感じたアナベルは、かえって自分の部屋に閉じこもるようになってしまった。


 そうして練習場へ行かなくなって三週間が過ぎた。

 グレイとも、もう三週間以上顔を合わせていない。


 部屋で一人で居ても、グレイと過ごした時間ばかりを思い出してしまう。

 楽しかったと思うと同時に、もうあの時間は二度と戻ってこないと思ったら、悲しくて涙が溢れて止まらなかった。


 アナベルは、蓋をしていた自分の気持ちと向き合う決心をした。


 私にこんな独占欲があったなんて。

 グレイ様と出会ってから、きっと私は変わったんだわ。 でもグレイ様は私を変えたけれど、グレイ様にとってはすぐに忘れてしまえる出来事なのでしょうね。

 『筋肉を触りたがる変な令嬢がいたな』と、たまには思い出してくれるかしら?

 いいえ、あれだけ触っているご令嬢が他にたくさんいるのだから、私のことなんてすでに覚えてはいないのかも……。


 今までに触らせてもらった、数々の筋肉を思い出す。


 いつも『何がそんなに楽しいんだ?』って笑っていらっしゃったわ。 でも、私は本当に楽しかったのです。

 

 驚きながら筋肉に触るアナベルを、面白がっている表情を見るのが好きだった。 差し入れを美味しそうに食べ、次に食べたいものを考えている顔も好きだった。 他の騎士の筋肉を盗み見しているのがバレた時の、拗ねた顔も……。

 

 ああ、私は筋肉だけじゃなく、グレイ様が好きだったのね。 グレイ様の筋肉だから触りたかったんだわ。 だって、グレイ様の代わりに他の方の身体を触りたいなんて少しも思わないもの。 触れたいのはグレイ様だけ…… 。

 

 アナベルは自分の気持ちにようやく気が付いた。


 でももう遅いわ。 何もかも、もう終わってしまったことなのよ……。


 アナベルは泣きながら、いつしか眠ってしまった。



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