番外編 王女と細マッチョ
調子に乗って書いてしまいました。
よろしくお願いいたします。
ノマリエラ王国第二王女のマリアナには、最近新しい話し相手ができた。
レスター伯爵家の娘、アナベルである。
アナベルとは夜会で初めて顔を合わせたのだが、その際はごく普通の女の子に見えた。
初めての夜会で緊張をしていたのかもしれないが、大人しく真面目そうな令嬢という、可もなく不可もないありふれた印象にすぎなかったのだ。
ただ、今まで親しくしてきた友人は皆、流行りに敏感で噂話が大好きな者ばかりだった為、そういった浮ついた雰囲気を感じさせない点は好感を持てると思っていた。
そんな、良く言えば真面目、悪く言えば堅苦しいアナベルの印象が一変したのは、二度目に城に招いた時だった。
マリアナは知ってしまったのである。
アナベルがマッチョにハマっているということを――
◆◆◆
それはありきたりな会話のはずだった……途中までは。
マリアナはあくまで会話の流れで、何の気なしに訊いてみただけだった。
「ねえ、アナベル。あなたの趣味がお勉強や読書だということは知っているけれど、他に興味があることはないの? 例えばドレスとか、お菓子とか……」
「興味ですか……。あの、実は最近とても心を奪われているものがありまして」
「まあ!」
「寝ても覚めてもそのことばかりを考えてしまうのです」
「とても気になるわ! そんなにアナベルの関心を引くものって一体なんなのかしら?」
「それは……」
「それは?」
「筋肉ですわ! 私、騎士様の筋肉にぞっこんなのです!!」
「え? 筋肉?」
キラキラと夏の青空のような瞳を輝かせ、うっとりとした表情で宙を見つめるアナベル。
筋肉を思い浮かべているのだろうか。
一方、一人取り残されたマリアナは戸惑いしかなかった。
筋肉?
筋肉って、あの筋肉よね?
騎士なら生まれた時から見慣れた存在だけれど、彼らに心を奪われる要素なんてあったかしら?
詳しく聞いていくと、アナベルが筋肉に興味を持ったのは先日の夜会がきっかけだったという。
マリアナがアナベルと出会ったあの夜会である。
つまり、あの日大人しいと思ったアナベルの反応は、筋肉に気を取られていたせいでもあったらしい。
……そんな馬鹿な。
アナベルのイメージがガラガラと崩れていく気がした。
「ええと、騎士なら王宮にもたくさんいるけれど、特に気にしたことはなかったわ」
「それは勿体ないですわ! 筋肉とは人体の神秘なのです!」
興奮したアナベルが、鍛え上げられ、ムッチリとした筋肉の厚さ、硬さについて語り始めた。
こんなにテンションが高く、口数多いアナベルを初めて見たマリアナは、思わず呆気に取られてしまったが、アナベルの筋肉への称賛は止まらない。
何でも、最近親しくなった騎士の筋肉を触らせてもらっているのだとか。
予想もしていなかった伯爵令嬢の突飛な行動に、聞いているマリアナもだんだん楽しくなってきてしまった。
「まぁ! 筋肉とはアナベルがそんなに感動するほど魅力があるものなの?」
「そうなのです! 私も以前まで知らなかったですし、ご令嬢の多くが気付いてはおりませんが、それはもう素晴らしい芸術なのです!!」
勉強家のアナベルがここまで言うのだ。
筋肉とはきっと素敵なものに違いない。
すっかり感化されたマリアナは、その日から騎士を注意深く観察するようになったのだった。
◆◆◆
「お父様、ちょっと失礼しますわね。あ、お兄様もそのまま立っていてくださる?」
観察するだけでは満足出来なくなったマリアナは、執務室を訪れ、手っ取り早く家族の筋肉から触ってみることにした。
――と言っても、相手はこの国の国王と王太子。
マッチョには程遠い体型で、国王に至ってはお腹がぷよぷよしている。
失敗したわね。
やっぱり『これじゃない感』がすごいもの。
こんな回りくどいことをせずに、さっさと騎士に頼むべきだったわ。
「ありがとうございました。もうよろしいですわ。それではごきげんよう」
肩や腕、胸やお腹を突然触られた父と兄は、わけのわからないままマリアナの後姿を見送るしかなかった。
さて、どの騎士に触らせてもらおうかしら?
アナベルは自分の好みの騎士を見つけたと言っていたわよね。
私も触るなら一流の騎士の、一流の筋肉がいいわ。
そこで、マリアナはちょうど視界に入った騎士を呼び止めた。
近衛騎士として父である国王を護衛する機会が多く、自分に付いてくれることもある為、子供の時からよく知っている第一騎士団の団長、ジークフリートである。
背が高くてイケメンなのだが、まだ若いのにいつもしかつめらしい顔をしている。
そんな彼に、無理難題を言うのがマリアナは昔から好きだった。
「ねえ、ジークフリート。少しお願いがあるのよ」
「……マリアナ様、なんでしょうか」
二十六歳という若さで騎士団長に任じられているジークフリートは、白い騎士服をキッチリと着こなし、隙のない雰囲気で国王の執務室前の廊下に立っていた。
マリアナが声をかけたら、一瞬戸惑ったような間が空いたことには気づかないふりをする。
「あなたもお仕事中だろうから、邪魔はしないわ。ちょっとそのまま立っていてちょうだい」
「は?」
怪訝そうなジークフリートを無視し、マリアナは無遠慮に彼の上半身をペタペタと触っていく。
「なるほどね! 確かにお父様たちとは全然違うわ。ふんふん、これはなかなか癖になる触り心地かもしれないわね」
「マ、マリアナ様! 王女ともあろうお方が、突然男の体をまさぐるのはいかがなものかと思います!」
見れば、いつも澄ました顔をしているジークフリートが頬を赤らめて慌てている。
これは面白い。
「あら、まさぐるなんて失礼ね。少し触っただけじゃないの。マッチョがどういうものか気になっただけよ」
「マッチョ? 恐れながら、我が第一騎士団はどちらかと言うと細マッチョに属する者が多いかと思われます。近衛という立場から、鍛えすぎてご婦人に不快な思いをさせてはいけませんので」
「あら、そんなことを思う者がいるの? でも、あなたみたいな細マッチョ? 私、気に入ったわ」
「は? 気に入る?」
「ええ。これからはもっと触らせてもらうからよろしくね」
一方的に言ってご機嫌に立ち去る王女に、普段は団長として動じることのないジークフリートが、凛々しい眉を下げていたことには誰も気付かなかった。
アナベルの言った通りだったわね。
筋肉って興味深いし、細マッチョは私好みだわ。
でも、一番心を惹かれたのは筋肉よりもジークフリートの反応かもしれないわね。
恥ずかしそうな彼に、なんだか胸がキュンとしてしまったもの。
……あら?
これって恋なのかしら!?
こうしてアナベルの影響を受けたマリアナは、ジークフリートに狙いを定め、ガンガン攻めていくのだった。
――マリアナが思いを成就させ、騎士の妻となるのはもう少し未来のこと。
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