1話 騎士との遭遇
なろう初投稿です。
ゆるい話ですが、よろしくお願いいたします。
文官貴族の娘アナベルは、信じられないものを目にして動揺していた。
「お兄様、あちらは騎士様ですよね?騎士様って、随分と着膨れしているものなのですね。あれで動けるのかしら?」
「ん?着膨れ?彼らは着膨れなどしていないよ。夜会の警備だから景観を損なわないようにほぼ装備も最低限じゃないか」
「え?だって、あんなに体が大きく厚く膨れていますのよ?服の中に詰め物でもなさってますよね?防寒対策かしら……」
「ぷっ、あれは体を鍛えているからだよ。詰め物じゃなく、自前の筋肉さ。アナベルは騎士を見るのは初めてだったんだね。うちの家系にはいない体格だからなぁ」
なんですって!? あれは着込んでいる訳ではなく、そういう体型だとおっしゃる?
……なんてこと! 今までたくさんお勉強をしてきましたが、そちらの分野は些か勉強不足だったようです。
あぁーーー、あの厚い胸に触ってみたいです!! 抱きついたらボヨンと跳ね返るような弾力があるのかしら?それとも、硬いとか? 気になりますーーーっ! 腕も太もももあんなに太くて……。男性にこんなに心を惹かれるなんて、生まれて初めての経験です。
「アナベル、もう行くよ?そんなに騎士が気になるのかい?」
それはもちろん気になりますとも!! 未知との遭遇です。
アナベルは、城の前で警護をする騎士を見て、いまだかつてないほどの衝撃を受けていた。
この瞬間から、アナベルのマッチョ好きは始まったのである。
◆◆◆
アナベル・レスターは、16歳の伯爵令嬢だ。 父、母、兄と共に、王都の屋敷で暮らしている。 父は国の戸籍係、兄は税務係として働いているが、もともとレスター家は代々文官の家柄であり、親類、縁者も文官に就くものばかりであった。
小さい頃からアナベルの周囲には、背は高くてもヒョロっとしていたり、はたまた太ってお腹が出ていたり、あるいは背も体格も標準的な男性しか居なかった。 父も兄も平均的な体型だったが、いつしかアナベルはそれが当たり前だと思っていた。 文官の彼らは、体を鍛える必要もなければ、鍛えようなどと思ったこともなかったのである。
文官は文官の家同士の交流が多く、必然的に子供同士の結婚の機会も増えていく。
気付けばアナベルのまわりには、使用人以外全て文官の男性しか居なかった。 世の中には武官もおり、騎士という職業があることは、小説や、国について勉強した際の知識としてもちろん知ってはいたが、生まれてこのかたアナベルは騎士を目にする機会がなかった。 これは、アナベルが屋敷に引きこもりがちだったからに他ならない。 引っ込み思案な性格もあるが、一応令嬢である為、気軽に外出が出来なかったのと、アナベルが学ぶ事が好きで、ひたすら家で勉強ばかりしていたからである。
16まで主に屋敷で大人しく勉強をして過ごしてきたアナベルだったが、この度、王宮での夜会に初めて招かれた。 第二王女のマリアナがアナベルと年が近く、優秀だと噂のアナベルに王女の話し相手になってほしいと白羽の矢が立ったのだ。
王女との顔合わせとして夜会への招待を受けたアナベルは、初めての王宮へと出かけ、運命の出会いを果たすことになる。
◆◆◆
今から数分前、夜会用のドレスに身を包んだアナベルは、エスコート役の兄の手を取り馬車から降りたった。
「これが王宮……。なんて大きいのかしら。それにすごい人の数だわ」
「あはは。アナベルはあまり外に出たことがないからね。さぁ、入ろう」
入り口に向かって歩いていくと、なんだかいかつい体格で、怖い顔をした人達が立っているのが見えた。
まぁ!着飾った方々の中で浮いているけれど、あの方々がもしや騎士様では? 微動だにしないし、ちょっと怖いです。
更に近付くと、思ってた以上に体が大きい。 こんな男性をかつて見たことがなかったアナベルは、兄に訊いてみることにした。
「お兄様、あちらは騎士様ですよね?騎士様って、随分と着膨れするものなのですね。あれで動けるのかしら?」
返ってきた返事は、アナベルの想像と全く違うものだった。
筋肉? あの膨らみが全部筋肉ですって!?人体の神秘だわ!
兄に急かされ、夜会の会場に足を踏み入れてからも、アナベルの頭の中はずっと騎士の筋肉のことで一杯だった。
あそこにも騎士様が。 さっきの騎士様ほどではないけれど、あのムッチリがたまりませんね。
最初の騎士を見て以来、アナベルの目には騎士しか入ってこなかった。 夜会のきらびやかさなど、もはやどうでもいい。 ひたすら警護の騎士を見やっては、どの騎士の体型が一番好みか、密かに順番を付けていた。 おかげで声をかけてくるどこぞの普通体型の令息には興味が湧かず、せっかくのダンスの誘いも全て断ってしまっていた。
薄々、妹のおかしな行動に気付き始めた兄は、王女との対面を済ませ、早めに切り上げて帰ろうとしたのだが、運悪く同僚達に捕まってしまった。
「アナベル、僕は少しだけ席を外すが、くれぐれも勝手に動いてはいけないよ?」
「わかってますわ、お兄様。私はここにおりますから、ゆっくりしてらして?」
にっこりと笑顔で送り出すアナベルに不安そうな表情をしながら、兄は同僚と去っていった。
チャンス到来! この機会を逃せません!!
アナベルは早速、ナンバーワン騎士(筋肉)を探し始めることにした。
うん、会場にいらっしゃる騎士様は、あらかたチェックが終わってしまいました。 次は廊下ですね!
アナベルはあっさりと兄との約束を破り、意気揚々と廊下へ移動を開始した。 引っ込み思案の性格はどこへやら。 今のアナベルは、一番好みの筋肉を持つ騎士を探し、こっそり眺める為にまっしぐらである。
化粧直しに向かう素振りで、アナベルは廊下をどんどん進んでいく。 一定の間隔で配置されている騎士をチラッと横目で観察しつつ、好みの体型を探すのだ。 こんな目的で廊下を歩いている令嬢など、アナベル以外にはいないだろう。
うーん、皆素敵ですけれど、顔が怖いのよね。 警護だから当然なんでしょうけど。 でもこれではお近づきにはなれなさそうだわ。
だんだん筋肉に見慣れてきたアナベルは、顔まで観察する余裕が出来てきた。 そこで、ある計画を立ててみた。
こっそり眺めるだけではやはりもの足りず、筋肉に触ってみたい欲求にかられて立てた計画ーー。 ズバリ、『触らせてくれそうな優しい騎士様、お願い、ちょっと筋肉触らせて』計画である。
ハッキリ言って、頭がおかしい。 しかし、アナベルは本気だった。
出来ればナンバーワン騎士様の筋肉を触りたかったですけれど、贅沢は言いません。 この際、触らせてくれるならどの騎士様でもいいです! どうか私に筋肉を!!
いくらアナベルでも、さすがに初対面の騎士に対して、いきなり『筋肉を触らせてほしい』とは頼みづらい。 ここは親しみやすい、押しに弱そうな騎士を見つけ、友達になり、いつか触らせてもらうのが得策だと考えた。 しかし警護中の彼らの中に、気安く話しかけられそうな雰囲気の騎士などいない。
これは無理かもしれません……。
諦めて会場に戻ろうと、トボトボと戻り始めた時、背後から声をかけられた。
「ハンカチを落としましたよ」
え?私?
振り返ると、確かにアナベルのハンカチが目に入った。
「ご親切にありがとーー」
そこでアナベルの声は途切れた。 ハンカチを差し出しているのが騎士だったからである。
騎士様だわ! こんな近くに騎士様が! しかも、少しだけど微笑んでいらっしゃるわ。
アナベルは感動で言葉が続かなかっただけなのだが、騎士はアナベルが怖がっていると勘違いをしたらしい。 慌てて言った。
「突然話しかけて申し訳ない。怖がらせるつもりはない。ハンカチを受け取ってくれれば、すぐに立ち去ろう」
「そんなの駄目です!!」
我に返ったアナベルがすかさず言い放つ。
よく見れば、なんて素敵な体の厚みと肩幅の広さなのかしら。 ハンカチを差し出す腕も、力強くてセクシーだわ。 顔も、怖いのに精一杯微笑んでいる感じが好感が持てるし……。
「は?駄目?」
「そうですわ!せっかく怖くない騎士様が現れたのですもの!逃がしませんわ」
「えーと、騎士に何か用があったのか?迷惑な客が居たとか」
「いいえ、私の個人的な興味ですわ」
「興味?騎士に興味があるのか?」
「騎士様にももちろん興味はありますけれど、一番気になるのは筋肉ですわ!」
「は?」
「私、筋肉に触れてみたいのです!」
初めて騎士と言葉を交わし、すっかりテンションが上がったアナベルは、気付けば爆弾発言をぶっ放していた。
「筋肉?」
目の前の騎士が、怪訝な顔をしている。
ハッ、やってしまいました! つい興奮して、本音が駄々漏れました。 これでは騎士様がドン引きじゃないですか。
アナベルは、さっきまでは『友達になって、いつか触らせてもらおう』という、長期計画でいく予定だった。 しかし、思わぬところで好みの騎士が現れ、思わず欲望のまま突っ走ってしまったのである。
これでは変態令嬢だと思われてしまう。
いや、実際そうなのだが。
騎士が黙り込んでしまい、これはまずいと焦ったアナベルは、慌てて補足した。
「違うのです!いえ、違くもないのですが……。私、今日初めて騎士様を見て、詰め物で膨れているのかと思ったら、それが筋肉だと教えられて。筋肉ってすごいなー、触りたいなーって……思って……」
アナベルは、補足という名の言い訳をしていたが、途中で気付いてしまった。
これでは全く弁解になっていません。 変な女のままです! これ以上どう誤解を解くべきやら……と思っていたら。
「ククッ、クククッ、あはははははは!!」
突然騎士が笑い始めた。
「あんた、変な女だな。俺を怖がってるのかと思ったら、筋肉って。服の中に詰めてる訳ないだろーが。ククッ」
目の前で笑われ、アナベルは彼のその表情から目が離せなくなった。
騎士様が笑ってます。 なんて素敵な笑顔なのかしら? 私、触れるならこの方の筋肉がいいです!
「アナベルー」
遠くで探している兄の声がした。
いけない、会場にいる約束をしてたんでした。 戻らないと。
「あの、ハンカチをありがとうございました。兄が探しているので」
「アナベルってお前の名前か?」
「はい、アナベル・レスターと申します」
「俺はグレイだ。アナベル、俺の筋肉を触らせてやらないこともないが?」
「え!本当ですか!?」
まさかの申し出に、アナベルは目を見開いた。
本当に? 本当に触らせてくれるのかしら? 言ってみるものですね。
前のめりに尋ねてくるアナベルに、更に笑いながらグレイが言った。
「ああ。騎士団の練習に差し入れを持って見にくるんだったら、触らせてやってもいいぞ」
「行きます!差し入れ持って行きますから!!」
「クッ、そんな必死に言うなよ。本当に面白いヤツだな」
その時、兄がアナベルに気付き、駆け寄ってきた。
「アナベル!こんなところにいたのか。探したよ」
「ごめんなさい、お兄様。ちょっとお化粧直しに」
『騎士様ウォッチング』をしていただけなのだが、またもやしれっと嘘をつくアナベル。
グレイはプッと吹き出すと、「じゃあな、アナベル」と告げ、兄に礼をすると持ち場へと戻っていった。
「彼は?何かあったのかい?」
心配そうに兄がアナベルを覗き込むが、手にしたままだったハンカチを見せながら兄に答える。
「ハンカチを拾っていただいただけですわ。さぁ、屋敷に帰りましょう」
目的を果たしたアナベルに、いつまでも会場に残る意味などなかった。
差し入れ、何にしましょう? 鍛練の様子が見られるなんて、最高ではないですか! 早速明日、お邪魔することにしましょう。
しかしこの夜、アナベルは興奮して熱を出し、しばらく外出禁止を言い渡されたのだった。
お読みいただきありがとうございました。