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残香〜影を弔う人々

影の残香を弔う人

作者: ポン酢

「おじさん、何してるの??」


そう聞くとその人はこちらに目を向け、苦笑いした。

お葬式の人みたいに真っ黒な格好をしている。


「おじさんとは酷いな、お兄さんと呼んで欲しいな〜。」


「どっちでもいいよ。それより、何してるの??」


どっちでもいいと言うと、そりゃ君にとったらどっちでもいいだろうけとさぁ〜と苦々しく顔を顰めた。

その人は、お向かいの加藤さんちの庭の中であちこちをハタキのような物で叩きながら、広げた紙の上に何かを採取していた。

変な事をしているから、さっきまで2階の窓から眺めていたのだ。


紙の上に集められた何かは、慎重に瓶の様な物の中に詰められていく。


黒い服。

真っ白い手袋。

変なハタキみたいので紙の上に集められた何か。

それが慎重に詰められていく瓶。


それがとても興味を引き、何を集めているのか知りたくて階段を駆け下りて飛び出してきたという訳だ。

その人は困ったように首を曲げて唸った。


「う〜ん?子供はお喋りだからなぁ〜。」


「言わない!絶対無理誰にも言わないから!!」


ふんすとばかりに気合を入れてその人を見上げると、少しだけ笑って頭を撫でられた。

俺もこれぐらいの時だもんなぁ、先代に会ったの……とか呟いた。


「……見えるか?これ?」


その人は腰に巻かれた作業ベルトから瓶を取り出すと、目の前で見せてくれた。

はじめはよく見えなかったが、少し近づいたり離れたりしているうちに、何だか黒っぽいモヤのようなモノが見えた。


「………………ホコリ??」


「どんな?」


「黒いの。黒くてモヤモヤしてる。」


「…へぇ、見えてんだ、お前。」


その人はそう言うと、しゃがんで視線の高さを合わせると、ニッと笑った。

そしてグリグリと頭を撫でてくる。


「痛い!痛いから!!」


「あぁ、悪い悪い。」


そう言うとその人は加藤さんちの縁台に勝手に座った。

加藤さんちの人じゃないのに、と少し不信感を持つ。


「……加藤さん、留守なのに勝手に座ったらいけないんだぞ。」


「その加藤さんに頼まれて来たんだよ。」


「……何しに?」


「これを集めにさ。」


そう言ってさっきの瓶を見せてくる。

黒いモヤモヤを集めてどうするんだろう??

その瓶に収まった何かに引きつけられ、その人の隣に座った。


「これは何??」


「ん〜??何だろなぁ??先代は残香って呼んでた。」


「ザンコウ??」


「そ、残り香の事だよ。」


「残り香??」


その人は困ったように笑った。

その顔はどこが淋しげだった。


「……嗅いでみるか?」


「え?!これを?!」


「あぁ。ここで採取されたヤツは別に危ないもんじゃないからな。それに……。」


ここで採取したらしい瓶を光りにかざし、その人は見比べている。

何が違うのかよくわからないがその中の一つを選び出し、そして笑った。


「お前が嗅ぐことで、いい弔いになりそうだしな。」


何を言われているのかわからなかった。

とむらいって何だろう??

渡されるまま、その瓶を手に取る。

黒いモヤは煙のように瓶の中で揺らめいていた。


「で?嗅いでみるのか??」


「臭い??」


「う〜ん?どうだろう??モノによるからなぁ??とりあえず、この瓶に入っているのは危なくないって事は言える。」


臭いか聞いたのに、危なくないって返事はおかしいと思う。

でも、瓶の中でゆらゆら揺れるそれを見ていると、好奇心の方が勝ってしまった。


「……嗅ぐ。」


「わかった。……ゆっくり味わうように吸い込むんだぞ??」


そう言ってその人は瓶につけられた紙の封を切って、顔の前で蓋を開けた。

それをゆっくり深呼吸するように吸い込んだ。


うっすらと、焦げ臭い。


これ、花火の匂いだ……。

そう思ったら、パチパチと暗がりの中に手持ち花火の光が弾けた。

笑い声を上げながら、花火を持って走り回る子供……。


子供……?

違う、自分だ。

家の前で花火をしてるんだ。

火薬の匂い。

弾ける光。

笑い声。


そして何とも言えないぽっと胸が暖かくなる感覚。

ふふっと笑ってしまう様な気持ち。


「…………え??」


それは一瞬だった。

一瞬だったけど、確かに見た。

確かに感じたんだ。

夏の花火の匂いを。


そしてその後、ぎゅうっと胸が縮こまり、ぼろぼろと涙が止まらなかった。

とめどなく溢れる涙。


そして何故かわかった。

これはお向かいの加藤さんの記憶だって。

加藤さんが何でもない夏の日に、花火をしているのを見て思わず笑った記憶だ。


「……加藤さん……加藤さん、もしかして死んじゃったの……??」


それが加藤さんの記憶だとわかった時、加藤さんはもう、この世にはいないんだと何故かわかった。

その人は少し寂しそうに笑って頷いた。


そうだ。

加藤さんちの雨戸はもうずっと閉まっていた。

入院したんだとお母さんが言っていた。

お父さんともうお年だから帰って来られないかもねと話していた。


加藤さん、死んじゃったんだ……。


それがわかって、ぼろぼろぼろぼろと涙が溢れる。

別に仲が良かったわけじゃない。

でも会うと挨拶したし、いつも笑顔で返してくれた。


「……ありがとな、いい弔いになったよ。」


その人はそう言って優しく頭をなでてくれた。




結局、その瓶と中身が何かはよくわからなかった。

ただ別れ際、その人はジュースを1本買ってくれて、それと一緒に小さな紙切れを渡してくれた。


「いいか?もし、どこかでこの瓶の中のモヤみたいのを見ても、絶対に近づくなよ?今日、お前が嗅いだのは危険のないものだったけれど、このモヤは危ないものの方が多いんだ。」


しゃがんで視線を合わせ、その人は真剣に言った。

その言葉に黙って頷く。


「それでも、そのモヤの事で何か困った事が起きたら、ここに電話するんだ。多分、俺が出るから。一人で何とかしようなんて思うな。これは本来、とても危険で怖いものなんだから……。」












あれから何年たっただろう。


そして今、問題なのは「瓶の中の黒いモヤ」ではなく、部屋の隅にたまる埃だ。

あちこちハタキをかけながら、あまりの埃に噎せ込む。


「……寒みぃ……。」


「窓閉めようとしないでください!体を動かしてれば暖かくなります!!ほら!さっさと動いて!!」


叱咤する先にはあの時のおじさんがいる。

そりゃもう、お兄さんと呼べとは言えない立派なおじさんだ。

おじさんの癖に口を尖らせ、子供みたいにブーブー文句を言っている。

誰の事務所を掃除してると思ってんだ!このオッサンは!!

キッと睨みつけると、渋々雑巾をすすごうとバケツに手を入れ叫び声を上げる。


「冷たい!!せめてお湯で掃除しようよ!!」


「どうせ冷めて冷たくなりますよ!!いいからちゃっちゃと動く!!」


「鬼〜!!」


「誰の事務所を掃除してると思ってるんですかぁ〜!!」


ブチギレて怒鳴ると、渋々冷たい水に手を突っ込んだ。

本当このオッサンは……。


「……ていうか、騙された〜。」


「何がですか?!」


「だって!男の子だと思ってたのに!!」


まぁ、あの頃はボーイッシュ通り越して男の子にしか見えなかったからね。

少しだけおじさんに同情するけれど、気に入らない。


「何です?!普通、男の子だと思ってたら女の子だったなんて喜ばれる展開だと思うんですけど?!しかも女子高生ですよ?!普通、喜びません!?」


「こんな姑みたいな女子高生嫌だ〜!!」


言うに事欠いて、姑とか失礼極まりないんですけど?!


あの後、色々あっておじさんに私は連絡する事になった。

そして残香が見える私は、おじさんのところでアルバイトをする事になったのだ。

それは私自身の為でもある。

見えると言うのは、案外不便なものなのだ。


残香。


それは亡くなった人の影の残り香。

そしてここは供養する為にそれを集める。

基本的には瓶に納めて、お寺や神社や教会などに納める。

でもモノによっては別の形で供養する。

あの時、私が加藤さんの残香を嗅いで供養したみたいな方法は稀な事だ。

基本的には危険で怖いものだから。


それでも私が残香と向き合おうと思えたのは、あの日の花火の匂いが心に残っているからだ。

加藤さんの優しい残香。

それがあるから、これを弔う事の意味を知っている。


「……おじさん!!サボろうとしないでください!!」


「ちょっと休もうよ〜。手が冷たいよ〜。」


目を離せばサボろうとするなんて、どうしようもないおじさんだ。

私は大きくため息をつく。


「これが憧れてた影の残香の弔い人だなんて……。ショック。」


あの日の事は今でも脳裏に焼き付いている。


黒い服。

真っ白い手袋。

変なハタキみたいので紙の上に集められた何か。

それが慎重に詰められていく瓶。


その謎めいた何かは今でも私を惹きつける。

思わず2階から階段を駆け下りて、表に飛び出してしまうほどに。


ただ、事務所にいるおじさんは、本当、ただのおじさんだけれどもね。

そんな事を思い、はぁとまたため息をつくのだった。

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