4.王様の呼び出し
リリアナと出会ってから10日がたった。マネージャー兼護衛の仕事も徐々にわかってきた。
あの急に参加させられた当番制魔獣退治もあれから2回やらされている。ほぼ後方待機だが…。
マネージャーの仕事はリリアナが行く現場についていって、言われた通りの雑用をするだけでいい。雑用は得意だから困ることがない。
護衛の方は・・・思ったとおり必要なかった。
この間ファンの男がリリアナに両手を広げて飛びかかった。
俺は少し反応が遅れてしまった、男はリリアナの素敵なおみ足に蹴られ再起不能となった。
逆に男を心配してしまったよ。
アイドルが暴力沙汰はいいのか心配で聞いてみたら、この国にはアイドル保護条例があるらしい。
アイドルに手を出したら何をされても仕方ないと、なんとも曖昧な条例が。
この国のアイドルは一度日本でアイドルを見るのが条件だそうだ。そうすると行き来できるアイドルはSS級は倒せると言うことになる。
そんな相手に手を出すなんて・・・
どの世界にも熱狂的なファンがいるんだな。
リリアナは忙しい仕事の合間に俺の特訓もしてくれる。
まずは基礎体力を向上させなければならないと言われ、基本の持久力の為に毎朝ランニングをしている。
今日は夜のライブだけなので、朝のランニングに付き合ってくれていた。リリアナのライブを見るのは途中で倒れて以来だから楽しみだ。
もう一時間ぶっとうしで、俺の前をリリアナは走っている。俺は魔力も強化する為に身体強化をかけているけど、そろそろ限界だった。
前を走る小さなお尻は疲れることをしらない。なんせ魔王でアイドルですから。
バテていて思考回路がおかしくなっていたのだろう。ずっと気になることを聞いてみた。
「リリアナ、お尻から生えてる黒くて細いのは何?」
リリアナはポニーテールをして、パーカーに足が素晴らしく見えるショートパンツの動きやすい服装をしている。
そのちょっと長めのパーカーから出ているものが気になっていた。先っぽがとがっているものは、俺の見解が正しければ・・・。
それは走りながら左右に揺れている。
始めはふれてはいけないものだと思って聞くことを諦めていた。
だが一時間ずっと見ていたら、気になり過ぎて聞いてみた。もう一度言おう。俺は疲れて思考回路がおかしくなっていたのだ。
「ん、これは尻尾だ」
やっぱり。
会話をするのにリリアナはスピードを落としてくれた。
「いつもはないよな」
「ああ、隠してるからな」
結構長いが隠せるものなのか。
ジーと見つめる。しつこいようだがこの時の俺は疲れて思考回路がおかしくなっていたのだ!
俺は手を伸ばし、その尻尾を掴んでみた。
「きゃぁぁぁえっちぃぃぃぃ」
次の瞬間5メートル後ろの木に吹き飛ばされていた。
「ぐぅおぉ」
素敵なおみ足に腹を蹴られて。
自業自得だが・・・
身体強化をしていてよかった。もう少しで魔力も切れそうだったけど。あぶなかった。
腹を押さえながら、顔を上に上げると目の前に腕を組んでいるリリアナがいた。顔が赤いのはきっと怒ってる。
「ごめん、ごめん」
「急に何をするんだ!」
「いや、つい出来心で・・・はは」
ここは笑って誤魔化してしまおう。
「もう!」
まだ怒った顔で仁王立ちをしている。
俺は正座をし両手を地面につけた。
「ごめんなさい」
秘技、ザ・土下座。
チラッとリリアナを見る。
「急に掴むのは禁止だからな」
急じゃなければいいのか、と思ったが聞ける空気じゃなかった。
突然リリアナは空を見上げる。
俺もつられて見上げると何か飛んできた。
鳥か?こちらに降りてくる。
それは小さな肩のりサイズの赤いドラゴンだった。
リリアナの肩にのり、キュキュと何かしゃべって飛んでいく。
「事務所にもどるぞ」
難しい顔をしてリリアナは、事務所に向かって歩いていった。
何かあったのだろうか。
服を着替えてから事務所に入ると、リリアナがバンっとローガンの机を叩いていた。
「王から呼び出しがきた。今すぐ京介も連れてこいとはどういうことだ!」
ローガンはため息をついた。
「それは私に言われましても・・・私としては遅い方だと思いますが。魔王様、呼び出されたのなら行って下さい」
ローガンの圧がすごい。魔王でも有無を言わせない空気だ。リリアナもぐぅっと、うなっている。
「なんでそんなにいきたくないんだ?この国の王様だろ?」
「あの王はすかん」
この国の王が嫌いなのか?
ローガンはまたため息をつき、カイトを呼ぶ。
呼ばれたカイトはこちらに来て、黙ってリリアナを俵持ちした。ローガンはすかさず移動空間を作り、カイトは空間に入っていく。
自然な流れだ。なれている。
「京介、カイトは打ち合わせもあるからあまり一緒にはいられない。後は魔王様を頼んだぞ」
ニッと笑って手を振り送り出す。
丸投げた。だが拒否する権利は俺にはない。
「わかりました。いってきます」
ノリで敬礼をして俺も空間に入っていった。
空間を出ると城の大きな門の前でリリアナはまだ持たれたまま暴れていた。
ショートパンツでよかったよ。
「いーやーだ!カイト離せ!」
城の門番が出てきた。
「お待ちしてました」
慣れた対応、門が開く、門に入る、大きな部屋に出る。
えっ???!!!
城あったよね!!
「はははは、いいリアクションだ」
後ろから男の盛大な笑い声がした。
振り向くと王らしいイスに王らしい威厳を持ったオヤジが座っている。その横には綺麗な銀髪で金瞳の上品な女性が立っていた。
カイトがリリアナを下ろすと、王の前に真っ直ぐ歩いていく。
「いきなり呼んでなんのよう。用事があるならそっちがこいっての!」
一応この国の王様になんてことを。ハラハラしながら見守っている。
「そっちの小僧が召喚されたやつか?」
王は魔王をスルーした。チラッとカイトを見ると頷く。リリアナは心配しなくていいと判断する。
「はい、竜崎京介といいます」
「わしはシトラシア国王、拓実だ。こっちは王妃のシルティ」
たしか召喚された日本人だよな。会いたいとは思っていたけど、こんなに早く会えるとは。
しかし王の横でずーっとぶちぶちいってるリリアナが気になる。そろそろキレそうな予感が。
「ふざけるな!いつまで私を無視するつもりだ!」
やっぱりキレた。
それも王の胸ぐらつかんじゃったよ。
王は怒ることなく笑っている。
「あはは、リリアナは寂しがり屋だなぁ。
そんなに俺に構って欲しかったか」
「ち、違うし!」
バッと手を離すと少し頬が赤い。
「拓実さん、それぐらいにしときなさい。リーちゃんがかわいそうです」
「シルティ、私はかわいそうじゃないぞ」
この二人の前じゃリリアナが子供に見える。完全に遊ばれていた。
それに敬称が「私」になってるから大丈夫だ。
ローガンに聞いたことがある。リリアナは敬称がなぜ変わるのかと。ローガンは魔王様モードの時と怒っているときは「我」なんだと言っていた。
「それにそのふざけた格好はなんだ!」
格好?普通に王様みたいだけど。
「だって~この方が威厳があるだろ?」
「貴様に元々威厳などないから。早く戻れ」
「そっか、そっか、リリアナはそっちの方がいいんだね。仕方ないなぁ」
王は指を鳴らすと茶髪のイケメンに変身した。
威厳があるオジサン王様は一瞬にして若い男に変わった。
見た感じは俺より少し上ぐらいで喋り方も軽いが見た目も軽い感じだ。
ポンっとリリアナの頭に手をおく。
「リリアナちょっと待て。後であそんでやるから。先に京介と話がある」
意外なことにリリアナは黙った。顔は不服そうだけど。
拓実さんは座り直し、真面目な顔をして俺を見た。さっきまでの軽い感じはなくなっている。
「京介、カラン国に召喚されてきたと聞いたが、勇者ではないのか?」
俺は魔王に助けてもらう前に起こったことを簡潔に伝えた。
「なるほど。お前は勇者ではないと思われたんだな」
なんとなく言い方に引っ掛かった。ないと思われたとは?悠斗より強い力はなかったから勇者ではないだろう。
「はい。魔王城につくまで雑用係だったので」
足を組んで、姿勢を崩し俺をじっと見る。
「もったいない・・・しかしリリアナも見る目あるな」
拓実さんはニヤニヤしながら今度はリリアナの方に目を向ける。
急に話を振られたリリアナは、顔を真っ赤にさせて慌てだした。
「な、な、何を言ってるだ!」
ポカポカと殴るが拓実さんは笑っている。
もったいないか・・・雑用をしていたから戦いのレベルは上がってない。ちょっとでも上がっていたら元の世界にも早く帰れたかもな。
マネージャーは雑用をしていた俺にピッタリだ。護衛は微妙だけど、見る目はあるよな。
考えながら眺めていると、王妃が二人の元に歩いていき、リリアナを後ろから抱き締め、キッと拓実さんを見た。
「拓実さん、リーちゃんで遊ばないでください。遊んでいいのは私だけです」
なんか思ってた王妃と違う。
助けると思いきやリリアナは私の宣言だった。
「なんだよ、ソルティ。リリアナはお前のものじゃないだろ」
拓実はリリアナをソルティ王妃から奪い取った。
「拓実さん。それセクハラですわ」
美人の凄まじい冷たい目で見られた拓実さんが怯んだすきに、またソルティ王妃はリリアナを奪いとる。
間にいるリリアナは嫌がってるどころか、ハラハラしてる。
親の言い合いに挟まれた子供みたいだ。
しばらく見ていると、勝者はソルティ王妃。
リリアナをぎゅうぎゅう抱き締めている。
どこか照れながら嬉しそうな姿は可愛い。
あんな一面もあるんだ。
ふと両親を思い出した。
いつも下らないことで言い合いしてたな。子供ころはハラハラしたものだ。
父ちゃん、母ちゃん元気かな。心配してるんだろうな。
「父上、カイトこっちにいます?リーちゃんが来てるって聞いたんですけど」
扉のから一人の銀髪の男が覗いている。
父上?息子か?王とそんなに歳かわんないような見た目だぞ。
「ああ、いるぞ。レン」
レンと呼ばれた男はこちらに歩いてきた。
金の瞳の美少年。
カイトの所にはいかず、抱き締められているリリアナの前に立ち止まった。
「リーちゃんいらっしゃい。相変わらず遊ばれてるね」
「そう思うならなんとかして!親でしょ」
「手を貸すと俺まで遊ばれるからイヤ」
笑顔でじゃれている。魔王で遊んでいた。
王族恐るべし。
「レン、リリアナで遊ぶのもそれぐらいにしとけ。それよりもリリアナのマネージャー兼護衛を紹介する。竜崎京介だ」
リリアナとじゃれ続けていたレンと呼ばれた美少年はこちらを向いた。
「噂の京ちゃんだね。僕は第二王子のレン。カイトと同じグループのリーダーなんだ。よろしくね」
おぉ、アイドルスマイル。
よろしくお願いしますと返すと、敬語じゃなくていいよと言われた。
出会って数秒京ちゃん呼び。距離の詰め方からして陽キャだ。
カイトは『ThuBan』というアイドルダンスグループに所属している。
そのリーダーが第二王子だったとは。この可愛い顔をした人もSS級ということだ。
「カイトがなかなか来ないから探しにきたよ。また言い出さなかったんだろ」
言い出せなかったんではないんだ。あえて言わない無口な男。そういえばローガンがカイトは打ち合わせがあるといっていたな。
「ん、そうだったな」
俺の方をチラッと見た。
もしかして心配していてくれた?
「お前らしいな」
レンは俺の方を見てから、カイトの方をみて笑った。
レンを見て不思議に思う。拓実さんの歳は?俺とも歳がそんなに変わらないよな。レンともそんなに変わらないように思うけど・・・
「京介、召喚された者は歳をとらない」
えっ!?ここの人は心読めるの?拓実さわは笑いながら答えた。
「読めるわけではない。お前が分かりやすすぎる」
ほぼほぼ読まれてるんですけど・・・
頭をかいて乾いた笑いが出る。
そんなにわかりやすいか。
「そうだぞ。京介はわかりやすいのだ」
リリアナが話に入ってきた。
「リリアナには言われたくないと思うぞ」
なにを!といいまた拓実さんとじゃれ始めた。
仲いいなー。なんだかリリアナが普通の女の子に見える。事務所にいたときもそうだけど、ここにいるともっと魔王ってこと忘れるな。家族みたいだ。
拓実さんとレンがリリアナとじゃれているのを見ていると四歳下の妹を思い出す。俺もよくああやってからかっていた。
召喚された時は小学生だったけど、今は中学生になっているな。
「どうした京介?」
気がつくとリリアナは目の前に来て、心配そうに俺を覗き混んでいた。
近い。一歩引いてしまう。
「あっいや。大丈夫」
慌ててリリアナに笑いかけた。
それでも心配そうにしている。
・・・俺は何が大丈夫なんだろうか。
拓実さんがこちらに歩いてきた。側までくると俺の頭に手をおく、少し上を見ると目が合った。
俺を直視する拓実さんの視線に戸惑ってしまう。
拓実さんは真面目な顔で俺の目を見て名前を呼び、ゆっくりと喋りだした。
「京介。お前はもうこの国の住人だ。俺はこの国の王。国民はすべて俺の家族。お前もそうだ。いつでも俺を頼れ。自分に嘘をつくのをやめろ。それもお前なのだから、辛いがその気持ちを受け止めてやれ。お前ならできる」
この人の目には嘘がないーーー
そう思った瞬間。
なにかが込み上げてきた。
拓実さんは理屈を並べて俺が言葉を受け入れやすくしてくれている。
俺に居場所をくれた。この国にいてもいいと・・・ここにも家族はいるぞと。
気づいてしまったら壊れてしまうことを、俺が自分の心に目を背けていたことを、この人はわかっていた。
俺は翔に裏切られて、帰る希望を失った時本当はすごく辛かったんだ。翔を友達ではないと思うことで俺は保ったつもりでいた。
・・・じゃなかったんだ。
俺は自分の気持ちに無理やり蓋をして、自分に嘘をついていた。
心を壊さないために。
それじゃあダメだったんだ。
自分に嘘をついたままじゃ。
元の世界に帰るために。
もう一度家族に会うため。
俺はちゃんと受け入れて進まないといけない。
お前ならできるといってくれた。
俺の欲しかった言葉をくれた。
いつの間にか涙を流れている。目をこすり拓実さんの方を真っ直ぐ見て、笑顔で頷く。髪をぐちゃぐちゃにされる。
横でリリアナも嬉しそうに笑っていた。
みんな優しそうに笑ってくれている。
すごく暖かい。
「ありがとうごさいます!俺頑張ります!」
自然と勢いよくお礼がでた。
「おう、がんばれ!なんなら俺のことはお兄ちゃんと呼んでいいぞ」
・・・みんなの時間が止まる。
「父上。見た目が若いからといっても、無理があります。言動がおやじくさいですから」
代表してレンが言う。リリアナもそーだ、そーだと同意している。
「ははははは」
それを見て俺は笑ってしまう。
この世界に来て初めて声を出して笑った。
俺は何かが少しだけ軽くなったのを感じでまた涙が出そうになる。でもみんなに見られたくないから下を向いてしまった。
誰が俺の側にきて、抱きしめてくれた。俺は母の温もりを思い出す。
「あなたは一人じゃないわ」
耳元でソルティ王妃の優しい声が聞こえた。
小さい頃何度も感じた暖かさ。
倒そうとしていた魔王は凄くいい子で、王様は凄く優しい人で、周りは凄く暖かい。
いつか元の世界に帰る時まで、この世界で生きていける気がした。