職場の後輩から、魔法で15歳若返ってくれたら今すぐにでも嫁にもらう!と言われた
「ルナ先輩、魔法で十五歳若返ってください! そうしたら、今すぐにでも俺が嫁にもらいますから!!」
お昼ご飯を食べているとき、職場の後輩ロバートがまた唐突に言い出した。
「俺、ルナ先輩といるとすげー楽しいし、俺たち絶対相性も良いと思うんですよ。趣味も『魔法の研究』で同じだし……」
たしかに、仕事の延長で『効率的な魔力の使い方』について夜遅くまで熱く意見を交わしたこともあるし、年齢差の割には他の同僚と比べると話も合うほうだと思う。
しかし、なぜ十五歳?
「それは、ルナ先輩が年下だったら大変そそられr……可愛らしいなあと思ったからです! あ~なんで俺は年下に生まれたんだろう。神様は意地悪だ」
不貞腐れながら昼食の肉々しいハンバーグをぐちゃぐちゃにしている姿は、成人したばかりとはいえかなり子供っぽい。
でも、それを指摘すると機嫌が悪くなるので、私は何も言わないことにしている。
「あのさ……たしか今は、最近一緒に暮らし始めた彼女が冷たいっていう君の愚痴を聞かされていたはずだよね?」
「あっ、その話は終わりです。彼女のことはもう気にしないことに決めましたから!」
「あはは……さすが、ロバート君は切り替えが速~い。いや~若いって素晴らしいなあ……」
食後のコーヒーを飲みながら、適当に相槌をいれる。
彼の恋愛絡みの話は、真面目に聞くだけ時間の無駄なのだ。
「すぐ、そうやって俺との年齢差をアピールするの、いい加減止めてもらえませんか?」
「だって、事実、君とは親子ほど歳が離れているじゃない? ロバート君こそ、いい加減オバサンをからかうのは止めなさい」
彼は、隙あらば私を口説いてくるのだ。好みのタイプだとか、デートをしましょうとか、運命の人だとか等々。
ただ、今回の「若返ったら嫁にもらう」は初めてのパターンで、ちょっと新鮮だったけども……
「俺が、どうしたら先輩に振り向いてもらえるのか、親を説得して十四歳年上の先輩と今度こそ結婚できるのか、これだけ真剣に考えているのに……」
若手の出世頭で魔導師団内一二を争うモテ男は、綺麗なコバルトブルーの瞳を伏せ悲しそうな顔をしている……が、私は騙されない。
そもそも彼女と同棲を始めたばかりの男が、なぜ他の女との結婚を真剣に考える必要があるのか?
もう指摘するのも馬鹿らしいから、ずっと流しているけど。
「さあ、くだらないことを言ってないで早く食べちゃいなさい。午後から会議なんだから、早めに戻るわよ!」
「……ルナ先輩は、どうして喜んでくれないんですか? 普通、ここは喜ぶところでしょう?」
「え゛っ?」
涙目で睨んできたロバートに真顔で問い返すと、はあ……と盛大にため息を吐かれてしまった。
「自分で言うのもなんですけど、俺って顔や性格は悪くないと思うし、仕事もできるし、実際結構モテるし……」
あっ、そこは自分で認めちゃうんだ……
「まあ、そうね」
いろいろ言いたいことはあるが、否定すると話が長くなりさらに面倒なので、一先ずここは肯定しておく。
「さっきの言葉は…そうまでしてでも貴女と結婚したいっていう…俺の気持ちの表れで…それなのに…ルナ先輩は……」
「わあ……こんな若いイケメンから求婚されて、私は幸せ者ね~(棒)」
「やっぱり、先輩もそう思いますよね? 良かったー!」
手のひらを返してすぐさま機嫌を直したロバートは、もはや原形を留めていない元ハンバーグを美味しそうに頬張っている。
黙っていればイケメンだし、恋愛関係以外の話ならちゃんと会話が成立するし、仕事に至っては真面目で努力家の頼もしい後輩なんだけど……
でも…………もう付き合いきれない!
忍耐力の限界を感じた私は、テーブルに昼食代を置くと立ち上がる。
彼はまだ何かを言っていたが顔は見ず、後ろに手を振って別れた。
――今思えば、きちんと顔を見て挨拶をしてあげればよかった……
これが、二十九歳の私と十五歳の彼との、永遠の別れだったのに。
◇
気が付くと、私は眩い光の中にいた。
「ここは、どこかしら……」
⦅ここは、生と死の狭間だよ⦆
ひとり言を呟いたつもりが、律儀に返事が返ってきた。
辺りを見回しても誰もいないのに、相手の声だけが頭の中に響いてくる。
「あなたは誰? どこにいるの?」
⦅ああ、君にはボクの姿が見えないんだった……⦆
何もない空間からポンと黒い塊が現れ、みるみるうちに形作られて、最終的に猫になった。
金色の瞳と艶やかな毛並みを持つ、綺麗な黒猫だ。
「あら、可愛い猫ちゃんね」
⦅『可愛い』って……まあ、いっか。ボクの名は『アテル』。それで、ルナ…君は今日死んでしまったんだ。ボクのせいでね⦆
「死んだ……私が?」
アテルによると、私は職場へ戻る途中、馬車に轢かれそうになった生き物を助けようと道に飛び出し、驚いた馬に蹴られて死んだそうだ。
⦅首の骨が折れたことによる即死だけど、君の遺体はホント綺麗だったよ。それが、せめてもの救いかな……⦆
「そ、そうなんだ……」
アテルが淡々と語るから、いまだ死んだという実感が湧いてこない。
自分の遺体が綺麗だったと聞かされても、それを喜ぶべきなのか、本当に死んだのだと悲しむべきなのか、何とも気持ちの整理がつかないところだ。
⦅それでね、君が命を懸けて救おうとしてくれたのが、ボクってわけ。だから、恩返しをさせてもらうね⦆
「そんなこと、気にしないで!」と言う前に、ふわりと私の体が宙に浮いた。
周囲を黒と白の光が渦となってぐるぐると包み込んできたが、見ていて目が回りそうだったので慌てて目を瞑る。
⦅実は、君を生き返らせるのにボクの力だけではチョット足りなかったから、彼女の力も借りたんだ。だから、条件を付けられたけど……まあ、問題ないよね⦆
「あの……生き返るって、ルナのままで?」
⦅あっ!その説明をしてなかったね。うん、ルナはルナだけど……⦆
アテルの声はそこで途切れ、私の意識も暗闇に沈んだ。
◇
目を覚ますと、私は自分の部屋にいた。でも、何か様子が違う。
年相応の落ち着いた大人の部屋だったはずが、若い女の子が好むような明るい色彩に富んだ内装と家具と衣服。そして、黒猫が一匹。
「もしかして……アテルなの?」
⦅うん、そうだよ。ボクが傍で見守ってあげるから、安心してね! もちろん、ルナが幸せになるまで⦆
「それは心強くて有難いけど、いいの?」
⦅これは、ボクが好きでやってることだから、ルナは気にしなくていいよ⦆
「ありがとう。じゃあ、これからよろしくね! アテル」
⦅こちらこそ、ルナ⦆
それからアテルは、途切れた説明の続きをしてくれた。
今は、私が死んで半年後の世界なのだが、二十九歳の私はもともと存在せず、代わりに十四歳のルナが存在しているとのこと。
十四歳と言えば、両親が亡くなり、私がこれから自分一人の力で生きていこうと決意した歳でもある。
⦅明日は魔導師団の入団式だけど、ルナは一度経験しているから大丈夫だよね?⦆
「う、うん」
⦅必要な物はすべて揃っているから、あとで確認をしておいてね⦆
「……至れり尽くせりで、なんか申し訳ないわ」
⦅さっき、気にしないで!って言ったでしょう? そういえば、この部屋の中の物はすべて彼女のセンスだから、趣味が合わなかったらゴメンね!⦆
「ううん、贅沢を言ったら罰があたるわ。遠慮なく使わせてもらうわね」
この日は準備を終えると早めに就寝したが、初めての入団式の前日のように緊張し、あまりよく眠れなかった。
◇
「ルナちゃ~ん、お昼ごはんへ行こう!」
魔導師団へ入団をしてから、はや二ヶ月。やっぱり、今日も彼はやって来た。
手入れをした魔道具の後片付けをしていた私は、くるりと後ろを向くとにっこり微笑む。
「申し訳ありません、ロバートさん。まだ時間が掛かりそうなので、どうぞ私に構わず……」
「ロバートじゃなくて『ロブ』でしょう? 何度言ったらわかるの……ル・ナ・ちゃん?」
彼から綺麗な笑顔で凄まれたが、私が怯むことはない。
「いいえ、た・だ・の・友人であり、職場の先輩でもあるロバートさんをそのように呼ぶのは失礼ですので!」
「俺とルナちゃんは特別な友人だから、遠慮しなくていいんだよ」
そう言うと、ロバートは私の手を取りギュッと握りしめてきた。
振り解こうとしても、がっちりと掴まれて離れない。
なぜこんなことになっているのか、意味が分からない。
ロバートと笑顔で応酬しつつ、私はひと月前の出来事を思い出していた。
◇
まったく、パトリックの女好きには困ったものだわ……
私は目の前に立つ男性を軽く睨めつけながら、どうすれば穏便に事が収められるか考えを巡らせていた。
副師団長から、来月行われる予定の大規模討伐の事前準備を同僚であるエラと共に任された私は、とても張り切っていた。途中、別件で呼び出されたエラの分までもと、昼休憩の時間を過ぎても作業を続けていたところ、部屋にパトリックがやって来る。
前世?では同期だったパトリックが、今夜食事に行かないかと誘ってきたのだ。
以前は私のことなんて歯牙にもかけなかったくせに、頻繁に声を掛けてくるとは何を血迷ったのだろうか。しかも、自分より弱い立場の人間へ交際を強要してくることが問題だ。
生前は、彼から言い寄られて困っている子を私がよく助けていたけど、今それをしてくれる人は存在するのだろうか。
そのとき、コン、コン、とノック音がして扉が開く。
「……パトリック先輩、いま奥様がものすごい剣幕で魔導師団へ乗り込んできましたけど、大丈夫ですかねえ~」
「な、なんだって!」
ああ、ついに奥様へバレたのね……と瞬時に思う。
血相を変えたパトリックが部屋を出て行き、私はホッと息を吐いた。
「ロバートさん、助けていただきありがとうございます」
「ううん、困っている新人を助けるのは先輩として当然だし、俺、同じ職場に愛人をつくるあの人のことが大嫌いだからさ!」
「ふふふ、そんなことを声に出して言ったら、ダメだと思うんですけど……」
コラコラ、爽やかな笑顔で毒を吐くんじゃない!と心の中で突っ込んでおく。
以前は面倒くさい『構ってちゃんタイプ』だったロバートは、随分と性格が変わっていた。
基本的に自分と私以外の人には無関心で、私が困っている女の子たちを助けているのを見ても「何で、そんなことに首をつっこむんですか?」と呆れていたくらい。
そんな彼が頼もしい先輩になっていたことは、素直に嬉しいと思った。
「休憩時間が終わっちゃうから、キリのよいところまで手伝ってあげるよ」
「ありがとうございます」
ロバートが手伝ってくれたこともあり、後片付けもすぐに終わった。
「せっかくだから……このまま一緒にお昼へ行かない?」
「はい」
助けてくれた彼を無下にすることもできず、そのままお昼へ行くことになった。
今から行く店は、ロバートお勧めの食堂らしい。
以前は、私が一人でお昼ごはんを食べているところにロバートが毎度乱入してきたから、こうして普通に並んで歩いていること自体が不思議に感じてしまう。
◇
「……だから、火属性と水属性、もしくは氷属性の魔法を組み合わせるとね」
「……水蒸気爆発のような威力のある攻撃ができる。ただし、操作を誤れば自爆する可能性もあると」
「ははは……まさに『諸刃の剣』だよね」
ロバートは、以前と変わらず魔法の研究をしているようだ。
昔は食事の間中ずっと彼の言動がおかしくて、まともに会話なんてできなかったから、こうして食事中でも普通に会話が成立するのは楽しい。
「あの……ルナちゃんに大事な話があるんだ」
食後のお茶を飲んでいたロバートが、姿勢を正すと急に真面目な表情になる。
もともと自他共に認めるモテ男なので、キリっとさえしていればそれなりに見目の良い男なのだ。
「なんでしょうか?」
「俺と付き合ってくれないかな? その……結婚を前提として」
「……はい?」
「君は、俺の運命の人なんだ。だから、お願いします!」
結婚を前提? 運命の人? あれ、前と同じ状況になっているような……
いきなりロバートから交際を申し込まれてしまったが、まずは現状を確認したいと思う。
今の私は十四歳の新人で、以前は後輩であったロバートが一つ上の先輩と立場が逆転している状態。
まだ入団して一か月ほどしか経っておらず、仕事中にたまに雑談を交わすくらいで、交流の頻度は他の新人と何ら変わらない。
「あの……申し訳ありませんが、今は仕事を頑張りたいと思いますので、ロバートさんと付き合うことはできません。ごめんなさい!」
頭を下げ、丁重に断りを入れる。
こういうことは、はっきりと伝えることが大事なのだ。
変に気を持たせて、また後々面倒なことになっても困る。
二十九歳の私がロバートから初めて告白をされたとき、冗談だと思って真に受けずきちんと断らなかったことが、そもそもの始まりだったと猛省したのだ。
「えっ……どうして? 俺の何が不満? ダメなところを言ってくれれば、すぐに直すから!」
昔から決して変わらない、その強引なところ!!と、心の中で叫んでみた。
「入団してからそんなに日も経っていませんのでロバートさんのことをよく知りませんし、結婚を前提と言われても正直困ります」
「だったら、これから俺を知っていけばいい。結婚のことを口にしたのは、真剣な交際を考えていると伝えたかっただけだから、気にしないで!」
いやいや、あなたのことは十分すぎるほど知っているし、結婚なんて言われたら余計に気にするよ!
その後も、ロバートから連日のように泣き落とし攻撃を受けた私はのらりくらりと躱していたのだが、あまりのしつこさについに音を上げ、結局友人から始めることになってしまった。
そして、ふと気付く。
ロバートには、同棲している彼女がいたはずだと。
昔から、ずっと疑問に思っていた。
初めて会ったときからロバートは私に好意を寄せてきたが、その理由がわからない。
今回も、いきなり結婚を前提とか言い出してきたし。
一体、何が彼をそこまで駆り立てているのだろうか。
◇
仕事が終わり家に帰った私は、ソファーの上で入念に毛繕いをしている黒猫に疑問をぶつけてみることにした。
「ねえ、アテル。あなたに『男心』について聞きたいんだけど?」
⦅何が知りたいの?⦆
「職場に、元は後輩で今は先輩の男の子がいてね……」
私は前世からのことも含めて、これまでのロバートの行動を語った。
アテルは終始楽しげな表情で聞いたあと、金色の瞳を私に向ける。
⦅ふふ……そんなに想われて、ルナは幸せだね⦆
「でもね、同棲している彼女がいるのよ。それなのに、不誠実だと思わない?」
⦅その彼女は、本当にその彼の『彼女』なのかな?⦆
「えっ、どういう意味?」
⦅言葉通りの意味だよ。一度、ロブとよく話し合ったほうが良いんじゃないかな⦆
そう言うと、意味深な笑みを浮かべた黒猫は外へ出て行った。
突然いなくなったと思ったら、またふらりと家へ帰ってくる。
アテルは、一体どこに行っているんだろうか。
◇
今日は、魔物の大規模討伐の日。
魔導師団と騎士団が合同で、東の森に巣くう魔物の殲滅作戦を敢行するのだ。
新人の私は前線には出ず後方支援を担当するが、若手のホープ、ロバートはもちろん前線に配属された。
時間を掛け入念に事前準備をしてきたこともあり、大量の魔物を相手に討伐は順調に進んでいく。
ロバートは有りとあらゆる魔法を駆使して、魔物たちを駆逐しているようだ。後方にいる私に彼の姿は見えないが、爆発音や振動だけでその規模の大きさがわかる。
そんな彼を頼もしく思いつつ、私は私で与えられた任務…騎士団へ攻撃力強化の補助魔法を掛けたり、負傷者を癒したり、低ランクの魔物の討伐を行ったりしていた。
魔物の討伐は粗方終わり、東の森に構えた拠点に続々と人が戻ってきた。
負傷者は多数いるものの死者は一人も出ず、皆の顔に笑顔が見える。
顔を煤だらけにしたロバートもやって来たので、水で濡らした手ぬぐいを渡す。
「ロバートさん、お疲れさまでした」
「ルナちゃんもお疲れさま。君にケガがなくてホント良かったよ。俺が傍に付いてあげられないから、作戦中も気が気じゃなかったんだ」
汚れた顔を拭きながら、ロバートはにこやかに笑う。
「では、作戦の成功を祝して、今夜食事にでも行かない? 俺がご馳走するよ」
「ハハハ……」
やはり、どんな時でもロバートは平常運転だった。
握りしめてきた手をサッと躱した私は、汚れた手ぬぐいだけを受け取る。
「これを綺麗なものと交換してきますね。あと、飲み水も持ってきます!」
彼に背を向け、テントへ歩き出したときだった。
突然、森の方からドドドドンという地鳴りのような音と共に、一匹の大型魔獣が現れた。体躯は私の五倍はあろうか、全身傷だらけで血塗れで明らかに手負いとわかる。
辺りが騒然とする中、魔獣は近くにいた私に狙いを定めると猛然と駆けてきた。
回避しなければと思うのに、体が思うように動かない。
真っすぐに突進してくる魔獣がスローモーションのように見える。
アテル、せっかく生き返らせてくれたのに、また死んじゃってごめんなさい……
心の中で謝罪をすると、覚悟を決め私は目を閉じた。
「ルナー!!」
ロバートの絶叫ともとれる、悲痛な叫び声が聞こえた。
◇
翌日、私は病院にいた。
二度目の『死』を迎えることはなく、ケガも無かったが、私の代わりにロバートが大ケガを負ってしまった……自分の攻撃魔法の反動で。
あの後、ロバートはなりふり構わず魔獣へ攻撃を放った。
私を助けるため、確実に相手を仕留めることができるそれは、以前、彼が話をしていた水蒸気爆発で威力を上げる『ロバート砲(本人命名)』だ。
彼は試行錯誤を重ねていたようだが、実戦での使用は初めてで、焦りもあり力加減を間違えたらしい。
それでも、周囲(特に私)に被害が出ないよう結界を張ってから行使するところに、ロバートの凄さを感じた。
入院している病室を訪ねると、面会謝絶の札が掛かっている。
仕方ないと踵を返した私に、後ろから声をかけてきた人物がいた。ちょうど部屋から出てきたロバートの母親だ。
私が名を名乗り今回のことを謝罪すると、ぜひ息子に会ってやってほしいと半ば強引に部屋へ押し込められてしまったのだった。
「ルナちゃん、お見舞いに来てくれたの? ありがとう、すごく嬉しい!」
満面の笑みで迎えてくれたロバートが思ったよりも元気そうで、ホッと安堵の息を吐く。
ケガは病院の治癒士に治療してもらい、今は魔力と体力の回復に努めているところだそうだ。
「ロバートさん、今回も助けていただき本当にありがとうございました。そのせいで、ケガをさせてしまい申し訳ありません」
生まれ変わってからは、私は彼に助けてもらってばかりだ。
深々と頭を下げると、彼は首を横にブンブン振った。
「命を懸けてルナちゃんを守るのは当然だよ。だって、俺が結婚したい人はルナちゃん……君だけなんだ」
「なぜ、そこまで私のことを……」
「もう忘れちゃった? 十五歳若返ってくれたら、俺が嫁にもらうって言いましたよね……ルナ先輩?」
「えっ!? どうして、あなたに記憶が残っているの?」
驚きに目を見張る私の手をそっと取った彼は、どうだ!と言わんばかりに胸を張る。
「先輩を生き返らせるって話を聞いたときに、『彼女』と交渉したのは俺ですから! 俺の望みを叶えてくれたら、『彼女』の望みが叶うよう俺が協力するって」
「話がよくわからないけど、彼女と交渉したって……あなた達、同棲していて付き合っているんじゃないの?」
「ははは、彼女といっても俺の彼女ではありませんよ。ルナ先輩のところにいる、アテルの彼女ですから」
「はあ?」
「それに、現世で二度も貴女に逝かれてしまったら、俺はもう立ち直れません……」
「うん? 『現世』?」
首をかしげた私に、ロバートは大きく頷く。
状況が飲み込めずに困惑している私に、彼は説明を始めた。
◇
⦅ロブ、元気を出しなさいよ!⦆
「もう無理……いい加減、心が折れる」
ルナが死んだ日の夜、ロバートは部屋の隅に蹲り陰気な雰囲気を醸し出していた。
そんな彼の周りを、一匹の白猫が行ったり来たりして慰めている。
ちなみに、白猫はロバートのペットではない。本当は、猫でもない。
つい先日、彼の部屋に迷い込んできた白い塊……悪魔だった。
⦅ルナが転生したら、またすぐに会えるんでしょう? ちょっとの辛抱じゃない…⦆
「同じ時代を生きたって、彼女と結婚できなきゃ意味がないんだ!」
涙目のロバートは拳を振って力説したあと、盛大にため息を吐き、また俯いてしまう。
⦅たしか、前世では……騎士に生まれ変わって、同僚の婚約者だったルナを奪い取ったんだっけ?⦆
「奪い取ったとは人聞きの悪い。あんな浮気性の奴に嫁ぐくらいなら、俺が幸せにします!ってお義父さんへ大金を積んで……」
⦅……ルナを、お金で買ったってことね。超サイテー!⦆
悪びれることもなく言い放ったロバートを、白猫が銀色に輝く瞳で見据える。
尻尾が大きくバタバタしているのは、かなりイライラしている証拠だ。
⦅でも、そこまでしたのに……結局⦆
「婚約期間中に、ルナが流行り病に罹ってね」
⦅ねえ……ロブとルナって、永遠に結ばれない運命なんじゃない?⦆
「あ~! それを言わないで、アルブちゃん。俺だって、もしかしたらそうなんじゃないかって、薄々感じているんだから」
⦅ワタクシはアルブじゃなくて、『彼女』よ! 名は、『彼』と駆け落ちしたときに捨てたんだから⦆
「ああ、そうだったね。ごめん……」
悪魔であるアルブは天使のアテルと道ならぬ恋に落ち、この世界に駆け落ちしてきた。
しかし、世界を渡るときに起きた混乱で二人ははぐれ、アルブはロバートの家に迷い込み、アテルはルナと出会ったのだった。
⦅その彼女を、今回はワタクシの彼が生き返らせてくれるんだから、感謝してよね!⦆
「もちろん、感謝してる! 感謝してるけど……二十九歳のルナじゃ意味がないんだよ」
また、陰気な雰囲気を醸し出してきたロバート。
アルブのイライラはついにピークに達し、ロバート自慢の顔をバリッとしてやろかと爪を出す……とその時、待ち人から連絡が入った。
⦅ロブ、その件は自助努力で何とかして! じゃあ、彼の準備ができたみたいだから、行ってくるわね⦆
すぐに機嫌を直し、アルブは尻尾をピーンと立ていそいそと部屋を出て行こうとする……が、ロバートがそれに待ったをかける。
⦅……なに? 彼が待ってるから、早く行きたいんだけど?⦆
「このままルナを二十九歳で生き返らせたら、君も困ると思うけどな……」
思わせぶりな発言に動きを止めたアルブへ、ロバートはここぞとばかりにまくし立てた。
曰く、責任感が強いアテルはルナの幸せを見届けるまで傍にいると言った。つまり、それまでアルブは彼と一緒になれないということ。
だから、自分に協力してくれればロバートがルナを幸せにし、アルブはすぐに彼と一緒になれる。
⦅……それで、ワタクシにどうしろって言うの?⦆
「彼女を生き返らせるとき、十五歳若返らせてほしい。あと、俺の記憶も無くさないでくれ。頼む!」
◇
「……というわけです。だから、ルナ先輩……こんなに頑張った俺と結婚してください。一生大切にします! 貴女に苦労はさせません! もう、貴女のいない世界は嫌なんです。たとえ逃げ出しても、俺はどこまでも追っていきますからね……これまでみたいに」
「『これまでみたいに』って、どういうこと?」
「俺、実は何度も転生を繰り返しているんですよ……貴女を追って」
それから、ロバートは驚くべき話を始めた。
自分は、何千年も前に生きていた大賢者だったこと。私は彼の幼馴染で、二人は結婚を誓いあっていたが、結婚式の前日に私が死んでしまい誓いを果たせなかったこと。
悲しみに暮れた彼は魔法の研究を重ね、記憶を持ったまま自在に転生する秘術を編み出し、さらに私の魂に印を付け、私が転生する度に自分も同じ時代に転生していたこと。
「……でも、何度転生しても、貴女は先に逝ってしまう。いつも、俺を残して」
現世でもダメだったかと悲観したが、今回は『アテル』と『彼女』がいた。
初めて、私だけを生き返らせることができたのだ。
「俺の望み通り、ルナ先輩は十四歳の姿で帰ってきてくれた」
それからは、毎日が戦いだったんですよ……とロバートが笑った。
私に近づいてくる男たちを次々と排除していたが、パトリックだけはしつこかったそうだ。
「だから、嫉妬深い奥さんへ密告したんですよ。『お宅の旦那が、同僚と浮気をしている』ってね……フフッ」
悪い顔で楽しそうに笑うロバートには引いてしまうが、そのお陰で助かったのも事実。
あの後、パトリックは人が変わったようにおとなしくなったから、何があったかは推し量るべし。
まあ、パトリックの自業自得だから、同情の余地はないけれど。
「これで、ようやく俺の長年の熱~い想いは伝わったと思うんで、明日、さっそく婚姻の手続きをしましょう! 結婚式は、やっぱり教会ですかね? ルナ先輩の花嫁姿はさぞかし綺麗なんだろうな……」
「あのさ、ロバート君?」
「何ですか? まさか……この期に及んで、結婚しないとか言わないでくださいよ。俺、今度こそ泣いちゃいますよ? 暴走しますよ?」
これ以上、暴走することがあるのか?というツッコミは隅において、喚きたてる彼の口を人差し指で押さえ黙らせる。
病院内では、お静かに!
「あなたと結婚はするわよ。これだけ望まれているんだから、喜んで嫁がせていただきます。でもね……」
「でも?」
「私、まだ十四歳なのよ。しかも、なったばかり」
「……へっ? うわぁ~!!」
一瞬呆けたあと、現状を正しく理解したロバートの顔が青ざめていく。
辺り一帯に大絶叫が響き渡り、頭を抱えた彼はそのままベッドへ倒れこんだ。
この国の法律では、十五歳が成人だ。
もちろん成人はしていなくても、仕事はできる……が、結婚はできない。同棲も然り。
「俺のバカバカバカ! 何であの時、十四歳じゃなくて十五歳にしなかったんだよ。ルナ先輩が年下だったらいいなって、ちょっと思っちゃったから……」
ひとりブツブツ呟いているロバートを冷めた目で見下ろし、私は告げる。
「そういうわけだから、まだ結婚はできないわ。あと、一年待っててね。これまで何千年も待っててくれたんだから、一年くらいあっという間よ」
ロバートを慰めたつもりだったが、彼は目にいっぱいの涙を浮かべブンブンと首を横に振った。
「……ルナ先輩、今すぐ魔法で一歳年取ってください! そうすれば、俺たち明日には結婚できるから!! お願い!!!」
再び病院内に、大絶叫が響き渡ったのだった。