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灯火  作者: 青空
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未来のために

「……ウェスタ!」

 強く腕を引かれ、目の前で赤い火花が弾ける。

「…あ」

 くらり、目の前が眩んで、一気に光が戻ってくる。眩しさについていけずひとつふたつ目を瞬かせると、目の前でパチパチと火花が弾けた。

 赤くきらめくそれをぼんやり眺めていると、

「ウェスタ!」

と再び手を引かれた。

 はつり、目を瞬かせる。また火花が目の前で爆ぜ、その向こうに火花よりも強くきらめく夕焼け色の瞳を見つけた。

「ジ、ン…?」

 じっと覗き込むその瞳がよく知る幼なじみのものだと気づき、目を見開く。

「ウェスタ!大丈夫か?」

「う、うん、大丈夫。それよりジン、その目…。」

 太陽みたいな金色の瞳が赤く燃え上がる夕陽のように色を変えていて、思わず息を飲む。

 ジンの方こそ大丈夫なのかと顔を覗き込むと、幼なじみはぐっと眉を寄せ、

「俺のことはいい。お前の方が重症だろ。」

と私の手をぎゅうっと握り込んだ。

 …確かにさっきは熱くて、死ぬんじゃないかってくらい苦しかったけれど。

 喉元過ぎれば熱さ忘れるとはよく言ったもので、身を焦すような熱はどこかに飛んでいき、いっそ清々しいくらいにすっきりしてる。

 ただ小さな火のように穏やかな温もりだけが、胸の中で静かに燃えていた。

 けれどそれを言うと余計にジンを心配させてしまいそうな気がして、私は黙って笑ってみせた。

「本当に大丈夫だって。すごい魔法だったからちょっと驚いただけ!ジンこそ、目、赤くなってる。痛くない?」

 強引に話題を逸らして誤魔化すと、ジンは眉間の皺をさらに深くした。しかし私が笑顔を貫き通したのを見て、やがて諦めたように小さくため息を落とした。

「……痛くはねえ。赤くなったって言われても自分じゃわからないしな。それにウェスタ、目の色のことを言うならお前のも赤くなってるぞ。」

「え?!」

 思わず目を丸くする。そっと瞼の上から触って確かめてみるが痛みはなく、視界もいつも通り良好だ。鏡がないから目の色は確かめようがないけれど、それ以外で変わったことは何もないように思えた。

 でも、目の色が突然変わるなんて普通はありえない。魔法でも使わない限り……。

 …ううん、待って。

 ふと、脳裏に淡く赤い光がよぎる。そういえば身体が熱くなって何も見えなくなる前、ばば様の魔法は赤く光ってなかった?

 はっとばば様の方を振り返る。村の賢者は赤く淡い光をその身に纏い、深い“青灰色”の目で私たちを静かに見つめていた。

 カチリ、視線がぶつかる。

 淡く赤い光がふわりと舞い上がる。目で追うと、それはばば様を中心に、私たちの周りを巡るようにゆったりと流れていた。

「ウェスタ、ジン、辛いところや苦しいところはないかい?」

 淡い光の渦の中心で、ばば様が心配そうに眉を寄せる。

 ふわり、ぱちり。赤く淡い光が流れて弾けるごとに、体が軽くなっていくような気がする。きっとこれもばば様の魔法なのだろう。

「うん、私は大丈夫だよ。」

「俺も平気だ。なあ、ばば様。今のは何だったんだ?」

 ジンは平気だと言うように大きく頷くと、夕焼けの瞳に強い光を宿してばば様に問いかける。

 ばば様はひとつ頷くと、私とジンが握りしめたままの〈勇敢なる炎〉を視線で示した。

「ふたりに渡した〈勇敢なる炎〉はね、〈継承者〉と呼ばれる人間にしか扱えない聖遺物なんだよ。もし〈継承者〉でもない人間が長時間持ち歩いたり、祝福の力を使おうとすると、盗人と間違われて罰が当たってしまう。

 だからね、お前たちが正式な〈継承者〉となれるよう契約魔法を結んだんだよ。」

 穏やかに伝えられた聞き捨てならない言葉にぎょっとする。

 〈勇敢なる炎〉の〈継承者〉?私とジンが…?

 〈祝福のカケラ〉はおとぎ話になるくらい有名で、大切なものだ。そのひとつの所有者になるということがどんなに特別で責任重大なことなのか、子どもの私にだってわかる。

「…本当に、私たちでいいの?」

 恐る恐る尋ねると、ばば様はいつものように穏やかに目を細めた。

「もちろんさ。なんてったってこの私が選んだ〈継承者〉だからねぇ。これはお前たちに託すよ。」

 村を導いてきた賢者からの穏やかな、けれど揺るぎない信頼の言葉と眼差しを差し出されて、最後の迷いも吹き飛んだ。

 ばば様が信じてくれているんだもん。どんなに大変なことだって、絶対乗り越えてやる!

 覚悟を決めて、〈勇敢なる炎〉を握りしめる手に力を込める。チラリと隣を見ると、夕焼けの瞳に強い意志を秘めた幼なじみが小さく頷き返してくれた。

「うん。ありがとう、ばば様!」

 思いっきり笑ってみせると、ばば様は満足そうに微笑んでくれた。

「行こう、ジン!お母さんとお父さんにも話さなきゃ。」

「おう、そうだな。」

 ジンは席を立つと、ばば様をまっすぐ見据えて、自信満々に口の端を上げて見せた。

「行ってきます!」

「いってきます!」

 幼なじみに倣って立ち上がり、大きく手を振る。ばば様はやわらかい目をして手を振りかえしてくれた。

「気をつけていってくるんだよ。私の可愛い愛し子たち。」

 優しい声が私たちの背中を押す。ジンと私はお互いの手をしっかりと握りしめて、夕陽が赤く燃え上がる世界へと飛び出した。

 気がつくと、あの赤く淡い光はどこかに消えていた。


「ーー可愛い私の愛し子たち。どうか己の望む未来を掴んでおくれ。」


◆◇◆◇◆◇◆


 村を囲む森の木々から建てられたオリスの村長宅の一画。屋敷の中でも普段はほとんど使われない奥まった一室で、2組の夫婦とオリスの村長エイダンが顔を突き合わせていた。

 緊張と困惑を孕んだ静寂の中、村長は凪いだ目で2組の夫婦を一瞥すると、静かに口を開いた。

「レアリさん、アラートさん。まずは集まってくれたことに感謝するよ。」

 普段は柔和で穏やかなエイダンにしては珍しく、村の賢者にも通じる、自然と周囲を従えるような威厳をもった声が空気を振るわせる。

 2組の夫婦へと向けられる彼の瞳は、同じ村で生まれ育った者への親しみ以上に、人の上に立つ者特有の厳しさと覚悟を宿して、鈍く底光りしていた。

「今日集まってもらったのは他でもない、ウェスタちゃんとジンくんのことについて話さなければならないことがあるからなんだ。」

 同じ村で生まれ育った幼なじみとも言える男の、村を導く公人としての言葉を受け、レアリ夫妻、アラート夫妻は伴侶と互いに顔を見合わせた。

 今この時、我が子が村の賢者に呼び出されたことと関係があるのかしら。ウェスタの母、ヴィータ・レアリの胸に、言いようのない漠然とした不安が湧き上がる。

 なにせあの子は他の子と比べて身体が弱く、病気がちな子どもだ。だというのに、母親である自分の心配をよそに好奇心のままあちこち駆け回っては生傷をこさえてくるようなお転婆娘でもある。

 心配で仕方がない大事な娘に火の粉が降りかかっては堪らないと、ヴィータは目を鋭くさせて尋ねた。

「話っていうのは、うちの子がばば様のところへ行ったのと何か関係があるの?」

 彼女の言葉を引き継ぎ、ジンの父、ロルフ・アラートも真剣な表情で低く尋ねる。

「俺らも気になって仕方ねえんだ。勿体ぶらずに話してくれ。」

 ウェスタの父ケイとジンの母トウカも連れ合いの言葉に同意するように頷き、村長へと視線を向ける。言葉には出さないが、我が子を案じる気持ちは皆同じなのだ。

 エイダンは彼らの視線を真摯に受け止め、まっすぐに見つめ返した。

「ああ、もちろん君たちにはすべて話すつもりさ。なんと言っても、ウェスタちゃんとジンくんの将来がかかった話だからね。」

「あの子たちの将来?」

「そうだよ。ーー単刀直入に言おう。彼らは神が与え賜うた祝福〈勇敢なる炎〉に選ばれた〈継承者〉であり、現〈継承者〉たるばば様の唯一無二の後嗣だ。」

 エイダンは神の意を厳かに、諭すようにそう告げる。次代の〈継承者〉たちの両親はその言葉を受け、やがて意味を理解すると、驚愕に目を見開いた。

 最近の子どもたちはどうも『神と7つの祝福の話』をつくり話だと思っている節があるが、オリス村の大人たちはそれがただのおとぎ話などではなく、神代から現在に至るまで脈々と受け継がれる生きた伝説であるということを知っていた。

「あの子たちがばば様の…!?エイダン、それは本当のことなの?」

 目を見開き、驚きを露わにするトウカに、エイダンは小さく頷いて見せた。

「ああ、本当のことだよ。ばば様が言うには、ウェスタちゃんは誰よりも炎から愛されているし、ジンくんは〈祝福のカケラ〉に相応しい素質を持っているらしくてね。

 〈勇敢なる炎〉は神が僕らに与えて下さった心のカケラだ。神の炎を扱えるだけの魔法の素質と、神の心を受け継ぐ強靭な精神力がなければ〈継承者〉は務まらない。

 今代〈勇敢なる炎〉の〈継承者〉であるばば様は、ひとりで全ての条件を満たした魔女だ。けれどばば様ももう歳だ。そろそろ後嗣を選ばなければならないってことで、もう十何年も前から後嗣になり得る人を探していたんだよ。

 そうして最近、ようやく神の祝福〈勇敢なる炎〉を託せるだけの素質と精神力を持った子どもたちが現れた。」

「…それがウェスタたちってことか。」

「うん、ケイの言う通りだよ。ウェスタちゃんは神の炎を扱える素質が、ジンくんは神の心を受け継ぐ強い精神力がある。

 ひとりでは難しくとも、ふたり一緒ならば問題なく神の祝福の〈継承者〉となれるだろう。そう見込んだばば様はふたりに〈勇敢なる炎〉を託すため、あの子たちを呼んだんだ。」

 呼び立てのあらましを話し終えると、エイダンへ茶で乾いた唇を湿らせた。

 〈祝福のカケラ〉が〈継承者〉に齎すものは、幼い子どもが夢に描くような、温かくて優しい幸せなどではない。

 カケラと言えども、神の力の一端をその身に宿すのだ。〈継承者〉の心身にかかる負担は、生半可なものではないだろう。

 年端もいかない幼い子どもが背負うには酷であろうと、エイダンもそう思う。

 ……それでもだ。

 思い直し、我が子が〈祝福のカケラ〉に選ばれた誇らしさと心配で顔を見合わせる昔馴染みたちに向き直る。

「みんな、言いたいことは色々あるだろう。けれどこれは、ばば様と僕で考えた、ウェスタちゃんとジンくんを守る最善策だ。」

 昔馴染みをまっすぐ見据えて告げたエイダンの表情を見て、ヴィータははっと見開く。

 共に生まれ育った兄弟のような昔馴染みの目には、共に生まれ育ったヴィータたちでさえ知ることのなかった、村を取りまとめる立場故の苦悩が滲んでいた。

 ヴィータは喉から出かかった言葉を飲み込みため息をひとつ落とすと、

「…エイダン、聞かせて。アンタはあの子たちを、何から守ろうとしているの?」

と、まだお互いが子どもだった頃のように、無意識に唇を噛み締める昔馴染みの顔を覗き込んだ。

 ヴィータのその懐かしい仕草を見てエイダンは眉を下げ、弱ったように笑った。疲れたようにも見えるその笑みは、しかし昔馴染みたちが指摘する前に、いつもの穏やかな村長らしい顔に隠されてしまった。

「……もうすぐこの村に、国の騎士たちが視察に来るという噂は君たちも聞いているだろう?」

 エイダンの問いかけに、ロルフが後ろ髪を掻く。

「そりゃあ聞いているが…。まさか、その視察とやらと何か関係があるのか。」

「ああ、そのまさかだよ。先に騎士団が来た隣町の町長に聞いたんだ。……表向き、彼らは辺境の現状把握と開発のための視察だと謳っている。けれどその裏で、国は〈祝福のカケラ〉と祝福の〈継承者〉を探しているらしいんだ。」

 エイダンは眉を寄せ、苦々しげに顔を歪めた。

 〈祝福のカケラ〉に選ばれた〈継承者〉たちは、良くも悪くも、人ならざる力をその身に宿している。

 神の祝福は、使いようによっては世界をひっくり返してしまうような恐ろしい力だ。そのような力を持つ者を国が探しているという噂自体、きな臭くて堪らない。

 もし、国が戦を始めるつもりなら。そうでなくとも、見つけた〈継承者〉を利用するつもりならば。

 エイダンは“この”オリス村の長として、守るべき村の子どもたちをおめおめ国に差し出す訳にはいかぬのだ。

 オリス村はその昔、とある賢女が行き場を失った者たちを拾い、安寧の地を求めて造った村だ。代々“人”を一番大切にしてきたこの村で、何よりも庇護すべき村の子どもを国に差し出すなど言語道断。電池がひっくり返ってもあり得ぬ話なのだ。

「だからあの子たちを逃すのね。」

 端的に問うたトウカに、エイダンはひとつ頷く。

 ウェスタもジンも、〈継承者〉になり得る稀有な才能を持つ子どもたちだ。村で匿ったところで、国の騎士が将来有望なあの子たちを見逃すとは到底思えない。

 ならばいっそ、〈勇敢なる炎〉と共に逃した方があの子たちの未来を守れると村の重鎮たちは判断したのだ。

 ロルフは瞑目し、ひとつ大きく息を吐き出すと、

「…話はわかった。だがこの話、ジンとウェスタちゃんには伝えているのか?」

と低く尋ねる。

 エイダンは苦笑し、いいや、と首を振った。

「いいや、伝えないつもりだよ。あの子たちは正々堂々、真っ向勝負を好む性質だろう?この事を知ったら逃げてくれなさそうだからね。別の方法で説得しているよ。」

 エイダンの言葉に、トウカは村の子の中でも飛び抜けて負けん気が強い我が子の姿を思い浮かべ、仕方なさそうに微笑んだ。

「確かにそうね。わかった、ジンたちには秘密にしておくわ。」

 ケイも頷き、己の伴侶に視線を送る。

「俺たちもそうするか。」

「……そうね。ねえ、エイダン、ひとつお願いがあるんだけれど。」

「ああ、なんだい?」

 心配性なヴィータの、純粋に我が子を想う視線を受け止め、エイダンは鷹揚に頷いてみせた。

 ヴィータはひとつ息を吸い込むと、エイダンの目をしかと見つめた。

「守るためとは言え、子どもたちだけで逃がすのは心配なの。あの子たちの為にも、準備の時間をちょうだい。」

 我が子を誰よりも案ずるヴィータらしい頼みだ。エイダンは改めて姿勢を正し、己が守るべき村の子らの両親たちを見据えた。

「それはもちろんだ。出発は明日の昼、正午の鐘が鳴る時間にしよう。それまでに準備を整えてくれ。」

 真摯に彼らと向き合う村長の言葉に村人たちもまた腹を決め、応と答えるのだった。


幼い我が子が己の庇護下から出て手の届かない所へ行ってしまう、それが我が子を守るために致し方ないことだとしたら。親はどれほど苦しく、心配だろうと思うのです。

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