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灯火  作者: 青空
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呼び出し

 一陣の風が吹き抜ける。

 顔を上げると、青く澄み渡った空を一羽の鳥が羽ばたいていった。今日も良い天気だ。

 ジンはもうお手伝い終わったかな?

 干したばかりの洗濯物が青空にはためく。この分なら洗濯物もよく乾くだろう。

 空になった洗濯籠を拾い上げ、風を通すために開けっ放しにしていた裏戸に入る。洗濯場に適当に籠を置き居間に入ると、肉が焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。

「あら、ウェスタ、もう終わったの?」

 台所からお母さんが顔を覗かせ、のんびりと問いかけてくる。

「うん、ちゃんと全部干してきたよ。」

 胸を張って答え、台所を覗き込む。ちょうどソーセージを焼いていたところのようで、フライパンを揺するお母さんの手元から、パチパチと脂が弾ける音が聞こえてきた。

「ウェスタ、暇なら皿を出してちょうだい。」

「うん。このお皿でいい?」

「なんでもいいよー。こっちに持ってきて。」

 お母さんの言葉に従い、皿を3枚重ねて持っていく。よそいやすいよう皿を並べると、お母さんがソーセージとサラダを盛り付けていく。

 できあがった皿を居間に運ぼうと手を伸ばすと、お母さんがちょっと待ってと声を上げた。

「一本余ったからおまけね。」

とお茶目に笑って、私の皿にソーセージを一本増やす。他のよりも少しだけ豪華になった昼食を見て、私は思わず頬を緩めた。

「ありがとう!」

「はーい。ほら、お父さんも呼んできて。お昼にしましょ。」

 お母さんに促されて、皿を居間に持っていく。私が来る前に準備していたのか、食卓にはすでに今朝焼かれたパンが籠に入れられていた。

 いつもの席に昼食の皿を置き、表で薪割りをしているだろうお父さんのところへ向かう。今は夏だから暖炉は使わないが、料理の時など窯を使うのにどうしても薪が必要になるのだ。

 玄関を開けると、薪を割る小気味良い音が聞こえてくる。音を辿って顔を向けると、小ぶりの斧で木材を叩き割るお父さんの大きな背中が見えた。

「お父さーん!ご飯だってー!」

 薪を割る音に掻き消されないように、大声で呼びかける。

 お父さんは斧を下ろすと、袖で汗を拭いながら振り返った。

「お、ウェスタ。もうそんな時間か。」

「うん。早く食べよう!」

「おう。今行く。」

 そう言って小さく笑い、薪を隅に寄せ斧を近くの壁に立てかけると、ゆったりした足取りで私の隣に並んだ。

「手伝いはもう終わったのか?」

「終わったよ。この後ジンと遊ぶから、急いでやったんだー。」

「ジンくんか。日暮れまでには帰って来るんだぞ。」

「はーい。」

 お父さんとゆるく会話を交わしながら、焼き立てのソーセージを楽しみに、お母さんが待つ居間へと足を進めた。


 家族3人で囲む食卓はいつも賑やかだ。

 忙しいお父さん、お母さんとたくさん話せる時間であり、私の一番好きな時間でもあった。

「それでね、ばば様が特別にって火をつける魔法を教えてくれたの。最初は火がブワッとふくらんじゃってうまくいかなかったけど、ばば様に教えてもらった通りにしたら上手くいったんだ。」

 齢100歳を超えてなお矍鑠とした村の賢者の顔を思い浮かべ、魔法使いのように人差し指をくるりと回してみせる。

 ばば様はここ、オリス村の中で一番博識で、魔法だけではなく、生活の知恵から古い言い伝えまで色んなことを教えてくれるおばあさんだ。

 お世話になったことがない村人などいないと言われるほど頼りにされ、敬愛されている人物でもある。

「よかったじゃない。魔法なんてなかなか学べるものじゃないわよ。ね、お父さん。」

「おう、そうだな。よかったな、ウェスタ。」

 お父さんが目尻に皺を寄せて、にっと優しく笑う。その隣でお母さんが穏やかに微笑んでいた。

 穏やかで温かいいつもの風景に、私も自然と笑顔をこぼして頷く。

「うん。」

 ひとつおまけしてもらったソーセージを頬張る。薄く張った皮をプツリと突き破ると、口の中いっぱいに肉の脂が広がる。脂の旨みが逃げないうちに焼き立てのパンを口いっぱい頬張ると、甘じょっぱくて香ばしい幸せの味がした。

「こら、リスみたいに頬張らないの。」

「むぐ…。だって美味しいんだもん!」

「ははっ、ウェスタは食いしん坊だな!」

 揶揄うような声音で笑うお父さんに、頬を膨らませて抗議しようとした時だった。

 トントンと玄関の戸を叩く音が居間に響き、

「レアリさん、いるかい?」

と私たち家族を呼ぶ村長の声が聞こえてきた。

「あ、村長さんだ。」

「珍しいわね。どうしたのかしら?」

「俺が出てくるよ。」

 お父さんはそう言うと席を立ち、玄関の戸を開ける。ふわりと風が吹き込み、開け放たれた扉の向こうに柔和な顔をした村長が姿を現した。

「こんにちは、レアリさん。突然悪いね。食事中だったのかい?」

「ああ、別に大丈夫だ。それより何かあったのか?」

 お父さんの問いかけに対し村長は困ったように眉を下げ、様子を伺っていた私たちの方へと視線を向けた。

 お父さんの肩越しに、村長と目が合う。まっすぐに視線を合わせる村長の目は、いつになく真剣だった。

「ウェスタちゃんにちょっと頼みがあってね。食事の後で構わないから、僕の家に来てくれるかい。」

 いつもは低く穏やかな口調に、まるで緊張しているかのような固さが僅かに混じる。

 よっぽど大切な用事なのかな?

 首を傾げつつ、村長さんのお願いならと軽く首肯してみせた。

「うん、わかった!急いで食べるね!」

 答えると、村長はほっとしたように表情を和らげ、お父さんの方へと向き直った。

「レアリさんたちも、ウェスタちゃんとは別に話があるんだが、来てもらえるかい?」

「俺たちは構わないが、ウェスタにか?」

 怪訝そうに眉を寄せるお父さんの言葉を受けて、村長はまた困ったように笑い、首を横に振った。

「それがばば様からの頼みでね。詳しいことはここでは話せないんだよ。家で待っているから、食事が終わったら来てくれ。」

 村長はそれだけ言い残すと、忙しそうに去っていった。

 村長の口から告げられたばば様の名に、私とお母さんは思わず顔を見合わせる。

 今まで、ばば様に頼まれてちょっとしたお遣いや薬草集めなどのお手伝いはしたことはあった。しかし、そのどれもが簡単なものばかりで、こうやって村長が家に訪ねてくるようなことは一切なかったのだ。

「ばば様の頼みってなんだろう?」

「…わからないわ。ともかく、早くご飯を食べてしまいましょう。ばば様をお待たせしちゃ悪いもの。」

 お母さんに促され、途中だった食事を再開する。急いで食べたせいか、頬張ったソーセージやパンの味はもうわからなかった。


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